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#010:豹変の、エクルベージュ

#010:豹変の、エクルベージュ



 先ほど僕に襲い掛かってきた件の「化物」は、今や、地面に貼り付くかのように萎んで平たくなりつつあった。

 その変貌ぶりも怖ろしいわけだけど、僕よりも大きく見えたその体は、黒い「煙のような光」を纏っていたからだ、と、僕を助けてくれた女性がカタコトの「日本語」で説明してくれたわけだけど、何かもう混乱が群れをなして、混乱は!混乱は! と、僕の心のドアを激しくノックしてくる光景が脳裏に浮かんだりもしてくるわけで、要は、あらゆる物事に対して、理解する処理が追いついていない状態だった。


「ワたしの、ナマえは、『ジカル=ソ』、とイイます。『ジカル』と、そう呼ンでくださいね」

 その細身の女性が、顔に掛けていた黄色いレンズのゴーグルを額のところまで押し上げつつ、僕に名前を教えてくれる。

にこりと笑みを見せてくれたその顔は、作りはエキゾチックと言ったらいいのだろうか、魅力的なものだったけど、思わず目を引くほど、目が大きかった。僕の一回り以上は大きいんじゃないだろうか。

そしてその瞳の色は深い紅色。顔もアニメのような感じ……これもこの重力下に適応した結果……なのだろうか。何に適応したら目がでかくなるのかは分からないけど。


「ぼ、僕の名前は、『烙雲ヤクモ ミノル』と言いますっ。城南杜王中学の一年生です」

 と、ジカルさんにつられ、僕も構文のような自己紹介をする。


「……『ィヤァクゥムオ』? 『ムムムムィヌヌヌォアル』?」

 ジカルさんがそれを受け、復唱しようとするけど、何か難しそうだ。美しく整った褐色の細面を奇妙に歪めている。発音しづらい音節でもあるんだろうか。

文字はドウ書きますデすか? と聞かれたので、僕は左手首に巻いていた端末の画面に、自分のID画面を表示させて差し出した。

オウ、ハイテック! とジカルさんは少し驚きを見せたものの、こういったものの存在は知っているかのようなリアクションだ。すなわち、この「世界」も科学や文化は結構発達していると……そう考えられる。


<烙雲 稔:ヤクモ ミノル:YAKUMO MINORU>


 僕の本名が表示されている画面を自分の目の前に持って来てしげしげと眺めるジカルさん。そう言えば、文字、読めるのかな? 喋っている言葉につられて、つい見せたものの。と、そんな僕の心配も杞憂であったわけで。


「オぅ、『ラクウン・ジン』! こチらノ方がカコいいぃーですネ。『ジン・ラクーン』。すんなリ、呼べるあル。『ジンさん』、と、そう呼んデモ、いいのコト?」

 ……なるほど、漢字を音読みしてきましたか……「稔」を「ジン」って読めるのって、漢検持ってそうな勢いだ。そして何故ちょっと中国っぽい訛りになったのだろう。


 混乱は! 混乱は! の殺到っぷりに思考をぐわぐわと揺さぶられながら、僕は承諾の意を示すために、首を縦に振ることしか出来なかったわけで。

 謎だ。全てが謎過ぎる。



「それにしてもアルゼ君、国家試験をその歳でよく合格したね。僕なんかはかなり苦労したんだけど………」

 細いレンズの銀縁眼鏡を親指の腹で押し上げながら話し掛けたのは、ルフトーヴェル・カーン(23歳・Ⅴ士)。

 深い緑色の髪はきっちり横分けにされていて、同じ色の瞳は知的な光を湛えている。

 ゼクセル防衛大学出(ぶっちぎりの首席卒業)の彼は、去年ここに幹部候補生としてやって来た。

 やがては指揮系統の重大な役割を担っていくバリバリのキャリアなわけだが、からかわれやすい性格らしく、よくフォーティア(上司)や、オセル、ホーミィたち(階級的には彼より下)に遊ばれている。愛称はルフト君。


「ええー、私、好きなことになったりするとすっごい集中力を発揮しちゃって、今回も一日20時間くらい勉強にはまりこんだりしちゃったもんで、それでぇ」

 えへへーなどといいながらアルゼが頭をかく。


「そいつぁ大したもんだぜー。俺なんか未だにもってどうやって合格したのか自分でも納得できねーくらいだからなぁ(注・オセルが受験した年は危機的レベルのパイロット不足年だったため、やむをえず全員採用)。ま、ここでは知識だけじゃあやってけないぜ!同じパイロットとして色々たたきこんでやるから覚悟しとけよー?」

 オセルが絡んでくるのを制しながら、


「Ⅶ(オセルのこと)はもう少し自分勝手な行動を慎んでいただきたいですね」

 冷ややかな目のカァージが言うと、


「Ⅱ(ミザイヤのこと)もね。今日もせっかく『ウォーカー』(護衛機)付きだったんだから下の教育もしてあげないと」

 グラスを傾けながら、エディロアも厳しい口調でそれに応じる。先ほどミザイヤの部屋にいた時とは別人のような振る舞いだが……また髪はひっつめている。


「了解。まあ俺はしばらく『兵機』のサポートに回りそうだけどな。ストライドが直るま・で」

 一方のミザイヤは慣れてる様子でそれに嫌味を返したりしている。


「ま、まあまあ。楽しくいきましょうようー」

 苦しい笑顔でお酌し回っているホーミィは大変そうだが……。


 その時だった。


「緊急警報!! 緊急警報!!」

 ハンガー内にサイレンのけたたましい音と、切迫した女性オペレーターの声が響き渡る。


「……!!」

 ミザイヤを始め、その場の面々の表情が一気に変わった。アルゼひとり周りをきょろきょろ見回したりで落ちつかない。


「北地区、北東地区、東地区、南東地区、南地区の5ヶ所にイド確認! 目標は認識できただけでも20体はいます! 全て同タイプ、『ベザロアディム』ですっ!!」

 切羽詰まった感のある声でオペレーターが告げる情報に、


「まずいですね。凶暴なやつらだ」

 グラスを置いたルフトが鋭い目つきで言うと、


「しかも冬眠から一斉に目覚めたっぽいわね。腹も空かせてるわよね、きっと」

 フォーティアも眉をひそめ、


「体張って止めるしかねえべ。どのみち俺の『ステイブル』とかじゃ捕らえきれねえ相手だしよ」

 オセルも重々しい声でそれに応じる。


「総員緊急配備! 兵機パイロットは各機体に乗機後、命令があるまで待機! ルフト君、私たちは司令室へ急ぎましょう!!」

 司令のきびきびとした声で、一斉に動き始める一同。


「アルゼ!! 私と一緒に来い!!」

 振り返りざまのカァージの言葉に、


「ええっ!?私もですかぁ?」

 驚いて聞き返すアルゼ。その腕を引っ張りながら、


「『イド』出現場所は5ヵ所と聞いただろう!! 人手が足りないっ! お前も『新型』で出るんだ!!」

 カァージが苛立たしげに怒鳴る。


「えええーっ!!無茶ですよぅー、実機訓練は明日からってことだったしー」

「実戦で覚えろっ!!」

 いまだ弱腰のアルゼをがくんがくんと引っ張りつつ、「新型」のあるハンガーへの通路を突っ走るカァージ。


 一方、


「『ヴィークル』出せるか!?俺はそれで出る!!」

 ミザイヤも駆け出しながら言い放つ。「ヴィークル」とは主に移動用に使われるクルマのことであるが、中には機銃が装備された兵機後方支援型もある(ここアクスウェル地区自警には予算不足のため配備されてないが……)。


「ボランドーⅧ士!!運転を担当します!! 他二名!! 支援装備にて待機中の者も出動可能!! Ⅱ騎!! ご命令を!!」

 やたらでかい声で答えてきたのはボランドー・ギフス(Ⅷ士:25歳)。

 がっしりとした体つきに、眉の太い迫力のある面構えとそれを際立たせるスキンヘッド。「鬼ボラ」の異名の通り、その年季/年齢以上に見える下士官っぷりは、組織内でもある意味有名である。


「速攻出るぞっ!! 『北地区』へ急ぐ!!」

 ミザイヤは一旦外に出ると、「ヴィークル」が待機している棟向かって迷わず走った。後から必死で追いかけつつ、ボランドーが大声で尋ねる。


「しかしっ!! まだ上からの指令が出ていませんが!!」

「待ってられねえ!! 『北』はここからいちばん時間がかかる! 報告は後だっ!!(ストライドが動かせない今、戦力的にやばいこんな時に限って、この『一斉襲撃』…まいったぜ)」

 ミザイヤが左方向から滑り込んできた「クルマ」の助手席のドアを開けて飛び乗った。ボランドーも慌てて回り込み、運転席から部下を引き摺り下ろすと、シートに飛び込み、自らハンドルを握る。

 地面に転がされた部下がもう一人に引っ張りあげられながら後部座席に乗り込むか乗り込まないかの瞬間、「ヴィークル」は凄まじい勢いで北側に位置する「ゲート」目掛けて急発進した。



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