#001:混沌の、青
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……振動が続いている。
「みなさん落ち着いて行動をっ! お願いしますねっ」
震えた、ひきつった感じでツアコンのお姉さんの声が聞こえてくるがすぐに轟音にかき消された。何かに掴まらなきゃ、と思わせるほどの揺さぶられ方だ。僕は近場にあった荷物を引っかけておくフックを両手で握りしめるけど、小さすぎてうまく持てない。体は縦に激しく、揺らされるがままだ。
「あああーっ!!」
「なあああああっ」
さっきまできゃーきゃー言ってた僕より少し年上と思われる女子高生や、機内食に蘊蓄を垂れていた恰幅のいいおじさんの叫び声が、壁を、床を、伝わり響き渡ってきた不気味な振動音の合間を縫って聞こえてくる。
人間、極限状態に追い込まれると、気の抜けた、情けない悲鳴しか上げられなくなるんだ、と、無理にでもそんな事を考えて、僕はこの異常事態が過ぎ去ることを、歯を食いしばって願っていた。
でも次の瞬間、殊更大きな下からの突き上げが来たと思うやいなや、僕の体は強烈な衝撃を受けて真上に飛ばされていた。
……そこからの記憶は無い。
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「南東地区2号線沿いに『イド』確認。ミザイヤⅡ騎、出動をお願いします。おそらくは2体。動きはそれほど速くはない」
「了解。もう準備は出来ている」
「目標『2体』と確認。現場からの情報でいずれも10m大の『地上四足型』と確認。『エルテズオ』と思われますね……『ウォーカー』2機を援護につけます」
「……必要ない。……と思うんだけどな」
遮光された狭い暗闇の中、うっすらとした人工の光に照らされた青い髪の青年。
「下段右カタパルト、開きます」
「了解…『ストライド』出動する」
目の前に開ける視界の中を、人間三人分くらいの大きさの金属の箱状の機械のような「もの」が、その下部に付けられた長い脚を器用に前後に動かしながら進んでいく。
「『特機』のやつらはまだ来んのか!?」
一方、荒廃した街中だろうか。石造りの建物が密集している。都市中心部……? その割りには活気というか人の気配はあまりうかがえない。
部下に向かって怒鳴り声をあげる、でっぷりとした中年男。真ん丸の顔にそこだけ威厳を感じさせ(ようとしてい)る立派な髭を震わせている。
「ただ今,こちらに向かっている模様!」
「出動要請からだいぶ経ってるぞ! 遅すぎる!!」
騒ぐ中年男の頭上を、
「!!」
ぶおっ、と長い金属のパイプ状のものが通り過ぎる.そして、
「やあ、失礼。到着が遅れました、エドバⅢ督」
ノイズの混じった拡声音がそう告げた。先ほどの青髪青年の声。心なしか、小馬鹿にするようなニュアンスが込められているが……
「またぐなと何度も言っとろうが!! それに遅い!! 貴様らはどうしてこう……危機感がないのだ!! 危機感!!」
「……『目標』はあの二つですね。片づけますよ。後の処理はお任せします」
拡声音を発しながら、前方に鎮座している二体のトカゲの様な「生物」に向けて歩き出す脚付きの箱型「機械」。間近に迫りつつあるそれら「トカゲ」の体長はその機械と同じくらいあると思われる。ただ、こちらを表情の無い目で見据えたまま、動こうとする気配は無い。
「待たんか、ミザイヤ!! 言いたい事はまだ山ほ」
騒がしい中年男―エドバを無視し、ミザイヤと呼ばれた青年の操る、二本の巨大な脚の上に四角い箱が乗ったような外観を持つ「機械」はゆっくりと「トカゲ」たちとの距離を詰めていく。
(こいつらは……あまり凶暴な種類じゃねーな。『エサ』を探しにここまで出て来たか。始末するのは気が咎めるが……そうも言ってられねえ)
思いつつ、頭上の遮光板を下ろし、右手の方にあるレバーらしきものを強く握るミザイヤ。
「!!」
瞬間、四角いボディの右側面に装着された銃のようなものが、光を放った。目がくらむほどの激しい閃光。歪めた顔を背けるエドバ。他の部下は慣れていると見え、全員すかさずゴーグルのようなものを装着していた。
「……終了だな。大して時間かからなかったか」
その中をミザイヤ操る機械がゆっくりと動き、左側面につけられた「銛」のようなものを発射させる。かなりの速度で飛び出したそれは、視界を奪われて右往左往している二匹の「トカゲ」を一気に貫いた。こもった呻き声を上げ、崩れ落ちる「トカゲ」たち。
「き、貴様! 『あれ』をやる時はやると言えと、何回もいっとろうが!! 食らうとこっちまで一日中、目がチカチカするんだぞ!」
両手で顔を覆い叫ぶエドバを尻目に、
「後はお任せしますよ、Ⅲ督。『ウォーカー』二機と『キャリアー』があれば十分でしょう、自分は本部に戻りますから」
「銛」から伸びたワイヤーのような鋼線をその場に切り離すと、ミザイヤは愛機「ストライド」を発進させ、さっさと帰路へつこうとする。
「待たんか!貴様のその態度、問題ありすぎるぞ! 『特機』だからっていい気に……うおっ! またぐんじゃないっつーの!!」
エドバの怒鳴り声も気にせず、悠々と歩き出す「ストライド」。それを見つつ、部下たちはいつものことかのような顔で、事後処理にとりかかり始める。