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Re:Talk  作者: 祐樹
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第十章 記憶の欠片(3)

 立ち往生って、なんでよ。意味がわからないとヘキサたちが首を傾げていると、クリスは苦い笑みを口の端に浮かべた。


「大した理由じゃない。結論から言ってしまえば、ボス部屋の扉が封印されていて開かなかった――って、だけの話さ」

「封印?」

「そうさ。閉ざされた扉を開くためには、伝説の宝玉だとか精霊の加護だとか必要だって……ほら、RPGにはよくある展開だろう?」


 ふとクリスは視線を頭上にやる。天上を見上げながら彼は、≪聖堂騎士団≫の団長から聞かされた事柄を口にした。


「幸い、というべきかな。封印を解く方法は扉の前で表示されたシステムメッセージですぐに判明したらしい。キーアイテムと一緒にね」


 と、そこで手元でアイテムウインドを操作して、彼はひとつのアイテムを実体化させた。透明な水晶球。その中では青白い炎が、ゆらゆらと儚げに揺らめいている。


「『贖罪の水晶』。それがこのアイテムの名前だ。扉のロックを外すには、これをある場所で使用して、出現するモンスターを倒さなければならないんだよ」

「その場所というのはどこなのですか?」

「咎人の墓場。そこにある墓のひとつが、このアイテムを所有するプレイヤーたちだけが進める秘密の入り口になっているらしい」


 その言葉にうへぇ、と赤毛の少女が嫌そうな顔をした。


「あたし、あそこ苦手なのよね」

「そうですか? むしろ火属性の魔法使いの貴女には、相性のいいダンジョンだと思いますが?」

「うーん。相性云々っていうより、出てくるモンスターが嫌なのよ。……グロくて」

「私もです」


 普段と変わらない涼しげなリグレットとは対称的に、ハズミとリンスは揃って憂鬱な表情で俯いてしまった。

 咎人の墓場は40代前半のプレイヤーを対象にしたモノで、その名称の示すとおりアンデット系のモンスターが徘徊するダンジョンである。

 ダンジョン全体が薄暗くおどろおどろしい雰囲気で、ちょっとしたお化け屋敷いる感覚を味わえる嬉しくないダンジョンで、その性質上、ゾンビをはじめとする見た目がグロテスクなモンスターも多数出現することで知られている。

 そのためハズミやリンスのように苦手意識を持つプレイヤーも多い。ファンシーの売りのひとつであるリアリティ溢れるグラフィックが仇になった形だ。

 反面、徘徊するモンスターからは貴重な魔法薬の材料となるアイテムがドロップでき、クライスのようなプレイヤーから大変重宝されている。


「話を戻そう。封印の解除方法を知った≪聖堂騎士団≫は、他のプレイヤーに悟られぬように少数精鋭のメンバーでさっそく咎人の墓場へと足を運んだ」


 所詮、モンスターのレベルは40代。件の墓所までは被害なしで、さっさと辿り着いたとのことだ。そして墓に突入した彼らが見たのは、どこまでも続く仄暗い洞窟だった。


「モンスターのレベルも50代に跳ね上がったようだけど、それ自体は予想の範疇だったこともあり、彼らは差ほどの被害を出すことなく最深部に到達し――問題が発生した」


 キーアイテムである『贖罪の水晶』を使用した彼らが見たモノは、効果音を伴って中空に表示されたシステムメッセージだった。

 メッセージの内容を確認した彼らは驚いた。何故ならばそこに記されていたのは――


「イベントモンスターと戦えるプレイヤーの人数制限。その数は二人」

「二人!? 少なッ」


 思わずヘキサは声を張り上げてしまった。出現モンスターのレベルを考えれば、イベントモンスターも相応のレベルのはずである。

 しかもこの手のモンスターは、大半が通常のモンスターよりも強化されている。イベントとしての重要性を考慮すれば、その強さはボスモンスターにも匹敵しかねない。


「それでそのイベントモンスターを倒せずに、右往左往してるってワケか」


 ここまでの会話を統合してヘキサはそう結論付けた。

 二人だけという人数制限。それならば未だに封印を破れずに、立ち往生している状況も納得できるのだが……、


「……だったら話がここまで複雑にはならなかったんだけどね」


 白髪の少年の独白をクリスは静かに否定した。


「確かに人数制限で二人だけしか戦闘に参加できないというのも、足踏みをしている状態を生み出している理由のひとつではある。でも、それだけならまだやりようはあった。レベルを上げるなり、攻略法を探るなり、それこそ方法はいくらでも見つけられる」


 現在の状況を作り出している最大の要因。

 それは――


「イベントモンスターに『たったの1ダメージも与えられない』ことなんだよ」

「……はぇ? どういうことですかぁ?」


 ぽかんとして目を点にするリンス。自分の聞き間違えかとも思ったが、どうやらそうではないようであった。


「え? なにそれ? モンスターが硬いとかそういう話?」

「或いは速くて攻撃が当たらないということでしょうか?」

「そうじゃない。純粋にダメージが与えられないんだ」


 実際に対戦したメンバーからその情報を聞いた≪聖堂騎士団≫は、大いに困惑しながらも状況を打破するべくあらゆる対策を講じた。

 物理攻撃と魔法攻撃に状態異常攻撃。属性に対する耐性の有無。果ては武器の種別に至るまで、凡そ考えられる方法の全てを試してみたが、イベントモンスターへのダメージには繋がらなかった。


「……いや、それバグってるんじゃないのか」


 実際に≪聖堂騎士団≫もバグを疑い、運営に何度も問い合わせをしたらしいが、返答はいつも『仕様』の一言だったという。


「つまりバグの類ではないと?」

「らしいね。……仕方なく彼らはフラグの検証から、やり直しざるを得なかったんだけど……そこで新しい問題に直面してしまったんだよ。それは『時間』さ」


 攻略に不可欠な『贖罪の水晶』の入手は二十四時間に一回だけ。つまりイベントモンスターに挑戦できるのも、同じく一日に一回だけなのである。


「攻略に時間がかかればかかるほどに、後発のプレイヤーが追いついてくるのは当然の結果。……彼らは攻略に時間をかけすぎたんだ」


 ≪聖堂騎士団≫にとっての唯一の救いは、『贖罪の水晶』入手から二十四時間はシステムメッセージが表示されない点だった。

 故に≪聖堂騎士団≫に追いついた他のギルドの面々は、開く気配のないボスフロアの扉に戸惑いの表情を浮かべるしかなかったのだが、それで誤魔化すのにも限界がある。

 勘のいいプレイヤーは既に違和感に気づき、疑惑の眼差しを≪聖堂騎士団≫に向けている。この飽和状態が弾けるのもそう遠くはあるまい。

 いまにしてみれば≪聖堂騎士団≫の面子も楽観視していたのだ。まさかここまで攻略に手間取るとは思ってもみなかったのだろう。


「それにここまできたら最早批難は避けられないだろうね。≪聖堂騎士団≫が攻略のキーアイテムの情報を秘匿して、独占していた事実は変えられない。だから――」

「――どの道バッシングされるなら、せめて初回クリアは自分たちでってか?」


 感情のこもらない平坦な声。アホらしい、とその無感情な瞳が語っている。


「まあ、君からしたらそうなんだろう。……庇うワケじゃないけど、彼らも彼らなりに必死なのさ。外部の人間である僕に頼るほどにね」

「お前に頼る?」

「ああ。言っただろう。この話は≪聖堂騎士団≫の団長から聞かされたって。彼とは個人的に知り合いでね。なにか突破口はないかと相談されたのさ」


 あの≪聖堂騎士団≫が知り合いとはいえ、他のギルドに援助を乞う。普段なら考えられないことだが、それだけ切羽詰っているということなのだろう。


「そしてルシオにここまでの状況を訊いた僕は、あるひとつの可能性に気がついた。彼らがまだしていない――いや、彼らだからこその見落としたがあるんじゃないかと、ね」


 彼らはフラグの立てかたや攻撃方法に問題があると思っていたようだが、クリスの意見は別のモノだった。そもそも前提条件が間違っているのではと考えたのだ。


「PKさ」


 端的に言いクリスは目を細めた。その視線の先、見据える白髪の少年には赤い二重円が重なっている。


「知ってのとおり、一般プレイヤーが青いカーソルなのに対して、PKのカーソルは赤い色をしている。……ということはだ。PKはシステム上では一般プレイヤーとは、別扱いされているってことだとは考えられないかな?」


 そして自分の予感は的中していた、とクリスは言う。


「おいおい……まさか……」


 そこでヘキサにも彼がなにを言いたいかが判った。


「『PKにしかダメージを与えられないモンスター』だってのか……?」

「正解」


 半信半疑といった口調のヘキサに、クリスは小さな笑みを浮かべて答えた。


「なにもおかしい話じゃないさ。事実モンスターには特定の属性でしか、攻撃が通らない奴だっている。PKもまた属性のひとつだと捉えれば理屈も立つだろう? 物理も魔法も関係ない。PKであるかそうでないか。それだけが条件だったんだ」


 それはふとした根拠のない思いつきだった。

 くだらない思いつきだと自己完結しながらも、物は試しと預かった『贖罪の水晶』を片手にし、知り合いのPKに同行してもらい実験してみたのだ。


「とはいっても、まさか僕もそんな無茶苦茶な理屈が、本当に通じるとは思わなかったけど。何事も試してみるものだね。今回の件で痛感させられたよ」


 ただ――、と一呼吸間を取る。


「僕にはそれが限界だった」


 イベントモンスターにダメージを与える手段は発見した。しかし、ダメージを与えられるということと、倒せるということはまったくの別物である。

 人数制限によりイベントに挑めるのは僅か二人だけ。たったの二人で勝利しなければならないのだ。そしてクリスの交友関係の中にいるPKで、それが可能な人材はいなかった。


「――だから『俺』なのか?」


 ここに至りようやく白髪の少年には、凡その流れが読めた気がした。室内にいる全員の視線が、自分に集まっているがわかった。

 PKにしか倒せないモンスター。その言葉から連想できる展開はひとつしかない。沈黙した室内に、クリスの声が響いた。


「ヘキサ。君にはこの『贖罪の水晶』を使って、このイベントをクリアしてもらいたい。それが僕からの依頼だ」



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