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Re:Talk  作者: 祐樹
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断章 遥か遠き残響(9)

 硝子の樹を粉砕することで出現した通路。位置的には入り口の反対。フロアの中央で寝ていたクリスタルウルフの真後ろになる。

 未開の通路から吹き抜ける風が、ヘキサたちの頬を撫でて前髪を乱した。ヘキサとデュオは呆けたような表情で、新たに出現した通路を覗き込む。

 左右を結晶と化した樹木に遮られて、一本の直線が視界の向こう側まで続いている。横幅が狭く、一人通るのがやっとそうだ。


「……道、だな」

「道だね」


 偶然の産物であるその一本道に、二人は息を呑むと顔を見合わせた。予想外の出来事に混乱する中、先に口を開いたのはヘキサだった。

 彼は横目で隠されていた通路を見やると、普段よりも押し殺した声色で言った。


「……どう思う?」

「どうって……見たまんまだろ」


 流石のデュオも驚いているのか。片手でがしがしと白髪を掻くと、中空に視線を彷徨わせながら思案する。


「お前はこの隠し通路に覚えがあるか?」

「ない。あったらこんなに驚いたりしないよ」


 だよなぁ、とつぶやくデュオ。ヘキサもまた念のため、彼に同じことを訊ねた。


「一応訊いておくけど、デュオはどう? なにか思い当たる節はない」

「いま記憶にないか探ってたけど……ちょっとないな。ていうか、ひょっとして俺たちが初なんじゃないか。この隠し通路見つけたのさ」

「僕たちが知らないだけってこともあるけどね」


 そう自分で言いながらも、その可能性は低いとヘキサは考えていた。おそらくデュオも内心ではそう思っているだろう。

 以前に誰かがこの通路を発見していたのならば、その情報が自分たちの耳に入らないとは考え辛い。ファンシー内の攻略掲示板など機能しなくなって久しいが、それでもこの手の情報は仲間を介して伝わるものである。

 もっとも、その誰かが意図的に情報の隠蔽を画策していたのなら話は別だ。本当に重要な情報なら独占を図っても不思議ではない。


「ふうん。その場合、例えばどんなケースが考えられる?」

「この先が効率的な経験値稼ぎのできるスポットで、それを他のプレイヤーに知られたくないとかはどうかな?」


 事実、真偽は別としてそのような話は、特に大型ギルドでは日常的に噂されていることである。経験値稼ぎの効率を上げるため、新規ダンジョンの所在を秘匿してるだとか。今後、需要が高まるであろう素材アイテム独占を狙っているだとか。

 他にもそれこそ腐るほどある。他者よりも強くなりたい。それは大なり小なりプレイヤーが秘める願望であり、ネットゲームとしての性質上、それは仕方のないことだ。

 いずれにせよそれは彼らの予想であり想像の域はでない。もしかしたら隠蔽とか独占とか全然関係なくて、この間の500階層クリアでフラグが立っただけかもしれない。あるいは単純にいままで発見されていなかったというのが真相な可能性だってある。


「やっぱし進んでみなくちゃわからない、か」


 通路の先を見据えて、デュオがぽろりと独り言を洩らした。横のヘキサを見やる彼の顔には、宝探しをする子供のような笑みが浮かんでいる。


「ところでヘキサ。ちょいと相談があるんだが」

「……なに?」


 白髪の少年の声色に含まれる楽しげな響きに、ヘキサは猛烈に嫌な予感を覚えた。ある種の確信といってもよかった。


「この先に行ってみないか?」


 ほら、やっぱり。僕の予想通りじゃないか。心の内でため息を吐く。無駄だと思いつつもヘキサは、彼に義務として苦言を訂した。


「二人だけで? ……かなり危険だよ。なにしろこの先がどうなってるのか。まったく情報がないんだから」


 情報は生命線。現在の状況で先に進むというのは、目隠しをしたままで歩くようなものだ。未経験故に構造も判らない。モンスターの種類とレベルが一新されている可能性だってあるし、致命的なトラップが仕掛けられている危険性だってあるのだ。

 回避できる危険に自分から飛び込む必要もあるまい。ここは一旦退却して、態勢を整えてから改めて挑むべき。

 ヘキサはそう判断したし、デュオとてそれは重々承知しているだろう。しかし、白髪の少年は彼の忠告に意地の悪い笑みを浮かべると言った。


「もっともな意見だ。……けど、考えてもみろよ。一度撤退したとしてだ。チンタラしている間に、他の奴に先を越されたらどうすんだよ」

「……こんなところにくる物好きなんていないよ」

「でも、絶対じゃないだろ?」


 端的な物言いにヘキサは押し黙った。世の中に絶対はない。自分たちが離れている間に、別のプレイヤーがこの場を訪れることだって十分有り得る。


「それでそいつらが一度っきりのレアアイテムでも手に入れてみろ。あのとき退かなかったらなんて言っても遅い。悔やんでも悔やみきれないぞ」


 そう言われるとヘキサとしてもキツかった。自分の中の天秤がぐらぐらと揺れているのが自覚できる。彼の心境の変化にデュオの目が光り、駄目押しの一言を放った。


「大丈夫だって。俺だって引き際は心得てる。本当に危ないと判断したら、そのときはすぐに逃走すればいいだろ」


 その言葉でヘキサは折れた。彼だって人並みの好奇心はある。それにデュオのことだから、例え一人でも行くと言い出しかねない。

 それなら万が一に備えて自分も同行したほうがいいだろう――などと、言い訳している時点ではじめから答えが決まっているようなものだ。


「わかった。僕も行くよ」


 ただし、とヘキサは人差し指を立てて、デュオにひとつ条件を突きつけた。


「危険だと思ったらすぐに撤退すること。宝が目の前にあったとしてもだ」

「ああ。もちろんだ。進むか退くかの判断はヘキサに任す。――てなワケで、お宝求めて突き進むぞッ!」

「ちょ、こらっ。後ろから押すなって!」


 水を得た魚の如きデュオに背中を押されて、ヘキサはなにかしらの感慨を抱く間もなく、硝子の樹に囲まれた未開の通路に踏み出した。

 直線の一本道をひたすら進む。いまのところ周囲に反応はない。油断はできないがひとまずは大丈夫そうだった。念のために腰のポーチから、いつでも転移の白結晶を取り出せるように準備しておく。


「お前ってさ……案外、PTリーダーに向いてるよな」


 その様子を眺めていたデュオが、唐突につぶやいた。


「なんだよ。やぶからぼうに」


 白髪の少年の言葉にヘキサは、なに言ってるんだこいつという視線を投げる。じとっとした半目になる彼に苦笑するデュオ。


「いや、ふと思ったんだ。次に身内で狩りに行くとき、試しにリーダーやってみろよ。意外にはまり役かもしれないぜ?」

「僕が……? 冗談だろ。誰も得しないよ、そんなの」


 謙遜ではなく本気だった。人間には必ず不得意があり、ヘキサにとっては人間関係がそれにあたる。なんで自分がいままでソロで活動してきたと思っているのだ。

 ギルドで上手くやっていける自信があったら、≪星の銀貨≫以前にどこかしらのギルドに所属していたはずである。


「そういうデュオこそ今度、リグレットの代わりにまとめ役やってみれば? 彼女の苦労を知るいい機会になると思うよ」

「謹んで辞退させてもらう。余計に苦労かけて説教されるのがオチだろ。これ以上迷惑かけるのは流石に忍びないからな」

「……わかってるなら自重しなよ」


 今回の花火騒ぎ――自分も当事者ではあるが――といい、話を聞くとヒューリと組んで相当やらかしているようだ。二人を正座させて説教するリグレットの姿がありありと想像できて、ヘキサは頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。

 天剣デュオ。高速剣リグレットが率いる≪星の銀貨≫の副リーダーにして、現在ファンシーで最強のプレイヤーと名高い片手剣使い。悪辣なPKとの死闘が繰り広げられたシュバリエ遺跡における、≪仮面舞踏会≫の首領ナハトとの一騎打ちはいまだに記憶に新しく、プレイヤーの間では語り草になっている。

 思えば不思議な少年である。鋭い洞察力と予知じみた勘を見せることもあれば、今回のように好奇心旺盛な子供のような一面もある。

 ヘキサはデュオのことを自分とは違う意味で、ソロ向きの思考回路をしていると思っていたのだが。彼はなにを想いリグレットとギルドを結成することになったのだろうか。

 と、ヘキサが自身の思考に埋没しているときだった。デュオが彼の肩を掴み揺さぶると前方を指差した。


「見ろよ。光が洩れてる。多分、あそこが出口だ」


 言われて面を上げると、結晶化した樹木に囲まれた視界の先。四角く切り取られ空間が目に入った。出口を目前にしてヘキサは、ばばっと左右に目配りするが、いまのところモンスターが現れる気配は感じられなかった。


「さて、と。鬼が出るか蛇が出るか。一体どうなるかね」


 彼の軽口に注意を怠らず、硝子のアーチを潜り抜けて、目を灼く白光に腕で顔を覆った。同時にスキルにより明度が自動で補正され、視界が正常に戻ったのを確認してからヘキサは腕をどかし――目の前の光景に目を見開いた。

 そこは光に満ちた空間だった。結晶化した砂利から突き出す無数のクリスタルが、頭上から差し込む陽光を七色に乱反射させている。クリスタル自体が楽器であるかの如く、空間に澄んだ旋律を響かせていた。


「すげぇな。……これ一個だけでも持って帰れないかな。きっと高値で売れるぜ」


 幻想的な光景に感嘆ではなく、現実的な意見を述べるデュオに微苦笑する。硬質な砂利をブーツの底で踏みしめ、ぐるりと視線を巡らして、ヘキサはソレを発見した。

 乱立するクリスタル群の中央。七色に輝く結晶体に守護された空間。黒い石で造られた台座に静寂と沈黙を伴い、一振りの剣が鎮座していた。


「なあ、ヘキサ。あの剣がそうなんじゃないのか」

「うん。あれが目的の宝……だと思う」


 王道RPGのお約束ともいえる展開。これ見よがしに安置されている剣に頷き合い、二人は黒い台座の前に歩み寄った。


「うわぁ……酷いな」


 台座に突き刺さる剣の破損状態に、デュオは顔を顰めた。

 微細な装飾が施された柄は錆びて、黒く変色している。本来は硝子のように澄んでいたでろう両刃の刀身も、いまは白く濁り所々刃毀れしてしまっている。美術品めいたかつての面影が伺えるだけに、それは尚のこと無残な有様を晒していた。

 本当にこれが宝なのか? と彼らが思うのも無理はなかった。しかし、他に目ぼしいモノも見つからないし、状況的にはそうとしか考えらなかった。

 半信半疑ながらもヘキサは、右手を伸ばして錆びついた柄を掴んだ。グローブ越しのザラついた感覚に眉を潜める。


「気をつけろ。それを抜いた途端、モンスターが大群で現れましたなんて、洒落にもならないからな」


 ヘキサに忠告すると最悪の事態に備えて、デュオはポーチから白い結晶を取り出した。実際にその可能性もあるから困りものである。

 こんな狭い場所でモンスターに囲まれるのは危険極まりない。背後からの嫌な言葉に意を決し、ヘキサを剣を台座から引き抜――けなかった。

 どれだけ力を込めても剣は抜ける気配を見せない。物理的に固定されているかのように、半壊した剣は台座から微動だにしかなかった。

 剣が抜けないというのは、もはやトラップ云々以前の問題である。興醒めもいいところだ。期待させといてこの仕打ちはないのではなかろうか。

 とりあえずヘキサは台座から抜くのを断念すると、柄を手放して考えた。流石に単なる背景オブジェクトではないだろう。

 抜けないのはおそらく、まだフラグを立てていないからだ。では、この場合のフラグとはなにか。レベルやステータスが足りていないのか。もしくは前提条件を満たしていなのか。

 思考を回転させながら剣を眺める。錆びつき刃毀れした両刃の剣。形状から推察するに、種類は片手剣だろう。


「片手剣……?」


 脳裏に閃くモノに後ろにいる白髪の少年を振り返る。彼も同じ考えに至ったのか。ヘキサは無言でデュオに場所を譲り、代わりに彼が持っていた転移の白結晶を受け取った。

 先程のヘキサと同じようにデュオは錆びた片手剣の柄を掴んだ。そして腕に力を込めると、台座に突き刺さる刀身が僅かに動くのが、彼の背後にいるヘキサからも見えた。

 思った通りだった。どうやら武器スキルの熟練度が関係しているのでは、という二人の推測は的中したようだ。


「一気に抜くぞ、ヘキサ」

「いつでもいいよ」


 転移の白結晶を掲げるヘキサに頷くと、デュオは剣を引き抜いた。直後、炸裂した閃光が視界を白く塗り潰し、稲妻の如き轟音が耳朶を激しく穿った。


「トラップ――ッ」


 反射的に右手を背中の大剣の柄に添えて、中空に浮かぶ美しい女性の姿に動きを硬直させた。足元まで伸びる青髪に光を失った青い瞳。胸の位置で両手を組んで祈る盲目の女性は、整った顔に儚い微笑を称えて眼前の二人の少年を見つめていた。


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