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Re:Talk  作者: 祐樹
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断章 遥か遠き残響(8)

 鮮やかな青いエフェクトを纏った肉厚の刀身が、牙を剥いて群がる水晶の獣を両断した。HPバーを失い中空で四散するモンスターを視界の端に捉えながらも、手元で旋廻させた大剣が背後から迫った半透明の鴉を叩き砕いた。

 断末魔と共に消滅する鴉のモンスター。ヘキサは素早く視線を左右に走らせると、【索敵】に反応する影がないのを確認し、背中の鞘に大剣を収めた。

 ふうっと吐息をひとつ。ヘキサは眼前にメニューウインドを展開すると、新規入手アイテム一覧で、今回の狩りの戦利品をざっとチェックした。


「どうだ、ヘキサ。目的の代物はどんだけ集まった?」


 彼が入手アイテムの確認を終えてウインドを閉じると、横手から声が聞こえてきた。そちらを見やると結晶化した樹木の奥から、白髪の少年が姿を現したところだった。


「五十七個。そっちは?」

「俺のほうはちょうど五十個だ」


 そう言って、デュオはため息を吐いた。片手で前髪を掻きあげると、やれやれといった感じで大袈裟に肩を竦めた。


「じゃあ、これで目標の百個に届いたんだ」

「そうだな。……はあっ。なんだって俺たちは、こんなところでこんなことしてんだろうなぁ」


 ぐるりと首を巡らし愚痴を零すデュオ。踏みしめるブーツの底で、結晶と化している砂利が乾いた音を立てた。

 現在、彼らがいる『硝子の森』は、千界迷宮塔の250階層のクリアと同時に開放されたダンジョンである。硝子の森とはその名の通り、植物や地面が全て鋭利な硝子でできていて、それら自然物にも攻撃判定があるというやっかいなダンジョンだ。

 徘徊するモンスターも総じてステータス値が高く、そのクセ得られる経験値はさほどでもない。ドロップ品もあまり美味しくないと、プレイヤーからはそうそうに見切りをつけられ、今や硝子の森を狩場にするプレイヤーは相当の物好きくらいである。

 では、何故そのようなダンジョンに二人がいるかといえば、それは先日の千界迷宮塔500階クリアを記念した祝いの席での、彼らの犯した所業が原因だった。

 端的にいってしまえば花火暴発により破損した、ホールの天井から吊るされていたシャンデリアの弁償のためである。

 花火で砕けたシャンデリアは白硝子の欠片という素材アイテムを加工したモノで、その素材アイテムを入手できる唯一の手段がこの硝子の森なのだ。より正確にいえば、ダンジョンに出現するモンスターが低確率でドロップするアイテムなのである。

 硝子の森に出現するモンスターは共通して、硝子のように結晶化した身体を持っている。おそらく白硝子の欠片は、モンスターの砕けた身体の一部だという設定なのだろう。

 まったく。迷惑極まりない設定だ。集めるこちらの身にもなってほしい。もっとも、ヘキサたちの場合は完全に自業自得ではあるのだが。


「こんなモン、街の露天に行けばすぐ手に入るのにな」


 なにかと旨みのないシケたダンジョンではあるが、白硝子の欠片に限ってはアンティークの素材としてそこそこの価値があるので、纏まった数を揃えればそれ相応の価格での売買が可能なのである。

 そのため露天にいけば比較的簡単に入手できるアイテムなのだが、今回はそうもいかない事情があるのだ。


「それはリグレットに禁止されてるじゃないか」

「いや、そこは上手くバレないように工夫してだな」

「多分無理。リグレットの交友範囲は思ってる以上に広いんだ。こっそり密告されて、怒り倍増がオチじゃないかな」


 だよなぁ、と肩を落とすデュオ。

 彼らは硝子の森に赴く直前、彼女に自分たちの力だけで白硝子の欠片を集めるようにと、何度も念押しされて厳しく注意されていたのだ。

 リグレット曰く、誠意を見せろッ! とのことだ。そんな事情もあって、ヘキサとデュオはこうしてアイテム集めに奔走しているワケである。


「畜生……いいよな、ヒューリはさ。アイテム集める必要がなくてよ。あいつだけ免除なんてズルいと思わないか?」

「それは仕方がないよ」


 唇を尖らせる白髪の少年に苦笑するヘキサ。純粋な生産職であるヒューリに狩りをしろと言うのは、流石にいくらなんでも酷である。それで死亡しては笑い話にもならない。


「その代わりいまごろリグレットに説教されてるでしょ。それにもう集め終わったんだし、いつまでも文句言っててもしょうがないよ」

「……それでもそうだな」


 若干、納得してないような様子を見せつつも、ヘキサの言葉に相槌を打つとデュオは周囲の結晶化した森林を見回した。

 モンスターを狩りながら移動していたからだろう。マップを見るといつの間にか彼らは、硝子の森の最深部付近までやってきていた。ボスモンスターが根城にしているフロアは、もう少しだけ進んだ奥。もう目と鼻の先である。


「ここのボスってどんな奴だっけ?」

「え? 確か――」


 ぽつりとデュオが洩らした言葉に脳内の記憶を探る。ヘキサ自身は戦ったことはないが、以前に他人の話で耳にする機会はあった。


「クリスタルウルフ、かな。攻撃方法はスタン効果付きの咆哮。噛み付きと引き裂き。あとは毛針にそれと……ブレスだったかな」

「ふうん。――なあ、ヘキサ。ここまできたんだし、せっかくだから倒していかないか?」

「倒すって、クリスタルウルフを?」


 白髪の少年の提案を吟味する。確かに帰ってもなにかやることがあるワケでもないし、このままアイテムを集めて終わりというのも味気がない。憂さ晴らしも兼ねて戦ってみるのもいいかもしれない。

 デュオと二人がかりならそこまで苦戦する相手でもないだろう。それでレアアイテムのひとつでも入手できれば、儲けモノだとでも思えばいい。


「そう、だな。……行ってみようか」

「ははっ。そうこなくっちゃ」


 パチンッと指を鳴らす。


「PTはどうする」

「なにがあるかわからないし。一応、組んでおかない?」


 白硝子の欠片を収集する際、二手に別れてのほうが効率がよかったこともあり、ヘキサとデュオはPTを組んでいなかったのだ。

 デュオが手元に開いたウインドを操作する。眼前に展開されたPT要請画面をヘキサが許可すると、視界の端にデュオのHPとMPのバーが表示された。


「ンじゃ、行こうぜ」


 気楽な声色でウインドを閉じると、デュオは結晶化した鋭利な葉や枝を避けながら、ヘキサを引き連れ森の最深部へと歩き出した。

 凡そ十分後。二人は一度だけ遭遇したモンスターの群れをなんなく撃退して、ボスモンスターの縄張りであるフロアに辿り着いた。

 硝子の木々の葉が擦れ合い、澄んだ音色を奏でる。周囲を剣山のような鋭い樹木で囲まれた楕円形の広場。その中央で身体を丸めて巨狼が寝ていた。

 侵入者の存在に巨狼は敏感に反応すると、伏せていた両耳をピンと立てた。赤い双眸を怜悧に細めて、結晶のように透ける体毛を震わせてゆっくりと身を起こす。巨狼に重なる黒いアイコン。硝子仕掛けの狼――クリスタルウルフは天高く咆哮した。

 大音量の咆哮に爆ぜる大気。振動する空気に獰猛な笑みを浮かべて、デュオは腰の後ろの鞘から剣を抜き放つ。背後で大剣を構えるヘキサを先導し、彼はクリスタルウルフ目掛けて一直線に突進した。

 迎え撃つ巨狼が上半身を仰け反らせる。胸部を大きく膨らませると、クリスタルウルフは口腔から猛烈な白い結晶の吐息を吐き出した。

 中空で結晶化する鋭い刃のブレス。ヘキサは右に、デュオは左にと跳躍した。二人の中間地点で弾けるブレスが甲高く砕けて音を散らす。

 一瞬で巨狼に肉薄したデュオが剣を振るう。炸裂したエフェクトにクリスタルウルフが僅かに後退し、直後に大上段から振り下ろされた大剣が巨狼の頭を直撃した。

 怒りに燃えるクリスタルウルフの攻撃を近距離でかわし、振るわれる片手剣と両手剣が巨狼のHPバーを容赦なく削り落とす。

 早くも半分を割る巨狼のHPに、内心で物足りなさを感じるヘキサ。クリスタルウルフから発せられる威圧感は、あの青い炎を纏う騎士には遠く及ばない。むろん、それは両者のレベルやステータスに依存するところはあるワケだが。

 いつしかヘキサの黒い瞳はクリスタルウルフではなく、片手剣を持つ白髪の少年の動きをつぶさに追いかけていた。ふと思えばこうしてデュオの戦闘をまじかに見るのは、初めての機会かもしれなかった。

 前回の500階層は死闘で、前々回の250階層は恐怖で、他プレイヤーの動きに注視するような余裕はなかった。

 故に、凄まじい速度で打ち込まれる剣閃に、知らずヘキサは息を呑んだ。クリスタルウルフの猛攻を剣で弾いて盾で防ぐ。デュオの言葉から察するに、巨狼と対峙するのはこれが初のはず。しかし、彼は一度見た攻撃に対して、的確に対処してみせている。

 以前に同タイプのモンスターと戦った経験の蓄積があるにせよ、ここまで見事に対応できるモノなのか。類まれな反応速度もさることながら、この鋭い洞察力と柔軟な対応力こそが、天剣デュオの最大の武器なのだろう。

 四肢を撓めた巨狼が跳ねた。上空で丸めた身体を回転させると、硬質化させた体毛を針のようにして飛ばす。

 結晶の砂利の地面を砕き、一直線に迫る針をヘキサは横っ飛びにかわす。目標を見失った針が彼の背後にあった木々を穿ち、ふいの違和感に彼の動きが止まった。


「馬鹿ッ! ヘキサッ」


 慌てた声に我に返ると、目前にクリスタルウルフの巨体があった。避ける時間はなかった。巨狼の体当たりをまともに喰らってしまったヘキサは、踏ん張ることもできずに吹き飛ばされてしまった。

 地面に背中を打ち付けて、ごろごろと転がる。咄嗟に硝子を敷き詰めたような地面に手をつき、その反動を利用して起き上がる。

 面を上げるとクリスタルウルフが大きく上体を逸らしているのが見えた。ブレスの予備動作だ。いまからでは迎撃が間に合わない。

 ヘキサはダメージ覚悟で大剣を盾のようにして構えた。クリスタルウルフのブレスが解き放たれる――その刹那、背後から跳躍したデュオの剣が巨狼の鼻先に叩き込まれた。

 ブレス攻撃を強制中断させられたクリスタルウルフ。デュオは着地と同時にもう一撃入れて即座に離脱。そこに間髪入れず巨狼の懐に飛び込んだヘキサが、渾身の力で大剣を跳ね上げた。

 遠心力が加算された肉厚の刀身が、クリスタルウルフの胴体に深く食い込む。頭上に表示されたHPバーが消滅して直後、巨狼の身体が木っ端微塵に砕け散った。ボスモンスターが四散したことで、戦闘状態が自動で解除される。

 と、ヘキサに駆け寄ったデュオが、彼の頭にポカンと手刀をお見舞いした。頭を擦りながら振り返るヘキサ。


「おいおい。流石に油断し過ぎだろ」

「ごめん。……ちょっと気になることあって」


 気になること? と小首を傾げる白髪の少年に頷くと、ヘキサはクリスタルウルフが硬質化させた体毛を打ち込んだ場所に近寄った。透明な樹の幹に手をつくと注意深く目を凝らし、彼は先程の違和感の正体に感づいた。


「デュオ。ちょっとこれを見て」


 手招きするとデュオがヘキサの肩越しに、彼が指差す先を見やり目を細めた。

 ヒビだ。針が打ち込まれた樹の表面が剥がれて、小さなヒビが入っている。ヘキサが戦闘中に動きを止めたのも、偶然砕けた樹の欠片が視界の端に映ったからである。

 本来、背景であるオブジェクト――この場合は、結晶化した樹が壊れることはない。壊れるとしたらそれは、なにかしらの意図があるということだ。

 ヘキサは無言で大剣をヒビが入った箇所に叩きつけた。眩いエフェクトが視界を灼き、ヒビがさらに拡大する。予想通りだ。幹に深く穿たれた亀裂に、ヘキサは口の端の笑みを深めた。

 どうやらこのフロアの中で、この樹だけが破壊可能オブジェクトに指定されているようだ。試しに他の樹に剣を振るうが、弾かれるだけで亀裂が生じることはなかった。

 デュオを後ろに下がらせると、ヘキサは中段に構えた剣を振るった。幹の表面でエフェクトが散り、一撃ごとに亀裂が深く大きくなる。切っ先を手元に引き戻し、踏み込みと共に突き出された刀身がついに樹を粉砕した。残された部分も細かい砂状になり、さらさらと崩れ落ちた。

 そして、結晶化した樹が消滅した場所には、最深部のさらに奥。未踏破のフロアに続く新たな道ができていた。




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