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Re:Talk  作者: 祐樹
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第八章 星の金貨(1)

 ギルドを結成する手順は簡単だ。

 各街にあるギルド斡旋所に赴き、最低構成人数である三人の提示と初期費用の10000リルを渡し、新たに結成するギルドのマスターとサブマスターを決めて、ギルドの名称を登録するだけでいい。これだけで誰でもギルドを立ち上げることができる。複雑な契約など一切ない。ギルドを簡単に設立可能な点も、ギルドが盛り上がっている一因になっているのだ。

 ギルドに所属するメリットはいくつかある。

 まずはギルド専用会話チャット。これは離れたところにいるギルドメンバーとリアルタイムに会話ができるという代物だ。ダンジョンでは使用不可能ではあるが、ギルドの仲間同士で会話するときに重宝されている。

 またギルドに所属するプレイヤーの現在位置を知ることも可能だ。ただしこの機能はギルドマスターとサブギルドマスターないし、前述の二人に権利を譲渡された者だけに限定されている。

 なによりもギルドに所属する最大のメリットは仲間の存在だろう。共に切磋琢磨する仲間たちと時間を共有することで、ファンシーの世界はより濃密なモノとなる。皆で力を合わせてより強大なモンスターに挑むのもいい。気の合う仲間同士で他愛のない談笑に花を咲かせるのもいい。初心者なら上級者に教えを請う絶好の機会になるだろう。

 ギルドに所属することはメリットだけではなく、ときとしてデメリット生むこともある。メンバー同士の対立に歪み。余計なトラブルを抱え込むこともひょっとしたらあるかもしれない。

 だが、それでも勇気を出してみるのもときとしては大切だ。それが新たな可能性の第一歩になるのかもしれないのだから。


「――って、ワケよ。わかった?」

「まぁ――、一通りは」


 右手の人差し指を立てて得意げに解説する赤毛の少女に、白髪の少年はぼんやりと曖昧に頷いた。どこから持ち出してきたのか。彼女の左手には『ギルド入門編 恐れず元気に前に進もう!』と題された本が掲げられている。


「もう! なによその気の抜けた返事はッ」


 ヘキサのやる気のない態度にハズミは頬を膨らせると、左手の本で彼の頭を叩いた。パンッと小気味いい音が周囲に響いた。


「悪い。ちょっと実感がなくてさ」


 そう言うとヘキサは叩かれた頭を片手で撫でながら周りを見回した。

 どことなく市役所に似た雰囲気の広い室内には、たくさんのプレイヤーの姿があった。テーブルで談笑するプレイヤーたちもいれば、ピン止めされた依頼の紙が張られた掲示板の前でどのクエストを受諾するべきか悩むプレイヤーも多くいた。カウンターの前にはクエストの報告をするプレイヤーたちが列を作っている。

 ちなみにギルド斡旋所はギルドの結成だけではなく、クエスト依頼の受付所も兼ねていた。クエストを望むプレイヤーは斡旋所の一角に設けられた掲示板にタッチすることで、現在受諾が可能なクエスト一覧を表示させられる。このクエスト一覧で依頼内容の詳細や報酬を確認し、自分が望む条件に見合うクエストあれば、その場で受けられるようになっている。そしてクエストを完遂した後にカウンターにいるNPCに報告することで依頼が完了し、報酬が貰える仕組みになっているのだ。


「ヘキサ。ハズミ」


 と、横から聞こえてきた声にヘキサは視線をそちらにやった。

 そこにはいつもの黒いゴシックドレスを身に纏ったリグレットが、長い黒髪を左右に散らしながら歩み寄ってくるところだった。


「お待たせしました。後処理に少々手間取ってしまいまして」

「じゃあ、後始末はもう終わったんだ」

「ええ。引継ぎも無事に終了しました。ハズミこそどうなのです? ここにいるということは、なにかしらの方法を見つけたのですか?」


 そう言うリグレットに反応したのはハズミ――ではなく、ヘキサだった。はあっと、重たいため息を吐き、見るからに気落ちした様子の彼に小首を傾げる。


「なにか問題でも?」

「大アリだ。聞いてくれよ。ハズミの奴、≪セブンテイル≫を脱退しやがったんだぜ」


 目を瞬かせるリグレット。事実か確認するようにハズミのほうに視線をやると、彼女は無言でくるりと背を向けた。赤いジャケットの背中。そこには本来ならば刻まれているはずの紋章がなかった。

 最低でもなにかしらの対策を練ってくるだろうと、楽観視していたのが間違いだった。まさか本当にギルドを脱退してこようとは。しかも頭が痛い問題はそれだけではなかった。

 ≪セブンテイル≫と『箒』の二つ名はコインの裏表。その意味を真に理解したのは、ハズミから事実を聞かされた後だった。


「まさか自分から二つ名を放棄する奴がいるとは思わなかったよ」


 放棄? と鸚鵡返しに訊ねるリグレット。赤毛の少女を横目に見ながら、ヘキサは額を手の平で押さえた。


「簡単に言うとだ。≪セブンテイル≫を辞めたら、もう『箒』じゃないってこと。ハズミは赤箒の二つ名を捨てたんだよ」


 マンイータのような悪評の元ならばいざ知らず、ハズミの二つ名は誰もが羨む最強の魔法使いに贈られるモノだ。それを自ら捨てようとは理解に苦しむ。ましてやその理由が、これから結成する自分のギルドに入るためだなんて。正気とは思えない。


「せめて事前に一言くらい説明してくれ」

「嫌よ。だって教えたら絶対に阻止しようとしたでしょ?」


 当然だ。知っていればなにがなんでも止めてた。ハズミのためにもそれが一番だと考えているからだ。そして彼女もそれを承知していたからこそ、脱退するまでその事実を隠しとおしていたのである。


「まさかナイゼルのよろしくお願いしますが、そういう意味だったなんてなぁ」


 ハズミ曰く。≪セブンテイル≫を脱退する方法は二通りあるらしい。

 ひとつは一ヶ月に一度ある『箒』の争奪戦において、挑戦者に敗れ去ることだ。基本的に≪セブンテイル≫を脱退するプレイヤーの大半がこれに該当する。

 もうひとつの方法は、≪セブンテイル≫の長に与えられた権限でのギルドからの追放である。ハズミが望んだのはこちらの方法である。というのも、彼女が争奪戦をしたのはつい最近のことであり、次の争奪戦までは一ヶ月近く待たなければならなかったからだ。

 そして追放を巡って黒箒や白箒と口論になり、その結果があのバロウズ活火山での狩りである。


「大体、副長も意地が悪いのよ。あたしがこれないように、わざわざバロウズ活火山を狩場に選んだりして。シルクは連れて行ったくせにねっ」


 頬を膨らませるハズミ。プンスカと擬音が聞こえてきそうな彼女に、ヘキサは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 とはいえ、時間が巻き戻らない以上は仕方がない。いまさらハズミを放り出すワケにもいくまい。そうは思いながらもヘキサは、どうしても彼女に確認しておきたいことがあった。


「なあ、ハズミ。本当にこれでよかったのか」

「……なにがよ」

「俺がリーダーのギルドだぞ。周囲の反発だってきっとある」


 それでもいいのか、と問うてくる白髪の少年に、赤毛の少女は不敵に微笑んだ。


「当然。それにそのほうがやりがいがあるじゃない?」


 なんてことを言うハズミ。ならばこの話はこれで終わり。もう掘り起こすような真似はしまいと決めて、続いて別の問題を片付けることにした。


「ンじゃなんだ。揃ったんだし、そろそろ行かないか? なんか……凄い目立ってるしさ」


 斡旋所に着いたときから気にはなっていたのだ。遠巻きにこちらを盗み見しながら、ひそひそ話をするプレイヤーの視線に、居心地が悪いのか顔を顰めながら言った。

 いつの間にか彼らの周りには人々の輪ができあがっていた。無理もない。

 最強の魔法使いギルドである≪セブンテイル≫が一人、赤箒――正確には元だがその事実を一般のプレイヤーはまだ知らない――ハズミに、ファンシーで屈指の美貌と噂され凄腕の鍛冶師でもあるリグレット。極めつけがレッドネームプレイヤーにして幻想武器保持者マンイータ・ヘキサ。この異色の取り合わせで目立たないワケがなかった。

 注目されるのに慣れているのか。リグレットもハズミも好奇の視線に晒されても平然としていた。そわそわと落ち着かずに身を震わせているのは当のヘキサだけだった。

 そんなヘキサの様子にリグレットとハズミは微苦笑した。


「それもそうですね。では、さっさと済ませてしまいましょうか」

「ん。了解」


 いよいよか。チクチクと針のような複数の視線を意識の隅に追いやり、二人のやりとりに白髪の少年は口の中で小さくつぶやく。

 多分の緊張と少々の高揚感に、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。我ながら馬鹿みたいに緊張していた。遠足を明日に控えた小学生でもあるまいに。カウンターに向かうふたつの小柄な背中を追いかけながら自嘲する。               

 ヘキサたちは列をなしているカウンターを横切り、誰も並んでいない左端の新規ギルド登録専用の窓口の前に立った。


「ギルド斡旋所にようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 支給された紺色の制服を纏ったNPCの受付嬢が、豊かな金髪を揺らしながら目を細めて柔和な笑顔を作った。

 相変わらず作り物とは思えないほど精巧な表情に立ち止まると、後ろからハズミに軽く頭を小突かれた。肩越しに振り返ると赤毛の少女が早くしろ、と無言で催促している。わかってるよ、とこちらも視線で答えると、待機しているNPCの女性のほうに向き直し、若干緊張した声色で口を開いた。


「あの……新しくギルドを作りたいんだけど」

「新規ギルドの登録ですね。かしこまりました。それでしたらこちらに目を通した上で、必要事項をご記入ください」


 受付嬢が笑顔で言うと、ヘキサの眼前に半透明の画面が表示された。新規ギルドの登録画面だ。画面にはギルドの初期メンバーを記入する欄があり、画面の下部には文字を入力する仮想キーボートがついている。

 ヘキサはキーボードを操作して、ギルドマスターの入力欄にポインタを移動させた。


「なあ、やっぱりギルマスって俺じゃなくちゃ――いや、なんでもないです」


 二人の少女のジト目にヘキサは言葉を引っ込めると、自分の名前を入力欄に打ち込んだ。続いてサブギルドマスターの入力欄に移り、背後を振り返ると訊ねた。


「そういやまだ聞いてなかったけど、どっちがサブやるんだ?」


 その問いかけにハズミは手の平をひらひらとさせながら言った。


「めんどいからあたしはパス。リグレットがやってよ」

「まったく、貴女はどうしてそう――わかりました。では、私をサブとして登録してください」


 赤毛の少女の発言にリグレットは目を細めるが、諦めたように彼女から視線を外し、こちらを振り返っているヘキサを見やり言った。


「了解。じゃあ、サブはリグレット、と」


 入力するとその下のメンバーの欄に、ハズミの名前を記述してしまう。とりあえずこれでメンバー登録は終了だ。画面右下の完了ボタンをタッチすると、次の入力画面に切り替わり――内容を見たヘキサは硬直してしまった。

 そんなヘキサの様子を訝しみ、リグレットとハズミは彼の肩越しに画面を覗き込んだ。半透明のウインドには、ギルドの名前を記入する欄が表示されていた。


「ヘキサ。もしかしてとは思いますが」

「ギルドの名前を考えてなかったんじゃ」

「……すっかり忘れていました」


 白髪の少年は苦渋に満ちた口調で言った。


「で、でも、リグレットとハズミだって、なにも言ってなかったじゃないか。これは俺だけのせいじゃないだろうッ」


 背後からの二つの醒めた視線に慌てて付け足すと、少女たちは申し合わせたかのように揃って口を開いた。


「そりゃそうでしょ。だってこれはヘキサのギルドなんだから」

「悩んでいるのでしたら相談には乗りますが、最終的に判断するのはヘキサなんですよ」


 二人の言葉にヘキサは口をぱくぱくとさせた。


「それで、どうするの? 名前を考えから出直してくる?」

「……ちょっと、待ってくれ。いま考えるから」


 肩を竦めるハズミの一言にそう返答するヘキサ。自業自得とはいえ意気揚々としておいて、流石にそれはないのではなかろうか。

 幸いと言うべきことに、自分たち意外に新規ギルドの申し込みをしようとしているプレイヤーの姿はない。いまのうちにとばかりに名前を思案するヘキサだったが、性急過ぎることもあり焦るばかりで一向に名前が決まらない。

 それでもいくつか候補は浮かんだのだが、いまいちシックリとこないのだ。波長が合わないというべきか。これだという確信が得られないのだ。

 ギルドの名前は、一生のモノであると同時に看板なのである。おいそれと変な名前はつけられない。それにどうせなら格好いい名前がよかったのだ。笑いたければ笑えばいい。所詮、男の浪漫など他人には理解されないのだ。

 そんなことを考えているとふと思考が脱線している事実に気がつき、思考を修正しようと頭を左右に振った。

 ちらりと横目にリグレットたちのほうを窺うと、彼女たちは彼女たちでギルドの名前について小声で話し合っているようだった。

 非常によろしくなかった。このままでは彼女たちが考えた名前が、最終的に選ばれる事態になりかねない。なんというかそれは、凄く間抜けではなかろうか。

 かといって、いまさらやっぱりゆっくり考えたいんで出直そうと、言い出せる雰囲気でもなかった。ハズミに言われたとき意地張ったりせずに帰ればよかったと後悔するが、ときすでに遅しだった。

 思考を切り替える。無理にかっこいい名前を考えるからいけないのだ。考えるのではなく、過去の経験から引っ張ってくればいい。この際、ゲームや漫画からでもいいからそれっぽいのを思い起こして、そこから名前をイジっていけばいいのだ。

 そう結論づけたヘキサは、目を閉じて過去の記憶を掘り返した。他の情報は全て弾く。斡旋所のざわめきが消え、背後の会話も意識の外に追いやられる。

 彼は自身の記憶の海に深く潜った。

 現実での非日常。モンスターとの戦闘。ハズミやリグレットとの出逢い。殺人衝動。≪暁の旅団≫での日々。ソロでの活動。ファンシーにはじめてログインした日。それ以前の退屈な日常。

 閉ざされた意識の中で、ぐるぐると様々な出来事が脳裏を巡る。巡って、巡って、巡って――思考にノイズが走った。

 意識に紛れる雑音。過去の記憶に、灰色の記憶が混在する。ヘキサを形成する記憶が切り刻まれ、その間に異質な情景が割り込まれる。

 それはそのときの過去。あるいはいつかの未来。灰色の空。灰色の木々。灰色の草原。灰色の小鳥。灰色の湖。灰色の世界に二つの人影が並んで座っていた。

 白の彼に黒の彼女が話しかけている。雑音が酷くてなにを話しているのかわからない。彼女の顔には陰が差し、その表情を読み取ることもできないが、それはきっと彼にとって有意義な時間だったのだろう。どこかで見たことのある彼は、興味がない振りをしているが、それとなく楽しげにしている。

 風が二人の間を吹き抜け、ふいに雑音が消えた。静謐の空間で彼女は空中に散る長い髪を片手で押さえて、可憐な唇をゆっくりと動かし――、


「――、星の金貨」


 天井を仰ぎ見た白髪の少年は、なにかに憑かれた口調で言葉を紡いだ。懐かしむように。憧れるように。愛おしむように。焦がれるように。複雑な想いを乗せて紡がれた言葉が大気を儚く震わした。


「ほしのきんか……?」


 耳朶を打つ少女の声に、ふと我に返るヘキサ。背後を振り返ると、リグレットとハズミが話を止めて彼を注視していた。


「それがヘキサが考えたギルドの名前ですか?」

「え……。あ、ああ……多分、そうだと思う」


 リグレットの問いかけにヘキサは、曖昧に頷くとそう答えた。横でそれを聞いていたハズミが、眉を顰めながら言った。


「多分って、なによ?」

「……なんだろう? 俺にもわからない」


 白髪の少年の戸惑ったような口ぶりに、逆に少女たちのほうが揃って首を傾げてしまった。それも仕方がない。なにせヘキサ自身、どうしてその名前をつぶやいたのか、理解できないでいるのだから。

 星の金貨。自分がそう言ったのは覚えている。だが、どうしてその単語を口にしたのかが、どうしても思い出せないのだ。見知らぬ他人が自分の口を動かしたとすら感じる。気味の悪い違和感だけが、口元に淀んでいた。

 束の間の回想。過去を思い起こしていると、刹那、脳裏を記憶にない記憶が過ぎった。そんな気がしたような、していないような――。


「どうかしましたか?」

「……別に。なんでもない。――それより、どうかな。星の金貨って、名前は」


 頭蓋骨の中で弾けた鈍痛に手の平で頭を押さえて、ヘキサは努めて顔色を変えないようにしながら言った。

 どういう経緯でその単語を思いついたのか。皆目検討もつかないヘキサだったが、不思議とその単語が気に入っていた。さきほどまでの思案が嘘だったのかのように言葉によく馴染むのだ。いまとなっては、それ以外の名前など考えらないとすら思える。


「うん。いいんじゃないの」

「そうですね。私も響きのいいよい名前だと思います」

「えっと、じゃあ、これで登録してもいいかな?」


 リグレッとハズミが首を縦に振るのを見て、否定されたらどうしようと不安だったヘキサは、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、続いて放たれたリグレットの言葉に、彼は表情を一変させると強張らせてしまった。


「後はすでに登録されていないことを祈るだけですね」


 そうだった。それがあったんだ。

 リグレットの何気ない一言に、ヘキサは頭から冷や水をかけられたかのように沈黙した。彼はすっかりギルドの名前が決まった気でいたが、その前に最後の関門が残されているのだ。数多のプレイヤーを失意の底に落としたであろう、最後にして最大の障害――即ち、重複だ。

 一般的なMMORPGがそうであるように、キャラクター名もしくはギルド名が重複した場合は、後から登録しようとしたほうがシステムに弾かれる仕組みになっている。ようは早い者勝ちだ。不公平に感じるかもしれないが、これは多数の人間が同時に参加するネットゲームの性質上、致しかたがないことである。

 つまりどれだけヘキサが気に入っていようと、彼以外の誰かが事前に同一の名前で新規ギルドの申請をしていたらそれで終わり。新たに名前を考え直さなくてはならないのだ。

 ごくり、とヘキサは唾を飲み込むと、完了のボタンを押し込んだ。すると画面が替わり、いままでに入力した事項一覧が表示された。どうやら重複はなかったようだ。

 ヘキサは安堵の吐息を吐くと、画面の文字に目を通した。入力済み事項の一覧の下には、新規ギルド結成費用である10000リルが表示され、画面の最後にYES/NOで最終確認を行う旨が記されている。

 ここでYESを選択すれば自動的に10000リルが振り込まれ、新たなギルドがファンシーの世界に誕生するのだ。

 ヘキサはYESにタッチしようとし、触れるか触れないかのところで指先を静止させると、ゆっくりとした動作で背後を見やった。後ろで待機している少女たちに、彼はなにかを確かめるかのような口調で言った。


「最後にもう一度だけ訊くけど……本当にいいんだな?」

「はいはい。いいからさっさとしちゃってよ」

「いまさら愚問ですね」


 それがなにに対する問いなのか、二人の少女は聞き返さなかった。めんどくさそうに手をひらひらとさせるハズミに、ヘキサは薄く笑うとYESをタッチした。

 中空で展開されていたウインドが自動で閉じ、沈黙していた受付嬢が声を発した。


「――……はい。確認しました。≪星の金貨≫で登録します。ギルドに関する説明は必要でしょうか?」

「いや、今日のトコは必要ない」


 仮にも一度はギルドに所属していた身だ。説明されるまでもなく、そこいら辺の事情は心得ている。後ろの二人も同じだろう。


「では、説明は省かせてもらいます。今後、なにかしらの疑問がありましたら、メニューのヘルプに新規追加されたギルドの項目をご覧ください。もし、この窓口に足を運んでくださいましたら、私たちが改めて説明させていただきます」


 そこで一旦、NPCの受付嬢は言葉を切り、深々と一礼した。


「以上でギルドの登録は完了です。お疲れ様でした。≪星の金貨≫に幸が在らんことを」


 祝福の一言を最後に告げられ、新規ギルドを結成するための手続きは終了した。

 ヘキサは窓口を後にすると、部屋の隅に行き、掲げた指先を回してメニューウインドを展開した。軽快な効果音と共に表示された画面を見やり、右側の項目からギルドを選択し、画面を切り替える。

 ジェクトによる≪暁の旅団≫の強制脱退以降、空欄だったギルド詳細画面には、≪星の金貨≫という文字が表記されていた。その横には本来、ギルドのマークが刻まれているのだが、彼らはまだマークを作成していないので空白のままである。また上部のタブをクリックすることで、ギルドに所属するメンバーの一覧などの各種情報の閲覧や、チャットや所在確認を主とするギルド専用機能の使用が可能だ。


「……本当にできた」


 当たり前の事実を前にして感慨深げにつぶやくヘキサに、ハズミとリグレットは顔を見合わせると苦笑した。

 当然です、とリグレットは言い、床に踵を打ちつけ音を鳴らした。


「これでギルド登録も無事に完了したことですし、さっそく行きましょうか」

「え? 行くって――」

「――どこによ」


 きょとんとするヘキサとハズミ。


「決まってます」


 黒髪の少女は口の端に静かな微笑を称えると、普段よりも軽く弾む調子で言った。


「私たち――≪星の金貨≫のホームに、です」




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