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Re:Talk  作者: 祐樹
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第七章 価値観(4)

 先手必勝。群がるディミックを蹴散らし、ブーツの底で頭部を踏みつけて跳躍。落下の加速すら利用して振り下ろされた剣が、穴だらけの赤衣を切り裂く――かに見えた瞬間、跳ね上がった曲刃が、硝子の刀身を受け止めていた。

 拮抗は一瞬。スカルマーダは頭上に迫った剣を意に介さず、大鎌を横に振り抜いた。反動で大きく弾かれたヘキサは中空で一回転。足から地面に着地すると同時に、左方向に力の限り跳んだ。

 ヒュンッと耳元で風切り音がして、湾曲した刃が直前までヘキサがいた空間を切り裂いた。重力を無視し中空に滞空する死神が、襤褸の衣をたなびかせて大鎌を旋廻させる。刃の残照が白く瞼の裏に灼きついて離れない。

 髑髏の眼窩の仄暗い双眸が、白髪の少年を次の供物として定めて、猛然と襲いかかってきた。空中を凄まじい速度で滑空して、勢いを保持したまま大鎌を叩きつける。

 眼前に翳した盾と曲刃との間で激しい火花が散り、腕にかかる恐ろしい負荷にヘキサを歯を食いしばって耐えるが、死神は構わずに刃をさらに押し込んだ。

 盾ごと左腕が後方に弾かれ、バランスを失った身体が釣られて半回転。無防備な背中を晒すヘキサに、首を刈り取らんと曲刃が迫る。


「――っの!」


 地面を蹴ると、宙で身体を捻る。目標を見失った刃が空を裂く。視界の端を通過する大鎌を横目に、地面と水平になった体勢のままで剣を振り上げた。

 下から掬い上げられた剣先が髑髏の表面を削り、僅かにだが死神の動きが緩んだ。そこにすかさずヘキサは蹴りを見舞った。頑丈なブーツの底が剥き出しの胸骨に突き刺さり、浮遊する死神は後方に押し戻した。

 地面に片手をつき身体を跳ね起こすと、追撃の一撃を放つ。弧を描く硝子の刀身が、死神の右肩に命中した。エフェクトが散り、翻った剣先がさらに死神に叩き込まれ――刹那、ヘキサの視界からスカルマーダの姿が消失した。

 目を見開くヘキサの背筋に寒気が走る。視界の端に映りこんだ襤褸の赤い衣に、彼は反射的に左腕の盾を構えた。

 直後、ヘキサの背後に出現した死神の大鎌が、盾を穿ち火花が散った。上半身を捻った無理な体勢で防いだからだろう。今度は堪えることができずに、足から地面から離れた。吹っ飛んだヘキサは突き出した岩盤に、強か背中を打ちつけた。

 スカルマーダの特殊能力である短距離間の瞬間移動だ。使用頻度が低に設定されているのがせめてもの救いだが、驚異的な能力なのには変わらない。

 息を吐く暇もなく、間合いを詰めてきた死神の刃が、ヘキサの命を狙い振り下ろされる。目前に迫った大鎌に、咄嗟に彼は腰を落とすと同時に剣を前に突き出した。

 頭上を通過する刃が岩を削る異音がした。手を伸ばせば届く位置にいる死神の腹部に、硝子の剣が突き刺さっている。

 相手の突進に対してのカウンターだったこともあり、死神のHPバーが大きく減少するが、それでもまだ八割以上あるHPに舌打ちすると、剣を引き抜き離脱を計る。

 すれ違いざまにおまけの一撃を入れ、死神の後ろを取ると遠心力の加わった剣を横薙ぎに叩きつけるが、そうそう簡単に追撃を許す相手ではない。

 背中を切り裂くはずだった剣は、死神が逆手に持った長い柄に遮られてしまった。ヘキサは弾かれた剣を素早く手元に戻し、スカルマーダもまた振り返りざまに反撃を見舞おうと大鎌を振り被った。

 甲高い金属音。炸裂するエフェクトが両雄を照らし、剣と大鎌が近距離で切り結び交じり合う。HPの残量はほぼ同じ。どちらも引かない一進一退に攻防にしかし、白髪の少年の顔色は優れない。一見すると互角に見えるが両者だが、分が悪いのは白髪の少年のほうであった。

 死神の大鎌は鋭く、なによりも重い。いまこそ拮抗しているが、一瞬でも隙を見せれば一気に持っていかれかねない。特に一瞬で立ち位置を入れ替える瞬間移動が厄介だった。予備動作がないため先読みが困難で、対処のしようがない。【直感】スキルでいち早く攻撃を察知して凌いではいるが、それにも限界がある。

 眼前からスカルマーダの姿が掻き消え、斜交いに振られた剣が空振りする。同時に二重写しの視界に右後方から赤い線が表示された。

 右足を軸に身体を反転させて、ぐにゃりと捻じ曲がった攻撃予測線に動作が歪んだ。さっきまで後ろから真っ直ぐに伸びていた線が、途中で鋭角な弧を描き、いまは右上方からに変化している。

 【直感】スキルはあくまで予測であり確定した未来ではない。ときには誤った情報を提示することもある。特に敵性対象とのレベル差や特性、熟練度によって大きく変動してしまう。その誤差を埋めるのは培った経験であり彼自身のカンだった。

 間一髪で頭上に掲げた盾が、上空に出現した死神の一撃を防いだ。重い衝撃に膝が折れそうになるのを気力で堪える。盾を傾けて刃を滑らせると、跳ね上げた剣先で死神を穿ち、地面を蹴って後方に飛び退く。

 ヘキサが死神の追撃に備えて剣を構え――一匹のディミックが、突然ヘキサに襲いかかってきた。死神に集中していたために反応が遅れた。唾液を滴らせる牙が彼に突きたてられるかに思えた瞬間、白髪の少年の眼前に不可視の障壁が展開された。

 障壁に激突し、弾き飛ばされたディミックの鱗を氷の槍と闇色の針が貫く。空中で四散するディミックの向こう側には三人の魔女。

 戦闘を継続させながらも彼女たちは、ヘキサとスカルマーダの一騎打ちに横槍が入らぬように、ディミックたちを抑えていてくれているのだ。

 これは負けられないな。そう決意を新たにするヘキサの前方から、呪文の詠唱が聞こえてきた。耳朶を打つ無機質的な詠唱に顔を顰める。

 死神が構える大鎌。歪曲する刃が深紅の輝きを発して着火した。赤い炎が渦巻き刃に纏わりつく。

 浮遊、瞬間移動に続くスカルマーダ第三の特殊能力。火炎付加。HPが七割を割ると発動するこの能力により、スカルマーダの戦闘能力は飛躍的に上昇する。

 火の粉を散らし旋廻する大鎌に、鋭く目を細めて硝子の刃を鳴らす。故にここからが本番。いままでのは準備運動に過ぎない。


「上等だ」


 不敵に笑う。ポーチから取り出した小瓶の液体を硝子の刀身にブチ撒ける。中身は属性付加の魔法薬。剣に宿す属性は水。

 くるんと手の中で剣を回転させる。内部で乱反射する青と赤の残影が視界に踊り、四つん這いの獣じみた体勢から一気に地面を蹴り――粛々と魔法の言葉が紡がれた。


「――ときよとまれ。きみはうつくしい」


 アクセラレータが発動し、世界が切り替わる。

 通常の時間軸から切り離された空間を一足で駆け抜ける。振り下ろされた大鎌と振り上げた剣が噛み合い、金属音を響かせて赤と青の燐光が中空に舞い散る。

 色素の薄い瞳と青白い鬼火を揺らめかせる双眸とがぶつかり合う。

 HPバーは共に六割弱を残している。ここからは一瞬も気を抜けない。お互いの攻撃力を考えるに、一撃が勝敗を分かつことも十分にありえる。

 搦め手は使わない。真っ向勝負で勝たなければ意味がない。そうでなければあの殺幻鬼には届かないと思うが故に。

 炎を帯びる歪曲した黒刃が赤い軌跡を描き、ヘキサの首を刈り取らんと殺到する。火の粉を散らす大鎌が肌をちりちりと焼く。剣を伝う衝撃に振るえる腕を押さえつけ、尚も激しく剣を打ちつける。

 剣を振るいながらヘキサは、小刻みにギアを組み替える。思考トリガーによる加速倍率の変更。一段ずつ自身の限界を引き上げていく。

 1.2倍から1.3倍。1.3倍から1.4倍、1.5倍へ――。

 ヘキサとスカルマーダの中間で散っていた火花が、いつの間にか死神のほうへと傾いている。加速する彼の剣戟に対応が追いついていないのだ。

 ギアが上がるごとに彼の剣閃は速度と鋭さを増していく。対照的に死神の動きは反比例するかの如く遅延して見える。

 手数の差がそのまま互いのHPに反映されている。拮抗していたはずのそれは、いつしかヘキサが五割。スカルマーダは三割にまで減少していた。

 大鎌を掻い潜り放たれた一撃に、死神は苦悶を洩らした。スキルを中断させられて硬直するスカルマーダに追撃を叩き込もうとして、突如として死神の姿が目の前から消失した。

 直後、ヘキサの斜め横に出現したスカルマーダが大鎌を振り被る。対して彼は剣を振り抜いてしまっている。この体勢からでは迎撃は間に合わない。

 それはヘキサとて例外ではない。――そう彼が通常の状態だったのならば、反撃は間に合わなかっただろう。だが、いまの彼は普通ではなかった。

 幻想武器の名を冠する片手剣が一際強く鳴動した。加速倍率を二倍に再設定。振り返りざまに通常の倍速で翻った剣先が、死神の刃がその身を切り裂くよりも刹那速く、スカルマーダを貫いた。

 制御しきれない動作に身体が暴れて軋む。二倍の加速に身体がついていかない。そこまでの錬度はいまのヘキサにはないのだ。

 瞬間的に二倍にまで引き上げた倍率を1.5倍にまで落とす。彼は自身が制御可能な境界をそこに定めていた。

 現在のワルプルギスの限界加速倍率は二倍。これを以上の加速を得るためには、幻想武器に経験値を喰わせて、ワルプルギスのレベルを上げてやらなければならない。

 それにはまだ時間がかかるし、資金も必要だ。レベルアップによる鍛造が当分は先送りになりそうだが、どのみちいまはこれで十分。二倍すらままならない現状で、それ以上の速度を得たとしても、宝の持ち腐れになるのは目に見えている。

 などと思考に雑音を混じらせたのがいけなかった。下から跳ね上がった柄に対する反応が一瞬遅れた。硝子の刀身が弾かれる。思考の空白をつき弧を描く刃が、ヘキサの身体を捉えた。

 がくっと削られた自身のHPバーが三割を残して停止し、そこからじりじりと減少を再開した。

 しまった。油断した。HPバーの横に表示された点滅するアイコンに内心で毒づく。火傷のステータス異常だ。削られるHPは微量ながら、この状況下にあっては致命的なミスだ。決して侮ってはいけない強敵と認識していながら、肝心のところで詰めを誤ってしまった。その挙句がこのざまだ。

 火傷を治すアイテムはポーチにあるが、使っている余裕はない。状態異常特有の痒痛に似た不快感に表情を歪めて、突如として解除されたアクセラレータに目を剥いた。

 目前に迫った刃を咄嗟に盾で防ぎ、状況を整理しようと頭を働かせるが、原因は明白だった。不快感が妨げになり集中力が途切れたのだ。

 アクセラレータを再駆動させようにも、暴風の如く降り注ぐ攻撃を防御するのが精一杯で、散漫する集中力を束ねる余裕がない。むしろ、そう思い焦れば焦るほどに、かえって意識が乱れてしまう。

 その悪循環にヘキサは概念駆動の使用を諦めた。下手にアクセラレータに頼れば自滅しかねないと考えたのだ。視界にチラつくスカルマーダのHPは一割弱。自身のHPは三割五分といったところか。

 数値上はまだ自分のほうが増さっているが、攻めあぐねている状況と火傷のステータス異常を考慮すれば、そこまでの差はない。

 否、それどころか窮地に陥っているのは自分のほうだ。このままでは押し切られてしまう。猶予も残り僅か。ヘキサは覚悟を決めた。

 次の攻撃終わりが勝負。そこでしくじれば後はない。残された集中力を寄り合わせて、死神の刃の軌道を見切る。

 左。右、右――いまッ。スキルの切れ間を狙い、渾身の突きが放たれた。青いエフェクトに包まれた硝子の刀身が、深々と眉間に穿ち貫いた。

 眼窩の鬼火がチカチカと瞬き、スカルマーダのHPバーが削られて0に――その直前。一ドットを残してHPの減少が止まり、目の前から死神が消えた。

 全身に怖気が走る。背後から伸びる攻撃予測線に振り返り、地面を削り斜交いに剣が振られるがしかし、目の前の光景にヘキサは呻き声を洩らした。

 間に合わない。スカルマーダの姿が視界に映った段階で、すでに大鎌の振り下ろしモーションに入ってしまっている。こちらの攻撃届くよりも相手の刃のほうが一瞬だけ速い。そしてその一瞬が勝負の分かれ目だった。

 無慈悲に滑り落ちる刃が、白髪の少年の首を跳ね飛ばす――その直前で、突如としてスカルマーダの動作が停止した。


「……はあ?」


 思わぬ事態に声が勝手に出た。

 死神の刃はヘキサの首元で。ヘキサの剣は死神の剥きだしの胸骨の手前で止まっている。彼の攻撃は命中していない。

 ならば何故、スカルマーダのHPが消滅しているのだろうか。ヘキサには理解できなかったが、ふと視線を下に落とす。答えはそこにあった。針だ。彼の足元の影から伸びた一本の黒くて細い針が、死神の左胸を貫いている。

 スカルマーダの眼窩から鬼火が消えて、襤褸の衣を羽織る死神は内側から粉微塵になり砕けた。顔を盾で隠して飛び散るポリゴン片をやり過ごすと、ゆっくりとした動作で振り返る。

 そこにはステッキ状の白い杖を構えた黒箒の姿があった。杖の先端は白髪の少年のほうを向いている。ヘキサの視線に気がついたハウゼルが、慌てた調子で大声を張り上げた。


「ち、違う! これは――そう、貴様を狙ったのだ! そしたら偶然、あの死神に当たってしまったのだッ!」

「……それはまた凄いな」


 ぼそりとつぶやき苦笑いするヘキサ。中々に愉快な言い訳だ。両手をぶんぶんと振るハウゼルが面白くてぼんやりと眺めていると、シルクの切羽詰った声が洞窟に響き渡った。


「へ、ヘキサさん!? HPがッ」


 え? とその声に自身のHPを注視する。点灯する火傷のアイコン。その右横のHPバーが、彼の見ている前で消滅した。

 あ、まずい。これって最高にかっこ悪くね? それがヘキサの最後の思考だった。左腕から盾が零れ落ちる。呆然とする白髪の少年の身体が粉々に砕け散り、視界が暗転した。




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