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Re:Talk  作者: 祐樹
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第一章 マンイータ(2)

 転移中の浮遊感から解放されたヘキサが出現したのは、中央都市パンゲアの中心区画にあるセーブポイントだった。

 ヘキサが空を仰ぐと、夜空にふたつの月が昇っている。夜のパンゲアはしかし、街灯や店先から洩れる光によって、昼間と変わらぬ明るさと喧騒に包まれている。

 中央都市の名が示すとおり大陸の中央部に位置するパンゲアは、大陸で最大規模の街である。セーブポイントの周囲にはいくつも露天があり、露天を見ているプレイヤーや値段交渉をする人々でごった返していた。

 夜になっても絶えない人々の活気に、ヘキサはコートの襟を立て身を丸めると、目立たぬように街路の隅っこを歩いて、素材収集を頼んだ馴染みの店へと向かった。

 ネットゲームの人口は男性プレイヤーが多いのが常ではあるが、ファンシーは意外と女性プレイヤーも多く――ファンシーでは、プレイヤーの性別が現実と同一で固定されている――横目で見ると、女の子が開いている露天も多々見受けられた。

 人々の喧騒で賑わう街路を、出来うる限り人の目に映らぬように歩くヘキサ。こういうとき人が多いのはいいことだ。それだけ目立たないということでもあるからだ。流石にこの人ごみの中、自分に声をかける物好きなんて――、


「見つけた!」


 ああ、そういえば一人だけいたっけ。


「こら、待ちなさい。ちょ、邪魔よ! どいてってば!」


 背後からの聞きなれた声に気づかないフリをする。どうやら人が邪魔でこっちにこれないようなので、いまのうちに足早に立ち去ろうと小走りになり、


「止まれって言ってんでしょ!」


 背筋を走った寒気に、慌ててその場にしゃがみこんだ。

 直後、さっきまでヘキサが立っていた空間を、ごうッと炎の塊が通り過ぎた。炎はそのまま直進すると、赤いエフェクトを散らし壁にぶつかり消滅した。

 一瞬にして街は騒然とした雰囲気に包まれた。


「ようやく止まったわね」


 周囲の目が一斉にヘキサと声の主に向けられる。

 せっかく目立たぬように注意していたというのに、完全に無駄骨に終わってしまった。仕方なしにヘキサは振り振り返った。

 ヘキサの視線の先にその少女はいた。

 肩口で切りそろえられた髪は燃えるような赤。黒のインナーに赤いジャケット、ホットパンツという格好で、ヘキサの方に向けられた右手には、手の甲に透明な半球がくっ付いた指貫グローブをしている。

 その指先には炎の残滓が未だに燻っていた。


「まったく。面倒かけさすんじゃないわよ」

「……街中じゃ戦闘行為は禁止だぞ、ハズミ」

「知ってるわよ、そんなこと」


 整った顔立ちの少女は勝気な笑みを浮かべて言った。


「お、おい。あれって……」

「赤箒じゃないか?」

「嘘、マジで?」


 少女のジャケットの背中に刺繍された、赤い箒に跨った魔女の紋章を見た見物人がざわめいた。いつの間にかヘキサと少女を囲むようにして人だかりができて、いたるところでひそひそと会話がされている。


「だったら、頼むから自重してくれ」

「うるさいわね。今日こそ黒焦げにしてあげるから覚悟しなさいよッ」


 赤箒と呼ばれた少女――ハズミは、肩を怒らせながら右手を翻した。指先の軌跡を沿い、火の粉の残滓が空中に弾ける。


「だから……街中なんかの中立エリアじゃ戦闘行為自体が不可能だろ。あんまりやりすぎると運営に目をつけられるぞ」

「っさい! いいからわたしと勝負しなさい、ヘキサ!」


 瞬間、世界が凍りついた。


「へきさ?」


 ぼそりと誰かがつぶやく。


「ばかっ」


 ちっと舌打ちする。こうなるのが嫌だから目立ちたくなかったというのに。全部、水の泡ではないか。


「ヘキサってあれだよな。一ヶ月前の」

「うん。間違いないよ」

「じゃあ、こいつが――」


 好奇が嫌悪に。興味が畏怖に変わった。


「マン――」

「……じゃあ、な」


 周囲の空気に耐え切れなくなり、ヘキサは脱兎のごとく逃げ出した。一秒でも早く、この場から立ち去りたかった。

 ひっと短い悲鳴を上げ、ヘキサの前方に立っていたプレイヤーが、彼から逃げるように身を捩る。人だかりが二つに分かれ出来た道を、全力で駆け抜ける。


「あ、こら。逃げんな――!」


 失礼な。戦術的撤退と言って欲しい。

 すごい速さで風景が後方に流れていく。後ろからハズミが追いかけてくるが、前衛のヘキサと魔法職――後衛のハズミとでは、敏捷パラメータに大きな差がある。

 その距離はあっという間に広がり、すぐに彼女の姿は雑多に紛れ見えなくなった。裏路地に飛び込み、曲がりくねった道を駆け抜け、ようやくヘキサは立ち止まった。

 マップを開き現在位置を確認する。幸い、目的地だった知り合いの店からそう離れてはいなかった。ここからなら歩いて五分といったところか。


「勘弁してくれ」


 はあっと重いため息をつく。最近ため息をつくことが、多くなったような気がする。


「まだいるかな?」


 なんにせよ、早いトコアイテムを渡さなくては。そうそうにログアウトしたいのを堪えて、ヘキサは馴染みの店へと足を向けた。



 炉から洩れる熱気と火の粉が、黒髪の少女の横顔を赤く照らしている。

 水晶のように無機質的めいた美貌が、炉の中で赤熱する石炭を静かに見据えていた。彼女が身に纏っているのはツナギの作業服――ではなく、至るところに黒いフリルがついている黒地の衣装。俗に、ゴシックロリータ――ゴスロリといわれる服装だった。

 熱が篭る作業場に似合わぬ可憐な衣装の少女は、炉の状態を確認すると手に持っていた金属塊をその中に放り込んだ。元は鉛色だった金属が、炉で赤く熱せられている。

 このマグネタイトと呼ばれる金属は、プレイヤーが採掘した鉱石を【冶金学】スキルで精錬した金属素材であるが、いままでは加工方法が解らずに放置されていたアイテムである。だが、現在攻略の最前線になっているバロウズ活火山で発見された赤石炭によって、加工に必要な燃焼温度が確保できるようになり、ようやくこの金属を使用した鍛造が可能になったのだった。

 彼女は真っ赤に熱せられた金属を炉から取り出すと、すぐに鉄板の上に移した。メニューウインドから作成するアイテムの種類を指定する。彼女は武器を選ぶと、画面に表示された様々な武器の種類から両手大剣を選択。マグネタイトの特徴は、硬くて重い。そのため大剣や大斧などの重量武器との相性がよいとされている。

 少女は右手にハンマーを持つと、頭の中にこれから鍛造する両手大剣の輪郭をイメージした。それは金属の質感であり、大剣の形状であり、刃の切れ味であった。

 それら武器を構成する想像を脳裏に固定したまま。金属を力強く叩いた。工房に規則正しく甲高い金属音が木霊する。長い黒髪は空中に散らし、少女は無心で火花が飛ぶ金属を叩き続けた。

 金属に変化が生じたのは、ハンマーでちょうど百回叩いたときだった。立方体だった金属塊が眩い輝きを帯びて細い棒状に引き伸ばされる。ハンマーが振り下ろされる度に、棒状の金属が厚みを増し、剣としての輪郭が形成されていく。それから更に百回ほどハンマーが澄んだ金属音を奏で、渾身の力でハンマーが金属を打ち、光が弾けるとそこには見事な装飾が施された大剣が横たわっていた。

 彼女はハンマーを床に置くと、大剣の刀身を軽く叩き、詳細ウインドを表示させた。そこには剣の銘と性能、装備するためのステータス条件などが記述され、最後に武器の製作者たる黒髪の少女の名前が刻まれている。

 予め依頼者から聴いていた要求と照らし合わせて、大剣の性能がそれらの目標値を満たしているのを確認すると、彼女は壁に立てかけてあった白地の鞘に造ったばかりの剣を納めた。

 両手で剣を持って立ち上がった少女は、工房と売り場とを繋ぐドアに近づき、ドアについた窓から見える人影に足を止めた。

 明かりが落ちて、暗い店内の隅にうずくまる黒い影にしかし、それが誰であるのか察しているかのように、黒髪の少女は胸に大剣を抱えたまま店内に繋がるドアを開いた。



 様々な用途の店が乱立した西区の一角にある知り合いの店につくと、店先には『CLOSED』と書かれた木札がぶら下がっていた。

 ヘキサは裏口に回り窓から赤い明かりが洩れているのを確認すると、正面に戻りきょろきょろと周囲を見回し人影がないかを確認した。

 誰もいないのを確認すると、ポーチから以前に貰った合鍵を取り出し、物音を立てないよう静かにドアを開け、すばやく中に入り鍵を閉める。

 静まり返った店内は窓から差し込む月明かりだけで薄暗かったが、すぐに【識別】スキルによる補正が視界に加わり、昼間同様に店内を見回せた。

 片手剣や両手剣。刀に曲剣など。小奇麗な店内には複数の武器が、整然と種類別に纏められて飾られている。カウンターを見ると売り子のNPCが椅子に座っていた。待機モードになっているようだ。エプロン姿のNPCは眠っているかのように身動きひとつしない。

 と、売り場の隣にある工房からカン、カンと規則正しく金属を打つ音が響いてきた。

 売り場と工房を隔てるドアの窓からそっと工房の中を窺う。真っ赤に加熱された炉の火に照らされ、一心不乱にハンマーを振り下ろす友人が見えた。


「……仕事中か」


 邪魔しちゃ悪いな。そう判断したヘキサは、ドアから離れると木の床に座り込んだ。壁に背中を預けて、ふとなにかを思い出した様子でメニューウインドを展開させた。画面にはプレイヤーの名前とレベル。各ステータスのパラメータ値が表示されている。そしてステータスウインドの情報から、5ポイントがステータスに割り振られずに残っていることがわかる。

 実は強敵であるマッドラビットを単独撃破したことで獲得した、大量の経験値でヘキサはレベルアップしていたのだ。

 ファンシーは、ネットゲームでは典型的なスキル制とレベル制の併用型で、レベルが上がるとHPとMPの最大値が上昇し、それとは別にステータスポイントを得られる。レベルアップにつき得られるポイントは5。プレイヤーはそのステータスポイントを、体力・筋力・敏捷・知力・精密のどれかに振り分けて自身を強化していくのだ。

 白髪の少年は幾ばくかの黙考の後に、2ポイントを筋力に割き、残りのポイントを敏捷に割り振った。ポイントを振り終わると画面を消し、目を閉じる。

 金属を叩く音はそれからしばらくしたが、ふいに止まった。それから工房のドアが開き、中から人影が現れた。

 自動で店内の明かりがつき、人影はヘキサに気がつくと動きを止めた。


「……やあ」

「やはり貴方でしたか」


 立ち上がり片手を上げるヘキサに、少女はそう言うと、胸に抱いている鞘に納まった大剣をカウンターの上に置いた。


「いたのなら声をかけてくださればよかったですのに」

「あー仕事中みたいだったから」

「そういうところは律儀なんですね」


 言って、黒髪の少女は微苦笑した。

 彼女の名前はリグレット。鍛冶師であり、この店の持ち主である。ファンシー――特に中央都市パンゲアで、彼女の名前を知らないプレイヤーはいないだろう。

 なによりも目を見張るのはその類まれな美貌だ。断言してもいい。アカウント登録時に行われるキャラクターエディトがランダムで決定されるファンシーにおいて、彼女は屈指の当たりを引いたのだと。

 腰まで伸びる長い黒髪は、その前髪の一房だけが、鮮やかな紫色に染め上げられている。偏執的なまでに整った相貌にシミひとつない白い肌。着ている漆黒のゴスロリ服と相まって、まるで御伽噺にでてくるお姫様のようだ。

 これほど美しい少女をヘキサは他に知らなかった。また彼女は卓越した腕を持つ、鍛冶屋としても有名だ。ヘキサの腰に吊るされている片手両刃直剣ペルシダーも彼女の手による作品である。


「今日は店を閉めるのが早いんだな」

「早めにログアウトするつもりでしたから」


 それに、と付け足し、


「店内にヒトがいたら貴方が入りづらいでしょ?」

「……まあ、ね」


 誰か客がいたら、外で帰るのを隠れて待つつもりだったヘキサは、リグレットの言葉に曖昧に頷いた。


「それはそうと、頼まれたモノを持ってきたぞ」


 バツの悪さを誤魔化すようにトレードウインドを開き、アイテムを指定するとリグレット側のイベントリに放り込む。


「すいません。手が空いていれば自分で取りに行ったのですが」

「相変わらず忙しいみたいだな」


 カウンターの上の大剣を見やり、ヘキサはそう言った。

 その類稀な美貌故に、リグレットに武器鍛造の依頼をするプレイヤーは多い。あわよくば依頼を機に、彼女と個人的に仲良くなりたいなどと、邪に考えている輩も中にはいるだろうが、純粋に黒髪の少女の鍛冶師としての腕を見込んでいるプレイヤーも数多く存在する。

 通常のMMORPGの場合、製造する条件が同じなら誰が造ろうとも、同じ種類で同じ性能のアイテムが出来上がる。ランダム要素があれば性能にも若干の誤差が生じるだろうが、それも許容の範囲内だろう。

 対してファンシーの製造システム――イマジネーション・クリエイト――はその自由度の高さと独創性に定評があり、ステータスやスキルの熟練度もさる事ながら、プレイヤーの腕に依存する部分が大きい。

 例え作成アイテムの種類や熟練度にステータス、使用する素材アイテムなどの条件を同一にしたとしても、生産者によって武器の性能が大きく変わってしまうのだ。

 そしてリグレットが鍛冶師として有名なのはその類稀な美貌もあるが、イマジネーション・クリエイトを誰よりも巧みに扱えるからに他ならない。なにせ彼女が鍛造する武器は、通常の鍛冶師のモノより性能が一段階上がると言われているくらいだ。


「ええ。さっきようやく今日の受注分が終わったところです。……代金はこれでいいですか?」

「いいよ、別に。リグレットにはいつも世話になってるし。あ、そうだ」


 振り込まれたお金――この世界ではリルという――をキャンセルしてトレードを終了させようとして、ウインドを操作していた手がふと止まった。


「ついでにこれもやる」


 そう言うとヘキサは画面に手を触れ、≪聖堂騎士団≫が落とした装備と狂いウサギの鋸を新たにトレード一覧に追加した。


「これは?」

「実はギルドの連中に待ち伏せされてたみたいでさ。そいつらが落とした装備なんだけど、俺が持ってても仕方がないからやるよ。それなりに高価な装備品だろうし、売るなり熔解させて金属に戻すなり好きにしてくれ」

「待ち伏せされたって、またですか?」


 トレードを終了させたヘキサに、眉根を寄せリグレットが聴き返す。


「ああ、また、だ。ご苦労なことだよな」

「どこのギルドですか?」

「いつもの如く≪聖堂騎士団≫。十人くらいいたかな?」


 その言葉にリグレットは苦笑するしかなかった。≪聖堂騎士団≫は現在ファンシーにおける第一勢力ギルド。さきほど渡された装備品の要求ステータスから見ても、ヘキサを待ち伏せしていた連中はそれ相応のレベルだっただろうに。

 それをあっさりと返り討ちにしたというのだ。目の前にいるこの白髪の少年は。


「あら? これは……狂いウサギの鋸、ですか?」


 トレードした素材アイテムや装備に混じり記されている名前に、リグレットは目を見開いた。彼女は狂いウサギの鋸をクリックすると実体化させた。右手に加わる新たな重み。彼女も実物を見るのはこれがはじめてだった。店内の明かりを弾き、血痕に濡れた鋸が不気味な輝きを放っている。

 小首を傾げる少女に、ヘキサは事情を説明した。

 頼まれた素材アイテムを集め終えて、アスピールの出口に向かう途中でマッドラビットに襲われているプレイヤーを見つけたこと。流石に見殺しにするワケにはいかずに割って入り、そいつが狂いウサギの鋸をドロップしたことを順番に話した。


「帰り道で遭遇したと言いましたが、私の記憶に間違いがなければ、マッドラビットは最深部のフロアに出現するはずではないですか?」

「ああ……だから、誰かがマッドラビットを中間フロアまで連れてきちまったんだろ。あのダンジョンは転移系統のアイテムや魔法が使えないからな。大方、出口に辿り着く前にやられたんじゃないのか」


 ただ――、とヘキサは言葉を繋ぐ。


「最近、ミスト狙いのPKが横行してるみたいだから。悪意のある誰かが、MPK目的で意図的に引っ張ってきた可能性もある。俺の考えすぎかもしれないけどな」


 MPK――モンスターを使用して、プレイヤーを殺害する行為を指す単語である。運営側はこの悪質な行為を認めておらず、抑制しようと試行錯誤しているのだが、一向に後を絶たないのが実情だ。


「MPKはPKと違って、誘発する側に殺害ペナルティが発生しませんから。面白半分でMPKに手を染めるヒトもいるかもしれませんね」


 特にファンシーではミストという独特のシステムを採用しているため、MPKは減少するどころか増加傾向にあるといっていい。


「いっそのことミストを廃止してしまえばとも思うのですが、よほどのことがない限りは恐らく廃止されることはないでしょう」


 キャラクターを作成したときに与えられるミストは一律で12ポイント。ボスモンスター及びPKに殺害された場合は2ポイント、通常のモンスターと一般プレイヤーに殺害された場合は1ポイントが、ミストの総ポイントから減点されることになる。

 ミストは月のはじまりの日に3ポイントが自動で補填されるのだが、これ以外での回復方法は未だ見つかってはいない。

 そもそも何故、ミストなんてシステムを導入したのか。プレイヤーの問いに対し、運営はリアルを追及した結果だと回答しているが、ヘキサは理解に苦しむ思いだった。

 ポイントを失った瞬間にキャラクターがデリートされるシステムなど、プレイヤー側からしたら百害あって一利なしだ。現にこのミストのせいで、問題になっている事項がいくつもある。

 例えば何ヶ月も一緒にPTを組んでいた友人がある日、ポイントを失いキャラクターを削除されてしまい、それっきりファンシーにログインしなくなってしまった。何ヶ月も苦楽を共にした分身ともいえる存在が、問答無用で削除されてしまうのだ。やる気を失うのも当然だ。それに最初からキャラクターを作り直すとなれば、いままでのPTとは一緒に行動できなくなる。レベルや装備も初期状態に戻るのだから、狩りに同行することが難しくなるからだ。


「本当に――ミストなんて、なくせばいいのに」


 天井を仰ぎ、白髪の少年は小声でつぶやいた。

 ミストなんて邪魔で余計なシステムさえなければ、自分が置かれた現状だって、いまよりも多少は改善されるはずだ。


「まあ、仮定の話なんてするだけ無駄だけどな」


 束の間の物思いに囚われたヘキサだったが、頭を振り余計な雑念を消すと、こちらを見ている少女に片手を上げて言った。


「じゃあ、今日はこれで。俺はもう落ちるから」

「ちょっと待ってください。ヘキサは明日、なにか用事はありますか?」

「ん? ――特にはないけど」

「でしたら、私の用事に付き合ってくれませんか? 鉱石を採りにいきたいのですが」


 鉱石? とつぶやくヘキサにリグレットは頷き、


「場所はキプロス鉱山です」


 キプロス鉱山は鉱山都市トルキアの西区画から行けるダンジョンで、豊富な種類の鉱石を採掘することができる。中にはめったに採れないレア鉱石もある。


「わざわざ採りにいかなきゃならない鉱石なんてあるのか? オーダーメイドでもされた?」


 武具製作にレア鉱石など通常では手に入りにくい素材アイテムが必要な場合、通常は依頼者側が予め用意しておくのがファンシーにおける暗黙の了解だ。

 もしくは彼女が所属している鍛冶ギルド≪小人の金鎚≫から配給されるかだ。トッププレイヤーからの受注も多いリグレットだから、ギルドも素材アイテムを優先的に配給するはずなのだろうが。


「キプロス鉱山のボスモンスターは知っていますよね?」


 ヘキサは首を縦に振った。


「確かスケルトンナイトだっけ?」


 スケルトンナイトは両手に武器を持った骨系統のボスモンスターだ。骨の癖にやたら攻撃力が高くて苦労させられた記憶がある。


「はい。つい先日、そのスケルトンナイトがいる部屋で隠し通路が発見されたんです」


 それは初耳だった。


「ここんトコずっとソロだったからな。全然知らなかった」


 すでに攻略済みのダンジョンなうえ、鉱石を掘ることもないから気にも留めてなかった。


「私が欲しい鉱石は更にその奥。最深部から発見された月晶石です。幸い必要な【採掘】スキルはそう高くはないようなので、私の熟練度でも問題はないのですが」


 そこでいったん言葉を切り、


「どうやら隠し通路の先からは、モンスターの種類が変わるらしいんです。攻略に挑戦した人達の話ですと、最低でも45前後はレベルがないとキツいそうです」

「それはまた」


 一気に難易度が上がったものだ。

 キプロス鉱山の適正レベルは30とヘキサの攻略当時ならともかく、マップも完成し生息モンスターも判明している今となっては、あまり高くない難易度の筈だ。小遣い稼ぎにちょくちょく採掘に来るプレイヤーも多い。


「ほとんどバロウズ活火山と変わらないじゃないか」


 呻くヘキサ。現在トッププレイヤー達が攻略に挑んでいるバロウズ活火山の推奨レベルが50以上だから、最前線とそう大差のない攻略難度だといえる。


「最近発見されたばかりなうえ、その攻略難易度の高さ故に、月晶石はごく僅かな数しか市場に出回っていないんです。出回っている分についても値が高騰して、非常に高値で取引されています」

「だから自分たちで採りに行こうと?」

「そうです」

「ふうん。付き合ってくれってことは、リグレットも行くのか?」

「そのつもりです。……確かヘキサのレベルは56でしたか」


 以前に訊いていたレベルを口にするリグレットに、ヘキサは「違うよ」と言葉を投げ返した。


「今日の昼にレベルが上がって、57になった。――そういうリグレットは、48だっけ?」

「はい。でも、残念です。これでますますヘキサと差ができてしまいましたね」

「いや、普通に凄いと思うぞ」


 伏せ目がちになる少女にヘキサはそう苦笑した。

 50に届いていないとはいえ、確実にトッププレイヤーの圏内だ。更に言うならリグレットは純粋な戦闘職ではなく、鍛冶屋としての生産職も兼ねている。それで48は十分に凄いと、ヘキサは思っている。一体どうやってレベルを上げているのかちょっと興味があり、前に訊ねたことがあるのだが、そのときは「女の子の秘密です」と意味ありげに言われ、結局はぐらかされてしまった。


「なんにせよ戦力として申し分ないです。彼女も入れて三人。これならどうにかなりそうですね」

「は、三人? 俺とリグレットだけじゃなくてか?」

「ええ。今回は依頼者も同行することになっています。流石に私と貴方だけでは対処しきれないかもしれませんから」


 その言葉にヘキサは顔をしかめた。

 彼も二人だけではキツいかもと考えていたところだ。リグレットの顧客だというなら、戦力として問題はないのだろうが。それはそれで別の問題が発生するのではなかろうか。


「それなら俺は外した方がいいんじゃないか? 戦力なら≪梟の巣≫に頼めばいいだろ。俺がいると、その……かえって邪魔しちまうと思うんだけど」


 ≪梟の巣≫は傭兵ギルドであり、傭兵はリルと引き換えに、顧客の要望を満たすことを生業としているプレイヤーたちの集まりである。その特性上、彼らに依頼するのには資金が必要ではあるが、自分たちよりも高レベルのプレイヤーを雇えるのが最大の強みである。

 良かれと思っての提案であったが、リグレットは静かに首を横に振ると言った。


「その点は心配ありません。依頼者は見た目でヒトを判断するような娘じゃありませんから」

「……まあ、リグレットがそう言うなら。いいよ。俺も行くよ」

「ありがとうございます。では、明日の午後五時。キプロス鉱山の入り口で待ち合わせましょう」

「ん。わかった。じゃ、明日な」

「――ヘキサ」


 身体を反転させ、店内から出て行こうとするヘキサの背中に、リグレットが呼びかける。


「貴方はこの先もずっとソロでいるつもりですか?」

「なにが言いたいんだ?」

「どこかギルドに入る気はないかということです。貴方ほどのプレイヤーあれば、欲しがるギルドなんていくらでもあるでしょうに」

「はっ。本気で言ってるのか?」


 声には自嘲が滲んでいる。振り返らない。きっとろくでもない顔をしているだろうから。


「無理だよ。俺はギルドに向いてない。ガラじゃないんだ」


 それに、と口元を歪め、


「俺を入れてくれるようなギルドなんてあるわけないだろ?」

「ヘキ――」

「また明日」


 リグレットの言葉を遮る。そしてついぞ彼女の顔を見ることなく、逃げるようにその場から立ち去った。



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