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Re:Talk  作者: 祐樹
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第六章 選択肢(3)

 美杉彩音との対話の後、自宅に帰ってきた友哉が目にしたのは、玄関の近くの壁に背中を預け、所在なさげに立ち尽くす樋口奈緒の姿だった。

 彼女は黒いダウンジャケットのポケットに両手を入れて、身を縮めながら夜空を仰ぎ見ていた。妹がなにを考えているのか。友哉にはわからない。だが、その横顔はどこか寂しげで、儚げだと彼は思った。


「……、あ」


 小走りで近寄ってくる兄の存在に気がつき、奈緒は小さく声を洩らした。その声色が安堵の色を帯びているように感じたのは、彼の気のせいではあるまい。


「兄貴。帰ってきたんだ」

「ど、どうした。なにかあったのか?」


 普段は見ない妹の表情に、おろおろと友哉は焦った様子で訊ねる。すると奈緒は視線を地面に落とし、気まずそうにつぶやいた。


「鍵、忘れちゃった」


 それだけだった。

 トントン、とつま先で地面を叩く奈緒。ああ、そうなんだ――と、吐息をひとつ。なんにせよ、何事もなくてよかった。友哉の全身からどっと力が抜けた。


「そうならそうと、どっかで時間を潰しておけばよかったのに」

「それが財布も携帯も部屋に置いてきちゃって」


 例えそうだとしてもこんな寒空の下、玄関で待っている理由はあるまい。財布がなくても、コンビニ辺りに行けば、とりあえずは寒さを凌げるだろうに。


「あたしもそうしよっかなぁって、思ってはいたんだけど……その……」


 言葉を一旦切り、奈緒は髪を手で梳き照れたような仕草で、それこそ消えそうなほどか細い声で囁いた。


「あたしがいなかったら、帰ってきた兄貴が心配するかなってね」


 頬を赤らめる奈緒。そのような彼女の姿を見るのは、いったい何年ぶりであろうか。はにかむ妹の言葉に、友哉は二の句を紡げなかった。

 避けられていると思った。疎まれていると決めつけていた。だから妹からずっと逃げていた。背中を向けて、会話をする最低限の努力すらせずに。――それで絶対に嫌われているなどと、よくもほざけたものだ。

 沈黙する兄に微苦笑すると、奈緒は冗談めかした口調で言った。


「それとも……心配してくれないの?」

「――馬鹿言うな。心配するに決まってるだろ」


 上半身を傾けて、上目遣いに問うてくる奈緒に即答する。もし必要性があるのならば一晩中、街を探し回るのだって持さない。それで妹の無事を確認できるのなら安いものだ。

 そういう意味では、奈緒を牛丼屋に置き去りにしたのは失敗だった。人気のあるところにモンスター――つまり霧は発生しないと、ツインテールの少女は語っていたが、確実な保証があるワケではない。

 ましてや相手は未だに正体不明の怪物。与えられた情報を鵜呑みにして、用心を怠るのなど愚の骨頂である。

 気弱な兄の断言に、言い出した奈緒のほうが驚いてしまった。彼女は目を見開き、「くしゅんっ」と可愛らしいクシャミをした。

 その様子に友哉は奈緒がずっと外にいたことを思い出し、伸ばした手を彼女の頬にあてた。いつもの彼なら絶対にできない行動だが、胸の前で両腕を交差させて二の腕を擦る妹の姿が、友哉に躊躇をさせなかった。

 長時間、外で突っ立っていたためだろう。案の定、奈緒の頬はひんやりと冷たかった。次いで掴んだ手も同様だった。


「と、とりあえず中に入ろう」


 奈緒の手を引っ張り、玄関の鍵を開けると、家の中に彼女を押し込む。

 我ながら本当に気が利かない。昼間はさほどではないが、夜になれば流石に冷える。自宅の前で自分の帰りをずっと待っていた。そう知った段階で、すぐに鍵を外すべきだったのだ。それをグダグダと。自分のことながら呆れてしまう。心配と公言するぐらいならば、それぐらい早急に悟れというのだ。

 少しでも妹の寒さが和らげばと、自分の両手で彼女の両手をぎゅっと包む。恥ずかしいのか、奈緒が身を捩るが手は離さない。彼女もなにも言ってこない。手に力がこもる。手の平に伝わってくる冷たい感触に情けなくなる。


「帰ってくるのが遅くなってゴメン。寒かっただろ?」

「ううん。大丈夫だから。……兄貴こそ、用事はすんだの?」

「ン? ああ……彩音のこと? もちろん。ちゃんと話してきたよ」


 話したら話したで、疑問が解決すどころか、倍に増えたような印象があるが。まあ、有意義な時間ではあった。などと反芻していたときだ。


「……あやね?」


 ピシリ、と空間の凍る音を、友哉は確かに聞いた。――あれ? なにこれ? と首を傾げたときには、すでに手遅れだった。

 友哉の手に挟まれた両手を引き抜くと、奈緒は醒めた眼差しで兄を見やった。さきほどとは一変した妹の視線にたじろぐ友哉。


「誰それ? 女のヒトの名前よね。兄貴はあたしのことほったらかしにして、そのヒトに会いに行ってたワケ? 久しぶりに一緒に食事してたのに? ――ほほう。それは中々に愉快な展開ね」


 と、全然愉快そうにない奈緒の様子に、どっと脂汗が噴き出す。おかしい。さっきまであんなに仲睦ましい雰囲気だったのに、どうしてこんな不穏な空気が流れているのだろうか。


「それで? あたしが外で寒さに震えてる間、兄貴はそのヒトと楽しく遊んでたの?」


 冷ややかな口調だった。せっかく好転しかけていた関係が、またもや悪化しそうな気配に、慌てて声を張り上げる。


「いやいや! そんなんじゃないって。彩音とは今日が初対面だし!」

「……初対面、ね。その割には名前を呼び捨てなのね。意外かも。兄貴にそんな甲斐性あったんだ」


 何気なくひどいことを言われた気がするが、この際は放っておくとしよう。

 半眼になりジトーとした視線を向ける妹に、友哉はモンスターに襲われたときとは別の意味で危機を感じていた。

 正直に事情を話そうにも、その内容は余りにも荒唐無稽。現実でモンスターと戦っていますなどと言って、誰が信じるというのだ。つまらない冗談だと、一蹴されるのがオチだ。それにことによれば、奈緒を危険に晒すかもしれない。


「どうせ兄貴は可愛げのない妹よりも、そのヒトのほうが大事なんでしょ」


 兄の葛藤を知らない妹は、なにも言わない彼から視線を外すと、唇を尖らせてそんなことを口にした。それは拗ねたような調子で、淡白だと思っていた妹の子供っぽい仕草に、友哉は苦笑してしまった。


「あのさ。込み入った事情があって、詳しいことは話せないけど……僕は、その……奈緒を軽んじてなんていないよ。だって――」


 言える。いまなら言える気がした。後で馬鹿にされても、からかわれても構わない。何故ならば、これはいま言うことに価値があるのだから。

 故に、友哉は小声でしかし、はっきりとした口調で言葉を紡いだ。


「奈緒は僕の――大切な妹だから」


 彼女からの返答はない。暗闇で彼女がどんな顔をしているのかも不明だが、ほうっと吐かれた吐息は、どこか軽く弾んでいるように彼には聞こえた。


「フン。そんなこと言っても誤魔化されないから」


 くるりと身体を反転させる。後ろで手を組んだ奈緒は、肩越しに振り返った。


「でも――今日のトコはこれで勘弁してあげる」

「あ。ちょっと待ってくれ」


 そのまま自室に戻ろうとする奈緒を静止する。階段の半ばでこちらを見下ろす彼女に、一一瞬戸惑い躊躇した後に友哉は言った。


「全然関係ない話だけど。ゲームのことで真剣に悩むのはカッコ悪いか? 間違ってるのかな?」

「なによ、突然」

「いや……まあ……ちょっとな。奈緒はどう思う?」


 ずっと悩んでいた。彩音の家から自宅への道すがら、友哉は思考を巡らしていた。自分がどうするべきかを。自分はどうしなければならないのかを。樋口友哉が取るべき選択肢を、彼なりに模索していた。

 いまの自分には、今後の人生における転機となり得る、重要な選択肢が突きつけられている。それは友哉の妄想でも空想でもなく、ただのゲームのはずの仮想世界が、彼の現実生活をも侵食している以上、確固たる事実だった。

 複数ある選択肢。

 ひとつ目は、リグレットの言葉を了承し、自分のギルドを立ち上げる選択。だが、そこに至るまでには、達成しなければならない壁がある。ギルドの最小構成人数は三人。ギルドを設立するには、最低でも後二人のメンバーを見つける必要がある。それは少なくとも友哉にとって容易なことではなかった。

 ふたつ目は、ヒューリーの意見に従い、≪英雄譚委員会≫に所属する選択。代表である彩音の承諾があるのだから、所属すること自体は簡単だ。問題はその後。彼女以外のメンバーとどう接していくかということだ。≪英雄譚委員会≫の全員が全員、彩音のように歓迎してくれるとは限らない。敵視されて孤立する可能性だってある。

 故にみっつ目の選択。苦労するとわかっている選択をわざわざする必要はない。つまりは前述のどちらも選ばず、いままでどおりソロを貫くのだ。

 そもそもギルドを作る理由などないし、≪英雄譚委員会≫に入らなくてもヒューリーの手伝いはできる。ならばこの選択こそがベストな選択肢なのではないのか?

 そう考えながらもしかし、友哉は思考の隅でこうも考えていた。たかだがゲームのことで、深刻になりすぎではないのか、と。

 前々から思っていたことではあるが、自分は物事を深く捉えすぎではなかろうか。リアルに造りこまれているからとはいえ、所詮は仮想。もっと気楽に考えるべきなのだ。よくも悪くも自分は真剣に悩む癖がある。

 現実と仮想。ゲームに侵食されるリアル。いまや友哉にとって、その境界線は非常に曖昧だ。混じりあっていると言ってもいい。

 こんな状態で正常な判断が下せるのか、友哉は正直疑問だった。だからこそ、奈緒に問うたのだ。自分よりはまともな意見が聞けるだろうと思い。


「そうね。確かにおかしいかもしれない。ゲームなんて所詮お遊びだもの」


 幾ばくかの思案の後の答えに、友哉は「やっぱりそうだよなぁ」と髪を掻いた。訊くまでもなかった。それが一般的な意見なのだ。


「なーんてね」


 頭上から降ってきた声に面を上げる。すると奈緒は意地の悪そうな笑みを口の端に浮かべていた。


「別にいいんじゃない? 真剣になったって。ゲームはお遊び。でも、お遊びだからこそ夢中になるんじゃないのかな」


 ゲームとは楽しいものだ。楽しいから夢中になるし真剣にもなる。それは当たり前のことであり、それを馬鹿になんて誰にもできやしない。

 でしょ? と小首を捻る妹に、友哉は深く肯いた。


「そうだな。うん。奈緒のいうとおりだ」


 とはいえ、妹の口からそんな言葉が飛び出すとは予想外だった。

 奈緒はどちらかといえば、外で身体を動かすタイプだと思っていたのだが。奈緒もなにかゲームをしているのだろうか。


「あたし部屋に戻るから。おやすみ、兄貴」

「……おやすみ」


 足音が遠ざかる。奈緒が部屋に戻ったのを確認し、友哉もまた階段を上がり自室のドアを開いた。ドアを閉めると電気もつけず、ジャケットを着たままベットに転がった。

 仰向けになり天井を見上げる。静かな室内に、机に置かれた目覚まし時計の秒針を刻む音が響く。

 奈緒の言葉がぐるぐると脳裏を過ぎる。あっさりとした物言いが、逆に小気味よかった。そしてそんな単純なことにすら思い至らない自分は、やはり色々と足りてないのかもしれない。

 チラリと視線を横にやると、ファンシーの本体である黒い箱が目に映った。誠意には誠意をもって返さなければならない。

 自身の気持ちが誰に傾いているのか。答えはすぐに出た。ならばこれ以上の時間は無用だった。

 どれくらいそうしていただろう。友哉は上半身を起こすと、ジャケットのポケットから携帯を取り出し開く。ディスプレイの液晶の光が、彼の横顔を照らし出した。

 薄暗い明かりを頼りに、カチカチと携帯を操作して――ふと動きが止まった。


「……番号がわからない」


 呻いてしまう。そういえば携帯番号を交換していなかった。これではこちらから連絡を取れないではないか。

 と、嘆息したときだった。何気なく電話帳を呼び出し、画面に表示された情報に目を見張った。


「はは。本当に気が利く。僕とは大違いだ」


 そう苦い笑みを浮かべ、『何故か』携帯に登録されていた電話番号を選択。「まだ。起きてるかな?」と携帯を耳にあて待つこと数秒、ノイズが入り電話が繋がった。


「もしもし。僕だけど……うん。いまちょっと時間ある? そう。あのさ――」


 そして友哉は自分が出した結論を、電話相手に伝えたのだった。




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