第四章 憧憬(4)
飛来した炎弾が、口腔を限界まで開いた褐色の美女の横っ面で盛大に炸裂した。炎の残滓を燻らせるドライアードは怒りに燃える眼差しで、ヘキサたちを睨みつけた。
いまの一撃でドライアードのHPは半分を割り込んだ。彼らが予想していた通り、ドライアードのパラメーターは大幅に強化されていたが、攻撃パターン自体は以前のままのようだ。
鞭のようにしなる茨の蔓を掻い潜りつつ、ヘキサは跳躍すると中空で剣を振るう。美女の胴体で白い火花が散り、ドライアードのHPバーがさらに減少する。
「ハズミッ。こいつのHPも四割を切った! あんまし派手に攻撃するなよ!」
やはり植物属性であるドライアードの弱点は火属性のようだ。火魔法により大きく減少するボスのHPに、ヘキサはハズミに注意の声を飛ばした。
普段ならもっとやれと発破をかけるところだが、リトが種を使用した以上、彼女がボスを倒してしまったら意味がない。
「わかってるわよ!」
当然、そんなことはハズミとて承知している。倒すたびに沸き群がる木の根のモンスターを焼き払いながら、彼女は声を張り上げた。
いまの攻撃はドライアードの特殊能力を中断させるため、止むを得ずのモノだった。
ドライアードの特殊能力、断末魔は射程範囲にいるプレイヤーを一定時間、強制スタン状態にする。しかも射程範囲も強化されていようで、本来なら射程範囲外にまで後退していたはずのリトまでもが、スタンさせられてしまった。
スタンが解けたハズミが、マンドラゴラの総攻撃を受けるリトのフォローに入ったのでことなきを得たが、危うくリトが死亡するところであった。
そんな事態を避けるためにも、断末魔をいち早く中断させる必要があった。断末魔は予備動作中に、一定以上のダメージを与えることで、中断させることが出来る。
攻撃の手を緩めて、口腔を開き、上体を仰け反らせるのが予備動作の合図。それを察したハズミが、咄嗟に反応して火魔法を放ったのだ。
現在の陣形はヘキサとリグレットがドライアードに密着し、その後方でハズミとリトがお互いの死角をカバーしながら、押し寄せるマンドラゴラを蹴散らしている。
本当ならリグレットもリトの護衛につけたいところなのだが、HPが半分を切った辺りでドライアードの攻撃が一際激しくなった。十本だった茨の鞭が倍になり、攻撃速度も目に見えて上がっていた。この状況下では流石にヘキサも、一人でマンドラゴラの相手をしながらドライアードを攻撃するのが大変になり、リグレットが彼の加勢に入ったのだ。
周囲のマンドラゴラの駆除はリグレットに任せて、ヘキサはドライアードに剣を振るいながら、ボスの緩やかに減るHPバーから目を離さなかった。理想的なのは、ヘキサがHPをギリギリまで削り、最後の一撃をリトに入れされることだ。そのためにリトたちとは事前に打ち合わせをしていた。
ヘキサは強振の一撃でドライアードのHPの減り具合を確かめていた。褐色の美女のHPが三割を切ったいま、【片手直剣】スキルを使わずに単発での攻撃を繰り返しているのは、そのほうが残りのHPを調整し易いからだ。スキルでは誤って削り切ってしまう可能性がある。
「リグレット。こっちはいいからハズミのほうを頼む! ハズミ、一発でかいのをブチかましてくれッ! リトッ。タイミングを間違うなよ!」
数ドットの幅で残るドライアードのHPを確認したヘキサは、当初の予定通りにリグレットたちにそう大声で指示した。
ハズミはヘキサのほうを一瞥すると小さく頷き、右手を前方に翳し、呪文の詠唱を開始した。澄んだ声色で朗々と紡がれる呪文。
普段、ハズミは記号式を好んで使用するので、詠唱式を使うことはないあまりない。攻撃に特化した火魔法の詠唱式は強力ではあるが、その分他の属性より詠唱時間が長いからだ。魔法職であるハズミの防御力は低い。詠唱時は無防備な状態を強いられるので、そこをモンスターに襲われたらひとたまりもない。
だが、いまの彼女には頼もしい仲間がいる。リトと、それに駆けつけたリグレットが、マンドラゴラの群れを阻み、詠唱状態で身動きが取れない赤毛の少女に近づけさせない。
指貫のグローブに包まれた掌に、ゆらゆらと揺らめく火の玉が出現した。火の塊はその体積を増しつつ、中空を緩やかに上昇し、ハズミの真上でぴたりと静止した。
次の瞬間、詠唱を完了したハズミのトリガーボイスを受けて、火の塊が空中で炸裂した。弾けた炎は空中で螺旋を刻み、巨大な炎の竜巻と化した。炎の渦が容赦なく、マンドラゴラの群れを呑み込んでいく。マンドラゴラのHPが一瞬で削り取られ、炎にポリゴンの残滓を散らす。ジリジリと肌を焼く熱量に、離れた場所にいるヘキサは片手で顔を覆った。
やがて炎の竜巻が解けるように大気に霧散した後、そこにはハズミと彼女の周りの安全地帯に退避していたリグレットとリトを除く全てが、灼熱の暴風によって薙ぎ払われていた。彼女たちを取り囲むように密集していた木の根の姿をした魔物は一掃され、熱を燻らせる地面を陽炎が揺らしている。
火属性中位魔法、バーストストーム。詠唱者の周囲に炎の竜巻を発生させ、広範囲を焼き払う広域魔法だ。
「リトッ!」
ここぞとばかりに【片手直剣】スキルを連発し、ドライアードの周りの残されたマンドラゴラを斬り払う。広場からは一時的にとはいえ、あれだけいたマンドラゴラの群れが消えていた。いまやリトと古き樹の妖精を阻むモノは存在しなかった。
ヘキサの一言を合図に、黒髪の片手剣使いは地面を強く蹴って駆け出した。彼の視線は真っ直ぐと、威嚇の奇声を発する褐色の美女を捕らえていた。
駆け抜けるリトの足元で、地面を掻け分けて新たなマンドラゴラが姿を現すが、全力で走る彼を止めるには至らない。運よく広場の隅の方にいたため無事だったマンドラゴラも、二人の少女に行く手を阻まれ、リトに攻撃を加えることが出来ない。
ドライアードは茨の鞭の半分をリトに向かって放つ。彼は迫り来る蔓を剣と盾で弾くが、すべては防ぎきれず、すり抜けた茨の蔓がリトに直撃し、HPが減少する。しかし彼は怯むことなく、歯を食いしばり足を前に進める。
ドライアードとリトの距離が縮まり――不意にドライアードの攻撃の手が緩んだ。褐色の肢体を仰け反らせる美女に、ヘキサは目を見開いた。断末魔の予備動作だ。
「! ……このっ」
「やめろ、ハズミ!」
振り返りざまに魔法を放とうとしたハズミを静止するヘキサ。明確な数値は不明だが、ドライアードのHPバーは数ドットの幅でしか残されていない。彼女の魔法では、最小威力の魔法でもHPを削りきってしまうだろう。ヘキサも同様だ。
リトは止まらない。一か八か。断末魔を使用する前に倒す。剣を掲げる彼にしかし、ヘキサは小さく呻いた。僅差だが、リトの方が遅い。ドライアードの攻撃を防いだことで、走る速度が削がれたのだ。このままでは彼が攻撃するよりも早く、断末魔が発動してしまう。
茨の生えた蔓を剣で叩き落としながら――蔓は武器扱いなので、ドライアードのHPが減ることはない――そう判断したヘキサは、意を決すると右手の剣を放り捨てた。
その行動にリトたちが驚く中、ヘキサはドライアード目掛けて跳躍すると、口腔を開く美女に体当たりを喰らわせた。褐色の美女のHPバーが一瞬、縮まったかに思えたが、一ドットの幅で減少は停止した。武器を手放したことで大きく攻撃力が落ちているからだ。
ドライアードの動きが揺らぐ。ダメージ不足で断末魔を中断させることは出来なかったが、体当たりの衝撃で妙齢の美女の動作が僅かに遅れた。
――そこに、ヘキサに続き跳躍したリトの両刃の刀身が、褐色の美女の額を貫いた。ドライアードの動きが停止する。頭上に表示されたHPが0になり、瞬間、古き樹の妖精は悲鳴を上げることもなく、粉々に砕け散った。
仕えるべき主を失い、マンドラゴラもまた、一匹残らず大気に溶けるように霧散した。
「ヘキサさん!」
「大丈夫ですか、ヘキサ」
地面に尻餅をついているヘキサの元に、三人が駆け寄ってくる。彼は片手を掲げて無事である旨を伝えると、立ち上がりレザーコートの裾を手で払った。
「まったく。無茶するわね」
「仕方ないだろ。他に思いつかなかったんだからさ」
剣を手放し攻撃力を落とした体当たりなら、と半ば賭けだったのだが、上手くいったようだ。
「……と、そうだ。リト。魂魄の虹結晶は!?」
「ちょっと待ってください。いま確認しま……あ! やった。ありました! ありましたよヘキサさん!」
「ホントか!?」
足元に落ちていた剣を拾い鞘に収めると、ヘキサはメニューウインドを展開させて、興奮気味に叫ぶリトの傍に行き、横から画面を覗き込んだ。
ハズミとリグレットもそれに倣う。
「見てください! ここです。ここ!」
リトが開いた新規入手アイテム画面を指差す。そこには確かに、魂魄の虹結晶の文字が記されている。彼は画面をクリックすると、魂魄の虹結晶を実体化させた。ファンシーでは、実体化させたアイテム類は、腰のポーチに自動的に収納されるようになっている。
黒髪の少年はポーチに手を伸ばすと、中から七色の輝きを放つ結晶体を取り出して、眼前に掲げて見せた。
「……綺麗」
結晶を指先で突っつき、ハズミが言った。
黄から緑。緑から青。青から藍に。太陽の光を受けて、結晶体の色彩が次々に変化する。それはまるで万華鏡のようであった。
「やったな、リト!」
「はい!」
肩を叩かれたリトは笑顔でそれに応えたが、何故か次の瞬間、突然顔色を曇らせた。どうかしたのか? と首を捻るヘキサに、彼は言いにくそうに口を開いた。
「あの……本当にお礼はいいんですか? アイテムを入手出来たのはヘキサさんたちのおかげですし。せめてお金だけでも受け取ってもらえませんか?」
「別にいいって。最初にそう言っただろ? 報酬目当てで手伝ったワケじゃないしな。……それに……いや、まあ、うん。リトが気にすることはないさ」
ただ働きさせて悪いとリトは言うが、少なくても自分に関していえば、なにも収穫がなかったワケではない。ゲームを楽しむ。単純ではあるが、だからこそ大切なこと。それを思い出せただけでも、今回の狩りに意味はあったとヘキサは思った。
「ま、そういうことよ。いい運動になったしね」
「ええ。鍛冶ばかりでは身体が鈍ってしまいますから」
「……皆さん。ありがとうございます」
頭を下げるリトにぽりぽりと頬を掻くヘキサ。なんにせよ、これでクエストはクリアだ。無事に魂魄の虹結晶が手に入ってよかった。
と、人知れずほっと胸を撫で下ろしたときだった。視界の端に複数の青いカーソルが出現したのは。【索敵】スキルが反応したのだ。
自分たちが入ってきた広場の入り口の方を振り返る。どうやら一団はこちらに向かっているようだ。近づいて来る青いカーソルに、ヘキサは視線を強めた。数が多い。確実に二十人以上はいる。
「どうしたの、ヘキサ?」
白髪の少年の様子がおかしいことに気がついたハズミの言葉に、犇めき合う青いカーソルから視線を逸らさずに彼は端的に答えた。
「――誰か来る」
ヘキサの一言に他の三人が反応した。緩んでいた空気が一瞬で張りつめたモノに切り替わった。熟練度の関係でヘキサに若干遅れて、自身の【索敵】に引っかかった一団に、リトが眉をしかめた。
「凄い数ですね。……こんなところになんの用でしょうか?」
「わからない」
ポーチに魂魄の虹結晶に戻したリトの問いに、ヘキサは首を横に振った。
狩りにしては人数が多い。これではまるでボス狩りに行くようだ。しかしこのダンジョンには、先程戦ったイベントボスであるドライアードしかいない。ならば彼らも断末魔の種を入手し、≪草刈り≫に来たのだろうか? 偶然、同時期に断末魔の種が複数ドロップした。可能性としてはなくはないが、それにしたって人数が多すぎる。
ヘキサが思考している間にも、謎の一団との距離は縮まっている。この広場に辿りつくのも時間の問題だ。
「どうする? 接触する前に逃げる?」
「……いや、もう遅い」
転移の白結晶を取り出そうとしているのだろう。ポーチに手をかけるハズミに声をかける。それが合図だったかのように、広場の入り口から複数の人影が姿を現した。
入り口を塞ぐよう半円形に並ぶプレイヤーたちに、ヘキサは露骨に顔をしかめた。彼らの金属甲冑の右胸の剣と盾の紋章には、もはや嫌な思い出しかなかった。≪聖堂騎士団≫。最近、なにかと理由をつけてヘキサを付け狙う名門の攻略ギルドだ。
「ようやく見つけたぞ」
「……またお前か」
一団の先頭に立つ両手斧を持ったバンダナの男――確か以前、仲間がガゼルと呼んでいた――に、ヘキサはうんざりとした様子で息を吐いた。
攻略ギルドなら攻略ギルドらしく、最前線の攻略でもしてろ、と言いたい気持ちを堪えて、ヘキサは別の言葉を口にした。
「というか、よくここにいるってわかったな」
確か風属性の魔法には、離れたところにいるプレイヤーの所在を探り出す魔法があったはずだが、その探索範囲は最大でも街一つ分。普通ならば発見出来るワケないのだが。ひょっとして常時、居所を監視されているのだろうか。……ハラスメント行為でこっちが訴えるぞ。
ヘキサがそう思っていると、両手斧使いはフンと鼻を鳴らして、彼の質問に答えた。
「ギルドに一般プレイヤーからの通報があったのだ。貴様にPKされそうになったとな。彼らからの情報を元に、貴様の所在を割り出したのだ」
「ひょっとしてそれって……」
横で話を聞いていたリトが声を洩らした。ヘキサも同じことを考えていた。このタイミング。十中八九その一般プレイヤーというのは、リトから断末魔の種を奪おうとしていた三人組みだろう。邪魔されたせめてもの仕返しにと、≪聖堂騎士団≫に通報したのだろうが、確実にここにいると決まったワケではないのに、大人数で押しかけてくるとは、その執念には舌を巻く。
「で、用件はなんだ?」
「決まっている。今日こそ貴様に引導を渡してやる」
ガゼルが右手のバトルアックスを中空に一閃させる。ブンッと大気が切り裂かれる音がした。
まあ、それしかないよな。
完全武装した三十人からなる一団を一瞥し、ヘキサは嘆息した。念の入ったことで、今回は魔法使いも連れてきているようだ。金属甲冑に身を包む面々の後ろには、灰色のローブを纏い、手に角張った樫の木の杖を持ったプレイヤーの姿が見えた。
この場に事情を知らない第三者がいたら、この光景はどう映るのか。多勢に無勢。これではどっちがPKかわかったモンじゃない。手段なんて二の次。なんとしても両手斧使いは、自分のことを倒した証が欲しいらしい。
「やっぱし≪聖堂騎士団≫ほどの大手になると、ポイント稼ぎも大変なんだな」
「……なんのことかな?」
ヘキサの何気ない一言に平然と言葉を返すガゼルだが、動揺を隠しきれないのか、発音が浮ついているのを彼は見逃さなかった。
しばし無言で目の前の一団を眺めていたヘキサだったが、ふと唐突に口を開くと思いもよらない言葉を口にした。
「――いいぜ」
視線は鋭く、ガゼルを貫いている。無意識のうちに腰の愛剣の柄に右手を添えて、マンイータの二つ名を持つ白髪の少年は静かに言った。
「来いよ。まとめて相手してやる」
これには≪聖堂騎士団≫のプレイヤーのみならず、仲間であるリグレットたちも目を剥いた。背後からヘキサの肩を掴む手があった。ハズミだ。
「ちょ、アンタなに言ってんのよ!? 正気!? どこか頭打ったんじゃないのッ! あんな連中なんて、放っておけばいいのよッ」
「お、落ち着けって。俺は正気だから」
がくがくと肩を揺らすハズミを宥めていると、今度はリグレットが声をかけてきた。
「私もハズミと同意見です。こちらに非がないのなら、彼らの相手をする必要はありません。……そもそもどういう心境の変化ですか? ヘキサの方から挑発するなんて。厄介事は可能な限り避けるのが、貴方の主義ではなかったのですか?」
その通り。この前は頭に血が上り、あちらの挑発に乗りかけてしまったが、普段なら目の前の一団なんて無視して、とっとと逃げ出しているところだ。相手をする理由も道理もない。だが、ふと思ったのだ。ここで背中を向けても事態は変わらないと。経緯はどうあれ、自分は同ギルドのメンバーをキルした。
その事実は一生消えることはない。元はといえば自分の責任。だからここら辺で、過去と向き合ってみようと考えたのだ。いつかの昔、純粋にこの世界を楽しんでいた頃を思い出すためにも。ここで逃げるワケにはいかない。
それにここのところ彼女たちには、かっこ悪い姿しか見せていない気がするから、たまにはかっこいいところを見せてみたくなったのだ。……むろん、勝てればの話だが。
「馬鹿じゃないの! あんたは対人戦で負けたら、ミストを全損してキャラロスしちゃうのよ!?」
マンイータのインヒレントスキル【捕食】は、保有者であるヘキサにも牙を剥く。彼にとって他のプレイヤーに敗北することは、この仮想世界での死と同義である。
ヘキサとてそれは重々承知している。このレベルのプレイヤーをまとめて相手にするのが、いかに無謀かも理解していた。正直、勝てる見込みは皆無に近い。『アレ』があれば話は別だろうが、いまはクライスに預けてある。手元にないのだから仕方がない。ないモノねだりなどせず、いまある手札を活用するしかない。
「……まあ、やるだけやってみるさ」
心配そうにこちらを見やる仲間に苦笑交じりに言うと、彼はレザーコートの裾を翻して踵を返し――、
「ヘキサ」
リグレットに腕を掴まれ、強引に振り返らせられるのと同時に、眼前に半透明のウインドが展開された。トレードウインドである。ヘキサが訝しんでいると、ヘキサ側のイベントリにひとつのアイテム名が表記された。――ワルプルギス。突然現れた過去の遺物に、彼の呼吸は一瞬停止していた。
「これを持っていってください。使うか使わないかは貴方にお任せします」
見下ろす黒い瞳に自分の顔が映っている。震える声色で彼は一言、黒髪の少女に問う。
「クライスさんに会ったのか?」
「……、はい」
そうか、と白髪の少年は小さくつぶやく。
彼の右手が画面上で一瞬躊躇うように止まり、指先がOKのボタンを押し込んだ。トレードが完了し、ウインドが消える。
今度こそヘキサはリグレットたちに背を向けると、待ち構える一団の前に歩み出た。
「ふん。……準備は出来たか」
そう言って鼻を鳴らすガゼル。どうやら律儀に待っていてくれたらしい。案外いい奴なのかもしれない。
「その蛮勇は褒めてやるが、よもや勝てると思ってはいないだろな?」
「さあ? 勝負はやってみなくちゃわからないんじゃないか?」
ヘキサはおどけるように肩を竦めると、小型の盾が固定されている左手をポーチに伸ばし、右手を剣の柄へとやった。ピリピリとした緊張感が広場に充満する。
「――じゃあ、はじめようか」
言って、鞘から剣を抜き放つ。
――こうして三十対一の、圧倒的な戦力差の戦いがはじまった。