第三章 暁の旅団(2)
『俺は反対だ』
リーダーの言葉に、ヘキサはそう答えた。
その場にいるのはヘキサを含む五人組のPT。言い争う彼らの前には、豪華な細工が施された箱が鎮座している。宝箱だ。
いま彼らはこの宝箱を開けるか放置するかで揉めていた。
『はあ? なんでだよ。お宝を無視するとかありえねぇだろう』
『危険だからだ。もしトラップが仕掛けられてたらどうするんだ?』
喰ってかかる仲間の一人に、ヘキサはそう返答すると、首を回して周囲に視線を走らせた。
一定の間隔で壁に括りつけられた松明の火が、迷宮内部を薄暗く照らしている。陰鬱な雰囲気を漂わせるこのダンジョンは、最近になって発見されたばかりの地下迷宮型のダンジョンである。くすんだ石壁で四方を固められたダンジョン内部には、ゾンビやミイラを初めとするアンデット系モンスターの巣窟と化していた。
『あの……ぼくもヘキサさんに賛成です』
おどおどとした態度でそう言ったのは、片手直剣と盾を装備したヘキサと同じ戦闘スタイルの少年だった。黒い癖毛の少年――カイトの言葉に、ヘキサに詰め寄っていたプレイヤーは、その矛先を彼に移した。
『ああ!? ンでだよッ!』
『こ、このダンジョンの特性を考えてです。トラップ解除が確実じゃない以上、安易に宝箱を開けるのはよくないと思います』
この地下迷宮の特徴として上げられるのは、宝箱の質のよさとそれに付随するトラップの多さだろう。このダンジョンの宝箱からは、運次第ではレアアイテムを入手可能な反面、仕掛けられているトラップの嫌らしさもかなりのモノだ。
ダンジョンに仕掛けられているトラップは多種に及ぶ。その中でも宝箱に仕掛けられている代表的なモノでいえば、対象プレイヤーをダンジョン内のどこかにランダム転送させる転移系トラップ。毒や麻痺状態にするステータス異常系トラップ。同階層のモンスターを集結させる警報トラップなどが、手ぐすねを引いてプレイヤーを待ち構えている。
そして宝箱に仕掛けられたトラップを安全に解除するためには、【開錠】スキルが必須なワケだが、ヘキサたちの中で【開錠】スキルを習得しているのは、カイトと口論になっている短剣使いだけだった。それも熟練度とこのダンジョンの難易度を比較した場合、解除出来るかどうかは五分五分といったところだろう。
トラップの種類次第では、それこそ全滅する可能性だってある。とはいえ、本来ならここまで口論するようなことではないのかもしれないが、ファンシーのミストシステムがそれを許さなかった。
たかだがポイントの1や2と思うかもしれないが、積もり積もればなんとやら。1ポイントを軽視したがために、ミストを全部失いキャラデリを余儀なくされたプレイヤーを、ヘキサは何人も知っていた。
カイトの言葉に詰め寄った男は、ぐっと喉を鳴らした。彼とてトラップの危険性は十分理解している。しかし、だからといってせっかく見つけた宝箱を素通りするのにも抵抗があった。
『わかった。じゃあ、こうしよう』
揉める彼らを見かねて、今回のPTのリーダー役の槍使いが、パンッと手を鳴らして注目を集めた。
『多数決を取ろう。それでこの宝箱を開けるかどうか決める。結果がどうあれ文句はなしだ。それでいいかな?』
それが妥協案として妥当なところだった。ヘキサたちは揃って了承し、結果は三対二で宝箱を開けることで意見が決まった。
仕方がない。これがソロなら確証がない限り、宝箱は無視しているが。反対票を投じたカイトの困惑の視線に、同じく反対だったヘキサは肩を竦めた。多数決で意見が決まった以上、いまさらことを荒立てるのは得策ではない。それに――、とヘキサは自分の襟元に手をやった。指先には固い感触。バッチに刻まれている荒ぶる炎を宿した団旗は、≪暁の旅団≫のシンボルマーク。≪暁の旅団≫のメンバーとして狩りに参加している以上、規則に背くワケにもいくまい。
かちゃかちゃと宝箱の錠をイジる短剣使いの背中に、ヘキサを内心でため息を吐き――目の前に展開された魔方陣に目を剥いた。
『トラップッ!?』
ぐにゃりと視界が歪み、身体が浮遊感に包まれた。視界が正常に戻ったとき、そこは明らかにさきほどとは異なった場所だった。
『くそっ。よりにもよって転移トラ――ガッ!?』
開錠判定に失敗した短剣使いが頭を左右に振り起き上がり、その身体が猛烈な勢いで弾かれた。石の床に叩きつけられた身体が、数度バウンドし、ごろごろと転がりようやく止まった。ヘキサの視界に表示された短剣使いのHPががくんと減り、レッドゾーンの手前で停止していた。
振り返るとそこには、針金のように細長い全身に黄ばんだ包帯を巻いたミイラ男が立っていた。ミイラ男が右腕を横に振った。すると右手の先から伸びた包帯が、鞭のようにしなり空気を切り裂いた。迫る包帯を横っ飛びにかわしながら、ヘキサはそれが短剣使いを吹き飛ばした攻撃だと悟った。
包帯の隙間から低い呻き声を洩らすミイラ男に二重円が重なる。カーソルの色は黒。モンスター名はマミーレイド。この地下迷宮のボスモンスターだ。よりにもよってヘキサたちは、ボスの出現フロアに転移させられてしまったのだ。
マミーレイドの呻き声に反応して、地面がボコリと盛り上がった。地面の中から這い出てきたのは、ゾンビ犬やリビングデットなどのアンデットモンスターだった。悪化する状況 ――なによりも、その外見の醜悪さに、ヘキサは顔をしかめた。
『くるぞッ!』
リーダーの怒声を合図に、ヘキサは鞘から剣を抜き放ち、這い寄ってくるモンスターの群れに斬りかかって行った。
リグレットの店を後にしたヘキサは、すぐさま人気のない裏路地に入るとメニューウインドを展開した。画面を操作して、フレンドリストを表示させる。
ヘキサのフレンドリストに登録されているプレイヤー名は十にも満たない。フレンド登録をする機会が少ないということもあるが、≪暁の旅団≫の一件で厄介事を嫌った登録者のフレンドリストからことごとく削除されてしまったためだ。
プレイヤーの名前は黒いモノと白いモノの二色がある。黒はログアウト状態を示し、白はログイン状態を示している。白い文字のモノの横にはそのプレイヤーの所在地が明記されている。
ウインドを操作していたヘキサの指先が止まった。
ヘキサの視点は上から三番目に登録されている名前に固定されている。名前の色は黒。しばし彼はもう二度と白にはならないであろう名前を凝視していたが、ふいに視線を外すとその上に登録された白文字の名前を選択。メール作成画面を呼び出す。
画面の下半分に表示された仮想キーボードで文章を打ち込み、送信ボタンを押そうとして逡巡する。指先を送信ボタンの手前でうろうろさせていたが、意を決すると送信をクリック。メール送信完了のメッセージを確認し、ウインドを閉じると、彼はくすんだ壁に背中を預けて瞑目した。
表通りのほうから人々の賑やかな喧騒が聞こえてくる。華やかで楽しそうな談笑。それを追い出すかのようにきつく目を閉じる。
勝てない。ナハトに刃を突きつけられたとき、ヘキサはそう直感した。理由などない。理屈ではなく本能で彼はそれを察した。いまの自分ではあの仮面の道化師には及ぶまい。
フラグを立てろ。奴はそう言った。対等の条件。おそらくあの台詞は『アレ』のことを言っているのだろう。かつて一度手にして、手放してしまったあの力。
目には目を。歯には歯を。そして幻想には幻想を持って。
しかしそれは――。
と、唐突に軽快な効果音が耳に飛び込んできた。メール着信音だ。着信音などは自分の好みの設定が可能なのだが、変更がめんどくさかったヘキサは初期設定のままで使っていた。
眼前で右指を回し、再度ウインドを表示させる。
ウインドを切り替え、さっき届いた新規のメールを展開する。内容はさきほどヘキサが送信したメールの返答だった。
文面に目を走らせ内容を確かめたヘキサはウインドを消し、裏路地から表通りに出た。そしていつものように通路の端を目立たないように身体を縮めて歩く。
目的地には中央通りから北に歩いて十分ほど。露天や商店で人がごった返している通りにあるNPCが経営するレストランが、メール相手との待ち合わせ場所だった。
「いらっしゃいませ」
店に入るとNPCのウエイターが席に案内しようとしたが、ヘキサはそれを断った。ぐるりと首を巡らし、人が疎らにいる落ち着いた色調の店内を見回す。
どうやら待ち合わせ相手は一足先に来ていたようだ。店の奥のテーブルに眼鏡の青年が座っている。傍に行くと青年がヘキサを仰ぎ見た。
銀縁眼鏡をかけた柔和な顔立ちの青年だった。青年はズレた眼鏡を右の中指で直すと、左手を上げて破顔した。
「やあ。久しぶりだね、ヘキサ君」
「お久しぶりです、クライスさん」
「君も元気そう……ではないな。まあ、座りたまえ」
促されてヘキサはクライスの向かい側の椅子に腰掛けた。
「すみません。急に呼び出したりして」
「なに。構わんよ。私もちょうど暇で、話し相手が欲しいと思っていたところだ。……君もなにか頼むといい。今日は私の奢りだ」
はじめからそのつもりだったのだろう。
クライスはテーブルの隅に置いてある鈴を鳴らすとウエイターを呼んだ。鈴で呼ばれたウエイターは水の入ったコップをテーブルに置くと、メニューを二人に手渡した。
「私はビーフカレーを。ヘキサ君は?」
「じゃあ、俺はオムライスで」
ヘキサは青年の厚意に甘えることにした。
注文を取ったウエイターは「かしこまりました」と業務口調で言うと、メニューを回収して厨房に注文を伝えに行く。
ここで現実なら料理が運ばれてくるまでに、それ相応の時間がかかるのだが、そこは仮想世界。厨房に引っ込んでから数秒で出てきたウエイターのお盆には、すでに料理が乗せられている。ビーフカレーとオムライスをテーブルに置くと、NPCはお辞儀をして次のお客の下に向かった。
「本当に久々に顔を合わせた気がするよ。最後に会ったのはいつだったかな?」
「一ヶ月ちょい前ですね」
口元にスプーンを運びながら尋ねるクライスに、オムライスをスプーンで崩しながらヘキサは答えた。
「ふむ。そんなモノか。……もっと長かった気もするが、以前は頻繁に会っていたからそう感じるのかもしれんな」
そこで一旦言葉を切り、ぱちりと片目を閉じて見せる。
「して、用件はなにかね? メールにはいまから会えないか、としか書かれていなかったが、君のことだ。単純に世間話がしたくなったわけではあるまい」
「ミフィルを覚えています?」
「……ああ。もちろんだとも。忘れるはずがなかろう」
普段は柔和な彼の顔に苦々しいモノが混じる。その名前はヘキサたちにとって、忘れたくても忘れられない名前になっているのだ。否、忘れられるはずがあるまい。何故なら彼女との間に起こった問題は、現在進行形でいまも続いているのだから。
「今日、ナハトに会いました」
「ナハト? そうか。君は彼と知り合いだったな」
正確に言えば知り合いなどという生易しいモノではない。奴は敵、だ。いつか必ず倒さなくてならない仇敵なのだ。
だが、それをクライスに言う気にはなれず、とりあえずはその言葉に頷いた。
「ナハトが言ったんです。ミフィルから俺に伝言があるって」
「伝言の内容は?」
「……、今度『遊び』に行くからお菓子を用意して待っててね」
ふむ、とクライスは沈黙した。左手を口元に当て、思考する。
「それで? なにかしら彼女からのアクションがあったのかね?」
「いえ。具体的になにかがあったワケじゃないんです」
ただ、と言葉を繋げる。
「……嫌な予感がするんです。放っておくと取り返しがつかなくなるようなそんな感じが。なんの確証も根拠もないただのカンなんですけどね」
「カン、か」
その単語にクライスの手が止まった。ビーフカレーをスプーンで突きながら、物思いに耽った口調で言った。
「そういえば昔から君のカン――特に悪いときにはよく当たっていたね。……おいおい、君がそんな顔をする必要はないよ。事実、それで助けられたことも何度もある。私は君のカンを信用しているのだよ」
申し訳なさそうな表情をするヘキサにクライスは苦笑した。
「話を戻そう。ミフィルのことだったね。……すまないが、私のところには彼女に関する情報は入っていない。正直、君の話を聞くまでファンシーを引退したと思っていたからね」
「そうですか」
クライスなら自分の知らない情報を知っているのでは思ったヘキサは肩を落とした。クライスは≪暁の旅団≫時代に培ったネットワークを駆使し、薬剤店を営む傍ら情報屋としても活躍している。彼の人当たりのいい性格から人望も厚く、そこら辺の情報屋など問題にならないほどの広い情報網を持っているのだ。
「ミフィルの現状については、私のほうでも情報を集めてみるよ。他ならぬ君の頼みだ。任せておきたまえ。情報が入り次第、すぐに知らせる」
「お願いします」
頭を下げてため息をつくヘキサに、クライスは目を細めた。
「……ずいぶんと疲れているみたいだね」
「あーそう見えます?」
「見える。覇気が感じられない。まるで会社帰りの中年サラリーマンみたいだよ。……彼女のこと意外に悩んでいることでもあるのかね? 私でよければ相談に乗るよ」
そう言って口元を緩めるクライス。
話すべきか。話さぬべきか。一瞬、どうしようか迷ったヘキサだったが、この際だ。悩んでいるのは事実だし、他に相談出来る相手がいるでもない。ならばいっそ彼に話してみるのも手かもしれない。
「悩んでいるっていうか……知り合いに言われたんですよ。ギルドをつくってみないかって」
「ギルド? 君がかい?」
やはり意外なのか。クライスは眼鏡の奥で目を丸くした。まあ、それが普通の反応だよな。予想通りの反応にヘキサは微苦笑した。
「ええ。入るギルドがないのならいっそ自分でつくたらって。……やっぱりおかしいですよね。俺がギルドをなんて」
よりにもよってこの俺が。独りよがりの挙句、≪暁の旅団≫を潰す結果になってしまった俺に、自分のギルドをつくれる道理はないではないか。
そう思っていたのだが、
「確かに意外ではある。……しかし私もそう悪いアイデアだとは思わないよ」
今度は逆にこちらが驚かせられた。まさか彼にまで肯定されようとは。苦笑いされて終わりだと思っていたヘキサは、咄嗟に口を開いていた。
「クライスさんもあいつらと同じこと言うんですね」
「君は昔から消極的だからね。積極性を養うにはうってつけかもしれんな」
「どーせ俺は根暗なゲーオタですよ」
スプーンを口に咥えてそっぽを向く。
本当に言っていることがどこぞの誰かと一緒だ。後ろ向きなのは自覚しているつもりだが、そこまでひどいのだろうか。少し考えてしまう。
「何事も経験だよ。常に新しい物事にチャレンジするのは悪いことではあるまい。……それにこれはゲーム。現実では無理でも仮想世界でなら可能なことある。ようは楽しんだ者勝ち。ゲームは楽しんでこそのモノ」
違うかね? とカレーを頬張るクライスに、ヘキサは沈黙した。
「もっとも私の意見をどう受け取るかは君次第だ。最終的に物事を判断するのは自分自身なのだからね」
「……わかってます」
憮然と言い放ち、残りのオムライスを口に放ると、コップの水で喉の奥に流し込む。空になったコップをテーブルに置くタイミングを見計らい、クライスが口を開いた。
「君は次回のバージョンアップに関する噂は知っているかな?」
「ミストの残数に応じてレアアイテムと交換してくれるっていう、新システムのことですよね? でもあれって単なる噂のはずじゃ?」
「その通り。公式もこの話題については発表していない。私もこの話に関しては、完全に眉唾だと思っている。だが、中にはそう思っていないプレイヤーもいるらしい。……以前に私がした話を覚えているかね?」
しばしの黙考の末、ヘキサは過去を反芻しながら言った。
「……俺が『レアモンスター』だってことですか?」
クライスの分析によれば、自分を付け狙うプレイヤーは三種類に分別出来るらしい。
一つ目は、正義感からヘキサを討とうとするプレイヤー。純粋にヘキサのような存在を許容出来ないプレイヤーも中にはいるのだ。が、このような人物は稀であり、キャラデリの危険を冒してまでヘキサに挑むプレイヤーは皆無といってもいい。
二つ目は、敵討ち――ようは復讐だ。以前に仲間をヘキサによってキャラデリされてしまい、その復讐のために彼を殺害しようというのだが、ヘキサに言わせれば逆恨みもいいところだ。少なくとも自分からPKしようとしたのは、マンイータの二つ名を得てからは一度もない。襲撃されやむなく反撃したケースが大半である。故に、ヘキサからすれば正当防衛だと声を大にして叫びたいワケだが、その声が届くことはないだろう。
三つ目は、ヘキサのミスト狙い。現在もヘキサを付け狙うプレイヤーの目的のほぼすべてがこれに当たるだろう、と眼鏡の青年は語った。
マンイータのインヒレントスキル【捕食】。殺害対象のミストを奪いつくす悪辣極まりないこのスキルは、自分の意志での排除が不可能な上に、スキルスロットに付けるだけで効果を発揮するパッシブ系のスキルでもある。
そして【捕食】は双方向――彼にも当てはまるのだ。ヘキサに殺害されたプレイヤーがミストを全損してしまうように、ヘキサもまたプレイヤーに殺害されてしまうと、自身のミストがすべて相手のモノになってしまう。つまりミストの全損。結果、ヘキサのキャラクター情報がデリートされるのだ。
【捕食】スキルはプレイヤーだけではなく、主であるヘキサにも牙を剥いている。否、なおのこと性質が悪い。他のプレイヤーはマンイータのみに気をつけていればいいが、ヘキサの場合は自分以外のプレイヤー全員が対象になってしまっているのだから。
「なんらかの偶然が重なり、もし君を殺害し得たなら、マンイータが保有しているであろう大量のポイントを獲得出来る。……ヘキサ君。君のミストの残数はどれほどあるのかな?」
キャラクター作成時に支給されるミストが12ポイント。そして月頭に加算されるポイントが3だから、オープンβの開始からもうすぐ十一ヶ月になる現在、一度も死んだことのないプレイヤーが保有している最大時のミストは42ポイントになる。対して、マンイータたるヘキサが保有しているミストの残数ポイントは――、
「……1210ポイントです」
まさに桁違い。そしてヘキサを殺害すれば、そのポイントを一人占めに出来るのだ。例えレアアイテムに交換云々の話がなかったとしても、日々ミストに苦悩するプレイヤーにしてみれば非常に魅力的なのだろう。
迂闊にマンイータに手を出すのは危険。だが、殺害の際の見返りも大きい。ハイリスクハイリターン。なるほど。レアモンスターという例えは、中々に云い得て妙だ。
「気をつけたまえ。ミストのために君の首を狙うプレイヤーは多い。それともうひとつ。≪聖堂騎士団≫には十分に注意することだ。あのギルドの組織図が縦構造のポイント制なのは君も知っているだろ?」
ギルドメンバーが多い≪聖堂騎士団≫は、統制を図るのにポイント制を採用している。任務の難易度によりポイントを割り振り、ポイント数によってギルドでの役割を決めているのだ。無論、ポイントが高ければ高いほど重要なポジションにつけるのはいうまでもない
「それがなにか俺と関係あるんですか?」
「大有りだ。現在、≪聖堂騎士団≫は『PK撲滅期間』中なのだよ」
撲滅? とつぶやくヘキサに、クライスは頷いた。
「そうだとも。それに伴い期間中は、PKに割り振られているポイントが大幅に増えている。特に君やナハトクラスともなれば、幹部入りも夢ではなかろう」
「……そういうことか」
つい先日、キプロス鉱山で遭遇した≪聖堂騎士団≫の連中も確か、得点稼ぎがどうこうと言っていた気がする。
失敗したときの代償は大きいが、成功したときの報酬も大きい。まさに一発逆転の大勝負。最近やけに≪聖堂騎士団≫に絡まれる機会が多いと思っていたが、それにはミストだけではなくて、そんな理由も隠されていたのか。それにしても大勢手下を引き連れて襲ってくるとは、どちらがPKかわかったモノではない。ポイント獲得のためには、手段を選んでいる場合ではないということなのだろうか。
「まあ、ただでさえ君は目立つのだ。注意するに越したことはないだろう」
「わかりました。気をつけておきます」
「これから予定はあるのかね?」
「特には。狩りに行く気分でもないんで、今日はもう落ちるつもりです。クライスさんは?」
「私は――」
そこでなにやら意味ありげに一拍間を置き、
「もうしばらくここでゆっくりしているよ」
「そうですか。……ごちそうさまでした。ミフィルのことお願いします」
言って、ヘキサは椅子を引き立ち上がった。
「――ギルドをつくったら是非とも連絡してくれたまえ。手土産を持って顔を出させてもらうよ」
クライスの声に応えはなく、ヘキサは黙って片手を振った。