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第九章:求め

第九章:求め


 全盛期の一割にも満たない。

 それが今の私の限界だった。たった数年前まで、オズとシア。あの二人と肩を並べて戦える程の魔術師だったのに、本当に情けない。

 魔物の大群に攻められても、街ごと結界で覆って守りながら、私は外で魔術を使って戦う。それが出来るほどの魔術師「だった」。

 

 それが今はどうだ。たった一人の命を守る事に手一杯で、攻撃に転じる余裕が無い。


 なおも森の奥から魔物の大群が押し寄せ、ファッゾ村へと至る方向に走る魔物を全て迎撃してはいるが、あまり身動きが出来ないでいた。

 その理由は、道中の森で見かけたゾルスさんだった。ユリアちゃんと薬草採取に出かけていたそうだが、気付いた時には魔物に囲まれ身動きが出来ない状況になり、自らの危険を顧みずユリアちゃんを逃がしたらしい。

 ゾルスさんを発見した時は、ユリアちゃんを庇った時に出来たらしい背中の深い引っかき傷から、夥しいほどの血が溢れ出ており、すぐさま再生魔術を用いて傷を癒した。


「ナタリア様!私のことは放っておいて、村へ引き返してください!」

「いえ、ゾルスさん。貴方が亡くなったら、ユリアちゃんは家族が居なくなるんですよ?」


 そういうと、ゾルスさんは複雑な面持ちとなり、俯く。

 誰しも死にたくは無い。ましてや残っている家族の事を思えば、「生きていたい」と思うのは至極当然の事だ。

 それにゾルスさんが心配している理由は解らないでもない。


 白死病。魔術師が罹患する、死へと至る病。体内の魔力<マナ>を消費する事で、身体を蝕み、外見が病名の通り白くなっていく。

 母から譲り受けた、肩に掛かる銀髪を一房摘み上げると、そこには銀ではなく、純白でもない、ほんの微かに黄色が混じったような白亜色をした髪がある。

 村を飛び出した時点では、「まだ」銀色だったが、ココまで進展すると、もう後戻りしても遅い。


 感傷に浸っていると、二つの影が突っ込んでくる。

 イビルハウンド。同種族同士で群れを成して生活をする、犬型の魔物。極めて獰猛で大きさ自体は野犬程度だが、有している牙は鋭く、幾重にも重なり、噛まれた際に裂傷を負うと、非常に治りにくい。


「……<ライトニング>!」


 頭で魔術を選び、体内の魔力<マナ>を用いて、魔術を構成、名を出す事で発動する。


 差し向けた、右掌から放たれる一本の黄雷は的確にイビルハウンドを射抜き、同時に飛び掛ったもう一匹へと貫通する。 


 私にとって一番相性の良い属性の破壊魔術だが、初歩の初歩といっても過言ではないほど簡単な魔術で、威力はあまり期待できない。

 現に一匹目のイビルハウンドは死に絶え、魔石を落とし霧散したが、二匹目のイビルハウンドはふら付きはあるものの四肢で身体を支え、地面に立っている。死にはしなかったが、少し痛かった、といった程度だろう。


 本来なら下位上級魔術でも唱えるべきなのかもしれないが、極力節約したい、というのは本音だ。


 身動きが取りにくくなっていた二匹目のイビルハウンドもライトニングで仕留め、改めて周囲を確認する。

 

 何故か、遠巻きに囲まれているだけで、下位の魔物が時折ちょっかいを出しに来る程度だが、適わないとわかると、方向転換する魔物もいる。

 それどころか、ココまでの魔物の大移動なんて聞いた事がない。可能性がない訳ではないが、よほど上位の魔物が現れて怯えた下位の魔物が逃げ出すという事例だろう。

 でもそこまで力の強い魔物が森に入ったのだとすれば、「解る」。いくら、全盛期の一割以下といえど、そこまで鈍くなったつもりはない。


「……ゾルスさん。決して安心できる状況じゃありませんが、このまま歩いて村へ――ッ」


 何かに見られてる。そう感じた時には森の遥か奥で輝く紅い円を視認する。

 それが魔方陣による光だと理解したときには、ゾルスさんを地面に伏せさせて、強化魔術による障壁を展開する。


「汝 この場に置いて 我が守りの盾となれ!<オプロン>」


 コンマ数秒の後に訪れたのは光の帯と、熱で、周囲の木々や一部の魔物を一瞬で溶かし、真っ直ぐに飛来した。時間にして五秒ほどの照射が終わると、周囲が焼け野原になっており、私が障壁を作り出した地面だけ緑が残っていた。


 火属性破壊魔術にして、上級上位に位置する太陽の威光<プロミネンス>。

 放たれる光線は太陽の威光の名に恥じぬ火力を持ち、万物を溶かし、全てを貫通する。

 本来なら魔術師単体で放てる代物ではないけど、「魔術師じゃない単体」で同じ魔術を放つ「物」に心当たりがあった。

 

 そして「ソレ」が森に降り立ったのであれば、この魔物の大移動にも合点がいく。 


「エリュカシオ帝国の魔導機械兵<ゴーレム>……」

「ナ、ナタリア様……?」

「ゾルスさん、今から貴方をファッゾ村への<ゲート>を用いて送ります。その後すぐに皆を私の家へ。……レイが待っているはずなので、レイに「私の部屋に皆を入れて」と伝えてください」

「お待ちください!<ゲート>は変性魔術のかなり上位の物だと認識しています!今のナタリア様では――」

「どの道、助かりません。「アレ」は私の……いや、「魔術師」である時点でアレには勝てませんから……」


 返事を待たずして、私はファッゾ村の中央広場をイメージして、<ゲート>を開く。

 空間に黒い穴が穿たれ、中央に向け渦巻くように光が吸い込まれる。


「ナタリア様、せめて貴女も一緒に!」

「ごめんなさい、<ゲート>は術者は飛ばせないんです」

「ナタ――ッ」


 尚もぐずるゾルスさんを半ば強制的に押し出すようにして<ゲート>に追い込むようにすると、ゾルスさんの姿が掻き消え、空間に穿たれた穴<ゲート>が徐々に小さくなり、やがて何もなくなる。そして、未だ森の奥に見える黒い塊が二発目の威光を放とうとしているのが見え、何故か私の頬は緩んだ。


「……そういえば、レイへ何か言葉を残すべきだったのかな……」


 言いつつ、自身で「それは不要だな」と結論付ける。

 だってあの子は「私の子」だから。きっと誰よりも強く、優しく、そして勇敢な人に育つと解っているから。

 

 だからこそ頬が緩み、死地に赴かんとしてもなお、弱気にならない。


「さて……、久々にお人形遊びがしたくなってきましたよ。……破壊するのは無理でも、腕の一本くらいはお覚悟願います」


○●○●○●○●○●○●○●○●


 

「――リア様!ッ!?」


 言葉は最後までナタリア様には届いていなかった。

 気が付いた時には、慣れ親しんだ風景が目の前に広がっていた。

 

 自らの命を縮めてまで、老い先短い命を救うなど間違っている。そんな事は長生きしている者から言わせれば当たり前のことなのに、彼のお方は、いやお方「達」は自分達の命をまるで軽んじているとさえ思える。

 それゆえに英雄とまで呼ばれるのかもしれないが、それ以上にオズ様も、ナタリア様も一人の子を持つ「親」だと言う事を理解出来ていないように思えてならなかった。


 私にユリアの存在をちらつかせておきながら、自身のお子には触れずにいる。それほどの勇気を彼のもの達ほどの強さを有していたのなら、私にも言え、思えたのだろうか。


「おい、皆!ゾルス爺さんが居るぞ!」


 二の腕に紅い布を巻きつけ、円盾を担ぐボリスに名を呼ばれ、顔を上げた先には自警団の詰所があり、二十人弱の人がある一箇所を見つめていた。

 ボリスの声に何人かは私を視界におさめるが、それも数秒で、やがて最初に見ていた一点を見つめなおす。

 誰しもが詰所の入口付近の地面を見つめ、口を開き、目を見開いて、驚いた顔のまま固まっていた。


 何を見ているのか気になり、立ち上がろうとして地面に手を触れたとき異変に気付いた。


 大規模な地滑りでも有った後のように、硬い地面がひび割れ、彼らが見つめる先へと亀裂を延ばしていた。

 

 その亀裂をたどり、人だかりの脚の隙間を縫うようにして見つめた先には、幼少の子供の靴跡が地面にくっきりと残り、大小無数の地割れを作っていた。


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