第八章:発現
第八章:発現
「包帯と、止血剤を持ってこい!今すぐだ、急げ!」
「コッチだって数が足りないんだ!包帯は衣類でも引き裂いて使え!止血剤はもう残りが殆ど無い、重症患者が優先だ!」
お母様の後を追って、村の中央、自警団の詰所の前に訪れるとそこは既に戦場と化していた。
腕の無い者、頭に酷い火傷を負い包帯を巻き横たわる者、脚に長い棘が刺さり身動き出来ない者、鋭利な爪のような何かで背中を裂かれた者。
自警団の詰所に居た怪我人は何に襲われたのか、まるで解らなくて、ただひたすらに怖かった。少なくとも一体や二体の相手ではない事は解るが、何より怖かったのが、周囲をいくら探してもお母様の姿が見えなかった事だ。
最初は詰所の奥に行けば会えると思っていて、痛みに耐える呻き声と、怒号のように声を荒げ治療の指示を出す声が飛び交う中をただ歩き続けた。
そして最奥にたどり着いても、そこには村長のオルヴァさんが居るだけで、あの特徴的な銀髪を宿した人は居なかった。
なんとなく解っては居た事だったが、いざこうして目の前でそれを証明されると、結構堪える者がある。
お母様は最初から自警団員の治療を行うつもりが無かったんだと思う。いや、行うつもりが無かったんじゃなくて、「行えなかったんだと思う」。
お母様が抱えている病は、体内の魔力を消費すれば消費するほど身体を蝕む。治癒魔術をはじめ再生魔術にしても、魔力を使う。であれば、お母様ならこの惨状を見て、「元を断たねば意味が無い」と考えるはずだ。後は詰所の処置をオルヴァさんに任せて、自身は魔物狩りへと向かう。
「オルヴァ爺さん!ビルを助けてくれ!血が止まらねぇんだ!」
顔を蒼白とさせた青年の自警団員が、左肩から先が無い青年の傷口に紅くポタポタと滴る布をなおも強く押し付け、奥に居るオルヴァさんを強く呼びつけた。
オルヴァさんはゾルスさんと同い年らしいが、とてもそうとは思えないほど機敏な動きで、声を荒げた青年の下へ駆け寄った。
「わかった、診よう。……止血剤はもう、無いな……。ココから先は、魔術で癒す」
そういうとオルヴァさんは左肩の近くに右手をかざし、静かに体内の魔力を練り上げる。
その瞬間、オルヴァさんの周りに淡い緑色の燐光が漂い、右掌に集まり、はっきりとした光の塊となり、その瞬間を見逃さなかったかのように、オルヴァさんは静かに口を動かした。
「この者に再生の兆しあれ<ヒール>」
一瞬で、切断面が見え、骨まで解った傷口は表皮に覆われ、痛みから顔を歪めていた青年は静かに寝息を立てるように、長く深い呼吸を繰り返した。
仲間を救われた事で安堵しきったのか、オルヴァさんを呼んだ青年も、当のオルヴァさんに何度も頭を下げ、礼を言っていた。
そこで一つ、違和感を感じた。違和感、というよりも、既視感と表現した方が良いのかもしれない。
初めて視た魔術で、初めて耳にした詠唱なのに、何故か「使える」。そんな気がした。
……。
…………。
……………………。
【ヒール:対象の傷を癒す再生魔術。初級下位魔術。詠唱説:<彼の者に再生の恩恵を>】
【※他人の傷は癒せるが、自身に使う事が出来ない。】
……………………。
…………。
……。
己の頭に、さっきみた<ヒール>をイメージすると、正確な情報を引き出せたが、僕が知っている<ヒール>と大きく懸け離れている点が一つあった。
【※他人の傷は癒せるが、自身に使う事が出来ない。】
この一文は、以前お母様から貰った魔術書には記されていなかった。詠唱説も眼前でオルヴァさんがしてくれた物と少し違っている。
それにしてもおかしい。魔術は本来、詠唱説を学んで、何度も練習を繰り返してやっと使える一種の「技術」だと聞いている。
それなのに何のためらいも無く「使える」そんな気がしてならなかった。
試してみない事には始まらないが、いきなり大怪我の人を捕まえて、「出来ませんでした」なんて言いたくなくて、比較的軽症の人を探すと、割とあっさり見つかった。
隠れるようにして、部屋の隅で右肩の引っかき傷に布を当て止血していた、三十代前半くらいの男性。名前すら知らないし、何処に住んでいるのかも知らない。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「……んぁ?君は確か、ナタリアさん所の……」
「はい。レイと言います。もし良ろしければ、その傷僕に治療させてくれませんか?」
「そ、そりゃあ願っても無いが……、君はまだ魔術が使えないんじゃないのかい?」
「はい。「そういう事」になっているので、出来れば内緒でお願いします」
「か、かまわねぇけど……」
「ありがとうございます。それでは……」
身体の中から、外へ魔力<マナ>が流れ出るのが確認できる。ちょっとした脱力感を伴っているのが、少し不安だったが、問題ない。
オルヴァさん同様に、身体の周囲に燐光が漂い、肩の傷に添えていた右手に光が集まったのを確認してから、小さく声を殺すように、口にした。
「……彼の者に再生の恩恵を<ヒール>」
掌中に集まった光が細い糸の様な光に姿を変え、傷口を埋めていくようにして塞いでいく。
そこまでやって、なんとなく理解した。同時に何で今まで同じような現象にならなかったのか。
オルヴァさんは詠唱説を口にして、その現象そのものを見せてくれた。
でもお母様は違う。詠唱説など唱えずとも、魔術名を口にしただけで、効果が発動するほどの魔術師だ。
恐らく僕が魔術を使うようになる能力は、「詠唱説を耳にする」「実際の効果を目にする」事で、初めて発現する「何か」だ。
「おぉ……。すまねぇな。坊主。助かったよ」
「いえ、それじゃあ僕は行きますね」
「行くってどこにだ……?」
「お母様が森に入ったと思いますので、助けに行きます。僕如きが行っても足を引っ張るだけかもしれませんが、待っているのは嫌ですし、何よりゾルスさんの事も「助けて」と言われましたから」
「おい、ちょっと待て!危ないぞ!」
そう言いお辞儀を一つしてから、後ろから聞こえてきた忠告を無視して、朝の練習でボコボコになった木剣を手に取り、背を低くして詰所を抜け出そうとした。
「皆、聞いてくれ」
オルヴァさんの歳の割りに良く通る声が詰所内に響き、出口に差し掛かった僕をはじめ多くの人がオルヴァさんを見つめた。
「今この村に魔物の大群が向かっているのは皆知っている事だろう。何でこんな事になったのかはわからん。だが、一つ皆に願いがある。……ナタリア様だ。あのお方は今、単身であの大群と戦っている。……もし、ここに居る者で、尚も剣を持てる者が居るのであれば、彼の英雄の元に馳せ参じて欲しい。……己の剣が誰に鍛えられて、何の為にあのお二人がこの村に居るのかを思い出して欲しい。……頼む」
そのオルヴァさんの声に、怪我人はもちろん、比較的軽症な人、治療に当たっていた人まで、俯き表情に影が差す。それは恐怖に塗りつぶされており、身動きが取れない人を意味していたが、たった一人、肩を鳴らしながら立ち上がった人が居た。
それはさっき僕が再生魔術で肩の傷を治した人で、僕と視線を交えるとニカっと白い歯を見せ、笑った。
「おい、お前ら!あそこに居る坊主を見てみろ!今からお母様を助けに行くんだとよ!」
あざ笑うつもりなんだ、と瞬時に悟り、あんなやつに再生魔術を使った事を少し後悔したが、続いた言葉にそんな事を考えた自分に後悔した。
「……俺ぁな、情けねぇよ。確かに腕がなくなったヤツも居る、脚が動かないやつも居る。だけど、それは「極一部」だろう?!あんなガキ一人に、この村を救ってくれた英雄を、任せるのが、俺らの誇りなのか?!オズさんに日々剣を学んで来たのはなんのためだ?!意識を失った友の傍で涙するためか?!怖くて膝を抱えてぶるっちまうためか?!……違うだろ!家族の為、友の為、何より俺達の村のために命かけるって決めたんだろうが!」
誰にでも出来る行動ではない。この場の空気を読めてないとも取れる発言だったが、やがて誰が発したともわからない、小さい声が耳に入った。
「……お前、部屋の隅で隠れるようにしてたじゃないか……」
「……あぁ、そうだよ。俺もぶるっちまった一人だ!でもな、あんなボロボロの木剣一本持ったガキ一人に魔物の相手をさせるのが俺達が剣を学んできた理由なのか?!」
男性の声は、尚も張り、詰所内に短く木霊した。
「俺は行くぞ!少なくとも俺は、自分のケツで詰所の床を暖めるためにオズさんに剣を学んできたわけじゃねぇからな!」
そう言い、肩を治した男性は足元に転がっている丸い盾を担ぎ、歩き出したが手は血が出るんじゃないか、と思うくらい硬く握り締められ、表情をみても無理して微笑んでいるように見えた。それでも詰所の出口近くに立って話を聞いていた僕の元に来ると、その男性は片膝を地面につけ、同じ目線になると、先ほど同様に白い歯並びの良い歯をみせ、ニカっと微笑んだ。
「英雄の子はやはり英雄だ。ありがとよ、怯えてた俺にお前は立ち上がるだけの勇気をくれたんだ」
そう言葉にして、手甲のはまった手で頭を強くガシガシと撫ぜてくれた。
そしてその男性の後ろから、ある者は自分の二倍近い長さの槍を持ち、ある者は兜の緒を締め、ある者は両手斧の刃に砥石を当て火花を散らせ、ある者は矢筒の中身を確認しながら、一人、また一人と詰所の入口に近づき片膝を立て、何かに祈るかのように瞑目し、ほんの少し頭を下げた。
その先には僕が居て、なんだかこそばゆかった。
そして、皆が号令でも待っているかのように待機していた所に、ココにも一人空気を読めない人間の様に、僕は笑顔で口にした。
「皆さんが使える魔術を、片っ端から見せてください」