第四章:階層<セグメント>
第四章:階層<セグメント>
二人の悲鳴が木霊してから、数分。僕は自分の現状を二人に話した。
最初は二人とも信じていない、といった様子だったが、ナタリアさんが僕の額に手をやった瞬間、信じられない物でも見たかのようにどこか怯えたような表情をして、僕を見下ろした。
やがて、ナタリアさんが口にした言葉で、オズさんまでもが驚き、声を荒げた。
「……オズ、この子……何一つ嘘を言ってないわ。別の世界がある事、その世界で生活していた事、……一度死んだ事……、何一つ嘘を言っていない……」
「いや、ナタリア。それは虚偽<フェイク>の反応を見ただけだろう?」
フェイク?なんだろ。確か……まやかしっていう意味だっけか?
「オズ、貴方なら別の世界の可能性を知っているはずよ?貴方が討ち取ったとされるニドヘグ、どこに逃げたのか貴方ならわかるでしょ?」
「……異界だ。……だけど、あれは時間さえも存在しない場所だ、それなのにこの子が言うには十五年も生活していたって言うじゃないか。矛盾している」
「違うわ。オズ、貴方の使う剣は確かに異界へと至るための傷を生む事ができるわ。でも、異界は本来「間」なのよ。あの場所は、「世界と世界の間」に間を埋めるようにして成り立っているのよ。だから世界における「時間」という概念が存在しない」
「……それじゃあ、本当に異世界からの転生者だって、言いたいのか?」
「私自身、全てを信じ切れたわけじゃないけど、可能性としてはソレが一番高いわ。逆にオズ、生まれて間もないの赤ちゃんが、ココまで流暢に言葉を話したとして、貴方ならどんな答えを導き出せるの?」
ナタリアさんの言葉に、オズさんは何も言い返せなくなり、ただ黙るだけとなった。視線は僕を捕らえては居ますが、どこか動揺を隠せていない様子。
時に二人が真面目な会話をしているのはわかっていますし、それほど僕が重要なファクターとなっているのも解ります。
ですが、あの……もし宜しければ、おしめを交換していただきたく存じます。
この身体、どこぞの名探偵のように身体は子供(生後三日)、頭脳は大人(十五歳)?なわけでして、頭では「我慢」しているつもりでも、身体がキャパシティオーバーをしているようで、溢れています。えぇ。
今ならまだ、おしめに留まっています。ですがこのままおしめのキャパシティーさえオーバーしてしまいますと、いろいろ大変な事になる気がします。
「……それじゃあ、レイ?くん。いくつか質問をしたいのだけど、良いかしら?」
どこか真剣さを宿した、ナタリアさんの赤い瞳は見ているだけで、自然と背筋が伸びます。首さえ据わってない状況ですが。
「はい。僕にわかることでしたら何でも答えます」
出来れば、手短に。
「それじゃあまず最初に、この世界へ来た理由は解る?」
「……解りません。真っ暗闇が訪れたと思ったら、目の前にオズさんの泣いている顔があっただけです」
「実の子に「さん」付けで呼ばれると、なんか悲しいな……」
だ、だってまだあまり実感ありませんもん!逆に十五年別の親元で育った子を、オズさんはいきなり子として見れるのですか!?
「それじゃあ次に、私の名前と、オズの名前。どちらかに聞き覚えはある?姓はアーヴェクルスと言うのだけど」
「ナタリアさんと、オズさんの名前、姓をあわせても聞き覚えはないです。ただ、オズさんと同じ名前は僕の世界である童話に出てきます」
「へぇ、興味あるな。どんなの?」
話に乗ってきたのは、オズさんだった。
「僕もうろ覚えなのですが……、「オズの魔法使い」という童話です。女の子が旅をして、仲間と出会い、その仲間達の願いを叶える物語です。カカシは脳を、ブリキの木こりは心を、臆病な獅子は勇気を求め、旅をするんです。困難を共にして、成長した彼らをオズに住まう魔法使いが迎え入れて、彼女達に目に見える形として魔法ではなく継ぎはぎだらけのガラクタを贈るんです。そのガラクタを受け取った面々は理解できないといった気持ちでしたが、その魔法使いがただの「人間」だった事を聞き、彼らに必要だったのは脳でもなく、心でもなく、勇気でもなく、既にそれらを持っているという「自信」を教える物語だったはずです……」
オズという人物に関しては諸説あった気がする。オズというのはあくまでも地名で、そのオズに住んでいる魔法使い。もしくはオズというのは人物名であり、魔法使いの名前がオズである。というもの。
「さすが、俺と同じオズだな。良い事をする」
「オズは少し黙ってて」
短く、はい、と返事をしたオズさんは、イケメンなのになぜかショボーンを連想させる顔になった。見事な顔芸である。
「レイくんの世界には魔法……いや、魔術が存在しているの?」
「いえ、あくまでも童話です。一部の娯楽品、書物や、遊ぶ道具の中に存在していて、架空のものです」
そう伝えると、ナタリアさんはどこか悲しげだった。だけど、ソレも一瞬で、何かがナタリアさんの中で切り替わった。
「……それじゃあ最後に質問なのだけれど。……私は、レイくんをこのまま私の子にしたいのだけれど、どうかしら?」
「おい、ナタリア!」
僕の返事を待たずして、噛み付くように声を荒げたのはオズさんだった。そのオズさんを手で制し、またもオズさんはショボーンとなった。
「無論、強制はしないわ。レイくんに残された道は二つ。このまま私たちと暮らすか、修道院に入って孤児の子達と暮らすか、どちらかになるわね」
「ち、ちなみに、元の世界に帰る、という選択肢は……?」
「無いわね。希望を断ち切る様で悪いけど、どこの世界なのかもわからないし、世界なんて星の数以上にあるもの。その中にレイくんの世界もあるでしょうけど、確実にレイくんの世界とは限らないわ。……それに例えレイくんの世界だったとしても、行く事なんて出来ないわ」
割とショックである。魔法でパーッと光ったと思ったら元の世界ってのを期待していたのだけど。
でも、まぁ……。この姿で戻っても、父さん、母さんになんて説明すればいいんだろ。
「……ナタリアさんは僕が怖くないのですか?迎え入れていただけるのは正直かなり嬉しいのですが……」
「そりゃあ少しは驚いているわよ?異世界からの転生者だなんて、見た事も聞いた事も無いもの。……でも内心、こうも思うの。なんて幸運なんだろう、って」
優しく微笑むナタリアさん、それをショボーンから復帰した、オズさんが心配そうに見つめる。
「……私にはあまり時間が無いからね。だから、こんなに若いうちから息子と話せるだなんて、本当に幸運以外の何物でもないわ」
そういい、初めて抱き寄せられた時、同様に頬をフニフニと突付かれる。
嫌ではない。こそばゆい。
「……ったく。ただ名前をつけようとしただけなのに、とんだ出来事に見舞われたもんだ」
オズさんがそういうと、フニフニしていたナタリアさんの指を退けて、僕の両脇に手を入れ、静かに寝床から離され、オズさんの頭よりも高い位置に持ち上げられる。
「ようこそ、レイ――。今日からお前は俺達の子だ」
そう言われ、今まで何度も呼ばれた事のある名前なのに、身震いしてしまった。
それはきっと、迎え入れてもらえた事に嬉しかった、とか今まで生活していた世界に別れを告げられたようで悲しかった、とか。
そういうのじゃ決して無い。
だから僕はそのまま身震いに身を任せた。溜め込んだ何かがあふれ出す、その瞬間まで。
そう、既に限界を迎えた第一階層を突破して、第二、第三と汚されていく、その瞬間まで。