第三章:名付<ネームド>
第三章:名付<ネームド>
「冗談じゃない!男の子だったら、名前は俺が考えるって決めたじゃないか!」
「た、確かにそういう約束だったけど!ホラ、見てよ!私と同じ銀髪なのよ?!私が名付けたって良いじゃない!」
「それを言えば瞳の色は俺と一緒じゃないか!」
「そんなの一部じゃない!」
現実世界のお父さん、お母さん。黎は今日も元気です。
強いて言うなら、お腹が減っています。あと、若干おしめが濡れています。
僕がこっちの世界で生を受けてから、三日。僕がそっちの世界を去ってから、三日。
僕には未だに名前がありません。
というのも、このイケメンと、美女。…………、いや、お父さんとお母さん。
生まれる前から名前をいくつか準備していたらしいが、僕を見た瞬間全て吹っ飛んだらしい。
んで、どうやら息子が生まれたらお父さんが。娘が生まれたらお母さんが名前を決めるという約束をしていたらしい。
ところがどうだ。僕のあまりの愛くるしさから、二人がお互いに譲らず、三日も名無しの権兵衛。もしくはジョン・ドゥ。……スミスの方が良いだろうか?何にしてもなんと罪作りな僕。
そんな二人は僕が寝ているベッドの挟んで言いあっているせいか、時折つばが落ちてきます。マジかんべんしてほしいです。あと、おしめを変えて欲しいです。
「じゃあこうしよう。名前をお互いに言っていき、この子に決めてもらおう!」
なにいってんのお父さん!?あなた生まれて間もない命に何期待してんの?!
「……そうね。このままオズと話してても平行線だわ。……この子に決めてもらいましょう」
ちょ、おまいらww
生まれて三日だっ、つってんでしょ!?「あ~」くらいしか言えない気がするんですけど!?
ん?……そういえば自分の身体を確認しただけで、声とか産声として認識された大声くらいしか出してないな……。
声出せるのかな……。
「…………ハーイ。バブー」
いけるんだッ?!
「お!ほら、この子も乗り気みたいだぞ!」
「じゃあそうしましょう!」
本来なら赤ちゃんが発音を始めるのは二カ月から、「あ~」とか「あっあっ」とかのクーイングが始まるらしい。
それらすっとばして、月曜日が嫌になる某アニメのセリフが喋れるあたり、下手したら普通に喋れる気がする……。
二人にとって初めての子供だからだろうか。その辺の事を全く理解していない様子で助かる。
「じゃあまずは俺からな…………」
オズさんこと、イケメンお父さんは顎に親指をあて、考える仕草を取る。
やがて何かひらめいたのか、親指を離すと、ニィっと笑みを作る。あらいやだ。イケメンだからとっても素敵です。お父様。
「……アレクシス、これでどうだ!?」
「……カッ」
ケェエエェェエエェェエ!……生後三日の子供なのに痰が絡んだみたいな音がなったのは気のせいだろう。
それにしても……危ない、思わず声になりかけた……。今後注意しないとうっかり声が出そうになる……。
しかし……、イケメンはやっぱり考える事もイケメンなんだな。
ん?……なんかナタリアさん不機嫌そうですよ?何か言いたい事でもありそうな……。
「……オズゥ?……アレクシスって言えばお向かいの鍛冶場の人じゃない……。カッコいいからってさすがにそれは……」
ねーわ。
それにしても惜しい。アレクシス。……まるで勇者みたいじゃないか……。
「それに、アレクシスさんこの前森に入って熊仕留めたじゃない?……一応私、レアリス教の信徒よ?無暗に命を絶つ人の名前を息子に付けたくないわ」
アレクシスさん鍛冶師なのに、熊と渡り合えるほどの戦士なのですね。つまりは一狩り行っちゃう系の人だったのですね。
なんだろ、鍛冶師+熊と渡り合えるっていう情報から筋骨隆々なおっさんしか想像できない。
アレクシス……、却下だ。
あれ、なんかお母さんはさらに機嫌が悪そう、というかどこか拗ねてるような……。
「し・か・も……、アレクシスさん女性じゃない!なに、オズ、あの人に気があるの?!」
「――おッん」
な、かよ――!
嫁さんの前で息子に女の名前つけるとか、何考えてんだこの親父!
「……んー、良いと思ったんだけど……(アレクシスさん……横乳エロイし……)」
「何か言った?」
「いや!何も!……じゃあ、ナタリアは何が良いのさ」
うん。聞きたくなかった。このイケメン、とんだエロ親父だ。
「……んー。……バ、バッカス……」
ん?なんかお母さん顔を背けて恥ずかしそうですよ?どんな意味があるんでしょうか。
対してオズこと、お父さんはどこか悲しそうな。どゆこと?
「ナタリア……。まさかとは思うけど、俺が騎士団長やってた時の副団長。バッカス・オリファリルの事じゃないよな……?」
何故か、お母さんはさらに顔をそらし、頬を紅くして、なぜか冷や汗を流しています。どうしてでしょうか。
「……だ、だって……、オズは下戸じゃない……。そんな所は似て欲しくないわ。やっぱり男たるもの、お酒に強くないと……」
「やっぱり、バッカス・オリファリルじゃないか!あいつ酒にはめっぽう強いのに、「酔った~」とか言って、女に抱きつく変態だぞ!?」
「で、でもほら!お酒にめっぽう強い人がほろ酔いになるのってなんか可愛くない?!」
「第一、本音は俺が下戸だからいつも寂しく一人酒が嫌で、この子が成長したら相手をしてほしいだけだろ?!それにお前と酒を酌み交わせる相手なんて、そうそう居ないぞ?!お前が王都で過去何人抜きしたか覚えてんのか?!」
「……18人……」
ちくしょう!こいつらはもうダメだ!!
お父さんは、元騎士団長で、イケメンだけど、嫁さんの目の前で横乳がエロいというアレクシスという名をつけようとして、お母さんは旦那の前で、別の男の名前を持ち出す!しかも笊の様子!
べ、別の親元に!別の親元に、生まれなおさせて!チェーンジッ!親、チェーンジ!顔面補正値と足して二で割っても割に合わない両親な気がしてならないの!
……。
……それにしても名付け、か。前のお父さんとお母さん。なんで黎って名前をつけたんだろ。
別に意識したことなく、よくアニメなんかで見た「名前の由来を聞いて作文をつくる」とかっていうイベントも発生していない。
つまり、名前の意味を知らない。黎の字ってどんな意味があるんだ?
でもまぁ。黎っていう名前は嫌いじゃない。どこか「〇郎」とか、「〇子」とか、所謂ありきたりの名前とはどこか違う。ちょっとした優越感があった。
今回もちょっとあの時の優越感を味わいたいな。
可能なら、前と同じ名前、黎が良いけど、わがままいえないっていうか、口にしたらダメだろうし……ハァ。
「黎<レイ>っていう名前良かったなぁ……」
…………。
あれ?僕が寝ていたベッドを挟んで、言いあっていた二人がぴたりと止まり、眼下の僕を見つめていますよ?何か信じられない者でも見るかのような……。
え、ちょとまって、まさか口に出てた?!
やばい、やばいきがする!もし「悪魔の子だ!」とかって騒がれたらどうしたら?!
ちょ、ちょとまって、い、今何か打開策を考えるから!タ、ターイム!
…………。
やっヴぇ、何も思い浮かばない!っていうか二人も固まったまま、何もアクションを起こしませんことよ?!
こ、これはチャンスかもしれない!今なら、「なんてね、テヘペロ♪」で許してもらえる、そんな気がする!
ならば言うしかあるまいて、生まれたてなんだ、きっと二人も天使のような僕のテヘペロを食らえば、可愛さのあまり許してくれる気がする!
…………。
「……な、なんてね……テヘ」
最後まで言い切る前に、我が家に二人の悲鳴が響き渡った。
後に知る事となるが、二人は英雄とまで呼ばれる人間で、その二人の悲鳴が村中に木霊した事から、僕の名前が「レイ」になった日。毎年村では「邪竜が通り過ぎる」と言われるようになった。