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美しすぎる女

作者: 白衣

  Ⅰ


 世の中の人間というものは、どうしてこうも醜いのだろうか。

 世界史の週末課題を解きながら、ふと考えてしまった。

 私はこれまでの短い人生の中で、幾度もこの疑問にとらわれてきた。しかし、そのたびに出る答えはいつも同じで単純である。

 私が美しすぎるのだ。

 私がこの世に生まれてから16年もの月日がたつが、私はこれまで他人を美しいと思ったことが一度もない。

 テレビでキャーキャー騒がれているジャニーズやらアイドルなど腐った魚と見間違えるレベルである。アニメやマンガの萌キャラに至っては存在意味が分からない。


『楊貴妃…玄宗皇帝の寵姫。玄宗皇帝が寵愛しすぎたために安史の乱を引き起こしたと伝えられたため、傾国の美女と呼ばれる。』


 少なくとも教科書の絵を見る限りそれほどとは思えない。こんなパーツの整っていない福笑いの失敗作のような不細工な顔のどこが美しいのだろうか?

 時たま「人は顔じゃなくて心だ。」などという偽善者もいる。だがそれは自分の醜さをごまかすための都合のよい言い訳に過ぎない。 

 そう考えるたびに、これほどまでの美貌を私に与えてくれた両親には感謝してもしきれないのである。

 さて、もう夜も遅いし寝ることにしよう。夜更かしは肌の大敵である。就寝前に顔のパックをし、髪が乱れぬようにナイトキャップをかぶる。眠る準備が出来たところで、いつものように机上のスタンドミラーを見る。 


「あぁ、あたしってなんて美しいのかしら。」


 自分の顔を見るたびに、私はそうつぶやいてしまうのである。


   Ⅱ


 月曜日の学校というものはどうしてこんなにも憂鬱なのだろうか。昨日までの休日がまだ続けば良いのにと何度思ったことだろう。

 だが、とりわけひどいのは登校してくる同級生の顔である。 

 土日に遊びほうけていたのが絵にかいてわかるほど疲労感が漂っている。寝ぐせで髪や身なりが乱れた上に、ただでさえひどい顔が、ガサガサな肌で倍増しにひどくなるのだから見られたものではない。      

 退屈な授業が終わり、やがて放課後になった。日課である肌のケアをするため、自前の化粧水と乳液をもって女子トイレへと向かった。この作業は自分だけの世界に入って、じっくりと行いたいものである。

 しかし、残念ながら今日は先客がいた。隣のクラスの「ギャル」が二人。私の最も嫌いな人種である。

 彼女たちは化粧をしながら放課後の予定を話していた。


「今日カラオケ行かない?」

「オッケー。クラスの男子にも声かけてみるね。」


 まったく不愉快なものである。 

 放課後の遊びはまだ良いとして、あの化粧だけはどうにも許せない。 

 ただでさえあの醜い顔である。ギョロリとした不気味な目にマスカラやアイラインを引き、悲惨なほど裂けたグロテスクな口にグロスを塗る。こんな無意味なことがあるだろうか。むしろ不細工さが強調されて吐き気がするほどだ。

 しかしながらこのトイレは洗面台が三つしかない。うち二つを彼女たちが使っている以上私は残った一つを使うしかない。

 近寄りたくない気持ちを押し殺し、二人の横に立った。

 すると彼女たちは私に気付いたようで、私に聞こえないほどの声でひそひそ話を始めた。おおかた私の美貌についてだろう。突如として私のような美女が現れたら、動じないほうが無理というものだろう。


「きれいな肌だね。化粧はしないの?」

 

 片方の女が話しかけてきた。どうやら私の美貌を羨んでいるようだ。化粧水と乳液を塗りながら答えた。 

「化粧なんて一度もしたことないわ。いくら顔に絵を描いてごまかしたって、元の素材が悪いとやっぱりダメなのよね。余計な雑味のない顔が一番よ。シンプルイズベストって言うのかしら?まあ、他人より美しい顔を生まれながらに得られたことを私は幸せに思うわ。」


 女の顔が引きつっている。


「そう…。よかったわね。」


 きっと私に嫉妬しているのだろう。肌のケアを終えた私は最後に彼女たちへのアドバイスを残した。


「あなたたちも美しくなりたければ、顔に余計なことはしないことね。まあ、生まれ持ってのパーツや輪郭はどうにもならないでしょうけど。それじゃまたね。」


 さて、とんだ道草を食ってしまった。今日は月に一度お世話になっている病院へ定期検診に行く日なのだ。

 トイレを出てすぐの窓から、両親が車で迎えに来ているのが見えた。


   Ⅲ

 学校から病院までは約一時間かかる。月に一度の定期検診の際にはいつも隣町の病院まで父の車で行くのが恒例となっていた。

 無論、家や学校の近くにも病院はある。だが、娘の私の健康を気遣う両親は、良い医者がいるという隣町の病院を選んだ。特に病気もしていないのに、なぜそこまで健康にこだわる必要があるのだろうか。まあ、可愛い娘に万が一のことがあったらと心配なのだろう。かなりの親ばかだ。

 もっとも、その親ばかのおかげで私はずいぶんと言い生活が出来ている。私の父は某大手金融機関の重役を務めており、金には何不自由ない生活が出来ている。娘の私も昔から欲しいものは何でも貰えたし、たいていのわがままは聞いてもらえた。今日だってたかが娘の検診のためにわざわざ会社を休んでまで送り迎えをしてくれるのだから、感謝するに越したことはないだろう。

 退屈な車中に話しかけてくるのはいつも父が最初だ。


「この前学校を訪問した時に理事長に会ったよ。今年の新入生に美人がいるって有名らしいぞ。」

「へえ、そうなんだ。あたしかな?」

「そうみたいだ。パパの娘だってみんなに宣伝してくれるように頼んでおいたよ。」


 つくづく親ばかである。まあ、仕方ないかもしれない。父は学校の創設時に出資をしたため、学校関係者とは深い関係が続いている。その娘が学校で評判なのだから、さぞ鼻が高いのだろう。


「学校の勉強はどうだ?」

「そんなに難しくないから大丈夫だよ。」


 遅れて母も会話に混ざってきた。


「友達は出来たの?好きな人はいる?」

「それはないかな。あんまりあたしに釣り合う人がいないもん。」

「そっかぁ…。まあ、あなたは美人すぎるからねぇ。」

「本当に私たちに似ないでくれて良かったな。」


 たしかに私の両親はお世辞にも美男美女といえるような顔ではない。我ながらこんな二人から私が生まれてこられたことが不思議でしょうがない。

 まあ、もっとも私の美貌は先天的なものが全てというわけではない。むしろ日々の努力の積み重ねなのである。

 長時間の移動中はいつも髪のケアをすることにしている。自前のヘアブラシで自慢のロングヘアをゆっくり丁寧にとかす。もちろん枝毛の処理も忘れない。

 こういった「美」への細かい意識が美しさにつながるのだ。先天的な美しさにばかりこだわる愚民どもにもそれを理解してほしいものである。

 

 そうこうしているうちに病院にたどり着いた。

 診察室に通されると、いつものように担当の先生が出てきた。なんでもこの病院内でもかなりの腕の医師らしい。簡単な挨拶とともに診察が始まった。


「こんにちは。先生、お久しぶりです。」


 先生はにっこり微笑んで


「どこかお変わりありませんか?」


と問いかけた。


「最近顔の筋肉のゆるみが気になりだして、顔のマッサージを始めたんです。」

「そうですか。美容に気を配っているだけにいつみても綺麗ですね。」


 さすが先生。よくわかっている。

 やがて診察が終わると


「それではお父様とお母様にもお話を聞いてきますので少し待っていてくださいね。」


と言って出ていってしまった。

 先生の消えた病室には妙な静けさと消毒用アルコールのにおいが立ち込めていた。

 診察室の隅に大きな鏡があり、椅子に座る自分の姿が写っていた。やることもなく退屈にしているうちに、鏡に映る自分を無意識に何度も見てしまっていることに気が付いた。

 我ながら自分のナルシシズムに恥ずかしくなった。


   Ⅳ


「先生、お願いします。娘を助けてください。」


 医者になって数十年、こんな言葉はもう何度も聞いた。そしてそのたびに私は患者のために尽力してきた。

 しかしながら、今回ばかりは話が違った。


「困るんですよ。うちの病院ではどうにも出来ないと先月お話ししたじゃないですか。」

「そこをどうにかお願いします。もう先生しか頼れる人がいないんです。お金ならいくらでも用意しますから。」

「お金でどうこう出来ることじゃありません。私にだってできることの限度があるんですよ。」


 こんなやり取りをしてしまっては、医師失格と言われても無理はないだろう。

 だが、実際そうなのだ。あらゆる手を考えてみたものの彼女を救える手はどこにもないのだ。


「お願いします。整形手術でもなんでも手段は構いませんから。」

「いいですかお父さん、お母さん。確かに昨今の美容整形手術の技術は目覚ましい進歩を遂げています。しかし、それは元々の顔のパーツを変化させるものであって、娘さんにできるものではありません。」


 彼女の両親は涙を流してその場に崩れ落ちた。


「そんな…。娘が生まれて16年、ずっと口裏を合わせてごまかしてきました。しかし、もうあの子も高校生です。いつ自分の生まれ持っての悲しみに気が付くのかと思うと…。」


 医師として出来ることなら彼女を助けたい。

 しかし、そもそも彼女の存在自体が医学的にありえないものであるため、対策の取りようがないのだ。

 診察室の中を覗くと、彼女は部屋の片隅に置かれた鏡を見つめていた。

 自分の悲しい運命に気が付いていないことがせめてもの救いである。

 彼女は自分が美しく、他の普通の人々が醜いのだと思い込んでいるのだ。まあ、ある意味間違っていないのかもしれない。

 彼女がうっとり見つめるその顔に、目・鼻・口・耳といったパーツは何一つとして無い。ただツヤとハリのある肌が広がるばかりなのだ。そして艶めくロングヘアの黒さが肌色の鮮やかさを際立たせている。その雑味のない顔は、まさしくシンプルイズベストと言えるだろう。


そして彼女はつぶやくのである。


「アァ、アタシッテナンテウツクシイノカシラ。」


「美しさ」って何だろう?というテーマをブサイクなりに考えてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 医学的にありえない顔という設定なので、 一般的なブス、ブサイクとは比較にできない話なのかもしれませんね。 でも主人公がポジティブなのが救いでしょうか。 このまま気づかずに過ごしてもらいたい…
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