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りんね  作者: 石崎真祐
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りんね

自分の寿命があと少しで尽きると知ったとき、僕は不思議と冷静だった。

僕の寿命が書かれたそれは、何の変哲もない大学ノートで、保存状態は良いがそこそこ使っているようだった。そこに書かれた寿命は〈1ヶ月〉で、あまりにも短いものだった。

それでも冷静でいられたのは、あまりの短さに感情が表に出なくなったのかもしれない。書かれた文字が自分のだったからかもしれないし、紙の状態が〈1ヶ月〉という文字が書かれてからしばらく経っているように見えたからかもしれない。

だが、その悪戯のようにも思える寿命は事実であり、僕はもうすぐ死ぬのだ。

普通、寿命を知ったら『死ぬまでにこれだけはしておこう』というのを何個か書き出し、実行しようと頑張るだろう。

だが僕は逆だった。どうせ死ぬのだからと、何も変わらない生活を送ろうとした。

そう、送ろうとしたのだ。

変わらない生活など、死がすぐそこにある僕にはなかったのだ。いや、もしあったとしても、彼女に出会ったことでやはり僕の人生は変化したのだろう。


彼女にも寿命があった。それは僕の〈1ヶ月〉より短い、〈1週間〉というものだった。

彼女は寿命を不安に思いつつ、常に笑顔でいた。死が近くにあるというのに、幸せそうに微笑むのだ。

だが、彼女が死んでも悲しむ者は僕以外にはいなかった。みんな驚くけれど、涙を流す人は1人もいないのだった。

特に変わらずにまわりは生活をし、僕と彼女だけが時に残されるのだ。

そんな同じような状況である彼女と出会ったのは、寒い冬が始まった頃だった。出会いは唐突であり、また、強烈でもあった。

「ねぇ、私と付き合ってよ」

出会ってから10秒も経っていなかった彼女に告白されたのだから。




今日はとても寒かった。テレビでは、暖かそうなコートに身を包んだ女子アナが真冬の気候になると、白い息を吐きながら言っていた。

昨日はそこそこ暖かかったはずだ。どうだったか思い出そうとしたが、何故か思い出すことが出来なかった。今日から真冬なのだから、きっと暖かかったのだろう。

自分の服装を見てみた。白いティーシャツの上に薄い水色のワイシャツ、黒のズボン、少し汚れたスニーカー。いわゆる学校の制服なのだが、今日の服装にしては少し薄着にも感じられた。

次に周りをぐるりと見渡してみた。まだほんの少しカラフルな紅葉が並木についている。

公園で目が覚めて、少し歩いたのだが、見たことのない景色のようだ。知らない土地に1人でいるのもおかしいので、きっと地元なのだろうが。

家に帰ろう。そう思い来た道を引き返そうとした。だが僕は、振り返っただけで足を進めようとしなかった。

「……家、どこだっけ」

いくら考えても、昨日の晩御飯も、一昨日何していたかも、家族のことも、自分のことさえもわからなかった。

周りを歩く人達が、歩道の真ん中に突っ立つ僕を迷惑そうに、不思議に見ていた。とりあえず、公園に戻ることにした。


小さい子達が駆け回っている公園。おじいさんやおばあさんも朝のウォーキングをしている。気温が低いとはいえ、少し葉の落ちた並木道を歩いていると心が暖かくなる。

遊具のほうに歩いていき、目が覚めたベンチに向かう。持っていたスクールバッグに何か自分のことがわかるものがあるかもと、確かめることにしたのだ。

ちょうどジャングルジムの前を通った時、「うひゃあ!?」という間の抜けた声が降ってきた。目の前にはダークブラウン。ふわりとシャンプーの香りが広がった。

それが女の子だと気づいた頃には、僕は地面に仰向けになっていた。少女を抱き止めて「ぐえっ」と蛙のように鳴く。痛い。

「あの……大丈夫?」

痛みに耐えて訊ねるも返事がない。「ねえ」と続けようとしたら、少女は顔をガバッと上げて言ったのだ。

「ねぇ、私と付き合ってよ」


──さっき言った通り、出会ってから10秒も経っていない少女が、だ。



「え……ごめんなさい、無理です」

「なんで?」

首を傾げて聞いてくる。上目遣いに心を奪われかけ、先程の発言を撤回したくなるが、名前も知らない、出会ったばかりの相手と付き合うのはいかがなものか。

「とにかく、いつまでも地面に寝転んでいるのは嫌なので立ってください。ベンチに座って話しましょう」

彼女は慌てて立ち上がり、僕に手を差し延べてきた。その手はなんだと見つめていると、「ごめんごめん!ほーら、早く話そうよ!ん!」と先程より手を近づけられた。掴まれ、ということらしい。

手を差し伸べられて借りないのもなんだと思い、躊躇いながらも手を借りた。少し小さめの手は、ほんの少し冷たく柔らかかった。


「で、あの……。まず、何故ジャングルジムから降ってきて、出会ったばかりの僕に告白したんですか?」

ベンチで隣り合わせで座り、すぐ質問してみた。彼女はニコニコと微笑み、足をブラつかせている。

「てっぺんで座りながら考え事してたの。ずっと座ってたから背中痛くなって……、仰け反ったら落ちちゃったあ」

たはー!とおでこに手を当てておちゃらける。出会って間もないのに失礼だが、この人はきっと馬鹿なのだろう。

「告白はねぇ、んー。……なんとなくかな!」

馬鹿っていうか、住んでいる次元が違ったのかもしれないと思った。真面目に宇宙人だと思うほどに呆れてしまった。

「似てる気がしたんだよ、君と私が」

「失礼ですね、僕は馬鹿じゃありません」

「君もなかなか失礼だけどね」

微笑みを崩さず、僕のおでこにデコピンをしてきた。ビシッと音が響き、痛さに呻き声が漏れる。

「ほんと、なんとなーく、君は私にとって必要なものに思えた。私が無くしたものを見つけてくれるかも知れないって」

「なんですかそれ……」と言うと、彼女はこちらに顔を向けた。眉を下げて、困ったように僕に微笑みかける。

「無くしたものはわからないよ。まぁ……記憶はないけどねぇ」

片方ずつ上げ下げしていた足を、両足揃えてブラつかせて彼女は続けた。

「昨日と、一昨日の記憶はある。日曜日以前の記憶が一切ない」

その後も彼女は話してくれた。

自分が誰で、どこに住んでいたのかもわからない。どうしてここにいるのかもわからない。まるで、今の僕のようだった。

「さっき散歩中のおじさんに会ったらさ、『お嬢ちゃん、もう2週間ここにいるが、家に帰らんと親御さん心配するぞ』って言われちゃった。きっとここに来てから1回は記憶無くしてる」

目を閉じて俯いている。思い出そうとしているのか、それとも涙を堪えているのか。とても悲しそうに、震える溜め息を漏らした。

「僕は貴女の記憶を持っていませんよ」

「わかってるよ。持っているわけないじゃない、他人の記憶だもの。さっきから、馬鹿にしないで」

彼女は顔をそむけ、静かに言った。ほんの少し怒らせてしまったようだ。

「……でも、さっき貴女が言っていたこと、本当だったようです。貴女と僕は似ている」

俯いていた彼女が顔を上げこちらを見た。僕は彼女がしていたのを真似して、出来るだけ優しく微笑んでみた。

「貴女が馬鹿ということも撤回します。まぁ、まだ少し思っていますけど」

彼女は目を細めて睨んでくる。可愛いけど、怖い。

「実は、僕も昨日までの記憶が全くありません」

彼女は「え?」と言うと、口を半開きにした間抜けな顔で見つめてきた。それにくすっと笑うと、名前も家もわからず彷徨っていたことを伝えた。

「女の感、というのは怖いですね。本当に似たような状態とは」



名前は?──わかりません。

住んでたところは?──わかりません。

そんな会話がしばらく続いた。

「それは?」

彼女は僕の荷物を指さしていた。そういえばまだ調べていない。

「そうだった。これは、僕についての〈手がかり〉です」

彼女は不思議そうに首を傾げたが、すぐになるほど、と言うように微笑んだ。

開けてみると、2冊の教科書と3冊のノート、筆箱が入っていた。英語と古文、そして、表紙には何も書いていないノートだった。

教科書に名前が書いてあった。『西原懐叶』。それが僕の名前らしい。

「そうか、懐叶くんか」

「不思議な感覚ですね、自分の名前を知るというのは」

学年を見てみると、どうやら高2のようだ。

「ねぇ、そのノートには何か書いてないの?」

名前も書いていない小綺麗なノートを見つめ尋ねてきた。使っていないノートだとは思うが、一応見てみることにした。


──名前、西原懐叶(ニシハラカイト)

住所、○○市△△。××高校に通学。


「凄い、君は変わった少年だ」

なんでですか、と言いたかったが出来なかった。確かに変わっている。こんなノートに自身の個人情報を書いている人はなかなかいないだろう。プロフィール帳なんかではなく、ただの大学ノートに。

次のページを見てみた。


──寿命は〈1ヶ月〉


「寿命……」

予想もしていなかった文字に、口は空いたままになる。僕は何かの病気なのだろうか?

「君は、死んでしまうの?」

「さあ。こんなに元気なのに信じられませんが、本人が自覚していないだけかもしれません」

自分の手を見つめながら話す。そうか、死ぬのか。記憶が戻るかもわからずに。

ノートの次のページにも、短い文章が書かれていた。


──寿命が来るのは、その月最後の金曜日。


「なんだこの曜日指定……」

呆れてしまった。これは小説かなんかの設定なのではないかと思うほどに。

「君は、厨二病なのかい?」

「違います」と即答すると、「じゃあ、これはデスノート?」と訊かれた。

「記憶がないので説得力ないかもしれませんが、僕には呪うほど憎む相手などいません。だからといって自分を呪うこともしません。違います」

その先のページには何も書いていなかった。だが、手がかりには充分ではないか。

「住所と高校名がわかりました。本当かはわかりませんが、とりあえず行ってみます」

「そっか、じゃあお別れかな」

彼女はそう言って、ピョンと立ち上がった。くるりとこちらに振り返り、木漏れ日のような微笑みを向ける。

「貴女はこれからどうするんですか?」

「そうだねぇ」

木に止まっている小鳥を見つめているようで、その視線の先は未来のような、過去のような。そんな遠くを見ているようだった。

「私には手がかりがない。だからどこにも行くことが出来ないから、きっとここにいるよ」

「そうですか」

そう言って立ち上がる。そのまま数歩歩いて、彼女の方を振り返る。

「じゃあ、付き合ってください。僕が『僕』を探すのを。そして、『貴女』も探させてください」

彼女は一瞬驚き、「いいの?」と聞いてきた。僕が頷くと、ひまわりのような笑顔を向けて「うん!」と言った。

僕らは二人並んで、ノートに書かれた住所を頼りに家へ向かった。


人に道を尋ねながら進み、そう時間のかからないうちに家を見つけた。山吹色の壁に緑かかった屋根、かぼちゃのような色の組み合わせの小さな一軒家。表札には『西原』と書かれている。

グッと背筋を伸ばし、呼び鈴を押す。少しして「はい」と、女の人の声がインターホンを通して聞こえた。

「あ……」と言って、言葉が出てこなくなった。なんと言えばいいのかわからないのだ。突然「ここは僕の家ですか?」と聞いたら頭のおかしいやつだろう。

黙り込んだ僕の背中を、彼女は思い切り叩いた。痛さで叫びそうになるが、彼女の目を見てなんとか耐える。そんなじとっとした目で見ないでくれ。

すうっと息を吸い、彼女は明るく聞いた。

「えっと……懐叶くんのお家ですか?」

「懐叶の友達かしら?……ごめんなさいね、あの子昨日から帰ってきてなくて……」

昨日から。ということは、この家が僕の家という可能性が少し上がったのではないか。

「探してるんだけど、どこいったんだか……。ああ、ちょっと待っててちょうだい」

ガチャっという音がした。扉が開いて、一つ結びの女の人が出てきた。そして僕を見て「懐叶!」と驚きの声を上げ抱きしめてきた。

「ここが僕の家であってたのか……」

そう、ぼそりと呟いた。

案外早く見つかったことに、安堵とともに少しがっかりした。細かく住所が書かれていたこともあるが、もう少し冒険したかったような、もう少し彼女と謎解きをしたかったような。

「よかったね、帰ってこれて」

彼女は僕にそう言って微笑んだ。僕も微笑み返すと、女の人──母さんはやっと抱きしめるのをやめた。

「ありがとう、連れてきてくれて」

「いえ。帰ってこれたようでよかったです。……それでは、私はこれで。じゃあね、懐叶くん」

彼女は、にこりと笑って立ち去ろうとした。

「あの、さっきの約束忘れてるんですか?」

咄嗟に腕を掴んでそう言った。振り返った彼女は、何のことだと言いたげな目を向けた。

「『僕』探しは終わりました。『貴女』はまだ見つかっていないでしょう?行く宛もないのに、どこへ行くつもりですか?」

ハッとした顔をすると、彼女は困ったように、でも嬉しそうに笑った。


母さんに事情を説明すると、姉さんが使っていた部屋が空いているのでしばらく住んでもいいということになった。

「約束、本気だったんだ」

意外とでも思ったんだろうか。なんともいえない、困惑したような顔で聞いてきた。

「ええ。迷惑でしたか?」

「ううん、そんなことない!……ありがとう、泊めてもくれて」

少しこそばゆくて顔をそむけると、くすくすと笑い声が聞こえた。出会った時もそうだが、コロコロと表情や雰囲気が変わる人だなぁと改めて思う。

「でも、私は手がかりも何もないんだよ?見つかるまで居ていいって言ってくれたけど……」

「見つかりますよ、きっと」

「見つからなかったら?ここにずっと居るわけにはいかないじゃない」

部屋のカーテンを開けて、高く蒼い空を見ながらそう言った彼女の顔は複雑な表情だった。

自分がわからなくて、ずっと彷徨っていた。手がかりもなく、不安だっただろう。そして、この先も見つからないかもしれないと、きっと苦しいのだろう。

「絶対見つけますし、僕らは迷惑だとは思わないので居てくれて構いません。僕だけ見つけてもらって、何も出来ないのはすっきりしませんし。なので、むしろ居てください」

〈ずっといてくれても構わない〉。もう少しで出そうだったその言葉をグッと飲み込む。出会ったばかりなのに何を……ああ、彼女も対して変わらないのだった。

不安に押し潰されそうだった彼女の顔は、ぱああと効果音が付きそうなくらい明るくなった。

「えへへ……うん、ありがと!」

照れたような純粋な笑顔に固まっていると、母さんの夕飯ができたという声が聞こえた。


夕飯を食べ終わり、僕たちはお互いの特徴をそれぞれのノートに書き留めることにした。

「君、ノート好きなんだねぇ」

「好きとかじゃないですよ。書いておいたほうが整理しやすいじゃないですか」

「なるほどね」

僕のノートには、書かれていなかった家族構成以外は特に新しく書き留めることはなかった。なので、彼女がわかる範囲の情報を書き終わるまで静かに待っていた。

すらりと細い指先が描く、可愛らしい丸文字を目で追う。

「できたよ。手がかりなんてないけど……」

ノートを受け取って読んでみた。


──記憶がなくなっていたのは月曜日。

家族構成、生年月日はわからない。

家の住所もわからない。


そして小さく──名前もわからない。と書かれていた。

「そうか、名前……」

名前がなくては、何か用がある時に呼べない。そういえば出会ってから聞いてもいなかった。

「名前がわかれば、十分な手がかりだったのにね……」

「僕だって最初、名前わからなかったじゃないですか。仕方がないですよ。ただ……貴女のことをどう呼べばいいのか困りますね」

どうしたものか。「おい」だとか「お前」と呼ぶのは失礼だろうし、正直僕自身もそう呼びたくない。

「適当に呼んでくれればいいよ?ポチでもミケでも」

ケラケラと悪戯に笑う。確かに犬のようだが、そんな呼び方を僕がしたくない。

「貴女はペットになりたいんですか?生憎、僕に人をペットにするような趣味はないです」

「あはは!私もペットになるような趣味ないよぉ」

お腹を抱えて笑い始めた彼女に呆れてため息をつく。おかしくて堪らないのか、ヒーヒー言っている。

「えっとね、つまりさ、君が呼んだのを私の名前にしたいなってこと」

つまり、名付け親になれということだろうか?

「本当にポチって呼んだら、そうしてたんですか?」

何回目かわからないため息をつきながら訊いてみた。

「そうだねえ、ちょっと恥ずかしいかな」と言うものだから、「僕だってそう呼ぶのは嫌ですよ」と返した。「それに、貴女はポチよりシロって感じがしますし」

純粋で、真っ白な感じ。そして、ふわふわした性格から雪を、輝く笑顔から光を連想してそう言った。

「ほぉー。じゃあ私の名前はシロ?」と訊かれる。

「え、ええと、さすがにそれは……。そうですね、『かれん』はどうです?漢字は『叶蓮』とか」

可憐な彼女のイメージからそう言ってみた。〈叶〉という文字を使ったのは、記憶喪失同士、少し仲間意識があったからだ。少々恥ずかしさもあるのだが、「ほうほう。じゃあそれにしよう!」と彼女も気に入ってくれたので良しとしよう。


それから僕たちは、警察の元に捜索願が出されていないか聞きに行ったりした。

だけど、ある日異変が起こる。



それは、出会ってから4日が経った、月曜日のことだった。

「叶蓮、叶蓮。起きてください、朝ですよ」

いつも僕より早く起きている彼女だが、この日は起きていなかった。仕方がなく起こしに行くと、まだ布団に包まっていた。

「叶蓮?」

「んんっ」という声と共に掛け布団がモゾッと動いた。むくりと起き上がり、眠たげな目が僕を見た。

「だれ……?」

「寝ぼけているんですか?全く……」

彼女は尚睡たげだが、本当にわからないと困惑しているようだった。試しに僕の名前を訊いてみたが、「わからない」と言われてしまった。

「自分の名前もですか?」

「さっき君が叶蓮と言っていたけど、それが私の名前?」

「ええ。……他はわかりますか?」

「ううん……ごめんなさい」

困った。僕は叶蓮について何も知らないのだ。教えようとしても何もない。どうしたものかと考えていると、1冊のノートに目が止まった。

「これに、貴女のことが少し書いてあります。書いていなくて、僕が知っていることは教えます」

4日前一緒に書いた時と比べると、そこそこ書き込まれていた。とはいっても、2つ3つ増えた程度ではあるが。

「そこに書かれている〈懐叶〉というのが僕です。4日前に、お互い記憶がない状態で出会いました。貴女の〈叶蓮〉という名前は僕がつけました。名前がわからないようだったので……。

そして、叶蓮はこの家に住んでいます。叶蓮が〈僕〉を見つけてくれたので、僕もお礼にと、一緒に〈貴女〉を探しているんですよ」

叶蓮はノートを見ながら真剣に僕の話を聴いていた。ところどころペンを踊らせメモしている。

「ねえ、今日って何曜日?」

「月曜日ですよ?」

一体どうしたというのだろうか。

「……あのね、ここに『記憶がなくなったのは月曜日』って書いてあるの。もしかしたら、私はいつも月曜日に記憶をなくしているのかも!」

確かに、その可能性はあるかもしれない。ただ、確かめることは今の段階では無理だった。

「もしそうなら、僕がノートに書いておきますよ。まだそうとは決まってないのでね」

叶蓮は笑顔で頷くと、「私は何回も生まれ変わるんだね」とノートを掲げた。どういうことか訊くと、「記憶がなくなることで私は死んで、生まれ変わって新しい記憶を作るの」と言った。

その言葉が少し引っかかったが、「そうですね」と言って、いつも通り彼女の手がかりを探しに行った。



それから時は流れ、叶蓮の記憶は2回消えた。彼女の言ったとおり月曜日に死んでしまうようだった。死んでしまった叶蓮を、僕はゆっくり説明して蘇生させる。

そんな日々を過ごしていることが当たり前のようになってきた。叶蓮がいることが当たり前。もう探すのをやめ、このまま家族の一員として過ごせばいいとさえ思い始めた。もうあの時の彼女というわけではないが、あの日の告白に「はい」と答えたいとも思った。


だが、月の最後の金曜日、僕の寿命は尽きたのである。


「貴女は誰ですか?ここは……?」

朝起きたら知らない少女と知らない家にいて、そう尋ねた。彼女の顔は「何を言っているんだ」と全力で表していたが、質問に答えると悲しそうに微笑んだ。

1冊のノートを渡され一通り読み、彼女の説明を受ける。ノートの〈寿命〉という意味もわからなかったが、記憶が保つ期間のことだと教わった。

「他にわからないことはある?」

「いえ、わかりやすくて理解できました」

こうして僕は生き返った。

「とりあえず、〈貴女〉を探せばいいんですね」

「うん……そういうことかな。手がかりなんてないのに、君は馬鹿だね」

「馬鹿じゃないですよ」と返した。「これを始めたのは前の僕ですし」

「まぁそうだけど……。嫌ならいいんだよ?私のことだし、これ以上迷惑かけたくないし」

「嫌なんて一言も言った覚えないんですけどね、迷惑とも」

ノートを閉じてそう言った。

その日も、叶蓮の手がかりを探しに行った。



それから何回も、叶蓮は死んで生き返った。僕も死んでは生き返った。僕たちの記憶は戻ることなく、叶蓮の手がかりが見つかることなく、ただただ時だけ過ぎた。

そして、季節は春になり、僕はまた死んだ。

「ん……んんっ。あれ、ここは……?」

見たことのない景色、そしてわからない自分自身に困惑している?すると、机の上の《起きたらこれを読んでください》という可愛らしい文字の書かれたメモに目がいった。その横には1冊のノート。

とりあえず指示通りノートを読む。僕自身のことが書かれていたそれに少し困惑した。

「西原懐叶、春から高3。記憶喪失か……」

一通り読み終わった。生活する分には困らないだろう。


だが、何かが足りない気がするのだ。いつもあるものがないような、大切なものがないような──

気づけば、部屋も家も飛び出していた。母親の呼ぶ声も無視して、覚えのない道をただ走った。

右へ左へ曲がり曲がって、足が縺れて倒れそうになっても立て直してがむしゃらに走った。広い公園の中に入り、やがて、目的地に着いた。見覚えのないジャングルジムで、1人の少女が僕を見下ろしていた。

「どうしたの、君。そんなに急いで」

向日葵のような笑顔で訊かれる。僕は無意識に口が動いた。

「──帰りましょう、叶蓮」

彼女はそう言った僕に驚いていたし、僕自身も驚いた。僕は彼女を──知っている?

そうだ、彼女はいつも隣にいた。覚えていないけれど、そんな感じがしてならないのだ。

「えっと……叶蓮、ですよね?」

少し不安になって尋ねると、彼女はクスッと笑った。

「うん、叶蓮であってるよ。記憶は消えてたんだねぇ。治ってるのかと思ってびっくりしたよ」

「よいしょ」と言って彼女は降りてきた。「なんで私がわかったの?君のノートに私のことは書いていないし。居場所だって」

僕は首を傾げる。確かに迷うことなくここへ来たし、名前も無意識に呼んでいた。記憶が消えても切れない何かでもあるのだろうか?

「まぁいいか。あーあ、失敗しちゃった」

「失敗?」

叶蓮は質問には答えず、僕に微笑みかける。

「帰ろ?急いで走ってきたみたいだし、記憶もないから道わからないでしょう?」

「そういえばわかりません。申し訳ない」

2人並んで歩き出す。

彼女は僕を知っていて、僕は彼女のことを覚えていない。僕にとっては初対面となんら変わらない状況なのに、どこか落ち着く叶蓮の隣。不思議に思いつつ、舞い散る桜並木の下を歩いた。




──これからも、何回も、僕たちは死んでは生き返る。

隣にはきっと、彼女がいる。

誤字や脱字がありましたらご報告ください。


一応短編ですが、気が向いたら続き書こうと思います……たぶん。

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