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第2話「転入生」

え〜。どうも。前の更新時に1週間に1話と言いましたが、一身上の都合で今まで更新できませんでした。え〜。公約違反もいいところですが、これからは1週間に1話更新をしていきますのでよろしくお願いします。

 青葉夏雪はごくごく平凡な高校生……ではなかった。

 幼い頃から成績が飛び抜けて優秀だった青葉はそれでも幼稚園から小学校低学年の頃は明るく優しい優等生で友達も多かった。

 しかし学年が上がり中学生になるのが近くなるのにつれて青葉を見る周囲の目が変わっていった。妬みや陰口。揚句の果てには一部のクラスメイトによるいじめ。

 環境の変化に適応するかのように青葉も人が変わり始め、中学校に上がる頃には他人に対して壁を作り誰も寄せ付けようとしなくなっていた。

 周囲は相変わらず妬み陰口や陰湿な嫌がらせを繰り返していた。

 青葉にとって中学校の思い出と言えば、幼馴染みが必要以上にうるさかったのと陰湿な嫌がらせに対する仕返しくらいしかない。

 高校生になっても通う校舎が変わるだけで何の変化も訪れない。少なくても青葉はそう信じていた。

 県立川上高等学校の二年五組に河瀬悠緋かわせゆうひという実に変わった上級生がいる。成績は常に学年トップで運動神経抜群で顔だってアイドル並だ。

 が。

 絶対に歩むべき人生の道を間違っていると青葉はいつも思う。

 面白そうなことが大好きでUFOやらUMAやら幽霊の存在を妄信しその為だけに多目的コミュニケーション部。通称コミケ部を立ち上げた張本人だ。

 そんな悠緋が入学式当日に青葉に向かって高らかに宣言した。

「青葉夏雪君! 私は君のような貴重な人材を待っていた。そう! 君がコミケ部に入るのは必然なの! 運命なの! デスティニーなのよ! ようこそコミケ部へっ!」

「慎んで辞退させて頂きます。では」 

 ほぼ即答で断ったのだが、結局は無理矢理入部させられてしまう。

 それでも青葉は参加するつもりは微塵もなかった。

 学校が終わると青葉はすぐに家に帰っていた。が。ある日を境に悠緋が家まで訪ねて来るようになり、それ以降コミケ部の活動は青葉の家を拠点として行われるようになった。

 青葉としては家に入れたくはないのだが、両親と双子の妹が悠緋をとても気に入り当然のように青葉の家に上がりこんでくる毎日だった。

 このままでは自分の部屋に踏み込まれるのも時間の問題だと悟った青葉は部活に参加することを条件に活動は部室ですることを約束させた。

 それ以来、青葉は平日も休日も部活動に毎日参加している。

 同じコミケ部でクラスメイトの柏木優希かしわぎゆうきと口うるさい幼馴染み神菜優依かみなゆい。双子の妹である青葉雪夏あおばゆきかの三人のおかげか青葉が小、中学生の時にされていた嫌がらせはピタリと止まった。

 今でも青葉は他者との間に壁を作ってはいるが一時期のような冷たさは陰を潜めている。



 鼻に風を感じ目を開けるとタバコ一本分もない、至近距離に幼馴染みである神菜優依の顔があった。

 声を出すよりも早く目と目が合い少しの沈黙が訪れる。

「お、起きるなら起きるって言いなさいよ!!」

 頬を赤く染めながら慌てて優依が顔を離し、ふん。とそっぽを向きつかつかと歩き出す。

「早くしないとホームルームに遅れるわよ!」

 背中を向けて歩きながら大声で優依は言い、屋上から出て行く。

 残された青葉は腕時計に視線を落とし、優依の言葉が正しいことを確かめる。

 ベンチから立ち上がると手に握っていた缶をゴミ入れに捨て、屋上のドアに向かって歩く。

 ドアノブに手を掛けると、思い出したように振り返り空を見上げる。

 空の青と雲の白が目に映る。どこかで蝉が一小節だけ鳴いていた。

 チャイムとほぼ同時に教室に入り、窓際の前から四番目に位置する自分の席に座る。

 いつもはチャイムが鳴るのと同時に教室に入ってくる担任の川淵雅明かわぶちまさあきだが、今日は違っていた。

 チャイムが鳴ってから五分は過ぎたが未だに来ていない。

 川淵が来ていないので席を立つ生徒や私語で騒がしい程に盛り上がっていた。

 騒々しい教室の中で青葉は一人本を読みながら内心では他人を嘲笑う。

 朝のチャイムが鳴り始まったら読者の時間だ。それなのに誰一人として本を読もうとしない。そればかりか馬鹿騒ぎをしている。

 本当に――――。

「どうしようもない連中だな……いや、馬鹿ばっかりだ?」

 後ろから男子生徒の声が聞こえ、一応は振り返る。

 普通なら無視する青葉が振り返ったのは考えていた事を見透かされたからではない。

「どっちも正解だ。たまにどうしてこんな奴らと同い年なのか本気で疑いたくなる。落ち着きがなさすぎてな」

 足を机から出して半身になりながら、本は膝の上に置く。

 相手の顔など見なくても会話は出来る。とでも言いたいのか。

 後ろの席の柏木優希かしわぎゆうきは青葉の態度を気にも留めず、誰にでもそうするように笑顔を作った。

「でも、ユキだって僕とこうして話をしている。話題を振られたら話さなければ。って思うのが人間なんだよ」

「お前には借りがあるからな。無視はしないだけだ。それと柏木……」

 最後の語気が少し冷たさを含んでいるのに優希は気付き、苦笑いをする。青葉が何を言うのか容易に想像がつくからだ。

「俺をそのあだ名で呼ぶな」

 明らかに拒絶する口調だった。

 青葉は下の名前を省略してユキと呼ばれるのを極端に嫌う。

 理由としては、

「女みたいだろ」とのことだった。

 一回だけお調子者のクラスメイトがあだ名のことでからかったことがあった。その時の青葉はいつもと変わらずに涼しい顔をしていた。

 そして数日が経ったある日。学校の掲示板すべてに高宮清たかみやしんの中学時代の成績表とちょっと合成とは思えない程、精巧に作られた全裸でスマイルを浮かべている写真が貼り付けられる事件が勃発した。

 当時。クラスメイトのほとんどが青葉を疑い教師に訴えたが証拠はなく青葉は生活指導の対象にはならなかった。

 高宮全裸事件。後にそう呼ばれた事件以降に青葉をユキというあだ名で呼ぶのは優希と優依くらいだろう。

 青葉は今更ながらにあの事件はやり過ぎだったかもしれないと振り返る時がある。

 入学当初は中学時代と同じで周囲の人間は敵で容赦など必要ないと考えていたからだ。

 青葉の考えが少しだけ変わったのはあの事件以降、高宮が青葉に頭を下げて謝罪したのが大きな要因だ。

 やられたら更に陰湿な手段でやり返す。既に次の手を考えていた青葉にとって高宮の謝罪は拍子抜けだった。それと同時に初めて自分のした行為に罪悪感を覚えた。

 気がついたら青葉は全裸写真の事件の犯人は自分だと告げていた。そして謝罪もした。

「おいっ!」

 その声で青葉は過去から現代へと意識を戻し、滑らかな動きで黒板を向き、本を読み始める。

 後ろで優希が小さく笑うのが聞こえたが気にしない。

「今が何をする時間だと分かっているかっ!?」

 教室に入ってくるなり大声で怒鳴りつける川淵を前に少し前の喧騒とは打って変わって、静寂が場を支配する。

 机に頬杖をつき、パラパラと本をめくりながら青葉は小さくため息を漏らし窓の外を見る。

 また自分とは何ら関係のない説教が始まるかと思えば嫌になる。自分に被害がないのなら別に良い。しかし川淵は騒がしいのはクラス委員の責任だと青葉を責め立てる。

 クラス委員などやりたくてやっている訳ではない。押し付けられただけだ。それなのに何故クラスを代表して怒られなければならない。

 しかし今日は風向きが違うなと青葉は感じた。

 いつもならクラス委員と騒いでいた奴らを前に呼び出し説教をするはずなのだ。

「急な話だが、親御さんの都合で今日からこのクラスの一員になる」

 蝉が鳴いていた。遠くで。近くで。蝉が一斉にざわめき出した。

 青葉はゆっくりと、教室の中を振り返った。



 名月院瑞希なげついんみずき



 綺麗な字で黒板にはそう書いてあった。

 学校の屋上から風のように消えたあの女の子が教壇に立っていた。真新しい夏服を着て、綺麗な上履きを履いて。

 川淵が何かを言っている。転入生の紹介をしている。そう口元が動いていた。しかし、青葉には川淵の声は聞こえない。

「名月院瑞希です」 

 舌足らずなのか、日本語を覚えたてなのか。どこか外国語のように響く不器用な声だけははっきりと届いた。

 丁寧にお辞儀をした。

 そして窓際の席に座っている青葉をじっと見つめる。

 数時間前……真夜中の屋上で会った時と同じ感情を青葉は抱く。

 もやもやと心を覆い尽くすそれを表すとすればたった一言で終わる。

 そう。ただ懐かしいと言えばそれだけで終わるのだ。

 遠くで蝉が何かの始まりを告げるように、これから起こりうる全ての事を告げるように。懸命に鳴いていた。

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