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第11話「柔らかな日差しの中で 3」

「えっと……そろそろ昼休みも終わるよ。戻ろうか」

 逃げたなと優衣は嫌味な笑いを優希に向ける。

 後片付けをすませ、教室に戻る途中で優希は部室に用があるから、雪夏は借りていた本を図書室に返すから、名月院は何か用事があるからとそれぞれ別の目的地を目指した。

 一人で教室に帰ってきた優衣は窓際の席で読書をして佇む青葉がいるのを確認し青葉の前の席に座る。

「それ、面白いの?」

「神菜か……面白いかは人それぞれじゃないか」

 青葉は本から顔を上げないで答える。投げ掛けようとした時、

「俺に用事があるんじゃないのか?」

「あ……うん、まぁね」

 どうして分かったのだろう。いや、それよりもこれはチャンスとしか言いようがない。あの青葉が本から顔を上げ真っ直ぐ見つめてきている。

「明日からの学園祭のことだけど、暇だったらあたしと一緒に見て回らない?」

「……俺は大丈夫だが、神菜は確かクラスで喫茶店のウエイトレスをやるんじゃなかったのか?」

 何気ない青葉の言葉に優依の心は微かに痛む。何時から青葉は苗字で優依を呼ぶようになったのだろう。

 中学校の時は名前で呼ばれていたから、高校になってからだ。

 呼び方の変化について優依は考えたくもなかった。知ってしまうのが怖いから。

「あたしの方は大丈夫。午後からだから午前中は一緒に見て回れる」

「なら、明日の九時に生徒会室で待ち合わせだ。あそこなら混まないからな」

 ブイサインを作りたい気分だが、それはあくまでも内心だけに留めておき、少しだけ嬉しそうに笑うだけにしておく。

「もう一つ聞きたいことあるんだけどさ」

「なんだ?」

「ユキと瑞希って知り合いだったの?」

 青葉は即答はせずにワンフレーズ分の間を置いて答える。

「あぁ……多分、遠い昔からのな」

 本当はもっと詰め寄ってでも聞きたいことはあった。しかしチャイムの鐘がそれを阻んだ。

 青葉はチャイムの音を聴くと、生徒会の仕事があるからと教室を出ていってしまう。

「優依〜。喫茶店の座席はどうするの〜?」

 飲み干したお茶をごみ箱に入れて、クラスメイトの問い掛けに答える。

「少し待ってて」




 不思議なことを聞く奴だと青葉は思う。自分と名月院の関係を知りたいなんて。

 生徒会室に向かう途中で青葉は優依を思い出す。明日の学園祭を一緒に見て回るのがそんなに嬉しかったのか喜びたいのを堪えている風だった。

「よっ。青葉じゃないか生徒会に行くのか?」

 後ろから追い付いて来て肩に手を置きながら話すのは一年上であり生徒会副会長の秋山雅文あきやままさふみだ。

「集まれって言ったのはそっちだろう?」

 嫌みを言うように返す青葉。

「あはは。そりゃそうだ。まぁ、会長閣下は来ないだろうけどな」

「居てもいなくても変わらないから問題はない」

 川上高等学校生徒会会長(井上圭一)は生徒会が行う行事の度に逃走を謀るため副会長の秋山が全権を握っている。

「あれ、あいつ何やってんだ。生徒会室の前で」

 秋山の視線の先には生徒会室の前で突っ立ってる長い黒髪をポニーテールにしている女子生徒の姿があった。

 それは紛れもなく名月院だと青葉は確信する。 秋山の言葉ではないが、本当に何をやっているのだろうか。

「おっ。なんだ瑞希か。目が悪くてわからんかった」

 青葉よりも先に秋山が名月院に駆け寄り親しげに話しかける。

 下の名前で呼んでいることからも分かるように面識があるようだ。

「眼が悪いのではなくて腐ってるの間違いじゃないの?」

「相変わらず毒舌だな。そんなんじゃ彼氏はおろか友達すらデキナイゾ」

 なぜか最後の部分だけを片言で言う秋山に対して名月院は少しむっとした態度で反論した。

「彼氏くらいいるわ。ほらそこに」

 言いながら名月院は青葉を指差す。

「なんだ、青葉が彼氏だったのか。まぁ、変な奴だけどよろしくしてやってな」

「何を自己完結してるのかは知らないが俺は彼氏になった覚えはない。それよりも秋山と名月院は知り合いだったのか?」

 青葉は秋山のことを呼び捨てにもするしタメ口で話す。これは秋山自身が望んだことだ。たった一年早く生まれただけだからと秋山は下級生に敬語で話されるのを嫌うからだ。

「ん〜。知り合いってゆうか、妹みたいなもんかな〜? 血は繋がってないけど」

「そんなところね」

「で、ここでなにやってたんだ?」

 改めて聞く秋山に名月院はじとっとした瞳で睨み付け、持っていたピンクの手提げ鞄からプリントの束を取り出す。

「これ忘れ物。生徒会で使うんでしょ?」

「あっ! 忘れてた」

 横で見ていた青葉は珍しいなと内心で驚いていた。秋山が今までにそんなミスをした記憶は全くない。

「悪いな。サンキュ」

「じゃあね」  

 プリントを秋山が受け取ると名月院は青葉の横を通り、廊下を歩いて行く。青葉は名月院の背中を見送りながら思う。

 教室で見せる物静かでおしとやかな名月院。自分と一緒にいる時に見せる強気で自信に溢れた名月院。秋山の前で見せる小生意気だけどどこか憎めない名月院。

 どれが本当の名月院瑞希なのだろうか。

 青葉と一緒にいる時が素だと名月院は言った。しかし、青葉はそれは嘘だと断言できる。

 あの時の名月院は表情に表してはいないが無理をしているように苦しそうだった。

 だから自分の前で見せた一面と言動は欺瞞だと思う。

「青葉。瑞希のこと護ってやってくれ。瑞希は孤独だから。誰にも本当の自分を見せられずに苦しんでいる。だから青葉が瑞希を助けてやって欲しい」

 振り返ると秋山は苦笑していた。

 何度も秋山の苦笑を見て来たというのに、目の前にいるのが誰か分からなくなる。

 今、青葉が向き合っているのは秋山なのだろうか。それとも別の誰か。

「秋山と名月院の関係はこれ以上、詮索はしないつもりだが、どう見ても俺より秋山の方が名月院に近い位置にいるだろう。どうして俺に頼む?」

 秋山の笑いの色が変わり悲しみに染まった笑い方をする。

「俺ではもう助けられない……いや。最初から瑞希の隣にいるべき人間は俺じゃなかった」

 言い終えると秋山は生徒会室に入っていき一人残された青葉は秋山の言葉の意味を考えていた。

 時間を費やしても答えは出なかった。だが、それが当たり前なのだろう。人が人である限り他者の真意など確かめようがないのだから。

 生徒会の打ち合わせを終えて一年二組に戻ると既に机と椅子は喫茶店用の座席に並べ変えられ、青葉の机と椅子は右側の四つほど固まっている場所にあった。

 時間を確認すると一時半を指していた。

 たしか明日が学園祭だから今日は二時くらいで学校が終わるはずだ。

 青葉はポケットから携帯を取り出しメールを送信する。

 読書をして時間を潰していると担任が教室に入って来る。明日の注意事項を話すだけの短いホームルームが終わり、放課後が訪れる。

 野球部が使うような黒いエナメルバックを左肩から提げて青葉は教室から出て行く。

 昇降口から出ると、青いスポーツカーが目についた。

 相変わらず目立つ車に乗ってくるなと溜め息を漏らす。

 長身でモデルのようなスタイルで、しかも出るところも出ているから、下校中の生徒(主に男)の視線を独り占めしている人は神菜舞依かみなまい。優依の実の姉であり現役の警察官だ。

「少し待たせたかな、舞姉さん」

 昔から面倒見がよくて青葉にも本当の弟のように接し、青葉も舞依を本当の姉のように慕っている。

 青葉は両親にすら甘えたことがない。しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 仕事が忙しい両親に変わって妹の雪夏の面倒を見て、自分は我慢するだけの日々。そんな中、舞依と出会い、青葉は初めて他人に甘えられた。舞依だけが青葉にとって唯一、心から頼れる存在なのだ。

「暇だったから大丈夫よ。さっ乗って」

 促されるままに青葉は助手席のドアに手を掛ける。

「あ〜お兄ちゃんが女の人といる〜!」

「ちょっと、お姉ちゃん。ユキをどうするつもり!?」

 二人分の声が被って聞こえて来た。

 車に乗ってから昇降口に顔を向けると、こちらを指差している優依とその隣で悪戯な笑みを浮かべている雪夏。そして二人より少し後ろにいる優希が見えた。

「優依。悪いけど夏雪を少し借りていくわよ」

 キーを回しエンジンを点火すると、ギアをニュトラルからファーストに入れ車を急発進させる。

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