第1話「軌跡の在り処」
乾いた銃声が耳元で聞こえた気がして青葉夏雪は目を覚ます。
視界は闇に包まれており一瞬だけ自分が何処にいるか分からなかった。
今日は学校の部室に泊まったのだ。学園祭の準備に追われ最近はろくに寝てなかったので意識を失うように寝てしまったようだ。
ため息をつきながら青葉は頬杖をつく。
最近似たようなケースで目が覚めるのが多くなっている。
何かの前兆なのだろうか。
目が暗闇に慣れて来た。うっすらと長机と部室のドアが見える。
ゆっくりと静かに立ち上がると寝ている奴らに一瞥しながら、部室を後にする。
夜の学校は不気味に静まり返っていた。昼間の喧騒からは想像も出来ないほどに。
コミケ部と書かれた札が掛けてある部室のドアを丁寧に閉めると、夜の校舎の廊下を歩く。
廊下には所せましと学園祭の準備物が置かれていた。
意味が分からない看板や変な形をしたアートらしき物を見ながら一階に降り、購買前の自動販売機で炭酸ジュースを購入する。
ジュースを片手に来た道を戻る途中で折角だから屋上で飲むかと思い、階段をそのまま上がり屋上を目指す。
屋上に続く分厚いドアを右手で押し開け外に出た。
そこで青葉は険しい表情になった。
真夜中の屋上に先客がいたのだ。
女の子だった。
青葉に背を向けて女の子は空を見上げていた。
着ている服は学校の指定のブレザーに見える。
学園祭の準備の為に泊まり込んだのか。今まで作業をしていて夜風に当たりに来た。
その仮説を青葉は振り払う。学校に泊まり込んで作業を許可されているのは男子だけだ。
そして自分がどれだけ馬鹿馬鹿しい考えをしているのかと気付く。
寝起きで頭の回転が鈍い上に使い方を間違えたらしい。 誰かと疑問に思うのなら声をかけて確かめればいいのだ。
青葉は決めた。
自分の存在を知らせることを。
「おい、あんた」
もし上級生だったらどうする。ふと頭の片隅に浮かんだ。
もう遅い。それはその時に考えればいい。
一向に振り返る気配がない女の子の背中に青葉がもう一度声を発しようと息を吸い込んだ。
吸い込んだ息を吐いたのと同時に女の子は全身で振り返った。
「無視か?」
タイミングが悪かった。と言えばそれまでだ。
無言で向き合う女の子に青葉は迷った。
先に言葉をかけたのは自分なのだから自分が何か言わないといけないのか。
夜の学校の屋上で見知らぬ女の子と向かい合っている。
まるで映画のワンシーンみたいだ。現実の出来事とは思えない。
女の子は意外そうに目を見張り、奇異の眼差しで見つめている。
今まで話には聞いていたが実物は初めて見たとでも言いたげな表情だ。
そして少しだけ首をかしげ女の子が口を開く。
「……だれ?」
流暢な日本語なのだがどこか中学生が発音する外国語のように響く、少しだけ不器用な感じの不思議な声だった。
しかし質問はもっとだと青葉は思う。
屋上で空を見上げていてふと後ろを振り返ったらジュースの缶を片手に持ち制服をだらしなく着ている奴がいたら自分だってそう質問する。
だから青葉は当然の如く答えた。
「青葉夏雪。この学校の生徒」
女の子は無言だった。
少しだけ、ほんの少しだけ怪訝そうな顔をしただけだ。
「あんた、名前は? 一年じゃないな」
「……そら」
女の子が答える。
「そら?」
つられて青葉は空を見上げる。闇の中に無数の光が浮かんでいた。
「……名月院瑞希」
掻き消えてしまいそうなか細い声が風に運ばれる。
青葉が再び地上を向いた時には目の前に女の子の姿は無かった。
不信に思い後ろを振り返るがやはりこの屋上には青葉以外は誰も存在していなかった。
夢でも見ていたのだろうか。疲れているのかもしれない。
ベンチに深く座ると缶のプルタブを開け、口に含む。
心地の良い夏の夜風が頬に当たるのを感じながら青葉はゆっくりと目を閉じた。
この作品はフィクションです。実際の(以下略)不定期更新だった前回とは違い一週間に一話ずつ更新して行こうかと思います。宜しくお願いします。