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心と身体シリーズ

心と身体 外伝 はじまり

作者: 山口みかん

 いつもの穏やかなティータイム。

 ローザリンデ様に問いかけられた。


「エリーゼは、もう婚約の話を聞きましたか?」

「はい。その事でしたら先日帰省の折、お父様から伺っております。わたくしに婚約が決まったというお話しですよね」

「えーと、決まった…というわけではないのよ? 貴女がどうしても嫌だというならお断りしても」

「いえ。もうお父様は決められていたようですので。それに、家にとって大変利のあるお話しと伺っております。それであればわたくしも立派にお役目を果たせますし、大変光栄なお話しを頂けたと嬉しく思っております」

「エリーゼ…」

 私にとって結婚とはレーヴェンタール伯爵家にとって利があるかどうか、それだけ…

 そう…夢など見ない…



 私の家は近年、時代の流れに取り残されて経営が傾き財政は常に火の車。

 先祖の残してくれた領地と財産で何とか持ちこたえてはいるものの、私が産まれたときには既に伯爵という爵位のみが取り柄の斜陽貴族となっていた。

 先々代からお付き合いがあるヨーゼンヌ侯爵様のお力添えが無ければ、家の存続すら危うかったかも知れません。

 そんな事情の中、私は産まれた時から政略結婚の道具として育てられた。

 自由な恋愛というものがあることを知ったのも、最近だ。

 それは、ご学友が貸して下さったロマンス小説なる本の中にある夢物語。

 女性が殿方と家に縛られず自由に恋をし、愛を語り、結ばれる… そんな夢物語。

 そもそも、こうして私が王立学園に通い、そんな世界がある事を知る事が出来たのも、侯爵様が後見人としてお世話して下さったお蔭であり、その侯爵様にお口添え頂いたその方こそ侯爵様の奥方であるこのローザリンデ様なのだ。

 ならば、私はご恩を返すべきなのだ。

 ご恩に報いる為、家の為…

 私は夢など見ない。


「お相手は聞いてますか?」

「いえ、聞いておりません。わたくしはこの身が家のお役に立てますのなら、お相手がどなたであろうと構いませんので」

「エリーゼ…あなた…」

「ところで、この婚約のお話しをお持ち頂いたのは、ローザリンデ様とお伺いしておりますが」

 今まで打診された婚約話を、まだ早い、性癖が駄目、顔が駄目、こんな人は相応しくない、等々、あらゆる理由をつけて全て潰してきたのは誰あろう、ローザリンデ様。

 その結果、妹の方が先に婚約が決まってしまって肩身の狭い思いをしていたので、そのローザリンデ様から婚約のお話しを頂けるのは正に僥倖と言える。

 

 そう私が答えると、ローザリンデ様は胸の前でぽんと両手を合わせると、嬉しそうにおっしゃった。

「そうなのよー。良い子なのよ?この子。なのに、もう二十歳になるというのに浮いた話の一つも無くてね? いえ、変な性癖があるとかそんなことは全然無いのよ? むしろ潔癖と言って良いわ。それに優しいわ。今までお話しが無かったのも、お仕事を頑張るからそんな余裕はありませんなんて言っててね。そんなことないわよねぇ。殿方はやっぱり家庭を持てば一皮剥けて大きくなれると思うのよ。お友達なんていっぱい女性とお付き合いしてるというお話しなのに。ああ、でもあれは良くないわ。やっぱり一筋に愛してくれる方がいいわよね?貴女もそう思うわよね。わたくしの良人なんて、それはもうわたくしだけを愛して下さって、君以上の人などいないなんて、きゃっ、やだわもう」

「あ…あの…」

「貴女もそんな殿方がいいわよねぇ。やっぱり殿方は誠実なのが一番だと思うのよ」

「え…ええ…」

「でしょう?やっぱりそうだと思ったのよ。でもね、この子は誠実だけが取り柄では無いのよ。お仕事も優秀だし、夫なんてそれはもうこの子を目にかけられていて、鍛えれば国を支える逸材になれるなんて常日頃から。流石に王立学園首席卒業よね。知ってますか?この子は貴女の先輩でね――――――――」


 止まらない…こうなったローザリンデ様は止まらない…

 それから一時間余りローザリンデ様の独演会を拝聴して力尽きた私の答えは決まっていた。


「喜んでこのお話しをお受け致します」


 …と。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 後日、学園で友人と将来の話になったとき、婚約の話を出してみた。


「婚約?決まったの?」

 アルマに怪訝そうな顔でそう言われた。


「まだ申し込まれただけで正式には決まってない。でも受けるつもり」

 お父様のお話では私が嫁ぐ見返りとして、レーヴェンタール家の事業に対する改善指導に資金援助、技術供与、人材派遣、等々の好条件。

 あちらの狙いは恐らく、伯爵家の名前に連なる利権だけでは無く、跡継ぎに私と妹しか居ない伯爵家の相続権…

 それ故の好条件。

 それであっても、家の現状を思えば破格の条件に違いは無い。

 お相手がローザリンデ様が言われる通りに国を支えるような逸材となるのでならば、尚のこと家の利に繋がる。

 であれば、私は与えられた道具としての役割を果たすだけ。


「なに?エリーゼ、お前結婚すんの?」

 アルマ様と話していると、私の隣の席のライナルト様が反応する。

「結婚じゃなくて婚約。あんた耳大丈夫?」

「似たようなもんだろ」

「ぜんっぜん違うでしょ」

 …当人を差し置いて争わないで欲しい


「どうせ結婚すんだろ?」

「そうなると思う」

 このお話しを断れるような余裕は家にはないし


「結婚かー、お相手は知ってる人?」

「知らない人」

「あー政略なのね… そっか、やっぱり私は恋愛がいいわ」

「アルマが?ははは、無理無理」

 ライナルト様がアルマ様をからかうように笑う。


「あんた、しっつれいねぇ」

「………こういうのが喧嘩するほど仲がいいっていうの?」

「「違う!」」

 息ぴったりだ。


「でも、エリーゼが婚約かー。いいわよね、美少女は引く手数多だ、羨ましい」

「アルマ様の方が美人よ。 それに、胸も大きいし…」

「残念美人だけどな」

「うるさい!」

 美人は認めるのですね、ライナルト様。


「胸はこれから大きくなるわよ。まだ十三歳よ?」

「なのにアルマ様は既にその大きさで、更にもっと大きくなるのですね…」

「う… 貴女は言うほど小さくないでしょ。 それに私はエリーゼの細さの方が羨ましいわよ」

「「はー」」


 二人で落ち込む…

 ここは話を戻そう…


「そういえば、婚約が羨ましいってアルマ様は自由恋愛派でしょう?」

「婚約って響きには憧れるわよ? 恋愛して婚約ってのもあるし、家同士でも素敵な王子様ならおっけー」

「相手にも選ぶ権利はあるぞー」

「だからうるさいって!」

「大丈夫よ、アルマ様はきっと素敵な結婚ができるわ」

 私には無理だけれども…と心の中でつぶやく。

「え?そ、そう?えへ」

 顔を赤くして照れるアルマ様はやっぱり美人だ。


 と、ふいに背中に強烈な視線を感じた。


 …なに?だれか見てる?

 振り向くと、そこは薄暗い影が落ちている教室の隅…

 けれど、そこには誰も居ない。


 …気のせい?

「なに?どうしたの?」

「ん、ちょっと誰かに見られてた気がしただけ」

「エリーゼを好きな人が見てたんじゃない?」

「いませんよ、そんな人」

「うっわ、無自覚…」

 こんな道具の私を好きになられても困る。


「そりゃアルマに比べりゃ誰だってモテるさ」

「むかっ!もう許さない!まてこらー」

「うわ、それが駄目なんだって…やっべ…   エリーゼ、またあとでな――――」

 二人して追いかけっこして行った。

 やっぱり仲がいい。


 それにしてもなんだったんだろう、さっきの…

 体の中まで覗かれるような嫌な感覚だったのに。

 気のせいだったのかな。


 そして私も教室を出て行った。


 それよりも、明日はお相手との顔合わせの日…

 しっかりとお役目を果たしてみせます、お父様…



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 なーんて事を思ってた時もありました。

 今、こんなに幸せいっぱいの日々を過ごしてるなんて、あの時の私は信じないでしょうね。

 この幸せ満面の笑みを見られたら『誰?』と言われるに違いない。


 婚約者様は実は素敵な王子様でした…なんてね。

 アルマ様には散々突っ込まれたわ。

 そんなことを思っていたら、ドアがノックされた。

『コン コン コン』

「入りなさい」

 入ってきたのは私が伯爵家にいた頃から仕えてくれている侍女。

 結婚して家を出た私についてきてくれて、彼に出会って変わった今の私を一番に喜んでくれているのが彼女だ。

「奥様、御時間です」

「わかりました。では行きましょう」

 今日は私の誕生日パーティー。


 部屋の外で待っていたリーンハルト様が、今日のために仕立てたドレス姿の私を見て目を細めながら褒めてくれる。

「エリーゼ、綺麗だ」

「ありがとうございます」

 その言葉に私がカーテシーで応えると、彼が右手を伸ばしてくる。

 その手に私は左手をそっと添え、会場にエスコートされていく。


 今日も幸せいっぱいの私を見て貰おう。

 この日をくれた皆に感謝を込めて。

 私を変えてくれた彼と二人で会場に向かって歩いて行く。

 ずっと一緒に歩いて行ける…このとき私は、そう思っていました。

本編1000PVありがとうございます。

その記念に本編前のお話しをあげてみました。

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