弓道部に入りましょう
「本当に、どうしようかな」
この春高校生になったばかりの僕、東秋仁は最高に悩んでいた。まだどの部活に入るか決めきれないでいたのだ。部活選びは高校一年生春の一大イベントである。この決定はこれからの学校生活に大きく関わってくる。それを考えて少々、いやかなり慎重になっていた。
「どれもなんかピンこないんだよね。決めてに欠くっていうかさー。なあ、香奈、僕どうすればいいかな?」
僕は高校に入ってから、何度も、いろんな人に言ったであろう言葉を隣の席に座って日誌を書く女の子にぶつけた。その女の子の名前は、大内香奈。黒髪ロングヘアーをちょこっとまとめている可愛らしい女の子だ。
「あきと君まだ悩んでたの!?今日にはもう入る部活決めて入部届け出さないとダメなんだよ!」
香奈とは幼稚園からの付き合いで、とても仲がいい。小学校、中学校と一緒で高校まで一緒。もうこれは運命なんじゃないかと思ってしまう。でも、付き合っているわけではない。
「この学校部活最低一個には入らないとダメだから、今日出さないと池田先生にまた怒られちゃうって!」
「嘘でしょ?僕だいぶ追い込まれてない?」
締め切りが今日、入らないとヤツに怒られる、と言う重要な情報を今更教えてくれる香奈。でも、本当にありがたい。文字通り死ぬところだった。入学早々僕はちょっとやらかして、1年生の主任である池田先生にこっぴどく怒られていた。池田先生はこの学校の名物教師の一人みたいで、赤鬼と呼ばれていた。本当に鬼のように怖かった。香奈の言葉がなかったら大変なことになっていただろう。
「そう言うのはちゃんとしなくちゃダメだよ。ただでさえ入学して二日目にしてあの池田先生に濡れた雑巾投げつけて目をつけられているんだから。職員室でもいまだにその話で盛り上がってるって。池田先生激おこだって」
激おこ、って香奈が言うとなんか可愛いな。激おこって言ってる時にしかめっ面しちゃってる感じがすごく可愛い。
「分かってるから。その話はもういいって、というかあれ香奈のせいでもあるからな!?階段の手すり拭いてるときにいきなりぶつかってくるから」
「私は私で階段掃いてたんだからしょうがないじゃない。ボケーっとしてたからぶつかられたくらいで落としちゃうのよ。それよりも、本当に分かってるの?あきと君はこれから先生の心象よくして行かなきゃいけないんだからね。今は最低だよ。最低ランクだよ」
「なんだよその言い方?最低ランクって何?」
「だから!先生のあきと君に対するイメージが!ともかく今日しっかり出すんだよ?」
自分で言うのも変だけど、香奈は僕のことを弟みたいに思ってるみたいなんだ。香奈は僕をいつも優しく(?)見守ってくれる。注意してくれる。それが僕達が長年かけて作り上げてきた関係だった。僕はもうそれでもいいと若干思っている。別に弟だと思われてても嫌われたり、興味を持ってくれないよりはマシだろう。
もちろん、前には香奈と恋人同士になりたい、というかなれるんじゃないかと思っていた時期もあった。
僕らははいわゆる幼馴染で、一緒にいることが多かった。一緒に登校して、一緒にお弁当を食べて、一緒に帰ってそして一緒に遊ぶ。これを付き合っていると言わずしてなんといえばいいのだろう。まあ、実際は付き合っているわけでもなく、ただいつもやってたようにしていただけなんだけど。それで、中学生だった頃、そんな様子をからかわれたことがあった。「まーた、あのカップルイチャイチャしてるよ」とか「二人はどこまでいったの?」とか。僕はかなり香奈と仲良くしているのをそれなりに自覚していたからそんなに気にしてなかった。いや、気にしてなくはなかったな。ちょっとは気にしていた。なんていったって、思春期の中学生。そして相手はちょっと気になる可愛い女の子。気にしないわけがない。むしろその状況を歓迎していたかもしれない。気になる子との仲を疑われるなんてちょっと嬉しかった。
それなのになんで僕が香奈と恋人になるのを完全には諦めてはないけど、諦めたかって話だ。まあ、それは香奈にその気がないからなんだ。からかわれていた時、彼女は特に嫌がっている風でもないのかなと僕は思っていた。だって、その時もいつも通り僕と喋ってくれてたし。でも、彼女本当は、とても悩んで女友達に相談までして泣いていたみたいなんだ。
この話を友人から聞いて、僕は香奈にその気がないことを悟った。そんなに嫌かと悲しくもなった。やっぱり彼女の中で僕は弟であって恋愛対象ではなかったのだ。好きでもない男の噂が広まったら確かに嫌だろう。他に好きな人がいたのかもしれない。それからは僕は香奈に迷惑をかけないようにしばらく距離をおくように努めた。ほとぼりがさめてからはまた話すようになったけど、以前ほどあけっぴろげにはしなかった。
そんなことがあったのが中学一年生の秋。2年半くらいかけて、やっと今くらい喋れるようにはなった。でも、この関係をぶち壊しにはしたくないからちゃんと周りの目を気にしてはいるけど。今はダメだけど、そのうちもっと仲良くなっていつのまにか香奈が僕を男として好きになってくれるといいなとは思っている。それくらいの希望は持ってもいいでしょう?
今はもう放課後で、人はいない。僕達は隣の席で今日は日直だったから、黒板掃除だとか学級日誌を書くだとかしてまだ教室に残っていたのだ。だから、今は普通に喋っている。
「そういえば、香奈って何部にしたの?やっぱり弓道部?」
実は、普段は僕は香奈とは呼ばない。いつもは大内さんと呼ぶ。香奈は僕をあきと君じゃなくて、東君と呼んでいる。呼び方が昔に戻るのは二人きりの時だけだ。なんかこういうのっていいよね!
「うん!中学校の時から決めてたからね!」
「そっかー、香奈は悩まずに済んでいいね。うーん、どうしようかなぁ……、あ、そうだ!僕も弓道部にしようかな?香奈と同じ部活にすれば一緒に帰ったりできるかも!ほら、あの時間なら同級生そんないないと思うし。特に他にもやることないし」
とっさに思いついたように言ってみた。実はこれは前から少し考えていたプランの一つだった。あまりのも他のことに興味が湧かなかったのと、時間切れ間近が理由で実行に移してみようと思った。ずいぶん、ぶっこんできたなと思われるかもしれないが、さっきいったように香奈は僕を弟みたいに思っているようなので、人目さえなければ大丈夫だろう、嫌がりはしないだろう、一緒に帰ってくれるだろうと思っての、そこまで考えての発言である。まだ香奈のことを本当には諦め切れていなかったので、一緒の部活でいいところを見せれば男として見てもらえるのではないかという単純な考えもあった。
「あー!それ本当のホントに、すごいいい考えだね!部活も決められるし、それに………だし」
僕はバカみたいな単純な思考に沈んでいて、彼女が嬉しそうに頬を赤く染めているのに気づかなかった。
「よし!そうと決まれば急がなくっちゃな。香奈、弓道部って何時から部活?」
「えっ?あっ、あっ五時半からだよ、確か!」
香奈は、慌てて時計に顔を向けながら答えた。僕は少し違和感を感じたが、もう時計を見ると5時20分を指していたので、急がなくてはいけなく深く考える時間はなかった。
「もうあと10分しかないよ!早く行こう香奈!!」
「うん、だけど私はもう入部届け出してるから、急がなくても大丈夫なの。というか今日は1年生見学だけだら強制参加じゃないし…。まあ、私も行くんだけどね。あ、そうだほら、私この学級日誌職員室に出さなくちゃだから!あきと君入部届け出さないとダメだから部活開始に間に合わないと行けないでしょ!その、だから先に行ってて。」
「お、おーけー。じゃまた後で」
香奈はなんかそれっぽいことを言っていたけれど、僕にはわかる。一緒に行くと、他の部活の人や弓道部のひとに僕たちの仲を怪しまれるからだ。でも、同じ中学出身で同じ部活の時点で怪しいと思う人は怪しいと思うだろうけど。そんなに、仲良くしてるところをみられるのが嫌かと落胆しつつ、少し香奈のことをがんばってみるかと僕は心に決めて、弓道場にむかって走り出した。