心のシミュレーション(文責:家洲)
二人の青年の一人、名前はそう・・・背黒君と名乗る、色白ではあるが、がたいの良い今風の若者から、私の抱いていた重要な目的について問われたとき、私は自分がこの青年に試されているのを感じて、どきりとしました。
この青年は何やら冗談めかした表情を作ってはいましたが、私はそこに確かな軽蔑の色を読み取ったのです。
私はこの話について、どこまでをどのように彼らに伝えるべきか非常に迷いました。
それは言葉によっては簡単には伝えることのできないものだからです。
サン=テグジュペリが『星の王子様』に託して「本当に大切なものは目には見えない」と書き残したように・・・
私たちは目には見えず、上手く言葉にもできない思いを抱えて生きています。
科学はそんな見えないもの、名付けえぬものの秘密のベールを一枚ずつ丁寧に剥いてゆく営みに過ぎません。
科学は誠実ではあっても、完全ではあり得ない。
目に見えるものがあるのは目に見えないものがあるからで、名付けられるものがあるのは名付けられないものがあるからです。
これは私の口から皆さんにお伝えすること、説き明かすことの到底適わない命題で、皆さんご自身が各々の経験と論考を踏まえて格闘するしかない問題です。
その格闘の結果として、皆さんの経験の裏付けをもって、その命題に反証またはナンセンスを突き付けるのであれば、私は意見を異にするものとしての皆さんの意志を尊重するでしょう。
このように私は物の研究に従事する傍らで、かえって心の研究への興味を深めてまいりました。
端的に申し上げれば、ニュートンの運動方程式とアインシュタインによる修正を踏まえれば、あらゆる物の運動は、コンピュータ・シミュレーション上予測可能なのです。複雑な気象の予測が困難なのは、論理上の問題ではなく、単に計算処理が追い付かない技術上の問題です。量子力学の不確定性も、この場合には関係ありません。
ここで一言で物と言っているのは生物を除いたあらゆる無機物と有機物であり、シミュレーションについてイメージするのに有効なひとつの例を挙げれば、本能に忠実な動物ほど、より体や心を自在に動かす自由度が少なく、シミュレーションの結果は単調になります。補足すると、物についてのシミュレーションの結果は、ただひとつに確定されるか、あるいは確率的として確定されます。
私の興味を惹くのは、そのようにもはや計算によって予測可能にされ、これ以上の進歩を見込めない物のシミュレーションなどではなく、言うなれば、心のシミュレーションとでも言うべき未踏の領野に絞られつつあるのです。
私は底無博士の偉大なる研究成果である、自動式猫型シミュレーションマシーンMEを有効に応用することで、その心のシミュレーションについて、哲学や心理学や精神分析学以上の精密な成果を望むことが出来ると考えております。
そして心のシミュレーションにより、心の動きについての高精度のデータを積み重ねることで、ゆくゆくは世界中の人間が健康で健やかな心を望み通りに手に入れられるようになるならば、いずれ世界に平和が訪れるでしょう。
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ネットカフェ『ラビリンス』の秘密の階段を降りた薄暗い地下室で、博士を待ちながら、私はこのような主旨のことを二人の青年に申しました。
青年たちはあっけに取られたという表情に哀れむような目で、黙って私を見つめておりました。