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その六

 ぺいは俯いた。ぬらりひょんが顔を真っ赤にさせている。ぺいの前にいる妖怪の体は大きくないものの、その存在感は絶大で、ぺいを余計に萎縮させる。

 ぺいから数歩後ろ側で優は目を丸くしていた。彼らを中心にあらゆる妖怪が円を作って囲っていたのだ。優の持っていた妖怪辞典にも載ってないような、不思議な生き物がそこに一同揃っていた。

先程の洞窟とは違い天井が高い、岩壁に囲まれたそこは、威圧感をぺいと優に与えている。ぺいの母親が、ぬらりひょんの横でただ黙って、ぺいを見つめながら立ちすくんでいる。静寂が辺りを包む。

「平之助よ」

 その静けさを破ったのは、ぬらりひょんだった。額に手をあてがい、どうしたものかと眉間に皺を寄せている。

「人間を連れてきた罪は重い」

 優は、この時初めて、妖怪の大将ぬらりひょんの言葉で状況がわかった。

(ぼくは……来てはいけなかったんだ)

 優に罪の意識が初めて芽生えた。そして大将の続きの台詞に更にその意識がずしりと優にのしかかった。

「本来ならば死刑、もしくは終身刑だ」

 さっと青ざめたのはぺい本人ではなく、母親と優であった。特に母親は、先程から何か言いたげな顔をして、何度も口に紡ごうとするも、その度に飲みこんでいる。母親の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 優自身も全身から血の気の引く音がした気がした。気のせいだとわかっていても、今にも目の前が真っ暗になりそうになるのを必死に耐えた。これは、ぺいの命に関わる問題なのだ。気絶するなららそれはそれで簡単なのだ。だが、そうもいかない。優は目を更に丸くさせて、震えそうになる足にぐっと力を入れた。

(妖怪が、怖い)

 そう思ったことなんて優は過去に一度もなかった。あわよくば会って話がしたいと思っていた。そう。こんな形ではなく。しかし、今は恐怖心しかなかった。しかもその恐怖は妖怪そのものに向けられたものではなく、ぺいと言う友人を罪に問おうとしていることそのものに、恐怖を抱いていた。

 優がそんなことを色々と考えている間に、周りがざわついてきた。こんな幼い妖怪を罪に問うのか、ではばれてしまった人間をどうするのか、この子供の人間を殺すのか、そんな議論が始まる。

「ダメだ。人間に害を与えることは妖怪界の法律に反する。我々は飽くまで驚かすことまでが仕事だ。人間界に手を出せば必ず我々にもしっぺ返しがくる」

 ぬらりひょんの横にいた天狗が、大きな筒状の読み物を読みながらそうアナウンスする。

「では、やはり平之助の処分しかない」

 どこからか、そんな声が上がる。

(そんな!)

 優が声を上げようとした、刹那だった。

「優は友達なんだ」

 ぺいが一言そう放った。再び静寂が辺りを包む。

「なんで友達と遊んでいただけなのに、こんなことになるの? 優は悪い人間じゃないのに」

 彼はぐっと奥歯を噛みしめた。彼もずっと前から怖くなっていた。こんなはずじゃなかったとそればかり思っていた。だが、大人たちはどう話してもわかってくれない。それはなんとなくわかっていた。ならば、と、ぺいは握りこぶしを作った。

その言葉と様子ににぬらりひょんは一瞬首をわずかに傾けた。

「何故悪い人間でないとわかるんだ」

「だって、優のお母さんは、昔、ぼくを……――」

 ぺいは、優の家に行ったことを一部始終話した。

 優は彼の母親と似た匂いがする。当たり前のことではあるが、匂いに敏感な妖怪達には大きな意味を持っていた。残された道はそれしかなかった。彼の母親と、彼が同じ類の人間であることを説得するしかない。幼いぺいにはそれしか考えが浮かばなかった。

「ぬらりひょん様」

 すると、ずっと黙っていたぺいの母親はぺいの言葉に後押しされたかのようにやっと口を開く。その手には、小さな、人形の、赤い、フリルのついた洋服を持っていた。

「帰宅する度に息子からする香りが、この服と酷く似たものでした。恐らく嘘はついていません。息子の友達、優さんは、少なからずこの服の持ち主の血縁者です」

 母親はぬらりひょんにその服を差し出す。その服を手に取った大将は、一度匂いを嗅ぎ、そして優の前まで歩み寄ると再び匂いを嗅ぎ始める。

「確かに、これは血縁者、しかも近しい者の匂いだ」

 ぬらりひょんは妖怪の総大将である。実力も妖怪の中では圧倒的にずば抜けている。その彼が言うのだ。事実であろう。そう周りの妖怪は納得した。

「ならば大丈夫か」

 そう言った声もちらほら聞こえ始めた。しかし、

「だからと言って、安心はできまい」

 ぬらりひょんは甘くはなかった。目の前の優を見下ろす。優も急に凝視されその目に動けなくなり、ぬらりひょんを見返した。

「お前の母親の記憶を教えてもらおう」

「ぼく……あんまり詳しくは覚えてなくて……」

「必要ない、相手の記憶を読み取る妖怪くらいおる」

 ぬらりひょんはその妖怪を呼びつけた。身長は優と同じくらいであったが、顔は老けた女性の顔をしていた。白い和服に身を包んだその女性は、優の額に手を当てる。すると、優の頭で音が鳴った。年末の鐘のような音だった。それから一瞬で色々な音が頭に響く。彼は気がおかしくなりそうだった。くらりとよろけるも、ぐっと堪える。二本の足で地面をぎゅっと掴むようにして踏ん張った。

「良く頑張ったのぅ」

 ふらふらとよろけるのを我慢する優を横目に、その妖怪は顔を上げる。

「ぬらりひょん様、どうやら母親というのは本当のようです。育ちも我々にとっては悪くはない」

「そうか」

 優はぼうっとする意識の中にいた。ぬらりひょんはそんな優の頭に手をやって、しばしの間その頭を撫でていた。

 その様子に誰もが異様な光景だと思うも、誰も口にはしない。

「平之助、優、どちらの命も助けよう」

 ぬらりひょんは意を決したようにそう放った。

 周りはざわめいた。一部から歓声が、一部から批難の声が漏れ出た。

「ぺい!」

「優!」

 ぺいと優はすぐさま駆け寄り手を取り合った。だが、その瞬間だ。

「しかし、以後、平之助と優の接触を禁ずる」

 彼らを分かつものは死ではなかった。だが、それと同じくらい、彼らには大きなショックを与えた。

「そして平之助。おぬしは以後五〇年、この妖怪界から出てはならぬ」

 罪にはそれ相応の罰を――

 それがぬらりひょんの出した結論だった。誰もがその結論に異論は唱えなかった。だが、疑問を覚えぬものがいないわけではない。

「何故五〇年なのだ、ぬらりひょん様」

「五〇年――人間にしては長い長い時であろう。子は大人になり、大人は子の時の思い出を思い出にだけ変えていく。それが事実であったかどうかなど、わからなくなる年月だ」

「ならばいっそ一〇〇年ほどみては」

「……ともかく、接触を禁ずる。平之助の五〇年の禁固。これが二人への条件だ」

 ぬらりひょんは問いに答えず、踵を返した。その後ろをその取り巻きが追っていく。

 この議会の解散の合図だった。

「そんな……ぺい、ぼく、せっかく友達になれたのに」

 優はぺいを見つめる。ぺいも同じだった。互いに堪えていた涙が、一気に溢れ出た。

「優、ごめんね。ごめん」

 不思議石なんて見せなければ良かった。それだけがぺいの頭の中で回っていた。優は謝るぺいに触れようとした。だが、それを制したのは、ぺいの母親であった。

「ごめんよ」

 ――接触を禁ずる。

 それは、それを破れば命の危機に晒されると言うことなのだ。母親は泣きじゃくるぺいの腕を引いた。

「おかん、待って。まだ、優と話さないといけないことがいっぱいあるんだ!」

「ダメよ」

「おかん!」

 刹那、ぱんっ、とぺいの頬が赤く腫れた。あまりに唐突だったので、泣いていたぺいの涙も一瞬だけ引っ込んだ。ぺいは母親の顔を見た。涙を浮かべていた。その光景に、ぺいははっとし、そして、何も言わなくなった。

ぺいの母親は再び、叩いたその手でぺいの手を引いていく。

「ぺい!」

 優は叫んだ。時折振り返るぺいを、優はただ見ているしかできなかった。

 優にもわかっていた。もう会えないのだと。追ってはいけないのだと。

「人間の子よ」

 残って黙って見届けていた鷹助が、声をかけた。

「おぬしの家へ送ろう。ただし、もう二度とこの地に足を踏み入れぬよう眠ってもらう」

 鷹助は持っていた葉の団扇で宙を仰ぐ。その空気を一瞬吸い込むと、優は目に涙を浮かべながら、眠りに落ちた――


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