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5話


 終始機嫌が良さそうなセフィリアの様子に、ルシアンは内心で首を傾げた。

 なんでこんなに機嫌が良さそうなのだろうか。いや、悪いよりはずっと良いのだが。

 ルシアンはそっとセフィリアの様子を窺う。その時、こっちを見上げたセフィリアと目が合った。ルシアンの心臓が大きく跳ねる。

 セフィリアはルシアンを見つめるとにっこりと笑った。ルシアンも愛想笑いを浮かべて応えた。


「陛下、」

「なんだ?」

「実は大事なお話があります」


 一瞬でダイニングの空気が凍った。ルシアンは目を見開いてセフィリアを見る。壁際に控えた侍従はどんなことにでも対応できるように身構えた。

 セフィリアは後ろに控えるエリサに合図をする。エリサは渋ったような表情をしたが、セフィリアが軽く睨めむと諦めて奥に引っ込んだ。

 果たして、エリサはすぐに戻ってきた。手のには大量の絵姿。後ろには同じように絵姿を抱えた侍女たち。

 ルシアンは目の前で優雅にアイスを食べるセフィリアを見る。セフィリアは微笑むだけで、ルシアンに何も言おうとはしなかった。

 侍女たちが絵姿をルシアンの前に積んでいく。これを見てはいけない。ルシアンの本能がそう叫んだ。


「どうぞご覧ください。隅々までしっかりと」

「うぐっ……」


 セフィリアはそう言って天使のごとき愛らしい笑顔を見せた。滅多にない笑顔なのに、嬉しくないのはなんでだろう。ルシアンは本気で頭を抱えた。

 拒否しようにもセフィリアの笑顔がそれをさせない。恐る恐る一番上の絵姿を手に取り、ルシアンは深呼吸をしてから表紙をめくった。

 めくった瞬間、ルシアンは一瞬固まる。それから凄まじい勢いでそれを閉じた。心なしか呼吸が荒い。

 ひったくる様に他の絵姿を手に取ると、次々と中身を確認していった。それも10を数えるくらいになると、疲れたように溜め息をこぼす。


「……これはなんだ?」

「わかりませんか?」

「分からないから聞いている!!」


 セフィリアはルシアンが怒鳴る意味が分からないながらも、素直に答えた。


「陛下の側室候補です」


 やっぱりというか、何というか。予想通りの答えにルシアンは眩暈を感じた。山と積まれた絵姿。その全てがセフィリアの集めた側室候補だった。

 セフィリアはちっとも側室の件を諦めていなかった。それどころかルシアンの知らぬ間に手を回し、着々と準備を進めていたのだった。

 ルシアンはどっと疲れを感じる。侍従が素早く水の入ったコップを彼に差し出した。ルシアンはそれを一気に煽る。


「念のために聞く。俺にどうしろと?」

「もちろん側室を選んでください。ささ、他のも見てください。気になる女性が居ましたら教えてください」

「……っ!」

「照れることはないんですよ」


 顔を真っ赤にして黙り込むルシアンを照れていると勘違いしたのか、セフィリアがそんなことを言う。それを聞いた瞬間、ルシアンの頭の奥で何かが派手に切れる音がした。


「ふざけるな!!」


 常にない叫び声に、壁に控えていた侍従と侍女たちがびくりと身体をすくませた。セフィリアは驚きに目を見開いたまま、何も言えずに固まった。

 一方ルシアンは、今まで感じたことがないほどの怒りを感じていた。

 何が悲しくて自分の妻に愛人を紹介されなくてはいけないのだ。おまけにセフィリアはそれをちっともおかしいとは思っていないのだ。それがまた腹立たしい。

 ルシアンはグラスに残っているワインを一気に飲み干すと、無言で席を立った。


「もう二度と、こんなことをするな」

「陛下、」

「不愉快だ」


 はっきりとそれだけを言って、ルシアンは出ていった。セフィリアはそれを無言で見送る。

 ルシアンが出ていった後も何の反応も示さないセフィリアに、心配になったエリサがそっと忍び寄った。


「セフィリアさま、その……大丈夫ですか?」


 セフィリアは茫然とルシアンが出ていった扉を眺めている。驚きに満ちた顔はやがて、不可解なものを見るような顔つきになった。エリサの胸の嫌な予感が広がった。


「セフィリアさま……」

「どうして陛下はあんなに怒られたのでしょうか」


 本気で分からない、といった表情のセフィリアに、エリサは脱力した。セフィリアが側室の絵姿を用意したことが明らかな原因なのだが、セフィリアには思いつかないらしい。

 侍女たちに絵姿を片づけさせながら、困ったとでも言うように溜め息をこぼす。


「もうお止めになったらいかがです? これ以上やったら陛下だってお許しになりませんよ」

「やめません」

「……はい?」


 一瞬、エリサは何を言われたのか分からなかった。決意に満ちたセフィリアンの顔を見て、ようやく事態を悟る。

 つまり、セフィリアはちっとも懲りていないのだ。そのことにエリサは青くなった。


「セフィリアさま!!」

「嫌です。止めません。陛下には側室を持って頂くのですから」


 頑固にそう言い張るセフィリアに、エリサは頭が痛くなった。何が彼女をそんなにも側室へとこだわらせるのか。エリサにはさっぱり分からなかった。


「これが駄目なら次を実行するまでです」


 そう呟くセフィリアに、エリサは相手をすることを諦めた。




◇  ◆  ◇




 執政室に入ったラウルは、そこでふて腐れた様子で酒を飲むルシアンの姿に、深い溜め息をこぼす。


「溜め息をつきたいのは俺の方だ……」


 すっかりやさぐれたルシアンの隣に、ラウルは黙って座る。すでに一本酒瓶が空いていることに顔をしかめた。

 ルシアンは滅多に酒を飲まない。決して飲めないわけではないのだが。立場上、みっともなく酔っ払うわけにもいかず、そうなると飲んでも楽しくないので積極的には飲まないのだ。

 それが今日は飲みまくっている。部屋が酒の臭いしかしないほど飲んでいるようだ。


「飲みすぎですよ」

「飲まずにいられるか。それと敬語やめろ。仕事じゃないんだから」


 そう言ってルシアンはグラスを差し出す。ラウルは素直にそれを受け取った。

 ラウルはセルヴィン国の若き宰相補佐にしてルシアンの元教育係でもある。兄弟の居ないルシアンにとってラウルは兄とも慕う人間だった。たまに非情だが。

 ルシアンがラウルを慕うように、ラウルもルシアンを大事に想っている。もちろん公人としても、私人としても。


「聞いたぞ。セフィリアさま、ついに動き出したらしいな」

「悪夢だ……」


 先ほどのことを思い出し、ルシアンが絶望する。目の前に山と積まれた絵姿。あれが全て側室候補だと考えたら目の前が真っ暗になった。

 再び酒を煽る。すでに味は分からなくなっていた。

 心のどこかでこうなるのではないかと思っていた。良くも悪くも行動力のあるセフィリアのことだ。絶対に何かしてくるとは思っていた。


「だけど予想以上に行動が早い……」

「レナヴィスト家の力を使ったんだろうな」


 その言葉にルシアンは項垂れた。

 レナヴィスト家。エスパドール国三大公爵の一つであり、前王時代には政治の重鎮として名を馳せた。今でもその名は大きな影響力を持つ。


「それで? 選ぶの?」


 酒を飲みながら面白そうに笑うラウルを、ルシアンは軽く睨む。そんなの、答えは最初から決まっている。


「……俺はセフィリアが居れば、他には何もいらないのに」


 それが心からの呟きだと知っているラウルは何も言わず、ただ小さく笑った。ルシアンは机の上に伏せられた写真立てをぼんやりと眺める。

 側室などいらない。セフィリアが隣に居ればそれで。……望むのはそれだけなのに。


「それを正直に言えばいいのに」

「……うるせぇ」


 ルシアンは赤くなった顔を隠すように、テーブルに突っ伏した。そんなルシアンの頭をラウルは優しく撫でる。不器用な己の主の心を慰めるように。

 セフィリアが何を考えているのか分からない。それが悲しい。そして寂しかった。


「何を言えって言うんだよ……」


 セフィリアは側室を用意しようとしている。それは側室が居ても構わないということで。万が一、自分のことなどなんとも思っていないと言われたら。


「……絶望だ……!」

 

 そう言って項垂れるルシアンは、今にも溶けてなくなってしまいそうだ。ラウルはルシアンのグラスにお酒を注ぎながら、とことん付き合うことに決めた。

 セフィリアは諦めないだろう。そして、ルシアンも折れることはないだろう。


 これからいっそう激しさを増すであろうこの攻防戦に、ラウルは深い溜め息をつくのだった。






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