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2話


 晩餐は異様な空気に包まれていた。

 セフィリアはいつもと変わらない様子で食事をしている。問題はルシアンの方だった。

 明らかに何かに怯えたようにセフィリアを見つめ、一挙手一投足まで見逃すまい、とじっと彼女を見つめているのだ。


「……なにか?」

「へ?」

「仰りたいことがあるのでしたらどうぞ」


 その一言にルシアンの顔をが歪む。言いたいことはたくさんあるが、話題に出したくないことでもあるからだ。

 てっきり朝の話の続きをされると思っていたルシアンは、予想に反してセフィリアが何も言ってこないので少し拍子抜けする。今朝の側室を娶れ宣言。あれを撤回しろと詰め寄りたいが、せっかくセフィリアが何も言ってこないのでこのまま知らぬフリをしようか、ルシアンは決めかねた。

 ナイフを片手に黙り込むルシアンに、セフィリアは首を傾げる。


「なにもないんですか?」

「え? あぁ……別に……」

「でしたら食べたらいかがです? 今日の鶏肉の煮込み、美味しいですよ」


 そう言って鶏肉を切り分けるセフィリアに促されて、ルシアンも目の前の料理に手をつける。さっきまで余裕がなかったせいか、料理には全く手がつけられていなかった。

 ゆっくり咀嚼し始めたルシアンを、セフィリアはこっそり観察する。


 諸国には容姿端麗・頭脳明晰と噂されているようだが、なるほど確かに彼の容姿は整っていた。これは身内の欲目ばかりではないだろう。

 漆黒の髪はさらさらでその瞳は紫水晶のようだ。華奢にも見えるその身体には程よく筋肉が付き、引き締まっている。社交界に出れば周囲の視線を集めるのも仕方のないことと言えるだろう。

 それに比べて自分の地味さはなんだろうか。そう考えて、セフィリアは自嘲気味に笑った。

 決してブサイクというわけではない。しかし、美人というわけでもない。つまりは平凡。「地味」という言葉がセフィリアを現すのに使われる表現であった。社交界でも目立つことのなかった彼女は、周囲に埋没するように生活してきた。

 そんな彼女がエスパドール王国の王妃になると聞いたとき、周囲の人間は驚いたことだろう。なにしろセフィリア自身が驚いたのだから。


「どうした?」

「っ、」


 ぼうっとルシアンが食べるのを眺めていたセフィリアに、ルシアンが気遣わしげな視線を向ける。反射的にセフィリアは微笑んで首を横に振った。


「なんでもないです。先にデザートをいただきますね」

「あぁ……」


 取り繕うようにデザートを食べ始めたセフィリアにルシアンは奇妙な顔をしたが、結局それ以上は問わなかった。




◇  ◆  ◇




侍女にせき立てられるように湯浴みを済ませ、絹の夜着を着せられる。侍女はセフィリアの濡れた髪を丁寧に拭うと、何度も櫛で梳かしてくれた。それが済むと侍女たちはさっさと退出する。

 巨大なベッドが中央に据えられている寝室にセフィリアただ一人。結婚して二年になるが、この瞬間がいつも変に緊張するのだ。

 先に入って休んでいるのもルシアンに悪いし、だからと言って起きているのも気恥かしい。結局、変に気疲れしたセフィリアは先にベッドに入り、ルシアンが来るまで読書で時間を潰すことにした。


「なんだ、まだ起きていたのか」

「陛下、」


 夜着に着替えたルシアンが室内に入ってきた。その手にはたくさんの書類が握られている。どうやら今まで終わらない政務をしていたらしい。

 書類に目を通しながらルシアンは出そうになったあくびをかみ殺した。再び書類に目を落とすが、長い間書類を見つめていたからか、目が不自然に霞む。ルシアンは目頭を揉んで書類から目を離した。

 ルシアンが書類をサイドボードに置くのを見て、セフィリアも読んでいた本を閉じた。ベッドサイドのランプを絞るを見て、ルシアンが探るようにこっちを振り返る。

 すっかり寝る体勢に入っていたセフィリアに、ルシアンが目を丸くした。


「いいのか?」

「はい。お休みになるのでしょう?」


 その言葉に曖昧な表情になると、ルシアンは部屋の明かりを搾った。薄明かりが部屋の中に満ちる。

 ルシアンは上掛けをめくるとするりと中へ入ってきた。セフィリアの肩にまでかかるように上掛けを引っ張り上げる。


「寒くないか?」

「はい」

「そうか。……お休み」


 ルシアンはセフィリアの頭を優しく撫でると、背を向けてしまった。やがて穏やかな寝息が寝室に満ちる。

 寝る前にルシアンはセフィリアの頭を撫でる。それは結婚してから今まで変わらずに行われてきたこと。まるで幼いころ、癇癪を起して泣くセフィリアを慰めていたように。

 セフィリアは決してこちらを見ることのない背中を見て、溜め息をこぼした。

 ルシアンは優しい。ずっと昔、初めて会ったその日から変わらず優しかった。――優しかったから、私を引き取ったのだろう。

 薄明かりの中、ぼんやりと浮かぶルシアンの背中を見つめた。二年間、振り返ることのなかった己の夫の背中を。

 この先もきっと、ルシアンはセフィリアを振り返ることはないだろう。


 そしてそれを「悲しい」と思うには時間が経ちすぎてしまったし、現実を知ってしまった。


 だからこそセフィリアは決心した。これこそが自分が彼にしてあげられる、最大のことだと思うから。


「……絶対に素晴らしい側室を見つけますからね」


 セフィリアはルシアンの広い背中を見つめながら、決意を新たにするのだった。





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