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15話


 ラウルは執務室に入った瞬間、そこに居るルシアンの姿を見て無言で扉を閉めた。扉の前で大きく深呼吸をし、もう一度ゆっくり扉を開ける。

 そこにはソファーに深く腰掛け、まるで戦場から帰還した戦士のようなルシアンが居た。満身創痍という言葉が似合いそうな様子である。


「陛下、生きておられますか?」

「……いや、死んだ」


 応えた声に張りがなかった。ルシアンをここまで痛めつけることのできる存在といえば、ラウルにはたった一人しか思いつかない。そしてその人は目下、ありとあらゆる人を巻き込んで大暴走中なのだ。

 ラウルは文字通り腑抜けと化したルシアンのために、度数の高いお酒を用意する。ルシアンはそれを受け取り、一気に煽った。


「今度はどうしたんです?」

「王妃が選考会を開いていた」

「なんのですか?」

「俺の側室候補」


 あまりのことにさすがのラウルも息を呑む。まさか王妃自ら公認の愛妾を探すとは。その心意気に、ラウルは拍手したいような気持ちなった。


「それで、選考会はどうなったんですか?」

「すぐに止めさせた。……なんだ。何か言いたそうだな」


 明らかにもったいない、と書いてあるラウルの顔を見て、ルシアンは忘れかけていた頭痛がこみあげてくるのを感じた。

 何が悲しくて自分の妻に愛人を見繕ってもらわなくてはいけないのか。それならいっそ、自分で好みのを探してくる! ……いや、そうではなくて。

 ルシアンは自分の脳内が混乱していることを自覚した。どうでもいいことが脳内を埋め尽くそうとしている。

 今日の一件でセフィリアが本気で愛妾を持たせようとしていることがわかった。ルシアンは今まで、放っておけば収まるだろう、と心のどこかで思っていた。しかしこれは収まるどころかひどくなることが予想される。

 ラウルは空になったグラスに新しいお酒を注ぐと、ふと眉根を寄せて考え始めた。


「どうした?」


 難しい顔で黙り込むラウルに、ルシアンが酒を煽りながら尋ねる。


「いえ、ふと思ったんですが」

「うん?」

「その選考会とやらは大々的に行われたんですよね?」

「……そうだが?」

「では困ったことになりましたね」


 ラウルが歯切れ悪くルシアンを見る。しかしルシアンには、ラウルの言う「困ったこと」がわからなかった。なので先を促すように彼を見る。


「王妃が側室を選んでいると国民に知れ渡ったら、お二方の夫婦仲が疑われます」

「…………え?」

「あなたは王妃にお愛妾を選ばせている暴君と思われるかも……」

「…………」

「それにそれを聞いたレナヴィスト公爵がなんと言うか……」


 ルシアンは本当に泣きたくなった。無言でソファーに崩れ落ちる国王を、ラウルは無言で見る。

 ラウルには、慰める言葉が見つからなかった。




◇   ◆   ◇ 




 セフィリアはテラスで湯気の立つ紅茶を眺めながら、何度目か分からない深い溜め息をついた。失敗した。セフィリアはこれ以上にないほど、そう思っていた。

 ルシアンのためを思って大々的に愛妾を集めたのに、彼には無意味だったのだ。だがそれも、ちゃんと考えれば分かることだった。


「陛下は誰か(、、)を望んでいるわけではないですもんね……」

「え?」


 セフィリアの独白を聞きとることができなかったエリサが不思議そうな顔をするが、セフィリアは首を振って何も言わない。

 いくらセフィリアがルシアンのためを思って行動を起こしても、ルシアンの最大の望みを叶えることはできない。ルシアンも一番の望みが叶わないのならば、他の女性をあてがわれても喜ばないだろう。


 だってそれは、今と何も変わらないのだから。


 二年間。セフィリアとルシアンの間には穏やかで安らかな時が流れた。だけどそれも、これからは難しくなるだろう。

 できればルシアンには幸せになって欲しい。彼が望む女性と、彼の望む未来を築いて欲しいのだ。


「陛下はどんな女性がお好きなのかしらね」

「もちろんセフィリアさまですよ」


 エリサはセフィリアの独白に意気込んで答えたけど、なぜかセフィリアには鼻で笑われた。エリサはちょっとショックだった。

 ルシアンのあの目にちっとも気付かないセフィリアに、エリサは溜め息を禁じえない。


「セフィリアさまはそこまでして、どうして陛下の側室を探すんですか?」


 常日頃からの疑問だったそれは、誰もが聞きたくて、誰にも聞くことのできないものだった。セフィリアは庭の花々を見ながら小さく口元を歪める。


「この関係が歪んでいるからよ」

「歪んでいる?」

「……私たちの間に、愛なんて生まれるはずがないの」


 きっぱりと言い切るセフィリアは、そのことを信じて疑っていなかった。そのことがエリサには不思議で仕方がない。

 誰がどう見てもルシアンがセフィリアのことを好きなのは間違いない。それなのに、セフィリアだけがルシアンの気持ちを信じていないのだ。

 セフィリアは紅茶を飲みながら、溜め息をついた。さて、どうしようか。

 思い悩むセフィリアの元に侍従がおどおどとした表情で近づいてきた。手には一通の書状が届いている。


「それは何ですか?」


 セフィリアが無言で書簡を読むのを、エリサが窺うように見た。書状に良い思い出がないので、ついつい身構えてしまう。

 読み終えたセフィリアは手紙を丁寧に封筒にしまい、にっこりと微笑んだ。


 エリサには悪魔の微笑みに見えた。




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