13話
セフィリアは届けられた手紙の内容を読み、中身ごとに選別していく。紙の束はざっと50以上はあり、その様子にエリサはまた不安な気持ちが沸き起こった。
「あぁ、エリサ。悪いんだけど侍従長を呼んで下さる?」
背後に控えるエリサの気配に気がついたセフィリアがそう声をかける。嫌な予感はますます増した。
前回もそう言ってセフィリアは侍従長を呼びつけ、パーティーの招待客をちょっといじくったのだ。今回もきっと(陛下にとって)良くないことが起こるに違いない。
それでもエリサは言われるまま侍従長を呼んだ。なぜなら我が身が可愛いからである。連れてこられた侍従長は明らかに不安そうだった。
「お呼びですか、王妃様……」
挙動不審な侍従長に、セフィリアはにっこりと笑った。エリサと侍従長が息を飲んでセフィリアの動向を見守る。2人にはもはや珍獣のようにセフィリアが見えていた。
セフィリアはテーブルの上に並べた紙の束をまとめながら、侍従長の方へと身を乗り出す。侍従長は恐れ慄いたように一歩下がった。
「実はとある計画を考えていますの」
「はぁ、計画ですか……」
「えぇ。陛下には内緒なんですけどね」
その言葉に侍従長の顔が強張る。陛下に内緒。それが示すのはただ一つ。セフィリアは陛下の"側室"選びを諦めていないのだ。この部屋に居る全員がそう思った。
「近々、多くのお客様を招こうと思ってまして」
「……お客様?」
「そうです。西館の2階を貸し切りたいのです」
セフィリアの言葉に侍従長が怪訝そうな顔をした。それはそうだろう。西館は貴賓館とも呼ばれ、賓客を招いた時のみ、開かれる場所である。
本来は賓客の居室として提供したり、最上階の広間を使って舞踏会などを開催したりする場所だ。今は誰も賓客として招いていないので、誰も使用していない。
「西館を貸し切るのですか?」
「はい。無理ですか?」
「いえ、しばらくは使用する予定もありませんし、可能ですが……」
「助かります。ではよろしくお願いしますね」
セフィリアが何を考えているのか分からない侍従長は、腑に落ちないというような表情をしながらも承諾した。
その後ろ姿を見送り、セフィリアは一人溜め息を漏らす。計画がようやく軌道に乗りそうで、なんだかホッとしたのだ。
このために2年もかかってしまった。……いや、計画を実行することを決心するのに2年もかかってしまったのだ。
「セフィリアさま……?」
椅子に座りこんで溜め息をこぼすセフィリアを、エリサが不安そうに見守る。そんな彼女に微笑みかけ、セフィリアは侍女を呼び集めた。
全員が不安そうにセフィリアを見ている。それはそうだろう。セフィリアが何を計画しているかは謎だが、絶対に陛下の機嫌を損ねることだけは間違ないないのだから。
「手伝って貰いたいことがあるの」
「手伝い、ですか?」
「そう。とっても大事なことよ」
そう言うセフィリアは不思議なほど楽しそうだった。
* * *
その日、ルシアンは朝から妻であるセフィリアの姿を見ていなかった。それとなく周りに居る者に聞いても、全員がはぐらかして教えてくれない。
誰もが気まずそうに視線を逸らすのを不思議に思い、侍従長を掴まえて聞こうとすれば、彼は明らかに引きつった顔でルシアンを不安そうに見た。
「……なんだ、その顔は」
「いえ、ご用は何ですか……?」
「今日は何かあったか? みんなそわそわしているように見えるが」
聞いた瞬間、侍従長が小さく悲鳴を上げる。別にいじめているわけでもないのに、その脅えようにルシアンはだんだん自分が悪いような気分になってきた。
これ以上聞くのは可哀想かな。そんなことを思っているところへラウルが通りがかった。これ幸い、とルシアンはラウルを呼び止める。
「ラウル、今日は何かあったか? 俺には憶えがないんだが……」
「そうでしょうとも。あなたには内緒だったようですから」
ラウルの疲れたような顔を見て、ルシアンの胸に嫌な予感が満ちて行く。そう言えば今日は朝から彼女の姿を見ていない気がする。
思わず侍従長を振り返れば、彼はさっと目を逸らした。間違いない。
「どこに居る?」
「…………」
「もう一度聞くぞ。どこに居るんだ?」
「…………西館に」
侍従長が消えそうな声で言った瞬間、ルシアンは素早く身をひるがえした。ラウルも溜め息をついてそれを追いかける。
ルシアンは中庭に飛びだして、そこに広がる光景に目が点となった。見間違いかと思い、一度目を閉じてみたが何も変わらなかった。
「……これはなんだ?」
「さぁ、なんでしょうね」
目の前に広がるのは淑女の長蛇の列。どれも美しく着飾った者ばかりだった。どうやら貴族からお金持ちやら色々な身分の人間が並んでいるらしい。
ルシアンの脳裏に嫌な単語が浮かぶ。まさか。あの問題はすでに解決したはず。
嫌な予感を抱えながら、こっそり西館に入った。二階に上がると広間が解放されていることに気がつく。ルシアンは入口の脇にある看板に眩暈がした。
『国王陛下愛妾選考会 会場はこちら』
思わずその場に崩れ落ちてしまった。その背中をラウルが慰めるように摩る。
セフィリアは諦めていると思った。行動からもそう思っていたのに、まさかこっそりこんなことを計画していたとは……!
「さすが王妃様。一筋縄ではいきませんね」
「感心していないでどうにかしろ……」
「無理です。もはやこの場に王妃様を止めることのできる人間が居ると思うんですか?」
国王である自分が止められないのだ。誰にも止めることができないだろう。そう思うとなんだか泣けてくるルシアンだった。
ふらふらよろよろと会場に入り、さらに脱力した。そこには目を輝かせたセフィリアの姿があった。
「なんでそんなに楽しそうなんだ……」
「なんだか執念を感じますね」
実はものすごく嫌われているんじゃないか。そう考えてルシアンはまた落ち込む。とにかく止めさせなければ。
ルシアンは確固たる決意を胸に、セフィリアの方に歩き出す。すぐにセフィリアは近づいてくるルシアンに気がついた。その目は驚きに少し見開かれている。
二人は机を挟んで向き合った。異様な空気が部屋の中に満ちる。
「……何をしているんだ」
「見て分かりませんか?」
「違って欲しいから聞いている」
苦虫を噛み潰したようなルシアンの顔に、セフィリアが目を丸くした。ちなみにこの計画に加担したエリサを始めとした侍女たちは気まずそうに目を逸らした。
セフィリアは晴れやかな笑顔をルシアンに向ける。こんなときだというのに、ルシアンの心臓が軽く跳ねた。
「もちろん陛下の愛妾を決めるための選考会ですわ」
すぐにその心臓はいますぐ音が止まりそうなほどの衝撃を受けたのだが。