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12話


 セフィリアがあちこちに手紙を出しているらしい。それを聞いたルシアンは思わず顔をしかめてラウルの顔を見た。


「あちこちってどこだ?」

「さぁ、そこまでは。地方領主や貴族、大富豪など相手に統一性はないみたいですが」

「……イヤな予感がするな」


 セフィリアは普段からあまり多くの手紙を書くことはない。それなのに各地に手紙を送っているなんて。……怪しすぎる。はっきり言って怖い。

 ルシアンに脳裏に浮かんだのは"側室"の二文字。いや、だけど昨日しっかりきっぱり断ったし。まさかまだ諦めていないとか?


「……そんなに気になるのでしたらお聞きになったらいかがです?」


 椅子の上で百面相しながらそわそわと落ち着きがなくなったルシアンに、ラウルが溜め息をつきながら進言する。一人で青くなったり赤くなったり、見ている分には面白いのだが、これが国王だと思うと少し情けなくなった。

 ラウルの言葉にルシアンは一瞬そうしようか、と悩みすぐに自分でそれを打ち消す。


「いや、駄目だ。いちいち手紙の送り先を確認するなんてセフィリアを信用していないと言っているようなものじゃないか」

「実際そうじゃないですか」

「うっ。……とにかく! おれは狭量な夫と思われたくない!」

「御しやすい相手だとは思っているかもしれませんけどね」


 ああ言えばこう言ってくるラウルに恨みがましい目を向け、ルシアンは重い溜め息をついた。

 セフィリアの考えていることが分からない。それがもどかしかった。どうして自分に側室を持たせようとするのか、その真意はどこにあるのか。なぜ、そこまで躍起になるのか――。


「俺が側室を持つと思っているのか……」


 何よりもそのことがルシアンにはショックだった。勧めれば簡単に側室を迎えるだろう、と思われていたことが。

 そしてセフィリアにとって、夫が側室を持つことが苦痛ではないという事実が。


「陛下、一度腰を据えてお話になる必要があるのではないですか?」


 ラウルが優しく問いかけるが、ルシアンは気乗りしない。側室を勧められる現状も辛いが、決定的何かを言われることが恐かったのだ。

 ルシアンは結婚を申し込んだときのことを思い出す。セフィリアの屋敷に行き、あの四阿(あずまや)で想いを告げた時、セフィリアの顔は驚きに染まった。

 喜びではない。ただ純粋に驚いていた。

 セフィリアは一度としてルシアンのことをどう思っているかを口にしたことはない。もちろん嫌ってはいないだろう。好かれている自信もある。

 だがその「好意」がルシアンと同じであるかは分からなかった。いや、むしろ違う可能性の方が高かったのかもしれない。

 ルシアンは怖かったのだ。セフィリアから拒絶されることが。いつだって一歩引く彼女が、この結婚も断るのではないだろうかと思って。

 決定的な言葉を聞く前に、と思って結婚を急いだ。教会でルシアンを見上げた彼女の表情は気恥かしさと、微かな憂いに満ちていたのを覚えている。誓いの言葉を言ってはくれないかもしれない、とルシアンは脅えた。

 結果としてルシアンは無事セフィリアと結婚し、穏やかな結婚生活も二年目となる。

 セフィリアはルシアンに対して親愛以上の気持ちはないのかもしれない。それでも時がきっと2人の間に愛を育むだろうと、ルシアンは信じていた。

 怖かったのだ。不安でもあった。だから全てから目を逸らして、形だけでもいいからセフィリアを自分のものにしたかった。


「俺は結局、卑怯な臆病者だったんだ……」


 自分のためにした結婚だった。だが後悔はないと考えるあたり、今もセフィリアを想う気持ちに変わりはないことに気付く。

 本当ならセフィリアに気持ちを告げ、根気よく彼女の気持ちがこちらに向くのを待ち、婚約期間でお互いを信頼関係を築いてから結婚すべきだったのだろう。その全てを飛ばしてルシアンは結婚した。


「やっぱりいきなり結婚っていうのがまずかったのかなぁ……」

「仕方がありません。あなたには時間がありませんでしたから」


 ルシアンがエスパドール国王となったのは二年前。セフィリアとの結婚式一週間前だった。

 ルシアンの父である前エスパドール国王が病にかかり、倒れたのが三年前。幸い命に別状はなかったが、激務による疲労も病の原因だと分かり、譲位を決意。当然、その王冠は王子であるルシアンの物になることが決定した。

 エスパドール国で王になるためには直系であることの他に、伴侶が居ることが条件であった。夫婦ともども玉座に座り、法王の手で持って戴冠する。そうでなければ玉座に着くことはできなかった。

 ルシアンはもちろん直系である。問題は伴侶の方であった。当時、婚約者の居なかったルシアンには数多の候補がいた。諸臣たちは様々な思惑でいろいろな女性を推したが、ルシアンが選んだのはセフィリアだった。

 ――正確にはセフィリアしか欲しくなかったのだ。

 伴侶にセフィリアを指名し、結婚を申し込んで戴冠の儀と結婚式の準備に追われた。セフィリアからしてみれば、あっという間の結婚式だっただろう。

 本来なら花嫁と花婿が式のことを準備する。来賓へのお土産や席順、料理のコースまで全て。しかしセフィリアの結婚式は国の盛大な儀式へと取って代わり、花嫁の意向を取り入れつつも、多くが他の人間によって決まっていった。

 ルシアンはセフィリアと結婚できる日を指折り数えて待っていた。だがセフィリアはどうだったのだろう。


「陛下、顔が死んでますよ」


 落ち込むルシアンの姿にラウルがそう声をかけるが、ルシアンの気分は下降するばかりだった。

 なんだか自分が横暴だったような気がして、ルシアンはひどく落ち込んだ。

 戴冠することは急務だったし、結婚は必須だった。その相手はセフィリア以外に考えられなかったのだ。

 だがセフィリアからしてみれば、他にも結婚相手はたくさん居たはず。何も幼馴染みであるルシアンと結婚する必要などどこにもなかった。むしろ好きな人がいたとしたらルシアンの求婚は迷惑以外の何ものでもないだろう。


「セフィリアに好きな人とか居たのかな……」

「どうしてあなたはそこで自分のことが好きなんだろう、とか思わないんですかね」

「そんなに自惚れられない」


 事実、二人は幼い頃からの中だが、思い出の中に甘い雰囲気のものはない。いつだってルシアンが連れ回し、セフィリアがそれに付き合わされる、というものばっかりだ。


「離婚を言い渡されたらどうしよう……」

「アルトーラ教は離婚を禁じてます」


 そうだとしてもセフィリアなら出来そうな気がする。そんなことを考えて、頭が痛くなった。

 セフィリアが好きだ。その想いに偽りなどあるはずがない。だが、セフィリアの気持ちが見えないからこそ、どうすべきなのかが分からない。

 傷つけたくない。だが守るにはどうしたらいいのだろうか。


「子供のころはもっとシンプルだったのにな……」


 好きという気持ちがあればそれで良かった。立場ができたら、どうしてこんなに動けなくなるのだろう。


「動けないのは立場がどーのこーのというよりは、陛下がヘタレで頭で考えすぎだからだと思いますけどね」


 ラウルの容赦ない一言に、ルシアンは再び項垂れるのだった。




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