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11話:華麗なる選考会


 舞踏会の翌日、セフィリアは鈍く痛む頭を抱えながら、中庭でお茶を楽しんでいた。目の前にはみずみずしいスイートピーが咲き乱れている。

 エリサが淹れてくれた蜂蜜入りの紅茶で喉を潤す。昨日は慣れないお酒を飲んだせいで、少し喉がヒリヒリと痛かった。


「セフィリアさま? 具合がお悪いのですか?」

「ううん、大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけよ」


 不安そうにこちらを見下ろすエリサに微笑みかけ、セフィリアは目の前の花壇を見下ろす。

 昨晩の舞踏会は上手くルシアンに逃げられてしまった。せっかく呼んだ淑女の皆さまの前でセフィリアを褒めた後、ルシアンは彼女たちに近寄ろうともしなかった。おまけにセフィリアを離そうとせず、しっかり腰元を抱き寄せて一晩中引っ張り回された。


「誤算だったわ。陛下にはあそこでお気に入りを決めていただく予定だったのに……」

「やっぱり止めましょうよー。陛下は側室なんて選びませんよ。国教でも定められてますし……」


 エリサの言葉にセフィリアも内心で頷く。

 この大陸で最も信仰されている宗教。それは「アルトーラ教」である。唯一神である光神アルトーラを絶対とするこの宗教は、エスパドール国の国教だ。

 この宗教の大きな特徴は一夫一妻を絶対としているところである。たとえどんな権力者であろうと、アルトーラ教の前では複数の妻を同時に持つことは禁じられているのだ。

 そしてエスパドール国の王であるルシアンも当然アルトーラ教の信仰者であるわけで……。


「陛下が側室を持ったら法王さまに破門されちゃうかもしれませんし……」

「そうね。側室を持ったら間違いなく目を付けられるでしょう」

「だったら!」


 言い募って説得をしようとしたエリサは、不自然に微笑むセフィリアを見てギクリと身体を強張らせた。この表情、確実に何か企んでいる。間違いなく企んでいる……!

 恐る恐るセフィリアを見れば、彼女は優雅に紅茶を飲む。その貴婦人そのものという姿に、エリサが脅えたのも無理なかった。なぜならこの数日、セフィリアは微笑みながらルシアンに側室を持たせようとしていたのだから。


「もちろんアルトーラ教の教えは理解しているわ」

「離婚も禁じられてるんですよ?」

「えぇ。でも方法はちゃんとあるのよ」


 きっぱりと言い切るセフィリアに、エリサは目を逸らす。己の主がやると言ったら引かないことを知っているだけに、これ以上の説得を諦めたのだ。

 黙り込んだエリサに苦笑を漏らして、セフィリアは花壇のスイートピーを見つめる。懐かしい気持ちが胸にこみ上げる。


「カントリーハウスの周りも、今ごろ花が満開でしょうね……」

「ウェードランドのですか? あそこは離宮の周りの花壇が四季折々の花で埋め尽くされていましたからね」

「そうね。お姉さまとよく行ったわ」


 レナヴィスト公爵家の領地の一つにあるカントリーハウスに、セフィリアと姉のお気に入りの離宮があった。そこでセフィリアはルシアンと出会ったのだ。

 公爵家という家柄のせいか、ルシアンはよくレナヴィスト家のカントリーハウスへ出入りしていた。その頃はまだ身分という意識が低かったせいか、ルシアンとセフィリアはよく泥だらけのなって遊んだ。その度にセフィリアの姉は困った顔をしていたものである。


『まぁ。またそんな泥だらけになって。どこに行っていたの?』

『森の奥の泉。鹿の親子が居たんだ!』

『殿下、散策なさるのもいいですけど、女の子を泥だらけにするのは感心しませんわ』


 そう言って泥だらけのセフィリアとルシアンの顔を拭った。しかめ面でセフィリアの姉はルシアンを叱ったが、ルシアンはちっとも反省した様子を見せず、それどころか目を輝かせてその日にあった武勇伝を聞かせるのだ。

 ついには姉もしかめ面を保つことができず、笑ってルシアンの話を聞くことになる。ルシアンがセフィリアの姉と話すとき、それはそれは嬉しそうだった。

 二人は仲が良かった。セフィリアはよくルシアンに手を引っ張られてあっちこっち引っ張り回されたが、仲が良かったかは甚だ疑問である。なぜならルシアンが有無も言わさず連れ回していたからである。


『セフィリア! 丘の向こうの風車が完成したんだって!』

『そうなの。ルース、そこに立つと影になって本が読めないわ』

『見に行こうと思うんだけど』

『そう。気をつけてね。変な人について行くのはダメよ。いろんな人が慌てるから』

『もちろんセフィリアも行くんだよ』


 そう言ってルシアンは強引にセフィリアを引っ張り出すのだ。抵抗しても無駄なことはとっくに学習済みなので、セフィリアは諦めてルシアンについて行く。そしてその日の収穫を姉に語るのだ。誇らしげに、堂々と。


「懐かしいわ。お姉さまはお元気かしら」

「お手紙を書かれたらいかがです? きっとお喜びになられますよ」


 エリサの言葉にセフィリアは曖昧に微笑んだ。姉はきっと喜ぶだろう。最近は手紙を書いていないから、そろそろ催促の手紙が来るかもしれない。

 全てが終わったら姉に手紙を送ろうか。王宮での暮らしを包み隠さず手紙に書いて、送ったら姉はどんな返事を送り返してくるだろう。


「……怒られそうだわ」


 ルシアンに側室を持たせた、と言ったら姉は怒るだろう。間違いなく。確実に。

 セフィリアがルシアンの結婚相手に選ばれた時、涙を流さんばかりに喜んでいた。ここでルシアンが側室を持ったと知ったら王宮に乗り込んでくるかもしれない。


「しばらくはお姉さまに内緒にしておきましょう」


 一人で頷くセフィリアを、エリサが呆れたように見た。だって仕方がないでしょう。お姉さまは怒ると怖いんだから。

 お姉さまに知られないように、ということを念頭においてセフィリアは次の計画を念入りに考える。前回はセフィリアがあちこちから写真を集めて吟味したが、ルシアンのお気に召さなかったようだ。


「やっぱり本人を見て考えなくてはね」

「セフィリア様、お願いしますから陛下がお怒りになるようなことはなさらないでくださいね」

「ふふふ。陛下はすぐに(わたくし)に感謝することになります」


 とてもそうは思えないエリサなのだが、賢明にもそのことを口にすることはなかった。彼女が考えたことはただ一つ。


(陛下、どうかセフィリア様の猛攻を凌いでくださいましね)


 エリサが賢明に祈るころ、ルシアンは言いようのない悪寒を感じるのだった。





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