でも今、今は僕しかいない。今助けることができるのは僕だけだ
「でも今、今は僕しかいない。今助けることができるのは僕だけだ」
年末の候。
どんよりとした空、風は弱いが冷たい。
雨が降っていないことだけが救いだった。
白いミニバンが静かにゆっくり住宅地を走っている。
なにかを探しているように見える。
「いいひとの所に行くのよ・・・ごめんね」
ミニバンの後ドアが静かに開く。
「ごめんね」
そっと、そこに置かれた。
◇◇◇
・・・・・・なにか。鳴いてる。
「ねぇ、なにか声が聞こえない?」
「うん、さっきから・・・」
「子猫?」
「近所の?」
「飼い始めたのかな」
うらやましいな。
◇◇◇
聞こえる。
昨日の子猫の声がまだ聞こえる。
「ねぇ、なんか鳴き声がおかしい」
「うん・・・」
「助けを求めている?」
「切り裂くような声よね・・・」
「ちょっと外でてみる」
住宅地なので、どこで鳴いているのかわからない。
あの鳴き声だ、やはり、どこかの家に飼われているようには聞こえない。
どこかの庭?クルマの下?空き家?空き地?側溝の中・・・。
どこからかは分からない。
必死になにかを訴える鳴き声だ。
でもどこからかはわからない。
すでに気持ちは固まっていた。
「助ける」
◇◇◇
翌日。
「そろそろ行きましょう。お義母さんもお義父さんも待ってるでしょ」
「あぁ、そうだね」
「あの猫ちゃん、どうしたのかしらね。せめて誰かからご飯、もらっているといいけど」
「やっぱり捨て猫だな?」
「そうよね、たぶん」
「まだ聞こえるよ」
「うん」
でも、どこからかはわからない。
「まだ誰からも助けてもらえてないのよ」
「ね、もし。その猫を助けたら、そのまま飼ってもいいかな」
「・・・・・」
「僕も君も猫は結婚前に飼っていたんだから、大丈夫だよ」
「でもね・・・ご飯代とか病院代、予防接種とかいろいろあるでしょう?それに、わたし達よりも早く死んじゃうのよ。そんなのもう嫌なの」
◇◇◇
「君の言うことはわかるよ・・・」
僕はため息をつき、ガラス窓のカーテンを閉めようとした・・・・・。
表の道路の端をなにかが西から東に動いていた。
暗くてよくわからない。雲が厚く、低い。
昨日までとおなじ、引き裂くように鳴いて助けを求めていた。
「あ、あれだ!」
大声になった。
「ちょっと行ってくる!」
「え・・」
間違いなかった。
子猫だ。
白と黒のブチでハチワレだ。
たぶん生後1ヶ月はとうに過ぎている。
助けを求めて鳴きながらゆっくり歩いている。
僕には気づかないようだ。
どうしよう・・・・・。
ノープランだ。
猫は臆病なので、失敗してはいけない。
近づかなくなってしまう。
でもここで逃してしまうと、つぎはいつ会えるのかわからない。
だれかに助けてもらって、飼ってもらえるといい。
でも今、今は僕しかいない。今助けることができるのは僕だけだ。
「ええい」
追った。
その猫は僕に気づき驚いて逃げた。
どこかのクルマの下に潜り込まれたら、どうする?
どこかの庭に逃げられたら、どうする?
とにかく追いついて後ろから抱き上げたい。
その子猫は向かいの家の玄関先に逃げ込んだ。
あ、千載一遇!
逃げられない!
その子猫は玄関ドアに背を向けている。つまり僕と向かい合っている。
僕に向かって威嚇した。
玄関ドアは少し奥まったところにあるので、その子は右も左も動けない。
ここで、失敗するわけにはいかない。
ノープラン。
今、この今、この子猫を助けることができるのは自分しかいない。
その猫は体力がなかったので、あっさりと僕の腕のなかに収まった。
左腕が引っかかれた。
いつの間にか、近所のおばさんがいた。
「その子猫は捨て猫です。4、5日くらい前からずっと鳴いてます。昨日はあそこの家のクルマの下にいたんです」
おばさんは、
「かわいそうだけど、どうしようもないし・・・・・」
と言った。
「僕が連れて行きます」
「ありがとうございます。助かります」
こうやって家族がひとり増えることになった。
その子猫は雌で「ふっち」と呼ばれて、病気もほとんどしないで、13歳まで家猫として暮らしました。
僕たち家族4人に囲まれて、幸せな日々を過ごせたと思います。
了




