亡国の姫君と隣国の若君
城下が燃えている。
空の国の主城、難攻不落と言われた眠譜(ネ厶フ)城が風前の灯である。
私の母上、雪明が病死した後
うるさく後妻を貰うようにと叔父上に言われ、
父上は二年前に隣国の姫君、純妃を娶ったのだが
後妻と叔父上は隣国と結託してこの国を乗っ取ろうとしていた。
叔父上は敵を国内に導くことには成功したが、結局
騙されていて国主には成れず
国は滅亡の危機に瀕している。
「姫様!ご準備はできましたでしょうか」
そろそろと襖が開く
「ええ、準備万端よ」
私は袴姿にピンクの刀を帯刀して凛と答える。
「何の準備してたんですか」
侍女のかなえは母上に仕えていたのだが
母上が他界した後、私の侍女として仕えてくれている
頼りになる存在である。
「何処からでも来い!ってね」
はぁ~、っとかなえはため息を吐き
「姫様は剣術を嗜だことは」
「ないわ」
「そもそも刀を奮ったこことは」
「ないわ」
「では、そんなもん持ち出してどうするつもりだったのかな」かなえは普段、おしとやかな侍女を装っているが、たまに地がでる。
「でもこんな時は、逃げちゃダメだって」碇谷シンジ之助が言ってたんだもん。
「アイツは逃げちゃダメですが、姫様は逃げていいんです」もう、時間がありません。
そのままで結構ですので、急ぎ抜け穴まで。
城内を地下まで駆け下りる。
私はふと母上を思い出した。
母上は美しく淑やかな反面、お茶目な人だった。
あれは、かなえが侍女として入る少し前
「葵!聞いて聞いて」
「えーっ、どうしようかな~」
「んっもうイケズ。殿から聞いたのよ」
ん〜、私が何を?
って聞くのを心待ちにしている。
二十代半ばでこの落ち着きのなさ、母というより
まだ娘だ。
色白で目が大きく、
ぷっくりとした唇の左下にホクロがある。
抜けていないあどけなさは、そのまま母上の魅力であり
そこを父上は好いているようだった。
「はいはい。何を聞かれたのですか」
「んふふふふ、どうしようかな~」
「腹立つわ」
「ごめんごめんって、葵ちゃんは言っていいのに
私はダメなのね」
「で」
「あはははは、あのねコレは殿からぜ〜ったいに
秘密だって言われたんだけど」
はぁ~、基本母上に秘密は無い。
元々おしゃべり好きな女ではあった。
浮気を誘われたら、相手の事などお構いなしに皆にベラベラしゃべる。
恋愛相談した内容を他の誰かにしゃべる。
いろいろと問題を起こすこの口の軽さに困った父上は
話をしたければ自分か娘の葵だけにするようにと
母上と約束をした。
故に、母上はちょくちょく父上の秘め事を話にくる。
「今度は何なんです」
「えーっとね。
ちょとついてきてよ」
そう言うと私の手を引っ張って
城の地下へと降りていった。
石の壁だと思っていたところに
スキマがありそこを戻るように入る。
その先も上に下にと半時ほど行った所に観音開きの
大きな家紋の入った扉があった。
驚いている私をよそに母上は扉を押す。
ぎっギー
軋んだ音と共に扉が開く。
くらい室内、その一番奥には一振りの刀が納められていた。
「コレよこれ!ウチの三種の神器の無月」
三種の神器。
母上が首にさげている。秩序と平和をもたらす勾玉
父上の座る玉座の頭上に奉られている鏡は
豊作と繁栄をもたらす。
そして国を国たる物にする。
国作りの刀、無月。
「初めて見ました」
母上はおもむろに刀を取ると、ポンっと私に手渡した。
「ホレ」
「あっぶな!」
私は両手で抱えるように受け取る。
漆黒の鞘、飾り物とは違う無骨な柄
とても恐ろしいモノであるが、
どことなく親しみが持てる。
私がまじまじと見ていると、来た方角から人の話し声がした。
すぐさま母上が私を追いやって扉の外へと出て行く。
影になっている岩場に身を潜めると、すぐに父上が
小姓の碇谷を連れてやって来た。
「まさかこの様な所に宝剣があろうとは」
「シンジ之助、誰にも秘密であるぞ」
父上、秘密の割にちょくちょく話すのね。
影から母上と覗き見る。
「うむ?
閉め忘れたかと思い戻ってみれば
扉まで開けっ放しだったとは迂闊」
「殿、ここへは何方と」
「なーに、奥にも見せてやろうと思うての」
すると碇谷がなかに入ろうとする。
「コレ!この中は一族のものしか入ることかなわぬ」
碇谷は、後ろ髪引かれるように渋々下る。
父上はそそくさと扉を閉めると
何言かブツブツ呟いて
三種の神器の鏡を頭上にかざした。
途端に扉がただの岩壁へと変化し、分からなくなった。
「鏡が封を司るものだとは誰も思うまい。
それぞれが、それぞれを守っておるのだ」
「戻るぞ」
父上の後を何度も振り返りながらついていく碇谷、
よっぽど無月が見たかったのか。
でも、中にはないんだよ〜。
手のなかの無月を見る。
「どうしましょう」
母上も無月を見ている。
あっ。
戻せない……。
「……ひとまず葵ちゃん持っとく?」
確かに母上が持って行ったら父上にバレバレでどう
言い訳するのか?
道すがら考えたけど鏡まで持ち出したらまずそうだし
上手い方法が思いつかず
母上の言われた通り私の部屋まで持ってきてしまった。
が、姫の部屋に似合わない無骨な刀。
違和感が半端ない。
暫くすると母上が私の部屋へやって来た。
「葵ちゃん、コレどうかな」
手には母上の着物と同じがらの布がある。
すると何ということでしょう。
あれよあれよと言う間に無月がピンクの刀に大変身。
しげしげと見る。
ピンクの布地で巻かれた刀は、
とても宝剣には見えない。
ピンク地に白抜きで桜の花びらが舞う柄は
安っぽい刀というかおもちゃに見える。
「かんせ〜い。カワイイよね」
「……え、え、まぁ」
思考が止まったまま時が過ぎ、いま現在まで
私の部屋には宝剣無月がゴロンっとおっぽられていた。
「姫様?」
やっと着いた抜け穴では碇谷が待っていた。
「この格好については置いといて」
かなえが答える。
「あなた、殿のお側を離れてよろしいのですか」
「殿からの御命令です。
姫様の事を頼むと」
確かにかなえと女二人で逃げるのは心もとないが
「逃げちゃダメだって言ってなかったっけ」
「コレは逃げではありません」
まぁいいわ、
今はそんな事を言ってる場合じゃないもんね。
「いきましょう」
碇谷に促されて私達は、しゃがみながら狭い抜け穴を通り裏山にある神社の床下に出た。
「こんな所に出るんですね」
碇谷が床板を跳ね上げて社の中を見回す。
お前も知らなかったのね。
神社の外には敵味方の姿も無く静かなものだった。
外に出ると、碇谷は火をおこそうと枯れ葉や落ちている枝を拾いはじめた。
「なにをしてるの」
かなえがたずねた。
「なに、味方に抜け穴の出口を教えようと思いまして」
「そんな事をしたら、
敵にまで知られてしまうじゃない」
バッ!
かなえの左腕から鮮血が舞う。
「碇谷、まさか」
「言ったじゃないですか。
逃げちゃダメなんですよ。
逃げるくらいなら、寝返った方が生存率が上がるじゃないですか」
抜き去った刃の先からは、血が滴っている。
「おのれ」
右手で左腕を押さえながら、ズルズルと私を庇おうと
碇谷との間に立つかなえ。
碇谷は、それをチラッと見たあとで
火をつけようとコチラを無視した。
どうしよう?
刀をさしていても、イザその場になると
腰が引ける。膝が笑う。
【我を使え】
心に声が響く。
「誰かいるの?」
前にかなえが居るだけで辺りには誰も居ない。
気のせい?
【お前が腰にさしているのはなんだ】
「無月なの」
半信半疑で呟く。
【早うせねば皆、死ぬぞ】
おっかなびっくり私は無月を抜いた。
いや、抜こうとした
が、ピンクの布地で巻かれた刀は一体となっている。
結び目ドコだっけ?
何年もそのままでほどいた事ないし、
あっ!
あったけど母上、固結びにしてる。
【なにをしておる】
「う〜、ぬけませ〜ん」
【……、もう良い。
そのまま柄の部分を掴んでおれ、決して離すなよ】
シッカリ柄を握ってっー!
すると
急に刀が暴れ出した。
右に左にと勝手に動く。
「うガガガー、な・ん・な・の・よ」
私の異変にかなえは身を引いて、
碇谷は鬱陶しそうにコチラを振り向いた。
ガッん!
眉間が凹むほど思いっきり無月が無月を振り下ろした。
「うぎゃー、シンジ之助。
私じゃないからね」
「いえ、どう見ても姫様でしょう」
「違うの刀が、無月がね。
聞いてたでしょ」
……、じ~っとコチラを見ているかなえ。
「聞こえなかった?」
かなえは、フムフムと立てに首を降った。
「まぁ、どうであれ結果としては良うございました。
このまま他国へ逃げましょう」
「他国って日の国へ逃げるって事」
「そうです。今から行けば追っ手からも逃げ切れるはず」
そう上手く逃げ切れるだろうか、
頭をかち割られてガマガエルのようにひっくり返っている
シンジ之助をみる。
そうね、逃げちゃダメなんだわ
「かなえ、隣国へいきましょう」
「へっ、隣国って今攻めてきている風の国ですか」
「そうよ、まさかの作戦。
誰も気づかないわ」
「飛んで火に入るアホの姫に、
ならなければよいのですが」
「誰がアホ姫よ。嫌ならついて来なくても良いわ」
あからさまに嫌な顔をするが
「私は御母上の雪明様から、あなた様のを頼むと
言われております」
かなえが両腕を勢いよく振って風の国へ向かって歩き出す。
ヤケクソなのね。
「歩こう」
そうね「歩こう」私たちはまだ元気なのだから
◇
六日が過ぎ、ようやく私達は風の国最初の城下町
波狼に着いた。
「次のもの」
関所の門番が偉そうに声をかける
中に入ると人の良さそうな役人が風体を
チェックしていた。
「僕はお母さんと何処へ行くのかな」
子供好きそうな壮年の役人が私に聞いてくる。
今、私を見て言いましたわね。
まぁこの際、僕でもいいとしましょう。
「お母さんじゃなくて、オバサンだよ」
「お姉ちゃんです」
横で急に大声出すもだから、回りから注目が集まった。
かなえ、そんな事どうでもいいから目立たずに
「オバ」
「お・ね・え・ちゃんに何か」
目が怖いよ
「お姉ちゃん」
なぜかの敗北感
笑顔の目が笑って無いよ
「おーっほほほほほ。まだ頑是ない弟なもので」
「お姉さんでしたか、失礼いたした。道理でお若い」
「いえいえいいんですよ。オホホホ」
いつもよりトーンが高くないか
「して、此度は波狼城下へ何用で参られる」
かなえの顔が一転して悲しそうになる
「此度の戦で私達姉弟の村が焼かれ、両親も…」
「さようか」
いっしょになって泣きそうになる役人。
あなた人がいいわね、
この仕事向いてないんじゃないかしら。
「城下に居る遠い親戚を頼って参りました」
「うむ、相わかった。
気をつけて参られよ」
回りからそんな簡単に通して大丈夫ですか等々、
声が聞こえた。
「このボウズ、刀を持っていますぞ」
「貴殿は子供に甘すぎなのではありませんか」
おじさんは手を広げて皆を黙らせる。
「そんなオモチャで何かできますか。
それより、我が家が焼かれ両親が殺された者たちへ
非情になれと」
大の大人が泣きながら叫ぶ。
「いやいや、そこまでは」
回りのお役人も担当のおじさんの涙ながらに訴えに
引いてくれた。
お役人のおじさんゴメンナサイ。
全て嘘です。
関所をどうにか通ると私達は城下町へ向かった。
「で、ここまで来ましたが
何処か行く宛があるのですか」
歩きながらかなえが聞いてくる。
無論「ある訳ないですわ」
かなえの方を向いて歩いていたせいか、
前から走ってくる男に気づかずぶち当たった。
「ふんげっ」
姫に有るまじき声を発することバク転3回、
そのまま地面に倒れる。
「ドコに目を付けてんだ」
そう喧嘩腰で言う男の肩を美青年が掴んだ。
「君、人を怒鳴る前に取ったものを返しなさい」
狼狽える男が「何言ってんだてめぇ」
と、今度は懐からドスを抜いた。
「五郎さん危ねえ」
野次馬から声がする。
「ありがとよ、文吉つあん」言うが早いか
手刀でドスを下に落とし、返す手のひらで男の顎を突き上げた。
「流石だね」
「よっ、五郎さん。男前」
「キャー」
随分な人気である。
「おいおい、往来でドコのバカが騒いでいやがる」
「これは六町堀の旦那、ご苦労さまです」
十手で肩を叩きながら、のそのそと小太りのおじさんがやって来る。
いかにも卯建が上がらない気の抜けた顔をしている。
「なんでぇ、五郎じゃねえか」
「そこのお婆さんの財布をね、
この野郎がスッたもんでして」
「なんだと、この野郎。
番所まで来てもらおうか」
六町堀の旦那が男を立たせると、懐から財布を抜き取って
「お婆さんの財布、これで間違いないかい」
老婆に手渡す。
「ありがとうございます」
老婆は何度も頭を下げて、来た道を戻っていった。
と、あとでかなえから聞いた。
「大丈夫かい」
五郎がうつ伏せで倒れている私を抱き起こす。
私はもうすぐ11歳になる。
まだ11なれどもう11なのだ。
両脇に手を入れられて持ち上げられるのは抵抗がある。
が、「ありがと」
一応礼は言っておく。
「ボウズがシッカリお姉ちゃんを守ってやらんとな」
はっ、ボウズ?
男装してるからって、この麗しき姫に向かってボウズ?
やっぱり敵地、気を抜けばヤられる。
「ありがとうございます。
お優しい殿方」
かなえ、ドコが優しいのだ。
失礼な奴だぞ。
「では、お気をつけて」
立ち去ろうとする男に向かい、
かなえが勝手にしゃべりだした。
「嗚呼、村を焼かれ遠縁の親戚を頼って来たのはいいが
その親戚はとうに引っ越して行方知れず。
私達姉弟はこのままではどうしましょう」
五郎さんと呼ばれた男は呆気に取られている。
そりゃそうでしょう。
どうしましょうもなにも、この男には
何の関係もない。
どうにもならないでしょう。
かなえは五郎さんを見つめる。
二人が顔を見合わせていると、
「どうしました」
と、メガネを掛けたいかにも生真面目そうな侍が声をかけてきた。
「おう、敏正いい所に来た」
「はっ」
「お前んトコ、女中を探していたろう」
「?、いえ特には」
「何言ってんでぃ。
600俵もらっといて、屋敷におやじ殿と二人じゃねえか」
五郎はそう言い捨てると、
「じゃ、そういうことだから」
片手を上げて去ろうとしている。
「ちょっと待ってください。
家のことは父上がやっております」
「だから、いつまでもおやじ殿に
おさんどんさせてていいのか。楽させてやんなよ」
そう言うと、今度こそ男は去って行った。
敏正と呼ばれた男は暫し立ち尽くした後、
意を決した様に
「まったく話が有ると言うのに、……仕方ありません。
こちらへ」
っと、私達を誘ってくれた。
!!!なんとかなった!!!
かなえが私の方を見て親指を立てる。
流石は年の功、推しが半端ないな。
十数分後、敏正の屋敷に到着する。
こういう時、聞いたこともない名字の御屋敷に着くのが定番かと思っていたが
鈴木さんって言うんだ。
名字が普通なだけで
屋敷の表札は立派なものでその門構えも風情がある。
門をくぐると左手の庭で猫とじゃれていた
小柄な老父が迎えてくれた。
「おーぅ、やっと嫁を連れてきたか」
満面の笑顔で迎えてくれる。
「おやじ殿、そうではない。
殿に無理を言われて、しばらくの間面倒をみてほしいのだが、良いだろうか」
「なんと、若に……無論良いのだが」
かなえの後から私を見つけると
「瘤付きか」
と、少し残念そうだ。
「私は、かなえと申します。
ここにいますのは、弟の葵です」
おやじ殿の機微を敏感に感じ取ったかなえが
すかさず挨拶と二人の関係を明かす。
「おおっ、弟君であったか。
スマンすまん」
おやじ殿の機嫌が直ったようだ。
「私はまだお勤めの途中、殿に大事な連絡があるゆえ
後のことは任せてもよいか」
「おう、任せろぃ」
おやじ殿が薄い胸を叩く。
「よろしくお願い申し上げます」
そう言うと、おやじ殿の後に付いて行き
かなえは家に上がり込んだ。
私はかなえの手腕を甘く見ていたのだろうか。
さっき迄、他人だった人の家に
堂々と上がり込んでいる。
おやじ殿、騙されてはイカンぞ。
っと、思わずおやじ殿の方の肩を持ってしまった。
◇
敏正は五郎と合流した後、
町外れの村まで来ていた。
「ここで間違いないか」
あばら屋の前で五郎は唇を噛みしめる。
「はっ、なかの殿の最後の足取りはここで途切れておりまする」
なかのは母上である美の妹の娘であり、
五郎にとっては従姉弟である。
他の武家同様、年頃になったなかのは花嫁修業の為
城へ上がっていた。
そして子供の頃の五郎は、
なかのに懐いて四六時中一緒にいた。
なかのは器量良しではなかったが、薙刀の才能があったようで伯母である美の護衛をすることになる。
五郎はよく母上のところへ行っては、なかのと会い
剣の稽古をしていた。
なかのは剣の才能もソコソコあるようで、
母上の顔が青ざめるほど
ボコボコになるまで相手をしてくれた。
今の五郎があるのは、なかののおかげと言っても過言ではない。
稽古をしない日は、いっしょに虫を取りに行ったり
敏正にイタズラしたりして……楽しかった。
姉の純が帰ってくるまでは。
純が嫁いだ虫の国はその昔、大陸全土を
支配していたほど大きな力を持っていた国である。
そんな国が5年で壊滅してしまった。
理由は国中にあふれたもののけによるものであり、
なぜそうなったのかは分からない。
学者達は地獄の釜の蓋が開いたからだ
と、言うが全て予想の域を出ない。
ただそんな中、姉の純は無事に帰ってきた。
元々が性格破綻者であった姉は戻ってからも
城の者たちとトラブルを起こす。
とりあえず各方面に、純の貰い手を探し
やっと後妻を探しているという空の国に嫁にやった。
そして、そのお共としてなかのは付いて行った。
「五郎様、男がそうそう泣くものではありません」
そう言って、笑顔で涙を拭いてくれたなかのの顔が
忘れられない。
「なかのは五郎様のお側に戻って参ります故、
それまで剣のお稽古をサボらぬように」
「いつ戻る?
明日か明後日か」
最後に困らせてしまった。
あの泣き笑った顔も忘れられない。
しかし、それ以後なかのからの音信は途絶えてしまった。
眠譜(ネ厶フ)で楽しくヤッていれば良いと思っていたのだが、
今年に入りなぜか友好国の空の国へ本国から兵を送ることになる。
純からの手紙に、
地獄の釜の蓋を開けたのは空の国であり
次に風の国を狙っているとあったのだ。
その手紙を前後に、空の国側からもののけの群れが
たびたび襲来するようになる。
まさかと思っていた風の国の殿様、小宮崎勝次も
重い腰を上げる。
「全軍に次ぐ、敵は空の国なり」
結果は、攻めているのがどちらか分からぬほどあっさりと勝ってしまった。
兎にも角にもなかのの行方が知りたくて、
五郎は敏正を連れて眠譜城へ純を訪ねて行った。
純は最初、なかのの事を忘れていたようで
話しがかみ合わず、途中から思い出したかのように
あの者は病で死んだ。
と、聞かされた。
「いつ、どのような病で」と聞いても
それ以上は話しも聞いてくれなかった。
ほかの者に話しを聞こうとしたが
国から純に付いて行った者は、誰もおらず
眠譜城には、見知らぬものばかりが
跋扈していた。
その後すぐに、五郎は元服して波狼城の城主になった。
配下も増えた為、不審に思っていたなかのの死の真相を敏正をリーダーに据えて調査させる。
そしてようやく見つけたのが今、目の前にあるあばら屋であった。
中に入る。
昼日中なのに、薄ら寒い。
土間から上がりボロボロになった襖の向こう、
床が腐って底に何が見えている。
近寄ってみる。
予想はしていた。
していたが……、そこには折り重なるように
何体もの白骨化した遺体があった。
「これは……、これがなかのなのか……」
泣き崩れてしまう。
また、泣いてしまった。
「叱ってくれよ。なかの」
敏正は一歩下がって周りを警戒する。
もちろんこんな所では何も無いだろう。
ただ今だけは主をそっとしといてあげたい。
主の嗚咽だけが聞こえる中で
む?
何かが動いたような気がする。
敏正は、あばら屋の外へ出るとそこには
土の中から何体ものもののけが湧き出していた。
「殿!もののけが」
ドサッっと首を切り落とす。
この手のもののけは知っている。
コイツは切っても突いても止まらない。
首を落とすしかない。
強くはないが力がある。
もし噛まれでもしたら、どうなることか。
敏正が戦っている音がする。
泣きながら立とうとする五郎は、なかのの声を聞いた。
【男がそうそう泣くものではありません】
なかのなのか、ボロボロの着物の中
いるはずのないなかのの姿を探す。
【早く行かねば、敏正が死んでしまいますよ】
なかの、なかの!
ゴチャ混ぜになった骨の中に別れた日に見たなかの
の着物を見つけた。
また泣いてしまう。
早く助けに行かねばならないのは
分かっているが、また泣いてしまった。
【仕方のない若様ですこと、ならば我らが呪物をお取りください】
五郎は骨の中で何か棒のようなものを握っていることに気付いた。
【幽刀 一にございます】
肩で息をして、敏正は一人戦っていた。
殿の元には行かせん。
ヨロヨロの敏正に声がかかる。
「大義である。
あとは任せよ」
五郎の手には白い刀が握られている。
刀というより鍔がない分、長ドスのようだ。
周りを囲んで迫ってくるもののけ、
その数8体をくるりと舞う様に白刀を滑らせる。
首を切らねば仕留められないもののけが、
サラサラと塵になって崩れ去っていく。
最後の1体の首を敏正がはねたところで
あばら屋を囲んでいたもののけは一掃された。
「殿、その刀は」
「うむ、なかのの……いや、なかの達の怨念が集まった呪物らしい。名を一という」
「呪物などと、
御身に何かしら良からぬことがあるやも」
「良い、これは儂を守ってくれるようでな」
五郎はなかのの着物の切れ端で一を巻いて
佩刀した。
◇
敏正と五郎が死闘を繰り広げていた頃、
鈴木邸でも私闘が繰り広がれていた。
「あいたー!
そうポカスカ叩かれたら、
バカになっちゃうでしょうが」
「何をいうか敏正にはもっと厳しくやっとれば良かったと思っておった。そんな所に上手い具合に餌食…基
伸びしろのある小童が舞い込んできたではないか。
もう一丁いくぞ!」
思っていることが、声に出ている。
「無月!ちょっと手伝ってよ」
【何をいうか、手伝っては修練にならん】
渋い声で答える。
その後もポコスカ打たれて、その後に素振り三百とか
やらされて……もうヘトヘトだよ。
夕食できるまで、風呂に入ってろって言われたけど
湯船に浸かると破けたマメが痛い。
乙女のやることじゃないよ〜。
もう、女だって言って止めてもらおうかなぁ。
国を追われて父様の安否も分からない。
これからも不安だらけで
ぷくぷく、湯の中で泣いてしまう。
……ん?
ガタン、バッ、サササッっと突然音がする。
?何の音なの、誰か脱衣場に居るんだけど……。
泣いてる場合じゃない
嘘でしょ。
「では殿、お着替えはここに」
「うむ」
ガラー、戸を開けて五郎が入って来た。
「な、なっ、なんであんたがお風呂に入ってくるのよ」
「いいだろ別に、男同士裸の付き合いだ」
ひっ、いきなり湯船に入ろうとする。
「何いきなり入ろうとしてんの、
まずは身体を洗ってから入りなさいよ」
「うるせぇな、なかのみたいに……」
そう言うと、急に黙り込み身体を洗い出した。
何があったのか、気にはなったが
静かになった隙に葵は後を通り、脱衣所に逃げ込んだ。
「あっぶな〜い」
そこには昼間会った時の着物ではなく、立派な侍が着る様な着物がきちんと畳んでおいてあった。
そういえば、殿って言ってたっけ
葵は手拭いで身体を拭いて新しい着物に着替える。
五郎って、殿様なの?
疑問はすぐに解けた。
門前には豪華な駕籠が待ち構えており
波狼守五郎勝時様がお帰りになるのを、皆して玄関でお見送りしたのだ。
食事の時に敏正が話してくれたことによれば、
町を見回りに出るときはよく鈴木家で庶民の服に着替えて市中をウロチョロしているそうだ。
それで帰りにまたよって殿様の服に着替える。
その際、風呂に入って行くという。
敏正よ、とても重要な情報をありがとう。
次回、風呂に入るときは気をつけよう。
腹が張ると、眠くなる。
「今日はゆっくり休みなさい」
おやじ殿の言葉に甘えてその夜は、
私もかなえも久しぶりの布団に包まれぐっすり眠った。
深夜
皆が寝静まった障子がそっと開く。
「まったく」
そう言いながら部屋に入ってくる影が一つ。
葵の枕元で身をかがめる……
【何しておる】
ビクっとした影が飛び跳ねた。
ふぅー、っと辺りを見回す。
その姿は着物を着た猫だ。
「ナンにゃ〜、誰か他にいるのかニャ」
【ふ、化け猫か】
「化け猫で悪いかニャ、お前らはこの家に何しに来たニャ」
【暫し、雨風をしのげればとは思っておるが
それ以上の他意はない】
「ほんとかニャ、嘘だと許さないニャ」
【ほう、どう許さない?】
化け猫は気配を探り、さっきから無月がしゃべりっている事に気付いた。
【こうしてやるニャ】
そう言うと猫の姿に戻って、無月を抱える様に掴み後ろ足で蹴り始めた。
【何をするこのバカ猫が】
「ニャーはバカじゃないニャ」
数え切れない程の猫キックが無月を襲う。
無月は無月でガタガタと自身を揺らして抵抗するが、
ソレはそれで猫心に火を付けた。
「ニャーの餌食になるニャー」
バーン!
枕が投げつけられた。
「うるさい!」
化け猫は猫の姿のまま、血相を変えて部屋から出て行く。
かなえは枕を投げた姿のまま、また眠りに落ちた。
【……】
翌日、葵は五郎のバカでかい声に叩き起こされた。
「敏正いるか!今日も見回りに行くぞ」
ドカドカと廊下を歩く音がする。
「うるさいな〜」
目を擦りながら起きるも、かなえの布団はとうにたたまれ
なんだか寝坊したように感じる。
「アレ?」
兎に角、急ぎ身支度して居間に顔を出した。
「あっ、かなえ。おはよう」
「もう、お昼ですよ」
そう言いながら、かなえは御膳を運ぶ。
居間には、ドッカっと上座に五郎が胡座をかき
膝をバンバン叩いている。
「おう、敏正。
やっと嫁をもらったか」
「何を言われる。
昨日、殿が私の家には女中が居ないと……」
五郎は顔の横で手を振り。
「分かっとるわ。冗談だ」
その何気ない会話の間、葵は五郎の背後に座っている
女性に目がいっていた。
萌黄色の着物を着た……、たぶん幽霊。
あれは何?
【アレは五郎が持っとる刀を依り代にしておる幽霊だ。
幽霊の着物と同じがらの布を巻いた棒があるだろう】
確かに刀といっしょに置いている。
大丈夫なのかな
【分からん。儂らには関係なかろう】
幽霊とちょくちょく目が合うものの、
とりあえず皆に挨拶して昼御膳をいただいた。
お腹空いてたんだよね。
「おお、コレはなかなか良い味付けではないか。
城の料理よりも美味いかもしれん」
「確かに、美味しゅうござる」
「お世辞、ありがとうございます。
お代わりいかがですか」
「殿、お代わりは?」
「実は城で昼餉は済ませてある。
あまりにも美味そうなので一膳だけいただいた。
敏正、もっと食え」
「では、かなえ殿」
「はい」そう言ってお盆の上に茶碗を置く姿を
温かく見守る老父。
そんないい感じのやりとりを、もちろん
葵はまったく見ていない。
とにかくご飯をパクつきながら幽霊を見ている。
ちなみに気付いているのは、私以外に敏正とおやじ殿の間にちょこんと座っている三毛猫ぐらいか。
【あと本人も自覚しておるようだぞ】
そうなんだ。
そう言えば五郎はなにげにその刀を撫でている。
大切な人だったんだ。
昼餉のあと、五郎と敏正は見回りに出かけた。
どうやらもののけと呼ばれる、人ならざるものが
時折出るそうな。
私は食後、昼寝しようとしていた所をおやじ殿に見つかり
「ギャフン」と言わされていた。
「童まだまだじゃ。ホレ早う構えよ」
「ジジィー!」
型がどうのとか、軸がどうのとか
教えてくれているんだろうけど上手く呑み込めない。
意味は分かるが使えない。
故に使えるまで刀を振り続ける。
けど、
「ぐぁは〜、腕がパンパンだよ」
面白い童じゃ。
なんだかんだ言いよるが音を上げん。
一応の体力はあるようだが、体が出来上がっていない分、まだまだ刀に振り回されている。
「?葵、ちょっとその刀を貸してくれ」
葵は、少し躊躇したものの
素直に刀を貸してくれた。
いい娘じゃ。
おやじ殿は気付いていた。
いかに男の格好をしようとも、刀を合わせていれば自ずと分かってくるもの。
それにピンクって、男なら持たんだろう。
そのピンク色がいかにもオモチャのようで安っぽい刀を手にとる、が。
ズシン!
お、重い。
「なんだコレは。中身を見てもよいか」
「良いよ。見られるならね」
柄の部分に結び目を見つけガリガリ解こうとするが、
固結びでシッカリ結ばれいっこうに解けない。
「葵、この着物は大切なものか」
「う〜ん。母上の形見かな」
ならば切る訳にもいかないか。
しかしよく見ると、生地のあちこちに猫の爪痕が見える。
サッと縁側を見る。
同時にサッとそっぽを向く三毛猫。
「アヤツ人の形見を……。
ではこの刀はお父上のものか」
「父上はまだ生きておられます。
この刀は預かっているだけ」
さようか。
この童、どこぞの姫か。
その後もカリカリと解こうとするが埒が開かない。
そのうち台所からいい匂いが立ち込めてきた。
「む、もう夕餉の時刻か。
もちっとで解けそうなのじゃが」
そう言うと、おやじ殿は葵に刀を返してくれた。
葵はサッと風呂を済ませ
居間に座って五郎と敏正が帰ってくるのを待つ。
うむ、あの女を姉と申しておるが手伝おうともせん。
たぶん侍女か何かか、若様はこの事を知って我が家へこの者らをお寄越しになったのか?
おやじ殿が気をもんでいるさなか葵は、五郎達がなかなか帰って来ない事に苛立ちをおぼえていた。
「何をしておるのか、遅いぞ」
育ち盛りの姫様は腹ペコだぞ。
もう日は暮れ、辺りは暗くなっている。
目の前の食事から湯気が消えはじめたころ
ガタっと門の方から音がした。
「やっと帰って来た」
呑気に夕餉を見つめる葵。
ただしその場にいるおやじ殿と膝のうえでうたた寝をしていた猫、それに無月は気を張っていた。
「どうやら良からぬ者が来おったわい」
おやじ殿は床の間から真剣を持ち出し、そのまま障子を開けて庭を見た。
「あばら屋で暴れてくれたのはお前たちかえ」
大柄な女が一人、庭に立っている。
ただその女の両手は刀になっている。
「あばら屋がなんなのか分からんが
お主、もののけであろう。
敏正が毎日お前たちのせいで苦労しておるわ」
「違うのか、まぁ良い。死ね」
問答無用で両手の刀で斬りかかってくる。
一歩、鯉口をきって庭へ降りる。
おやじ殿は上段一振りで、もののけを吹き飛ばした。
今までの好々爺とした佇まいとは違う。
「ウヌは闘気をまとうのか」
何事もなかったかのように、また同じ位置に戻ってくるもののけ。
「フン、もののけでも怖気づくか
されどもう遅い」
一閃、もののけの首を跳ね飛ば……せない。
刀は首にめり込んではいるが、切れない。
切り落とせない。
「なんと」
そう言うおやじ殿の口から血が溢れてくる。
「ウチをその辺のもののけといっしょにせんでおくれ」
仰向けに倒れたおやじ殿の胸と腹から血が噴き出す。
女は刀の血を美味そうに舐めながら狙いをコチラに向けた。
【葵、刀を抜け!】
座り込んで結び目を解こうとする。
前よりも解けそうだが、
今回はそんな時間がなさそうだ。
ガキン
熱々の味噌汁をもののけにぶっ掛けて、かなえが鍋で葵を守ってくれた。
「姫様、大事ありませんか」
その声を遠くで聞いて、おやじ殿はやはり
っと苦笑いを浮かべる。
「姫様ならば、お守りせねばな」
そう言うと、血をボタボタ垂らしながらもののけに刀を向けた。
「遅うなった。
今日はこのまま城に戻るとしよう」
「はっ」
「では敏正、また明日」
そう言うと五郎は、着流しの着物のまま城へ戻って行く。
「お気をつけて」
敏正は、その後ろ姿を見送り家路についた。
門をくぐると異様な気配が辺りを包む。
左手の庭に目を向けるともののけと
血まみれの父親が見えた。
カッっと頭に血がのぼる。
「おのれ!」
そう叫びながら斬りかかる。
もののけは振り向きざま横薙ぎに斬ってかかった。
刀で受ける。
しかしあとから追いかけるように左手の刀が首筋を狙ってきた。
半身をずらして刀をよける。
このもののけ、よく見れば両手が刀になっている。
足でもののけを蹴飛ばし、右手を切り飛ばす。
……いや、曲がっただけで右手は切れていない。
葵はまだ無月を解けていなかった。
【早うせねば、あの者も死んでしまうぞ】
「分かってるってば」
葵の指からは血が滲んでいる。
【この際母君の形見であろうがこの布、切ってしまわんか】
「その刃物がないんじゃない」
かなえは、葵をかばうようにもののけとの間にいるが
鍋を手にガタガタ震えている。
腰を抜かしているようだ。
目の前には刀を腰の位置に構えたまま
一歩も動けないおやじ殿がいる。
敏正は善戦しているが、それがいつまで続くか?
「敏正、この刀を使うニャ」
猫がしゃべりだすと、おやじ殿の刀に向かって自刃した。
誰もが目を疑った。
自ら刀に向かって飛んだのだ。
無論その猫は串刺しになった。
ただその姿がみるみる刀と混じる。
【なんと、自ら刀と混じるとは。
あれは妖刀になったのか】
なら、
「敏正さん。あの刀を使って」
おやじ殿の手から落ちる刀を敏正が拾い上げる。
「小癪な、いい加減死んでしまいなさい」
敏正は低い体制のまま、斬り上げた。
「うぎゃー!」
刀の腕が真っ二つになる。
もののけの悲鳴をあげた。
そのまま袈裟がけに斬り伏せる。
今度は何も言わず、そのまま塵へと消えていった。
その後、おやじ殿の葬儀が盛大におこなわれた。
おやじ殿は立ったまま息を引き取り、
私達を守ってくれていたのだ。
悲しむ間もなく、大勢の人々が葬儀に来てくれた。
私達は、手伝いに回され接客した。
その間、事あるごとに国に残した父上の事を考えた。
ご無事でいらっしゃるのか、もしもの時はこのように皆に囲まれて葬儀が出来るのか。
涙が溢れてくる。
そんな時は、懸命に働いた。
3日が過ぎ、一段落ついたところで泥のように寝た。
◇
「まったく、手こずらせよって」
純の手には鏡が握られている。
その後ろには葵の父親、安曇野明秀
の姿がある。
「コレを掲げて、ホレ呪文をはよ言え」
虚ろな目をした明秀が何やらブツブツ呟く。
すると、岩壁だと思われていた所に宝物庫が現れた。
扉が音を立てて開き始める。
「あーはっはっはっはっ。
コレで無月は我のものじゃ」
純は宝物庫の中へドンドン入って行く。
左右にある金銀財宝には目もくれず、一番奥にある刀を手に取る。
「コレではない」
どれもが名刀と呼ばれるものを
ポンポンと床に投げ捨てる。
「ない、ない、無月がない」
辺りを引っ掻き回すがこれ以上、刀が出てこない。
「そんなバカな」
今度は走って宝物庫の外に出る。
「おい、明秀。
無月を何処にやった」
「……、無月は宝物庫の中から持ち出されている」
純はじっと顔を見た。
「ふざけるな、ならば最初から無いと言え」
「いや、術は完全にかかっている。
が、聞いたことしか答えぬとは」
「誰が持ち出した」
「雪明が持ち出した」
「雪明?前妻か。
ならば随分と前の話になる」
……、その時持ち出しだとすれば城の何処かにあるはず。
何か引っかかる。
影に探らせてこの城に無月が無いことは分かっている。
あるとすれば宝物庫しかないはず。
刀、カタナ……はっ。
逃げた姫がオモチャの刀を持っていたはず。
「おい」
声と同時に影から黒い人影が浮き出てきた。
「姫の、オモチャの刀を探せ。
ピンク色の布に包まれておるやつじゃ」
黒い人影は何体にも分かれて消える。
「よもや葵か?
明秀、無月は葵が持っているな」
「葵が持っている」
純の周りの空間が怪しく揺らいだ。
◇
いっぱい寝た葵は、寝ぼけ眼で屋敷の中を徘徊していた。たった一人老人がいなくなっただけでこんなにも広く感じるとは、かなえも何処か出かけたのか屋敷には居ないようだ。
「誰もいないのかしら」
【いや、おるぞ。
庭の方で化け猫の気配がする】
「化け猫ですって」
急ぎ庭に出て見ると、素振りをしている敏正がいた。
「おはよう葵くん」
「おはようございます敏正さん。
その〜、鍛錬ですか」
葵が見ているのは敏正が握っている刀である。
おやじ殿の刀のようだが、鞘の部分が三毛のがらに柄も三毛がらでふさふさしている。
葵がいろいろ質問しようとする前に
「敏正!どうだ」
五郎の大声が庭に響いた。
「はっ、父上の為にいろいろとご配慮くださりありがとうございました」
敏正は深くお辞儀をする。
「よいよい。それよりお主の方は、動けそうか」
「無論にございます」
チンっと刀を納め、ポンポンと柄を叩く。
「妖刀か、名をなんという」
「はっ、父の八郎太から八の字をいただき
猫八と」
「猫八か。良いな」
本当に思っているのかしら
「して、殿。
今から市中見回りでござるか」
「いや、ソレは六町堀の旦那に任せてある」
「大丈夫ですかね」
「あの男もやる時はやるだろう。それよりもだ
風の国から沢山のもののけが押し寄せている」
五郎の表情が曇る。
「この前のように徒党を組んで来ますか」
「いや、大群だ。
前回のように散発ではなく、何千何万もの
もののけが押し寄せて来る」
「では、総力戦になりますな」
「城からはもちろん全員出すがそれでもキツイ戦になるだろう。
本国へ応援要請しているが間に合うかギリギリだ」
「しかし、城から皆が参戦するのであれば心強い」
「ああ、そうだが。
もし敏正が相手にしたようなもののけがいた場合。
通常装備では役にたたんよ」
「ならば」
敏正が猫八の柄を握る。
「そうだ我等の出番だ」
「ならば、私もいきましょう」
二人の間に葵が割り込む。
敏正が苦笑いを浮かべる。
「葵くん。君は残ってお姉さんを守りなさい」
しかし
「そうだな。
男子たるもの引けない戦いがある」
五郎は乗り気だ。
「殿、頑是ない子供の言う事。
戦場には、せめて成人したものを」
訴える敏正に、五郎は首を振った。
「敏正、正直に言うと。
たぶんこの城下は飲まれる」
「それほどの……、分かりました。
葵、奮起せよ」
「おう!」
とは言ったものの、話の流れからすると
結構ヤバいかもしれない。
つまりは残っていてもダメかもしれないのか。
……台所の方からいい匂いがしてくる。
いつの間に帰ってきたのか、かなえがしゃもじ片手に
「戦に行くのなら、まず腹ごしらえですね」
そう言って微笑む。
敏正がかなえの側によって
「すまぬな」
と、ひとの声かける。
かなえと敏正はいい仲になりつつあるようだ。
国を追われてもずっと側に居てくれたかなえ。
いつまでもかなえに甘えてばかりでは居られない。
幸せになってもらいたい。
となると、やっぱり逃げはないか。
仕方ない、ここはいっちょやりますか。
ねぇ、無月。
【ニャーの方が凄い刀ニャ】
【何を言うか、我は神刀と呼ばれるほどの】
【はっ、何が神刀ニャ。
おやじ殿がピンチの時に布にくるまって震えている刀が、しんとうニャ?ちゃんちゃらおかしいニャ】
【この化け猫。ぶった斬る】
【面白いニャ】
「猫八も武者震いしておるわ」
「まぁ、刀が?
頼もしいですわ」
なんじゃこのバカップル。
刀同士がケンカしてるんですよ。
って
言いたいケド仲良く歩く姿が微笑ましい。
【ぶっ殺す】
無月、うるさい。
昼まえに始まった戦は、夕刻を過ぎ夜になっても
空の国から押し寄せるもののけの数が減らない。
コチラは、徐々に押し込まれ関所の前まで来ている。
関所の中には、怪我人が所せましと転がされ
とても治療が間に合わない。
かなえが手伝つて看病していると、
傷を負った侍が腕を掴んできた。
「あんたは、いつぞや村を焼かれ遠縁を頼って来た姉君ではないか」
「あぁ、気のいい関所のお役人様」
気のいい役人は辺りを見回すと、小声で
「ここはダメかも知れん。早う弟君を連れて他に行かれよ、……弟君は?」
「戦いに行っております」
「なんと」そう言うと立とうとする。
「無理はいけません」
「しかし、元服前の年端もいかぬ子供が戦っているのに、大人がこんな所で」結局力尽きその場に倒れる。
「大丈夫です。
あの子、あゝ見えて結構やるんですよ」
「すまん。
せめて女であれば行かずに済むものを」
その言葉にかなえは心で突っ込んだ。
女の子ですが。
深夜に入り、まともに戦っているのが五郎と敏正、
それに葵の三人だけになった。
「殿、結構間引きましたな。
この調子ならば明日の昼にはなんとかなりそうです」
「それにしても驚いたな、葵くん。凄いよ、君が持っている刀は妖刀かい、それとも幽刀?」
「ゼーゼー、どちらとも、ちが、違うので
ゼーゼー、むつ、むつっ。
国の……」
「殿、限界のようです」
「あっはははは。
ならば少し休んでいてくれ。
暫くは我等だけで何とかしよう」
「はっ」
二人はもののけの大群の中へ突っ込ん出ゆく。
「あー、寝ていいのかなぁ」
【う〜む、寝たらまず死ぬな】
「起こしてよ」
【今まで我が起こして起きた試しがないわ】
「もう、イケズ」
【久しぶりに聞いたな、そのセリフ。
雪明がよく言っておった】
はっハハハ。
笑ったら少しだけ力が湧いてきた。
もう少し頑張りますか
葵が立ち上がると同時に、五郎と敏正が吹っ飛んできた。
五郎の意識がない。
一は、真っ二つに折られている。
敏正は立ち上がると、大声を上げて再び向かって行く。
【フーっ】
化け猫の威嚇が聞こえるが、覇気がない。
「無月」
【うむ、只者ではないぞ】
キュイーン
聞いたことの無い甲高い音と共に
敏正が泡を吹いて膝を付いている。
化け猫の反応もない。
【あれは神刀か】
「ああ、コレも違う」
敏正を蹴り飛ばし、現れたのは継母の純。
こっちを見て、ニコリと笑う。
「葵ちゃん。みーつけた」
口が耳元まで裂ける。
「もののけ」
「あらいやだ、お母様と呼んで下さらないの」
「国を滅ぼした張本人がよく言う」
葵が言い終わらない内に、
目の前まで純が距離をつめる。
近くで見るソレは身の毛がよだった。
ドン
また、純が
遠くに見える。
……いや、私が遠くへ蹴り飛ばされている?
現状の把握が追いつかない。
がはっ、口から血が噴き出す。
肋骨がどこかの臓器を傷つけたようだ。
痛過ぎて感覚がない。
また純が近づく
力が入らない。
死ぬんだろうか。
目の前の純は、身の太い刀を振り上げている。
「この刀は日刀と言ってな。
虫の国の宝剣なのじゃ。いつまでたっても妾の手に入らなんだ故、国を潰して手に入れたわ」
笑いながら目がグルグルと辺りを見回す。
「お前が持ち出しという、空の国の宝剣は何処にある?無月はどこじゃ」
そう言えば無月は?
蹴飛ばされた時、何処かへ落としたのか。
「ありかを教えてくれれば、命は助けてやろう」
口が臭い。
葵が顔を背けると
純がニヤリと笑う。
「言いたくなければそれでも良い。後でゾンビ共に探させるわ。それに所詮無月など、宝剣最強と言われた日刀にはかなうまい。
死にさらせ」
【よく時間を稼いだ】
勢いよく振り下ろされた刀が空振りに終わる。
????
なぜ斬り殺せていない?
純はじっと手を見る。
アレ?日刀はどこじゃ。
【日刀はもうこの世界にはない】
「ウヌは無月か。
何をした。
まさか日刀より上位刀なのか」
【どうだろうな、どちらが上とかは無いと思うぞ】
「では、日刀がなぜ無いのじゃ」
【察しの悪いもののけじゃな。
無いものは日刀だけか】
そういえばここはどこじゃ。
朽ちたもののけも殺したはずの侍も何も無い。
「どういう事じゃ」
【最後だから教えてやるよ。
この空間は我だけのもの、我が誘った者だけが入れる世界。月の無い世界】
「だからなんだ。
何処へいこうが、日刀がなかろうが
妾は強いぞ」
【あぁそうかい】
そう言うと何も聞こえなくなった。
「さぁ、かかってこい。
何処にいる。何処からでもよいぞ
黙っていないでくるのじゃ」
◇
月日が流れ、今日も鈴木家では真剣による修練が
繰り広げられている。
【こうしてやるニャ】
【うるさいわ化け猫】
【住まわせてもらってる居候分際で生意気ニャ】
【ただの居候じゃないぞよ】
ガキン!
グァギーン!
「よくそれで刃毀れせんものよ」
いつの間にか五郎が観戦している。
「コレは殿、気づきませんで失礼いたしました。
おい、かなえ。
殿にお茶をお持ちして」
そう、あの後二人はめでたく結婚して
敏正は名義上私のおじさんになった。
空の国は父上がご顕在だったようで、徐々に再建が始まっている。
私はと言うと、国に戻る前に観光したり美味しい物を食べたりして、二人の中を邪魔せぬ様に
少しの間のんびりしようと思う。
ただ、なにを思ったのか。
敏正を誘う代わりに、
最近五郎は私を誘う様になっていた。
折れた幽刀一は短くなって今は脇差しの短刀に成った。
そのせいか、なかのさんの姿が幼女になっている。
かわいい。
自分より年上の者ばかりと接していたせいか、妹みたいで良い。
「葵!汗をかいたろう。一緒に風呂に入ろう」
五郎め、わざとか知らんがソレはない。
「一人で入るわ!」
あははははは。今日も鈴木家は笑が絶えない。
「無月!マジで五郎を止めろ」
【発動には時間がかかるでな、風呂から上がるまでにはどうにかしよう】
【やっぱり無月使えない刀ニャ】
【うるさいバカ猫が、化け猫じゃなくてバカ猫】
【ソコを動くニャ】
「あーーーもう」
葵は無月をかなえに預けて、風呂に向かった。




