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第8章 迎えに来た親たち ~初めての帰宅と、母親の温もり~

外の風が障子を揺らし、柿の葉ずれの音が聞こえてくる。

俺は凛の肩を抱いたまま、静かに考えた。


彼女は、忠実に「男性保護局の局員」なのだ。

俺が求めた場合、彼女は拒否することができない。

だがそれは俺たちの利益を保証するわけではないのだろう。


彼女は彼女なりの利益があって動いている。

それはあくまで彼女の仕事だ。

それに気が付いてしまった以上、俺はもう、昔の世界のような男女の関係を彼女に求めることはできない。


生き残るためにお互いベストを尽くすしかない。

それが、この世界で生きていくための現実だ。


俺は凛の髪を撫でながら、

「凛さん……ありがとう。俺、この世界で生きていくよ。必要なことは、全部やる。」と言うと

「はい……タケルさん。私も……全力でサポートします」

凛は俺の胸に顔を埋め答えた。


時間が経ち、俺たちは服を整えて立ち上がった。

凛は少し照れくさそうに、

「タケルさん……お迎えの時間ですね」と言った。

俺は頷き、

「そうだな。行こう」と答えた。


施設を出て、学校へ向かう道のりは30分。

里山道を歩く。

果樹園の柿が赤く実り、みかんの葉が風に揺れる。

田んぼの黄金色が広がり、遠くの古墳がぼんやりと浮かぶ。

この風景は、転移前の明日香村とほとんど変わらない。


なのに、俺の心は少しざわついていた。

ただ単純に子どもたちを迎えに行く、それだけにもかかわらず、

凛と並んで歩くこの道が、さっきまでの気恥ずかしさから、

少し違うものに変わっていた。


学校に着くと、放課後のチャイムが鳴っていた。

校門は賑やかで、女子たちがキャーキャーと騒ぎながら出てくる。

その中に、3人の男の子が混じっていた。

ヤマトとムサシ、そして男の子が1人。

ヤマトはランドセルを背負ったまま、少し緊張した顔で周りを見回し、

ムサシはどこかで拾ったらしい棒を元気いっぱいに振り上げ、

もう1人の男の子は二人の間に挟まるようにして、照れくさそうに歩いていた。


俺は三人の姿を見つけ、

「おーい、よく頑張ったな!」

と手を振った。

ヤマトとムサシは駆け寄り、

「パパ!」

と同時に飛びついた。

俺は二人を抱き上げ、

「疲れたか?今日はどうだった?」

と笑顔で聞いた。


「楽しかったぞ!久々走り回ったよ!」と、ムサシがいうと

「お父さん、あのね。あのね!!」とヤマトは大興奮で話しかけてきた


「おいおい、ゆっくり聞くから1人1人話してくれよ!」

そう言っていると、後ろから優しい笑い声が聞こえた


「おほほほっ・・・。」

笑い声に気が付いて後ろを振りむくと、そこには30代後半暗いの穏やかな女性が待っていた。

迎えに来たらしい母親が立っていた。


もう1人の男の子はは母親に気づき、

「お母さん!」

と駆け寄った。


女性は優しくを抱きしめ、

「おかえり、シュータ。今日は楽しかった?」

と聞いた。

シュータは頷きながら、

「うん!ヤマトくんとムサシくんと、初めて男の子だけで遊んだよ!」

と目を輝かせた。


タケルはシュータの母親に軽く会釈した。

初めての顔合わせだ。

ヤマトとムサシを下ろすと俺は普段通りの調子で口を開いた。


「はじめまして、柴原タケルです。

今日はうちのヤマトとムサシがお世話になりました。

よろしくお願いします」


声は普通に、笑顔も普通に。

これで十分な挨拶だと思った。


夏子さんは一瞬、目を少し見開いた。

まるで「え?」という驚きが顔に浮かんだようだった。

彼女の視線が、俺の顔から胸元、腕、腰へと一瞬だけ滑る。

値踏み……というより、

『男性が自分からこんなに普通に挨拶してくるなんて……』

という、予想外の反応だった。


後でセキュ女の恵子さんから指摘されたが、

この世界では、男性は守られる側。

女性が先に頭を下げるのが常識らしい。

ましてや、こんなに堂々と「はじめまして」と言ってくる男性はありえないらしい。


だが、夏子さんはすぐに表情を整えた。

貫禄のある大人の女性らしい、落ち着いた微笑みを浮かべて、

軽く頭を下げた。

「はじめまして、葛城夏子と申します。

シュータがお世話になりました。

こちらこそ、よろしくお願いいたします」


声は穏やかだが、どこか緊張感が混じっていた。

彼女は俺の目を見据えながら、もう一度丁寧に頭を下げた。

夏子さんは内心で少し動揺したのかもしれないが、

表面上は完璧に大人の対応を保っていた。


俺は軽く頭を下げ返し、

「ありがとうございます。

シュータくん、いい子ですね。

うちの双子も楽しかったみたいで」

と言った。


夏子さんは微笑みを深め、

「ありがとうございます。

男の子同士で遊べる機会は貴重ですから……本当に嬉しそうです」

と答えた。


話を聞くと夏子さんは、専業主婦としてシュータを育てている『夏の方』だ。

夏子さんは、さすが『夏の方』なだけあって、完璧なお母さんオーラをまとっていた。


長い髪を優しく束ね、控えめな化粧が顔立ちをより美しく見せ、

ワンピースの裾が風に揺れる姿は、

男性受けする柔らかい色合いと上品なシルエットだった。

俺でさえ一瞬息を飲んだ。

(……すごいな。

母親って、こんなに……優しいオーラなんだ)


いつもは俺の後ろに隠れがちなヤマトが、

じっと夏子さんとシュータの姿を見つめていることに気がついた。


目が少し潤んでいて、唇を軽く噛んでいる。

母親を知らないヤマトにとって、

あれは初めて見る「母親の愛情」だった。


抱きしめられるシュータの姿、優しい声、温かい腕。

ヤマトの胸の奥で、何かがざわついているのがわかった。

羨ましいような、寂しいような、複雑な感情。

ヤマトは小さく息を飲み、

「シュータくんのお母さん……優しそう……」

と、ほとんど聞こえない声で呟いた。


俺はそれを見て、胸が締め付けられた。

(ヤマト……お前、そんな顔をするのか)


俺は今まで、俺一人の愛情で十分だと思っていた。

でも、ヤマトのあの目を見た瞬間、母親の必要性を痛いほど感じた。


双子は俺だけじゃ、足りないのかもしれない。

この世界で、母親の存在を埋めてやるべきなのか……。

そんな思いが、胸の奥から湧き上がってきた。


その瞬間、ヤマトのセキュ女の恵子さんがそっと近づいてきた。

ベテランおばちゃんはヤマトの前にしゃがみ込み、優しく目線を合わせた。


「ヤマトさん、大丈夫ですよ」

恵子さんの声は柔らかく、包み込むようだった。

彼女はヤマトの頭を優しく撫で、

「パパさんがいるし、私もいるわ。

いつでも、恵子おばちゃんに甘えていいからね」と言った。


ヤマトは恵子さんの手を見上げ、少しだけ頰を緩めた。

彼は恵子さんに、少し母親を重ねているところがある。

母親を知らないヤマトにとって恵子さんの優しさは、

「ママって、こんな感じなのかな……」

という初めての感覚を与えてくれているようだった。


恵子さんはヤマトの頭を撫で続け、

「今日は学校で頑張ったわね。えらいえらい」と囁いた。

ヤマトは小さく頷き、恵子さんの胸に顔を寄せた。


ムサシはシュータの母を見て、

「シュータのお母さん、優しそうだな!」と素直に羨ましがった。


母親を知らないムサシにとって、

女性は「優しい人」か「強い人」のどちらからしい。

ムサシは「シュータ、いいお母さん持ってるな!」と言ったがすぐに俺に抱きつき、

「でも俺のパパの方が強いぜ!」と胸を張った。


ムサシは、母親の愛情を知らない分、

女性の母性をどういうものとして理解したらいいのか、よく分かっていないようだった。

男だけで育ったせいか『つよさ』を基準とした判断になってしまっている。


ヤマトとムサシのためにも、お母さんという存在は必要なのかもしれない。

周りからの影響もあるだろうが、俺は少しずつ考え方を改め始めていた


一方でシュータは俺を見て、憧れの目で俺を見つめていた。

俺はたくましく、双子を抱き上げる腕は力強い。

この世界の男性では考えられない体つきかもしれない。

シュータの視線に、俺は少し照れた。


俺は三人を抱き寄せ、

「よし、帰ろうぜ」と言った。


ヤマトとムサシがシュータの手を引っ張り、

「走ろうぜ!」と叫んで駆け出した。


シュータは最初少し戸惑ったが、すぐに笑顔になってついて行った。

3人は道端の草むらに石を蹴り飛ばしたり、

柿の木の下で落ち葉を拾ったり、

小川のそばで石を投げて水切りを競ったり。

自由気ままに遊び回る姿は、まるで元の世界の子供たちそのものだった。


俺は少し後ろから歩きながら、

(この世界でも、男の子は男の子だな……)

と小さく笑った。


夏子さんは時折俺の方を見て微笑んだ。

「うちのシュータ、今日はとても楽しかったようです」

と声をかけながらも、シュータくんのことを気遣いながら、そう言った。


夏子さんの視点は、余裕の表情を見せつつも絶えず周囲を警戒していた。


しばらく考えた後、俺は気がついた。

(そうか、この世界では男の子は保護される対象なのだな)

シュータくんにもセキュ女の方はついているのだが、

それでは安心せずに、周りを警戒している。

のんびり2人を見ている俺とは大違いだ。


さすが夏の方と言われるだけあって、

この世界で言う『完璧なお母さん』オーラをまとっていた。


その時、俺は周りの視線に気づいた。

村の人たちが、遠巻きに俺たちを見ている。

道端に立つ女性たちが、

「男の子が3人も……!」

「夏子さん、羨ましいわ……」

と小さな声で囁き合っている。

若い子娘たちは目を輝かせ、

熟女たちは羨望と少しの嫉妬を込めて、俺たちを眺めていた。



俺は少し照れくさくなった。

村の人たちの視線が、どんどん集まってくる。

俺は無意識に、

「最近引っ越してきました、よろしくお願いします」

と声をかけてしまった。


周りの女性たちが、一瞬固まった。

若い子娘たちは目を丸くし、

熟女たちは頰を赤らめ、

「男の人が……挨拶してくれた……!」という小さなざわめきが広がった。


俺はその言葉に気づいて、

(……しまった)と思った。


俺は苦笑しながら、

「すみません、つい……」

と付け加えたが、女性たちの視線はさらに熱を帯びた。


その時、俺の横から夏子さんが前に進み、

「おほほほっ・・・。」と笑った。


そうすると、場の空気は一気に変わり、村の女性たちの視線が夏子さんへと移った。

どことなくうれしそうな夏子さんの表情と

今までの浮ついた空気が一変して、嫉妬と羨望のまなざしで見る女性たち。

静かな女性の戦いがそこにはあった。


凛が俺の横に寄ってきて、小声で囁いた。

「タケルさん……夏子さんがリスクをとってまで前に立って下さった理由、

そしてその上でもご機嫌な理由、わかりますか?」


俺は首を振った。


凛はさらに声を落として、

「この世界では、希少価値のある男性、それは価値のある宝石のようなものです。

しかもそ男の子複数人と歩く女性は『羨望のまと』なんです。

言うなれば、王族のハーレムのような行為で、女性たちの憧れの象徴です。

夏子さんは今、タケルさんと、男の子3人を連れて歩いている。

『葛城家は男の子に不自由してません』

というアピールを、堂々としているんです。

マウントを取っている……と言ってもいいかもしれませんね」


俺はハッとした。

夏子さんは男の子を産み、旦那さんに愛され、女腹のリスクもない。

人生の勝利者だ。


俺に対しても息子の友達の父親として、丁寧に接しているだけだ。

でも、夏子さんの村の人達を見る視線には、

「うちは男の子に不自由してませんわ。」

「どんな手段を使ってでも、シュータを守ります。」

という静かなマウントが込められていた。


子どもたちの遊ぶ声とは別に、そこには静かな戦いがあった。


今日の学校は、終わった。

でも、この世界での生活は、まだ始まったばかりだ。

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