第7章 割り切りの一歩 ~凛との時間と、この世界の常識~
俺は校門でヤマトとムサシを見送った。
「頑張ってこいよ」
そう言って二人の背中を軽く叩くと、
ヤマトは少し不安げに振り返り、
ムサシは拳を握って「任せろ!」と元気に答えた。
中村先生と鈴木先生に導かれ、二人は校舎の中へ消えていった。
俺はしばらくその場に立ち尽くし、胸の奥で何かが締め付けられるのを感じた。
この世界で、初めての学校。
双子は大丈夫か。
あの女の子だらけの教室で、俺の子供たちが……。
凛がそっと近づいてきた。
「タケルさん、行きましょう」
彼女の声はいつも通り落ち着いていた。
俺は頷き、二人は通学路を逆方向に歩き始めた。
自宅代わりの施設までは30分。
果樹園の柿が赤く色づき、田んぼの黄金色が風に揺れる。
転移前の明日香村とほとんど変わらない風景だ。
なのに、俺の心はざわついていた。
凛と二人きりで歩くこの道が、妙に気恥ずかしい。
病院でのあの出来事が、まだ体に残っている。
遺伝子提供という名目の行為。
凛の体温、彼女の息遣い、柔らかい肌。
菜摘が亡くなってから8年。
俺は女を抱くことを避けていた。
悲しみが強すぎて、罪悪感が強すぎて。
でも、あの時、俺は割り切った。
生きてるだけで丸儲けだろ?
凛を抱いたことで、男としての自分が蘇った。
欲求が、抑えきれなくなった。
今、凛と並んで歩いていると、あの時の熱が再び体を駆け巡る。
俺は横目で凛を見る。
彼女は前を向いて歩いているが、時折俺の方に視線を投げてくる。
任務として割り切っているはずなのに、
どこかで俺を「男」として見ている気がした。
それが、俺の本能を刺激する。
(凛は……俺のものにしたい)
そんな独占欲が、胸の奥から湧き上がってきた。
この世界の常識が、俺を変え始めているのかもしれない。
施設に着くと、凛は自然に台所へ向かった。
「それではタケルさん、お茶でも入れましょうね」
と言って、ポットを手に取った。
その後ろ姿が、なぜだか生々しさを感じさせた。
凛の腰のライン、動きに合わせて揺れる髪。
スーツの生地が体に沿って張り、肩の動きが優雅だった。
病院での行為が、俺の体を思い出させた。
男として、女を欲する感覚。
俺は立ち上がり、静かに近づいた。
「凛さん……次回の遺伝子提供は、いつでしょうか?」
凛の手が止まった。
ポットを置いてゆっくり振り返り、頰を赤らめながら俺を見上げた。
「……タケルさん……」
俺は一歩近づき、
「双子を守るためなら、必要な事はやる。
凛さん、お前もこの世界で生きてるんだろ?
なら……一緒に、生き抜こう」
凛は視線を逸らした。
しかし、すぐに目を上げ、
「……はい、タケルさん。
私も……全力でサポートします」
と小さな声で答えた。
俺は彼女の肩を抱き、ゆっくりと引き寄せた。
凛の体は柔らかく、熱を帯びていた。
俺の元自衛官の鍛えられた筋肉で、腕で彼女を優しく、しかし確実に包み込んだ。
この世界では、男性は守られる側だ。
慎み深く、女性にリードされるのが常識らしい。
でも、俺は違う。
胸板は厚く、腹筋は鋼のように引き締まっている。
タケルは凛の唇に自分の唇を重ね、彼女のスーツのボタンを外した。
肌に触れるたび、凛の息が乱れた。
俺は彼女をカウンターに優しく押しつけ、自分の体で覆った。
凛は俺の強さに驚きながらも、応じた。
この世界で、こんな積極的で力強い男性は、ほとんどいないだろう。
俺は凛の体を大切に扱いながらも、男としての欲求を抑えきれず、彼女を導いた。
二人の息が混じり合い、台所の空気が熱くなった。
凛は俺の背中に爪を立て、小さな声を漏らした。
俺は彼女を抱きしめながら、菜摘さんの顔が一瞬浮かんだ。
でも、すぐにそのイメージを振り払った。
生きてるだけで丸儲けだろ?
生きてるなら、進むしかない。
双子を守るためなら、何でもする。
終わった後、俺たちは息を荒げながら、台所の床に座り込んだ。
凛は俺の胸に頭を預け、
「タケルさん……ありがとうございます」と囁いた。
俺は彼女の髪を撫でながら、
「ほっこりしたな……」と笑った。
凛は頰を赤らめ、
「私も……です」と答えた。
余韻に浸りながら、俺は凛の体を抱きしめたまま、静かに考えた。
凛は俺を好きでいてくれている。
それは間違いない。
行為の最中も、終わった後のこの瞬間も、彼女の視線や触れ方は、ただの任務じゃなかった。
でも、同時にわかった。
俺が凛さんを抱くように他の女性を抱くことを、悪いことだと思っていない。
むしろ、「奨励されている」こととして、当然のように受け入れている。
「新しい女性と関係になることも、悪いことではありません」
さっきの言葉が、耳に残っていた。
凛は俺を独占しようとは思っていない。
この世界では、恋愛の形が違う。
独占じゃない。共有だ。
元の世界の常識が、ここでは通用しない。
亡くなった菜摘さんと付き合っていた頃、他の女性に目を向けることなど考えられなかった。
恋愛とは、独占すること。
愛する相手を一人に決めること。
それが当たり前だった。
でも、この世界は違う。
遺伝子提供は「普通」
男性に抱かれることは「名誉」
再婚は「義務」
凛の態度が、それを雄弁に語っていた。
彼女は俺を好きだ。
でも、俺が他の女性を抱くことを、
「悪いこと」ではなく、「当然のこと」として受け入れている。
それは、元の世界の「恋愛の常識」が、ここではもう通用しない証拠だった。
俺は凛の肩を抱いたまま、静かに息を吐いた。
余韻に浸りながら、俺は凛の髪を撫でていた。
彼女の体温がまだ残っていて、胸の鼓動がゆっくりと落ち着いていく。
凛は俺の胸に顔を埋め、静かに息を整えていた。
二人ともしばらく動かなかった。
外の風が障子を軽く揺らし、柿の葉ずれの音が聞こえてくる。
「凛さん……ありがとう。
俺、この世界で生きていくよ。
必要なことは、全部やる」
凛は俺の胸に顔を埋め、
「はい……タケルさん。私も……全力でサポートします」と答えた。
「……この世界に着いてから、俺がまだ知らないことがたくさんある。
家族を守りたいんだ。だから……この世界の常識を、教えてくれ」
俺は凛の肩を抱いたまま、静かに口を開いた。
「タケルさん……」
凛は少し驚いた表情で俺を見上げた。
俺は優しく、でも確かな声で言った。
「俺は拒否したくない。
双子を守るためなら、何でもする。
凛さん、お前もこの世界で生きてるんだろ?
なら……一緒に、生き抜こう」
「はい……タケルさん。それでは……お話しします」
凛はゆっくりと頷いた。
凛は俺の胸に寄りかかったまま、静かに説明を始めた。
「この世界では家督上、男性の交際相手は4種類に分けることができます。
男性の正妻、あるいは養母である『秋の方』
または男性の母親である『夏の方』でなければ、家の当主にはなれません。
貴族や大企業の社長などは、『男性と結婚すること』が最重要課題です。
女性の地位は、男性との関係で決まるんです」
俺は少し身を乗り出した。
「家督……?それがどういうことだ?」
凛は続けた。
「秋の方は、正室です。
その家の最も身分の高い女性で、『実りの秋』の言葉通り、子供たちを育てる環境を整備する責任者。
戸籍上の正妻として、家督を継ぐ権利を持ちます。
夏の方は、男の子を産んだ母親、あるいは養母。
『物事がすくすくと育つ夏』を象徴し、男の子のすこやかな成長を願う地位です。
なお、女の子しか産んでいない場合は『春の方』のままです」
俺は眉をひそめた。
「春の方……?」
凛は頷いた。
「春の方は、男性に愛される女性のことです。
いわば性的な関心を受けることができた女性。
戸籍上の結婚は必要ありません。
未婚であっても手をつけられることはすごいことです。
ただし、春の方の場合、他の男性へと移ることが可能です。
女の子しか産んでいない場合は、『家督』という概念ではノーカウントのため、まだ春の方のままです」
俺は少し考え込んだ。
「それで……冬の方は?」
凛は静かに続けた。
「冬の方は、一般的にはご隠居です。
前の3つに当てはまらない、男性が囲っておきたい方を指します。
成人した男性の母親であったり、男の子の姉妹であったりして成人していない方を指します。
正妻は、これらの方々とともに住環境を整備することになります。
どれだけ素晴らしい環境を整備することができるのかが、
この世界の価値ある家を持つ女性の重要ポイントとなります」
俺は拳を握った。
「それだと、俺の家は……正妻がいない。
菜摘さんは亡くなってるから、秋の方は空位だろ?」
凛は頷いた。
「はい。そのため帰るべき『家』がない未亡人男性として、政府が保護している特殊ケースです。
一般的な考え方では、タケルさんはまだ遺伝子提供能力があるため、
『再婚するべき』というのが常識です。
正妻を迎え入れ、家督を完成させるべき……と。世間の女性たちも、そう考えます」
俺は深く息を吐いた。
「再婚……か。
俺は双子と3人でいい。
菜摘さんの分まで、守る。それだけだ」
凛は少し黙ってから、
「そういうわけにもいかないのです。
ヤマトくんとムサシくんについても、現段階では夏の方(実母・養母)が不在。
この世界では、男の子は夏の方に育てられるのが原則なので、
この状態が続くと男性保護局より『男子の管理義務違反』で摘発される可能性もあります。
早い段階で乳母にあたる人物を用意する必要があると考えられています。
乳母は大変名誉な職業で、
正妻が男の子を産んだ場合も、成長のために迎え入れることがあります」
俺は拳を握った。
「摘発……?乳母?
そんなの必要ない。俺が育てる」
凛は優しく微笑んだ。
「わかります。
タケルさんは、この世界の常識を知らないからこそ、純粋に『家族は3人』と思えるんです。
でも……この世界は、そんなタケルさんを放っておきません。
世の中の女性たち、上層部、政府……
みんな、タケルさんと双子を『家督の材料』として見ています」
俺はゆっくりと立ち上がり、
凛の肩を抱いたまま、窓の外を見た。
「わかったよ、凛さん。
この世界の常識……受け入れる。
双子を守るためなら、再婚も乳母も、考えるさ。
ただ……俺は家族を3人で守りたい。
それだけは変わらない」
凛は俺の胸に顔を埋め、
「はい……タケルさんなら、きっと守れます。
私も……全力でサポートします」
と答えた。
俺は凛を抱きしめながら、静かに考えた。
彼女から聞いた話だと、
凛は、彼女は秋の方になれない。
エリート官僚としての立場はあるが、資産や家柄が足りない。
彼女は「夏の方」になれればいいなと思っている可能性は否定できない。
病院での行為も、遺伝子提供も、
彼女にとっては「任務」でありながら、俺への想いが混じっていた。
でも、俺が他の女性を抱くことを、彼女は悪いことだと思っていない。
むしろ、奨励されていることとして、当然のように受け入れている。
俺は凛の髪を撫でながら、小さく呟いた。
「凛さん……ありがとう。
俺、この世界で生きていくよ。
必要なことは、全部やる」
「はい……タケルさん。
私も……全力でサポートします」
と凛は俺の胸に顔を埋め、そう答えた。
俺は凛を抱きしめながら、静かに決意した。
『生きてるだけで丸儲け。』
この世界で、家族を生き抜かせる。
新しい女性との関係も、必要なら受け入れる。
それが、双子を守る道だ。




