第5章 ヤマトとムサシの転校準備 ~セキュ女が居ないと外に出れません~
8月も下旬になり、日中の厚さがいくらか和らいできた頃。
柴原タケルは朝の陽射しの中で、キッチンの鍋をかき回しながら双子を見守っていた。
転移から数日が経ち、この古民家型保護施設にも少しずつ家族のリズムが戻りつつあった。
ヤマトはピアノ室で静かに鍵盤を叩き、ムサシは柔道道場で型を繰り返している。
今日は転校初日――この世界では「転校生」として扱われる。
元の世界では夏休み明けの二学期、普通に明日香村の学校に通うはずだった。
それが転移によって、別世界の明日香山越小学校への「初登校」になる。
この世界では珍しい男の子の転校生は、極めて慎重に対応する必要があるため、
小学校に通う児童たちに、一日早く転校生が来ることが通知されているらしい。
そのため、二学期の二日目の今日から投稿することになった。
「パパ……学校、女の人ばっかりだって聞いたけど……大丈夫かな?」
ヤマトがピアノ室から顔を出して、小さく聞いた。
ムサシは道場から飛び出してきて、
「俺、友達作ってやる!新しい友達にも柔道教えてやるぞ!」
と拳を振り上げた。
タケルはフライパンを火から下ろし、二人の頭を撫でた。
「大丈夫だ。パパがいる。
今日は久々の外出だぞ。ジョギングもしたかったろ?」
二人は頷いた。
転移以来、外出制限でジョギングができなかった不満が溜まっていた。
タケル自身も、元自衛官の体を動かしたくてうずうずしていた。
その時、凛がタケルたちの住む古民家に入ってきた。
「おはようございます、タケルさん。今日は登校日です。
遅くなり申し訳ございません。やっと手配がすみましたので、
保護センサー(見守りタイ)の装着と、セキュリティレディース(セキュ女)の紹介をします」
タケルは少し渋い顔をしたが、
「子供たちのためだな。頼むよ」と頷いた。
凛は小さなデバイスを取り出し、俺に一つ手渡した後、双子の腕にも装着した。
子供向けの見守りタイは、防犯ブザー型の腕時計で、軽く光る。
大人向けの見守りタイは、スマートウォッチにアプリとしてインストールされている。
ヤマトは「これで外に出られるの?何で鳴らすの?」と質問攻め、
ムサシは「お姉ちゃん、これで強くなれるかな!」と拳を振り上げた。
凛は微笑んで説明した。
「この見守りタイは、位置情報、健康監視、接近警報がついています。
ブザーを鳴らされた人は、犯罪者扱いになるほど厳しい罰則があります。
女性への威圧にもなりますよ」
ヤマトがさらに「何で何で?」と聞き、
ムサシは「鳴らしてやる!」とブザーを触ろうとするのをタケルが止めた。
次に、凛が「外出時のもう一つのルール」としてセキュ女を説明した。
「外出時はセキュリティレディース(セキュ女)が1人以上必須です。
公務員扱いの人気職業で、対象の男性と一緒にいるうちに『そのまま妻になる可能性が高い』ですよ。
柴原さん家族の場合、タケルさん1名、ヤマトくん1名、ムサシくん1名の3名必要です。
成人男性は『推奨』ですが、タケルさんの場合この世界の知識不足を補うためにも『強く推奨』します。
子供担当は年配の女性が多く、子守役を兼ねることが多いです。
未成熟な子供の場合、性的なことができないよう配慮されています。」
タケルは「俺には必要ねぇよ」と内心思ったが、子供のためと我慢した。
凛は続けて、
「ジン・パーティクル事象なので、施設は監視下に置かれています。
一般家庭にはありませんが、家族の安全のためです。
私は奈良のエリートなのでセキュ女はできませんが、
県に認められて柴原家専任の行政側担当となりました。」
と言って、俺の眼を見た。
凛さんが担当をしてくれて、安心している自分に気が付いた。
「今日か二学期を迎えるに当たって、子供たちの担当セキュ女を紹介します。」
そう言うと、二人の女性が施設に入ってきた。
一人目はヤマトの担当の恵子さん。
俺の母親と言えるくらいの貫禄のある女性で、
穏やかで母性的な顔立ち、過去に男性ガード経験あり、女の子2人を育てた実績があるらしい。
「子育てには、ベテランが良いかと思いまして、彼女が候補になりました。」
「ヤマトくん、よろしくね。
ピアノの先生も兼任できるわよ。小学生向けの簡単な曲から始めましょうか?」
そう言って、優しい微笑みで話しかける姿は、祖母と孫くらいかな?
「何で何で……よろしく……」とヤマトは少し照れながら挨拶。
「優しい子ねえ。ピアノが好きって聞いたわ。
さあ、ちょっと弾いてみて?おばあちゃん、聴きたいわ」
と恵子さんは微笑みかけた。
そう言われたヤマトは少し恥ずかしそうな表情をしたあと、
「……うん、こっちに来て。」
と言って、恵子さんの手を取ってピアノ室へ向かった。
ヤマトは恥ずかしがりながらも鍵盤を叩き始め、恵子さんは目を細めて聞き入った。
タケルは少し安心した。
(このおばちゃん、子供に優しそうだな……)
二人目はムサシの担当で遥さん。
ショートカットでキリリとしたまなざし、スーツ姿でも鍛えられていることが判る身体。
見た目は俺と同じくらいの年齢だろうか。
「ムサシ君が希望する『強い女性』はセキュ女では極めて珍しいです。
たいていは、優しい雰囲気の方を求められる傾向にあるため、本人も「こんな子初めて!」と驚いていました。」
「ムサシくん!柔道一緒にやろうよ!
私、黒帯だから本気で教えてあげる!」と、自信満々な彼女。
「できるの?教えて!!やるよ!」とムサシはすぐに懐いた。
柔道道場で軽く乱取りをしてみると、遥さんは強いことがすぐに分かった。
「すごい!フォームいいわよ!」と上手にムサシを褒め、
「強いお姉ちゃん!」と目を輝かせた。
俺は遥さんの引き締まった体型を見て、
(スポーティーだな……射程範囲内だ)
と内心で思った。
凛さん曰く、「手を付ける前に、ご連絡ください。」だ、そうだ。
「彼女たちは施設の隣接ガードハウスに住むことになります。24時間対応可能です」
と説明する。
タケルは「家近くか……プライバシーは?」と思ったが、世界のルールだと受け入れた。
恵子さんはヤマトを連れてピアノ室で簡単なレッスンを始め、
遥さんはムサシと柔道道場で軽く乱取り。
子供たちはすぐに懐き、タケルは少し離れて見守った。
(……子供たちが安心してる。
この世界、変だけど……悪くないかもな)
遅くなった朝食を済ませると、
ランドセルを背負ったヤマトとムサシをつれて、タケルたちは古民家を出た。
凛と担当セキュ女2人が少し離れて後ろを歩く。
俺から見ればのどかな農村であるが、
セキュリティ担当からすれば警戒が必要ならしい。
通学路は村の南側にある里山を降りる道。
古民家から小学校までは歩いて30分程度。
数学路は舗装されていない土の道が多く、両側に果樹園が広がっている。
柿の木が実を付け、みかんの木も黄色く色づいていた。
遠くに田んぼが続き、すくすくと育った稲がが風に揺れている。
古墳のシルエットが丘の上にぼんやりと見え、朝霧が薄くかかっている。
田舎の素朴な風景が、転移前の明日香村と重なるようで、懐かしかった。
久々の外出に、ヤマトとムサシは必要以上に動き回った。
ムサシは道端で石を拾って投げ、
「俺、先頭だ!」と走り出す。
ヤマトは草むらで小さな虫を見つけ、
「パパ!このバッタ、珍しいよ!」と興奮して追いかける。
タケルは二人の後を追いながら、
「危ないぞ!道から外れるな!」と声をかけつつ、笑っていた。
セキュ女の二人は、そのたびにハラハラとした表情で追いかけ、
「ヤマトさん、危ないですよ!」
「ムサシくん、いきなり走ってはいけません!」と追いつくことに必死だ。
俺から見れば男の子という生き物はこういうものだ。
腕白で無鉄砲で、やりたいことをやれるだけやる。
疲れたら地べたで寝てしまえ!
せっかく田舎に育っているのだから、元気に遊ばなければもったいない。
凛は後ろから静かに見守り、
「タケルさん……お子さんたち、元気ですね」
と微笑んだ。
道中、果樹園の農家のおばちゃんが手を振ってきた。
「新しい家族さん?双子さん可愛いわね〜」
と声をかけてくる。
ムサシが「おばちゃん、こんにちは!」と元気に返事し、
ヤマトは少し隠れながら「こんにちは……」と小さな声。
凛が「保護法です。接近禁止ですよ」と制止したが、
おばちゃんは笑って手を振るだけだった。
小学校に近づくと、校門が見えてきた。
タケルは双子の手を離して
「学校だぞ。思いっきり楽しんでおいで。」と言って送りだした。
ヤマトとムサシを守るため、セキュ女の恵子さんと、遥さんが二人の後ろを歩いて付いていった。
凛は説明担当として並んで歩き、
「タケルさん、今日は初日です。
学校のルールも厳しいですが、子供たちならきっと大丈夫ですよ」
と優しく言った。
「きっと友達できるさ。学校が終わる時間になったら、パパが迎えに来るから、頑張れよ」
そう言って大きく手を振って見送った。
さてさてこの暴れぼう2人、小学校でおとなしくしているかな?




