表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

第2章 保護局の美女と、あり得ない世界


タケルはベッドの上で固まったまま、凛の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

男性保護局。

明日香村山越が存在しない。


「……もう一度、ゆっくり説明してくれ」

タケルは声を絞り出した。

喉が渇いていた。

ベッドサイドの自動給水器が、音もなく透明なコップに水を注いでくれる。

凛はそれを軽く受け取り、タケルに手渡した。

彼女の指先が一瞬触れただけで、タケルは少しドキッとした。

(……こんな美女に触れられただけで動揺する俺って、相当ヤバいな)


凛はホログラム端末を空中に展開し、淡い青い光の地図と統計グラフを投影した。

グラフはゆっくり回転しながら、男性人口の割合を赤と青の棒で示している。

赤い棒が極端に短い。


「まず、あなた方がこの世界で『未登録』である理由からお話しします。

この世界では、男性の出生登録は100%義務化されています。

出生と同時に自動的にデータベースに登録され、生涯追跡されます。

それなのに、あなた方三人の記録が一切ない……これは、異常事態です。

政府ではこうした現象を『ジン・パーティクル』、通称『宇宙の落とし子』と呼んでいます。

突然、未登録の人間が現れる超常現象で、過去に数例しか確認されていません。

あなた方のような家族単位のケースは、前例なし……まさに奇跡です」


タケルはベッドの端を握りしめた。

「ジン・パーティクル……? つまり、俺たちはこの世界の人間じゃねぇってことか?」

頭が混乱する。

菜摘の言葉がよみがえる――「疑うことも大事だよ」。

今は、疑うどころか、すべてが信じがたい。

でも、双子は無事だ。

それだけが現実だった。


凛は頷いた。

「そうです。あなた方が『ジン事象』であることを前提に、この世界の常識をお話しします。

ここは、男性人口比が1:30の社会です。

男性は全体の約3.5%しかいません。

だからこそ、男性は『国家の貴重資源』として保護されます。

男性保護管は、位置情報・健康監視・接近警報を備えたデバイスです。

18歳未満は特に義務付けられ、女性からの強引な接近は重罪になります」


タケルは息を飲んだ。

「男性が……1:30? そんな馬鹿な……」


凛は静かに続けた。

「でも、この偏りは社会的に『自然』と受け入れられています。

ライオンの群れではオスが1頭に対してメスが複数いるのが普通ですし、

古典の『源氏物語』でも、主人公は多くの女性を愛していました。

生物学的・文化的に、当たり前のことです。

ただ、男性が貴重なことに変わりはなく、保護法が厳格です。

貞操観念は完全に逆転しています。

女性が積極的で、男性は慎み深く守られる側……それが常識です」


タケルは言葉を失った。

その時、ドアがスライドして開き、若い看護師がバイタルチェックの機器を持って入ってきた。

彼女はタケルの胸元を見て、目を輝かせた。

管を外しながら、指先でタケルの腹部を軽く撫でる。

明らかに、検査のためではない触り方だった。

指が腹筋の溝をなぞるように動き、ゆっくりと大胸筋の下まで滑る。


「わあ……患者さん、胸板すごいですね! でかい胸! 絶対腹筋割れてるでしょ♡

触ってみたい……あ、管外し終わりましたよ。動いても大丈夫です!

……本当、すごい体……」


タケルは一瞬固まった。

(なんか、やらしい触り方だな? ……でも、検査中だからか?

ラッキースケベってやつか? いやいや、こんな状況で何考えてんだ俺は……)


凛が即座に割って入った。

「ちょっと待ってください。

男性へのそういった発言と接触はセクハラに当たりますよ。

保護法第12条、性的対象化発言および身体接触の禁止です。

すぐに部屋を出てください」


看護師は慌てて手を引き、頭を下げた。

「す、すみません! つい……珍しい男性患者さんで興奮しちゃって……」

彼女は赤面しながら機器を片付け、すぐに部屋を出て行った。


タケルはまだ呆然としていた。

「……今の、何だったんだ? 腹筋撫でられて……」


凛はため息をついた。

「この世界では、女性が男性の体を『エロい』と想像するのは日常茶飯事です。

男性が少ない分、女性の欲求が強いんです。

だからこそ、保護法が厳格に適用されます。

……申し訳ありません。あなたが不快に感じたなら、すぐに報告します」


タケルはようやく口を開いた。

「……俺たちの世界じゃ、そんなことねぇよ。

男女比はほぼ均等だ。

セクハラをするのは主に男性側だし、男だけで生活していてもおかしくねぇ。

俺みたいに、妻を亡くして子供二人と三人で暮らしてるのも普通だ。

誰も『守られる側』なんて言わねぇし、女性がこんな積極的に体を触ってくるなんて……あり得ねぇ」


凛の目が少し広がった。

「男女比が均等……? セクハラが男性から……?

それは、まるで逆の世界ですね。

ジン・パーティクル事象で、別世界から来た可能性が高いです。

あなた方の存在は、政府としても極秘調査対象になります」


タケルはベッドの端を握りしめた。

「つまり……俺たちは、違う世界に来ちまったのか」

現実味が湧いてくる。

菜摘のいない世界で、双子を守ってきた。

今度は、この異常な世界で……。

胸が締め付けられるように痛んだ。


凛は頷いた。

「そうです。まずは落ち着いてください。

保護局が全力でサポートします。

では、お子さんたちをお連れします」


ドアが開き、中年の女医がヤマトとムサシを連れて入ってきた。

女医は双子を優しい眼差しで見つめ、まるで宝物を見るように微笑んでいる。

その視線は、ただの医者というより、深い慈しみに満ちていた。


「ヤマトくん、ムサシくん。お父さんのところに行っていいわよ」


ヤマトが真っ先に走り寄り、強がりながらも得意げに言った。

「ムサシってば、お父さんに聞かずに、オヤツ貰っちゃったんだよ?

チョコレートみたいなの! すっごく甘かった!」

色白の顔が少し青ざめていたが、笑顔で自慢している。


ムサシも続いて駆け寄り、 タケルのベッドに飛びついた。

「パパ……! 看護師のお姉さんたち、優しかったー!

お水くれたり、頭撫でてくれたり……」

色黒の頰に涙の跡が残っているのに、目は好奇心で輝いている。


タケルは二人を強く抱き寄せた。

「大丈夫だ。パパがいる。絶対に守るから」

双子を交互に頭を撫でながら、繰り返した。

「生きてるだけで丸儲けだろ? 俺たちは三人で、どんな世界でも生き抜く」


女医はベッドの横に立ち、優しい眼差しで三人を見つめていた。

「本当に……珍しいわね。双子の男の子だなんて」

彼女は小さく呟いた。

「この世界で双子の男児は、10,000回に1回あるかないか……。

0.05%以下よ。奇跡みたいな存在だわ」


凛が女医に軽く会釈した。

「ありがとうございます。では、続きを……」


タケルは双子を抱いたまま、凛を見た。

「で、どうなるんだ? 俺たちは……」


凛はホログラム端末に奈良県の地図を投影した。

「このままでは危険です。

奈良県内で保護施設を提供します。

明日香村近辺に適した古民家型施設があります。

生活支援、教育、警護はすべて無償です。

明日退院後、移送します」


タケルは少し迷ったが、双子の頭を撫でながら頷いた。

「……わかった。子供たちのために、この世界のルールに従う。

でも、俺たちは家族だ。誰にも邪魔させねぇ」


凛は静かに微笑んだ。

「了解しました。よろしくお願いします、タケルさん」


女医が優しく双子に声をかけた。

「もう少し休んでから、お父さんと一緒に帰りましょうね」

その眼差しは、まるで失われた宝物を見つけたような、深い愛情に満ちていた。


タケルは窓の外を見た。

廊下を歩く女性スタッフばかり。

遠くの街並みも、女性の姿が圧倒的に多い。

心の中で、菜摘の顔が浮かんだ。


(菜摘……この世界、どうやって生きていくんだ……)


双子がタケルの手を握り返す。

「パパ、一緒にいるよ」


凛が静かに部屋を出る背中を見送りながら、

タケルは小さく息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ