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第8話

宮殿奥、軍務用の会議室は、石造りの重厚な空間だった。


壁には歯車を模した装飾が埋め込まれ、天井近くを細い蒸気管が走っている。蒸気と油の匂いが混じった空気は、この部屋が「実務の場」であることを否応なく伝えていた。そこにはずらりと統一された軍服姿の軍人たちが座っていた。濃紺の生地に金属製の留め具。肩章と袖章には、それぞれの所属を示す記章。数が多い。思っていたより、ずっと。


アキトが入室すると、全員が一斉に姿勢を正した。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。将軍様。広場の催し、たいそう好評でしたなぁ」


制服を着た男性たちの中で、唯一の女性。

柔らかく、よく通る鈴のような声に、アキトは一瞬引っかかった。


(ん……なんかイントネーションが……)


大阪弁?いた、少し違う。


(京都弁? そんな感じか?)


断定できるほどの確信はない。ただ、耳に絡みつくような柔らかさが妙に印象に残った。


「情報局長の、サラ・シノミヤです」


そう名乗って、丁寧に一礼する。

年上だと、直感で分かった。声の落ち着きや、間の取り方が、同年代のそれではない。座る位置は離れているはずなのに、なぜかすぐ近くにいるように感じる。距離を詰めてくるわけではない。身を乗り出すことも、視線を絡めてくることもない。それなのに、意識だけをするりと持っていかれる。視線を向けられた瞬間、胸の奥がふっと浮く。ほんの一拍、呼吸の仕方を忘れる。


(……やば)


理由は分からない。ただ、目を逸らすのが惜しくて、気づけばじっと見てしまっている。

高嶺の花、という感じではない。むしろ逆だ。手を伸ばせば届いてしまいそうで、届いたら最後、引き返せなくなりそうな距離感。ちゃんと話を聞いてほしい。ちゃんと見てほしい。そんな欲が、いつの間にか先に立っている。視線を向けられると、なぜか落ち着かない。それだけは、はっきりしていた。


「ではすでに将軍様がご存知の方も多いかと思いますが」


ここはリョウカではなく、サラが仕切るらしい。


「まあ、そういうしきたりやしねぇ。第3代西ルガン共和国将軍に就任されました、アキト・カミシロ様に、西ルガンの軍幹部の方々を改めて紹介できたらと思います。」


最初に進み出たのは、体格の良い男だった。


「首都防衛隊隊長、マサヨシ・ババです。」


短く、低い声。感情は乗せない。

次に、年配の軍人。


「砲撃部隊司令、カネサダ・イトウ」


少し顎を上げ、ぶっきらぼうに名乗る。

続いて、眼鏡をかけた細身の男。


「工兵部隊統括、シン・ミヤザト」

声は淡々としている。


背の高い士官が続く。


「補給部隊責任者、サトシ・カガ」


その後も、名乗りは途切れない。


「歩兵部隊統括、ユウマ・サカキ」

「通信部門責任者、アオイ・フジタ」

「鉄道輸送隊指揮官、ケンジ・モリサワ」

「近衛兵団隊長 マモル・アライ」

「憲兵隊隊長 ギンジ・ワタナベ」


所属と名前だけ。説明はない。それでも、数と幅の広さだけで、組織の厚みは十分に伝わってくる。最後の一人が名乗り終えたところで、サラが軽く頷いた。


「以上、西ルガン共和国の幹部のみなさんを紹介させていただきました。」


一拍、間を置く。その間が、妙に長く感じられた。

サラは、そこで初めて本題に入る。


「では、現状の軍事体制についてご説明しますね」


空気が、切り替わる。


「現在、西ルガンの常設軍は総勢約1万名です。うち6割は敵国である東ルガンとの国境線の防衛につかせております。即応部隊は国内に1割程度。これは主に首都の防衛や治安維持、万が一の時の対応のために運用できます。残り3割をダルク帝国のの西方戦線に投入しています」


言葉が、淀みなく流れ出す。


「ダルクの戦争は3年前に始まりましたが、我が軍が展開されたのは1年前です。平和な時代が長く続き、実戦を経験したものも少なくなりました。技術面ではカカ、ダルク、アウリスにはやや劣ります。ですが、軍人はもちろんのこと、民間人も将軍様と西ルガンのためにその身を尽くす覚悟で、士気も練度も高く、日々研鑽を積んでいます。そのことから、西ルガンは軍事面においては地域屈指の大国だと言えるでしょう」


数字。部隊名。配置。情報が、次々に積み重なっていく。


「補給線は三系統。鉄道輸送と蒸気車両を併用していますが、老朽化した区間もあります」


「工兵部隊は、蒸気機関と配管の保守を優先。更新が追いついていない箇所は、今後の課題です」


説明は続く。専門的で、具体的で、容赦がない。

アキトは、思わず前のめりになる。


「……なるほど」


理解できているかどうかは別として、聞き逃すのが怖かった。

気づけば、質問が口をついて出ていた。


「国内の即応部隊は、どれくらいで動かせますか?」


一瞬、サラの視線がこちらに向く。その目に、ほんのわずか、愉しそうな色が宿る。


「最短で半日。確実を期すなら一日、ですね」

答えながら、ふっと笑う。


「よう聞いてはりますね、将軍様」

声が、少しだけ柔らかくなる。


「ちゃんと全体を掴もうとしてはる」

褒めるような、あやすような口調。そのせいか、アキトはさらに質問を重ねていた。


「補給線が切れた場合はどうですか?」

「蒸気機関の更新が遅れると、どこが一番影響を受けますか?」


サラは、一つ一つ丁寧に答えながら、答えられない質問には他の幹部に話をふった。

そして、質問のたびに、「ええところに目が行きますね」「さすがです」と、軽く言葉を添える。

背筋が、自然と伸びる横で、ひやりとした気配を感じた。


リョウカだ……

表情は変わらない。ただ、その視線は、静かで、冷たい。

サラは話を締める。


「以上が、現在の軍の概況です」


「ほんまは、幹部の皆さんから最先端の蒸気機動戦戦術についても説明してもらおうと思ったんやけど、予定よりも長くなってもうたし、こりゃまた今度にした方がええな」


戦術…… !聞いただけでワクワクする


「是非……お願いします!」


サラはにっこりと微笑んで、リョウカに目線を移す。


「ほな、近いうちにまた日程頼むわ」

軍人たちが一斉に姿勢を正す。アキトは全員を見渡し、短く言った。

「よろしくお願いします」


会議室を出るとき、サラが一歩だけ近づいてくる。

「今日は、よう質問してくれはりましたね」


声を少し落とす。

「頼もしい将軍さんやと思いますわ」


なぜか、返事が遅れる。


背後から、リョウカの視線を感じた。

振り返っても、何も言われない。

ただ、空気だけが、静かに冷えていた。

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