第4話
部屋を一つずつ紹介してもらうと、宮殿の奥の方に、とりわけ重厚な扉が現れた。
「この部屋が将軍様の居室です。奥方様も普段はこちらにお住まいです。」
入室を促されるが、アキトは躊躇してしまった。重たい。でもそれは重量の話だけではない。ごくりと唾を飲み込んだ。その横顔を一瞥すると、リョウカが代わりに扉を開けた。
どうも入らないという選択肢はないらしい。
部屋に入ると、空気が変わった。
冷たい乾燥した空気の中に、微かにバラの香りが漂った。
「将軍様!」
突然聞こえた声にビクッとする。
暗がりからゆっくり現れた女性は、曇りガラスを通じて差し込んだ柔らかな光に照らされた。
(……綺麗だ……)
ただ美しいだけではない。近寄りがたい凛とした空気を纏っていた。
アキトを視界に捉えた瞬間、その女性の瞳が小さく開く。
驚き、そして……ほんの一瞬の“怪訝さ”。
だがその微細な揺れは呼吸一つの間に消え、何事もなかったかのように、無欠の表情へ戻った。
「──ご無事で何よりでございました」
凛とした澄んだ声。けれどその奥に、ほんのかすかな震えを感じた気がする。
(……なんだこれ……緊張する……)
アキトは目が合わせられない。
かといって逸らしても、背中に視線が刺さるような気配がする。
美しく、しかし棘のある薔薇のような存在。
沈黙が落ちた。
耐えきれず、アキトはぎこちない声を出す。
「あ……うん。ありがとう……です」
──語尾がミオになってしまった。
沈黙から救いだすようにリョウカが割り込んできた。
「奥方様。周知のことではありますが、就任後の伝統に則り紹介させていただきます。
カミシロ将軍様。こちらは アサクラ家 の長女──旧名ミサキ・アサクラ 。婚礼後のお名前はミサキ・カミシロです。将軍様のお妃様であらせられます」
「ご紹介預かりました、ミサキです。この宮中の管理を預かり、あなた様の妃としてお仕えしております。改めて、よろしくお願いいたします」
礼の角度も、喋るテンポも、呼吸すらも無駄がない。
この国の礼法を全く知らないのに、完璧であることがわかる。
そして
(……隙がなさすぎる……)
怒っているわけでも、冷たいわけでもない。
どの角度からも崩れない、まるで絵画のような人だった。
だからこそ余計に怖い。また沈黙が落ちる。
アキトは逃げるように言った。
「す、すまん……任務が残っている。故にしばし……ここを失礼する」
(なんで僕、こんな古風な喋り方……)
恥ずかしさで頭を抱えたくなった。ミサキの返答は穏やかだった。
「まだ本調子ではないかと存じます。どうか……くれぐれもご自愛くださいませ」
そこにほんの微かな“棘”が混ざっていた。
それは気づかなければ気づかないほど、触れたら消えるような小さな違和感だった。
扉の外では、ミオが腕を組んで待っていた。
「おーい将軍様。もういいんすか? ……ですか?」
「……行こう。倒れてた分、仕事が山積みだろ」
胸のざわめきを悟られないように、アキトは歩き出した。
美しく、静かで、読めない──それがミサキとの初対面だった。




