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第28話

執務室の机に積み上がった、羊皮紙と報告書の束。アキトは、事務処理の合間に一つの項目に目を止めた。


『技術資材・土壌改善班(ナギア出身)計二名。現在、西部集積地にて試験稼働中』


「リョウカ、これは?」


「以前、将軍様が仰った農業技術の改善に向けた専門家たちです。先んじて現場へ投入いたしました」


「もう、来ていたのか」


アキトの胸に、微かな希望が灯った。痩せた土壌、迫りくる飢饉。

この行き詰まった状況を好転させる知恵の到着は、願ってもない吉報だった。


「直接、話を聞きたい。会わせてもらえるか?」


アキトの言葉に、リョウカはわずかに眉を動かした。


「……カミシロ様が自ら足を運ばれるほどのことではございません。現場の管理は私が責任を持って行わせております。将軍様は、より大所高所からのご決断に専念なさるべきかと」


彼女に悪気はないのだろう。ただ、将軍にこのような現場の「微細な管理」をさせること自体、自分の補佐としての落ち度だと考えている節があった。


「いや、僕が直接話を聞いて、それに応じて指示を出したほうが、必要なものをより早く手配できるかもしれない。」


「……。承知いたしました。すぐに外出の手配をいたします」


リョウカはそれ以上は反論せず、壁の真鍮製レバーを引き、気送管から吐き出された真鍮のシリンダーを受け取った

向かった先は飢饉の兆しが最初に表面化した、地方の集積地。銃を構えた兵たちが列を作っている。その中央に、二人の男がいた。


アキトは、その光景を前に足を止めた。


どちらも、明らかに“連れてこられた”格好をしていた。衣服は泥と脂にまみれ、首元や腕には新しい痣や、縄で縛られた跡が痛々しく残っている。


「名乗りなさい。将軍様がお聞きです」


リョウカの声が響く。感情の起伏を削ぎ落とした、一点の曇りもない仕事の声。


若い方の男が、びくりと肩を震わせ、搾り出すような声で言った。


「……ケンジ・ヨシダです。ナギア皇国、農学試験場所属……です」


続いての年老いた男が、低い声で唸った。

「……カツロウ・シマダだ。」


ナギア皇国の出身であることは報告書にも書いてあった。だが、西ルガンと決して関係が良いわけではない国から、同盟国であるカカ王国よりも安く専門家をどのように連れてきたのか。片隅にしかなかったその疑問は最悪の形で回答された。


「……この土地は、稲作自体は可能、です。ただ……」


ケンジは一歩前に出て、震える声で続けた。


「安定しません。山が多く、平地が少ない。過剰な伐採で土が痩せ、水を溜め続けられない。雨が少なければ干上がり、多ければ土ごと流れる。良い年はありますが……続きません」


アキトは、喉の渇きを感じながら問いかけた。

「……改善する方法はあるのでしょうか?」


「あるさ」


年を取っている方の男――カツロウが、泥のついた顔で鼻で笑った。低く、擦れた声。男はアキトを、値踏みするように睨み据えた。


「だがな――あんたじゃ、分かんねぇよ」


空気が、凍りついた。


次の瞬間、何の合図もなく、兵士の拳がカツロウの顔面を捉えた。


鈍い音。カツロウは地面に倒れたが、悲鳴は上げなかった。ただ、アキトを嘲笑うように、口内の血を泥の上に吐き捨てた。


アキトの中で、何かが静かに、残酷な輪郭を持って確定した。


――これは、事務処理の「結果」なんかじゃない。

――リョウカ、そしてこの国が彼らをここに引きずり出し、殴らせているんだ。


リョウカを見た。彼女は目の前の光景を無機質な目で見つめていた。止めもしない。

将軍に対する不遜な態度は罰せられるのが当たり前。


専門家は「資源」であり、逆らう資源には「加工」を施すのが当たり前なのだ。


アキトは、吐き気を堪えて、ゆっくりと息を吐いた。

「……話がある」


まっすぐリョウカに向けられたその声は、恐怖に震えながらも、初めて明確な不協和音を孕んでいた。

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