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第26話

急ごう」 アキトの言葉に、リョウカとミオが続く。

目的地は、宮殿付属の米倉だった。重い扉が開かれると、その奥でサラがすでに待っていた。


問いただすまでもない。こういう時、彼女は必ず“そこにいる”。


満たされているはずの倉庫には、冷たく乾いた空気だけが淀んでいた。


「……ありません」 担当官の声が、壊れた機械のように震えている。

「精査したところ、帳簿上で納品された数の三分の一程度しかありませんでした。それにも関わらず、帳簿通りの食料を供給に回した結果……米倉の在庫は底を尽きました」


空の俵。積み上がるはずだった空白。 数字と現実が、不快な音を立てて食い違っている。

「説明を」 短く告げると、リョウカが一歩前に出た。

「……物流の過程で、大規模な帳尻合わせが行われていました」


彼女は言葉を選びながら、淡々と続けた。 「一箇所ではありません。出荷量、輸送量、保管量……それぞれの工程で、“少しずつ”修正が加えられています。最終的に、誰も全体像を把握できない状態に陥っていました」


「原因は?」 リョウカがわずかに視線を落とした、その隙間に、サラが滑り込むように口を挟んだ。

「根っこは、農村にあるんやわぁ」

サラは空っぽの棚に指を滑らせ、すすを眺めながら続けた。

「確かに、将軍はんの改革で全体の生産量は増えた。けどなぁ、全部が全部、うまく取り入れられたわけやないんよ。……そんな中、将軍自らが成果を出せてへん村を訪問するって言うてはったやん? あれ、聞いた人らはどう思わはったやろねぇ?」


アキトははっとして、唇を噛んだ。

「……遅れている。無能だと思われる。責任を問われる。だから、帳簿を合わせたのか」


良かれと思った。だが、将軍という立場が持つ「重圧」を、完全に見誤っていた。

リョウカやミオ、サラとは毎日のように顔を合わせ、気兼ねのない関係を築けていると思い込んでいた。

だが、外の世界は違う。 あの時、手を震わせていた村長。あれが老いではなく、自分への「恐怖」だったとしたら。


(……僕の、せいだ) 信頼を築く前に、権威だけを振りかざしてしまった。後悔しても、時間は戻らない。

アキトはしばらく考え、そして震える声で決断を下した。

「……数字は、判断の根拠になる。だからこそ、改ざんは許されない。関わった者を処罰してくれ。そして二度と同じことを起こさせるな」


しばらくの間、遠くで響く歯車と蒸気の音だけが唯一の音だった。 それを切り裂くように、サラがゆっくりと、歌うような調子で喋り出した。

「……ほんまに、よろしいのん?」

頷きかけたアキトを制するように、サラは瞳の奥を覗き込んできた。


「リョウカちゃんも言うてはったやん、一箇所やないって。農村も、物流も、官僚も……今回の改ざんに、どれだけのもんが関わったと思てはる? ――全体の六割以上やわ」


その数字が、鉛のように胸に落ちる。 アキトは言葉を失った。処罰。先ほど口にした時、想定していたのはせいぜい一部の人間だった。 だが、六割。関わっている人間が、あまりに多すぎる。


再び沈黙が落ちた。誰も、急かさない。 歯車の軋み。蒸気の微かな唸り。時間だけが無情に過ぎていく。 アキトは脳内で盤面を何度も組み直す。見逃した場合。部分的に終わらせた場合。全面的に処罰した場合。 どれを選んでも、綺麗な結末など存在しない。


やがて、アキトはゆっくりと顔を上げた。 「……決断は覆さない」

一語ずつ、自分に言い聞かせるように。 「今回見逃せば、それは今後より大きな歪みになる。関与した者は……処罰する。一人残らずだ」


サラはもう一度、確かめるようにその目を覗き込んだ後、深く一礼した。 そして何も言わず、音もなくその場を去った。


空の米倉には、答えの出ない静けさだけが残った。

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