第23話
止まない雨はない。 その使い古された表現に反し、宮殿に降り注ぐ雨は煤を孕み、途切れることなく続いた。 窓の外では、立ち上る蒸気さえもが雨に叩き落され、世界を灰色に塗り潰している。
最初に届いたのは、カカ王国からの書簡だった。
封蝋は重く、使者の動きも早い。 西ルガン将軍の実兄、レイジ・カミシロの死に対する、深い哀悼の意。
それは形式的なものに留まらなかった。 ノヴァに向かう前、レイジはカカ王国に滞在していた。
直接言葉を交わす中で、彼が礼節を重んじ、将軍である弟を愛し、そして両国の発展を願う気持ちが、両国の間に刻まれた深い溝をも埋めたこと。
そのレイジを失ったことは両国の関係において多大なる損失であり、事件を断じて看過できない暴挙である。 そしてその責任は、残忍なタオヤン公国と、その同盟国であるノヴァにある、と。
レイジを弔うためにも、この暴挙に声を上げ、共に糾弾すべきだ。 ――アキトは、黙って最後まで読み通した。 怒りは、確かに胸の奥にあった。 だが、その感情の行き先が本当にタオヤンやノヴァなのか。 そして、それをどう扱えばいいのか、まだ分からなかった。
しばらくして、次の書簡が届く。 ダルク帝国からだった。 内容は簡素なものだった。哀悼、非難、国際社会としての対応。 どれも正しく、どれも形式に忠実な、体温の低い言葉だった。
その後、リョウカが共同声明文の打診をしてきた。 ノヴァとタオヤンを強く非難しながら、同盟国の連帯を示すもの。 用意された文面を、アキトは短く了承した。 拒む理由は思いつかなかった。そして、深く考える価値もないほど些細な問題のように思えた。
同時に、葬儀の準備が進められた。 日程、規模、参列者。 激しい雷雨が続いているにもかかわらず、すべてが滞りなく決まっていく。 止まることなく降り注ぐ業務も相まって、自分の中に巣食う感情に名前をつけ、整理する余裕もないまま、葬儀当日を迎えた。
宮殿の一室に設けられた式場に集まった人は、決して多くはない。
将軍アキトの唯一の兄弟。その本来の立場に到底見合う数ではなかった。 足元が悪いせいでもあるだろう。だが、それ以上に地位や名誉を嫌った兄の人柄を表しているようにも見えた。
集まった者たちの表情は、ほとんど変わらない。 それは、この国の風習も関係しているらしい。 度が過ぎた喜怒哀楽を示すことは良しとしない。感情を常に管理し、冷静に振る舞えることこそが大人の証だということが、観察していてわかった。 故に笑うことはもちろん、顔を歪める者は一人もいなかった。 ただ真っ直ぐ前を向き、一定のリズムで呼吸と瞬きを繰り返している。
そのため、本気で悼んでいるように見える者は、ほとんどいなかった。 だが、その自制が感情を上回るということは、心の中でも悼まれていない。そういうことにもなるような気がしてならなかった。 胸の奥に、小さな苛立ちが生まれる。
――本気で悲しんでいるのは、俺だけか?
そう思った直後、激しい嗚咽が聞こえた。 数人の女性が席を立ち、中央の通路に歩み出た。 肩を震わせ、涙を拭い、大げさなほどの悲嘆を撒き散らす。 それを見た瞬間、アキトは思わず引いた。
泣く女。 泣くことが憚られるこの国の民に代わり、葬儀で泣くことを生業にする者たち。 事前にリョウカから受けていた説明を思い出す。 ――違う。こんなことで、故人が喜ぶはずがない。
転生前に培ってきた経験や感覚が、目の前の光景を拒絶する。 その瞬間、ふと、ある考えが浮かんだ。
俺は、他人をどうこう言える立場なのか? レイジのことを、一体どれだけ知っている。 会ったのはせいぜい、二度か三度だ。 レイジは自分のことを小さい頃から知っていても、今アキトとして生きる自分が知っているレイジは、将軍に就任してからの数ヶ月分の記憶しかない。
忙しかった。将軍として、国のあらゆる責任を負っているのだから当然だ。 だが、思い返せば、こちらから会いに行ったことは一度もなかった。 反対があっても、収穫量が増えない農村の視察に行くことは承認した。 本気で望めば、いついかなる時でもレイジと会う機会はいくらでも作れたはずなのだ。
「薄情だ……」
思わず、呟きが漏れた。
ふと、視線を巡らせる。 リョウカの表情は、他の参列者同様に感情が全く読み取れない。 ミオはこの場でただ一人、視線の置き場が定まらなかった。葬儀のことなど頭にないことは明白だった。
サラを探すと、ふいに視線がぶつかった。 数秒間、見つめ合う。 彼女の瞳には、いつものような小悪魔的な光も、あるいは深い哀悼もなかった。 ただ鏡のように無機質な虚無だけがそこにあり、アキトは自分の動揺を透かされているような錯覚に陥った。
最後に目に止まったのは、ミサキだった。 葬儀場に差し込む、微かな光。 塵の舞う鈍色の光に照らされた彼女は、ただ静かに立っている。 他の参列者と同じ、仮面のような無表情。
だが、その頬を、一筋の涙が伝ったことに気づいたのは――アキトだけだった。




