第22話
外は、完全に夜だった。
低い雲が空を覆い、
月の光はどこにも見えない。
今にも大雨が落ちてきそうな、
重たい気配だけが漂っていた。
この宮殿において、静かな空間は存在しない。
歯車が回り、パイプから蒸気が時折噴き出る音。
決して大きな音ではない。
この世界に慣れ、無音に等しくなったはずのその音、
だが、歯車には雑音が多く混じるようになり、
蒸気の噴出も弱々しく、今にも止まってしまいそうに聞こえた。
昨日まで見えていた景色が全く別のように見える。
音も、色も、影も。
それはきっとリョウカがもたらした報せが原因なのだろう。
予定されていた閣議を、すべて中止する。
執務室へ戻る廊下を、アキトは足早に進んでいた。
その背後に、リョウカが無言で続いた。
扉が閉まったその瞬間、アキトの口が開いた
「どういうことだ」
低い声。
理性が機能せず、感情がそのままぶつかる。
「今の報告は……どういうことだと聞いている!」
アキトが振り返る。
その剣幕に、リョウカはたじろいだ。
「ご説明いたします」
形式的な言葉だった。
だが、声はわずかに硬い。
「兄君――レイジ・カミシロ様は、ノヴァ国際発着場にて――」
「殺された、だろう」
遮る。語気は強い。
「そこまでは聞いた。誰がやった!
「現在、実行犯と見られる人物は拘束されています
観光客として入国した男女2名です――」
「通り魔か?それとどこかの国が命じたのか?」
机に置かれた手に、沈黙。
ほんの一拍。
それだけで、室内の緊張が跳ね上がる。
「……わかりません…情報が錯綜しており…情報局と連携を」
一言一言、区切るような話し方だった。
まるで、次に何を言えばいいのか、
慎重に選んでいるかのように。
「不明、か」
アキトが、
低く吐き捨てる。
「はい」
短い返答。
ノヴァという国の治安はわからない。
レイジにどれだけの警備がついていたのかもわからない。
そもそも、レイジが外国に行ったことすら知らなかったのだ。
だが、偶然将軍の身内が通り魔に殺される。そんなことがあるのだろうか。
しかも犯人は1人ではなく2人。もっと大きな何かに巻き込まれたと考えるのが自然だ。
通り魔であるわけがない。
その可能性を捨てないリョウカに行き場のない憎悪をぶつけそうになる。
だが、踏みとどまった。自分とてその可能性を今考えた。
リョウカは聡明で、慎重だ。
可能性がわずかであっても、それが完全に消えるまでは言い切れないのだ。
きっと。
「……もういい」
アキトの声が、一段低くなる。
「引き続き、情報収集をしてくれ」
「……承知しました」
リョウカは、それ以上何も言わず、
一礼して部屋の外へと出て行った。
背中越しに、雷鳴が響く。
入れ違いに、軽い足音が部屋に入ってきた。
「おーい、なんかリョウカすごい顔してたな――」
ミオだった。
「にしても、今日の空、やばそう――」
「出ていけ」
溜め込んだ憎悪は行き場を見つけ、まっすぐミオに飛んで行った。
「……あ、はい」
恐怖に満ちた表情だった。
逃げるように部屋を後にし、
扉が閉まる。
直後。
雷が、すぐ近くに落ちた。
轟音が、宮殿を震わせる。
ほぼ同時に、
激しい雨音が叩きつけられた。
嵐が、西ルガンを覆った。




