第20話
ノヴァの発着場は、夜も明るい。
数年前、航空船を市民が利用できるようになってから、
遠い国への移動はずいぶんと楽になった。
それでも、すべての国が等しく便利になったわけではない。
西ルガンには、まだ発着場がない。
国外に出るには、
鉄道でカカまで移動し、
そこから空船に乗り換える必要がある。
遠回りで、手続きも多い。
だが、異国の地への旅はその手間をかける確かな価値がある。
2代目将軍は多くの子を残した。
そのような状態で後継者争いが起きるのは古代アリウス帝国も、
中世のカカ王国も、そして現代の西ルガン共和国も一緒だ。
幼き頃から歴史書を愛読していた自分は
後継者争いの輪には意識的に近づかなかった。
野心を見せない。
余計な発言をしない。
政治にも、軍にも、深く関わらない。
兄弟は多く、自分は年上の方だった。
本来の継承権は第三位。
それでも、好きなことばかりやった。
最初は変人のふり。ただの生存戦略。
だがいつの日か本物の変人となり、父の失望を買った自分は序列を下げられた。
国内では、ほとんど空気。
可愛がってくれるのは、昔からいるベテランの将校くらい。
だから、面倒な手続きさえ踏めば、昔は好きなだけ国外に出られた。
遠い国の空気を全身で感じることができた。
今は面倒だ。
兄弟や親族がいなくなった今の肩書は、
「アキト以外で先代将軍の血を引く唯一の人物」だ。
どこへ行くにもついて回る。
外国に行く、と言ったときの周囲の反応が、それを物語っていた。
よりによって、ノヴァ。
関係が良好とは言えない国だ。
渋い顔。
遠回しな反対。
説得には、かなり骨が折れた。
それでも、どうしても行きたかった。
理由は、単純だ。
まだ行ったことがなかった。
と言うのもあるが...…
――カカ国王が怖すぎた。
思い出しただけで、背中がぞわっとする。
心臓が止まるかと思った。
以前の自分なら、絶対にあんな場には立たなかった。
頭を下げる。
場を収める。
前に出る。
全部、自分のやる役じゃない。
でも、今回はどうしてもやるべきだと感じた。
アキトのために。
レイジは、小さく笑った。
「……まあ、あれだけ怖い思いしたんだし旅行くらい、ご褒美で行ってきてもいいよな」
誰に言うでもない独り言。
隣には袋がいくつも積まれていた。
「買いすぎかな……でも、驚くだろうし」
宮殿に持って行って、年下の弟が困ったように眉を寄せる顔を想像する。
国家の財産を無駄に使って、と小言をぶつけられるかもしれない。
アキトは頭がいい。
情報を正確に分析し、判断を違えない。
軍事、政治などあらゆる面において自分が持つことができなかった才能を持っている。
それでも。
あいつは、全部を一人で背負いそうになる。
でももしそうなれば、今の自分なら、
横で軽いことを言うくらいはできるかもしれない。
それで、少しでも息が抜けるなら。
「……兄貴の役目って、案外それだけでも十分なのかもな」
搭乗時間が迫ってきていた。
初めて訪れたノヴァ合衆国。
歴史の長い国ばかりを好んで訪れてきたが、この国は案外悪くなかった。
建物も、人も、
空気も、考え方も、
どこか軽やかで新しい。
そんなことを考えていたレイジの耳に、靴音が近づいてきた。
コツ、
コツ、
コツ。
反射的に、表情が引き締まる。
拳に力が入った。
だが、顔を上げると、そこにいたのは男女のカップルだった。
「観光ですか?」
声をかけられる。
「はい」
答えながらも、警戒は解けない。
「私たちも観光なんです。タオヤンから来たんですがね。いやー長旅でしたが、本当に来てよかった」
見るからに、害のなさそうな笑みを浮かべていた。
ふっと、肩の力が抜ける。
異国の地で心細くなり、同じ人種に話しかけてきた。
そんな感じだろう。
それは、自分にも覚えがある感覚だった。
「そうでしたか。帰り道も長旅になりますからね。
休めるうちにお互い休まないといけませんね」
にこやかに応じる。
男が、少し声を落とす。
「おくつろぎのところすみません。
実はさっき、とある女性から、あなたに贈り物を届けてほしいと頼まれまして」
一気に、警戒が戻る。
だが、
一度緩んだ感覚は、
もう戻らない。
「ここの言葉では、こう言うみたいです。
プレゼント(贈り物)です!」
防ぐ間も無く、顔に液体がかかった。
冷たい。
「……水?」
そう思った直後。
猛烈な熱。
焼けるような痛み。
息ができない。
声も出ない。
溶ける。
視界も、感覚も、
一気に崩れていく。
遠くで、人の騒ぐ声がする。
靴音が重なり、誰かが叫んでいる。
もう、目は見えない。
どこかで、
「違う……ただ驚かすだけだって、知らない女の人が……!」
と、必死な女性の声が途絶えた。
偶然ではない。
選ばれたのだと、すぐに分かった。
アキトの顔が浮かぶ。
――土産、渡せなかったな。
そんな、どうでもいいことが、最後に浮かんだ。
――でも、
少しは楽にしてやれたかな。
そこから先の記憶は、一分も持たなかった。




