第13話
執務室に差し込む光が、いつの間にか夕方の色になっていた。
机の上には書類が積み上がっているが、以前ほどそれを重くは感じなくなっている。
最初の頃は、署名一つにも妙に緊張していた。今は違う。
内容を追い、意味を考え、必要なら止める。それが自然にできるようになってきた。
「将軍、次の定例報告です」
リョウカが書類を差し出す。いつもと変わらない、淡々とした口調だった。
内容を追っていく中で、一つだけ目に留まる項目があった。
「カカから、使節団?」
「はい。将軍就任のお祝いのためです」
儀礼的なもの、とリョウカは続ける。形式的な会談で、特別な議題は予定されていない。
カカという国は話題に出ることが多い。
西側の隣国で、広く国境を接している。
最も友好的な国一つで、経済や産業での結びつきが深い。
南方のタオヤン公国と対立関係にあるが、圧倒的な国土の差がありながら、軍事的に征服をするような動きは見られない。
話を聞きながら、アキトは机上の資料に目を落とす。会談に向けた形式確認の一環で添えられていた条約文だ。流し読みのつもりだった。
だが、いくつかの条項で、指が止まる。
通行権。
関税。
資源取引に関する取り決め。
一見すると普通の条件の中に、時折、釣り合っているとは言い難いものが混じっているように思えた。
「カカ王国って強いのかな」
「無論です」
リョウカはそう答える。
「ノヴァの連合に対抗することができる数少ない国です。その広大な国土に見合った人口を背景に、産業や技術の面でも進んでおります」
「もし戦えば西ルガンは負けるのかな」
その問いに対してリョウカはしばし考え込む。そして口を開いた。
「カカ王国は長年の関係から敵国としては想定されておりませんので、軍部でも正確なシミュレーションは行っていないかと思います。ですが、もし刃を交えるとなれば」
アキトの目を真っ直ぐ見据えて言葉を続けた。
「我が国に敗北はありえません。必ず西ルガンが勝つでしょう」
アキトの中で、考えがまとまっていく。
リョウカは軍の専門家ではない。国土は大幅に大きい。
だが、単純な軍事においてであれば大きな力の差があるわけではないということか――。
戦争とは往々にして国家の存亡をかけたものになる。それは事実だ。
だが、最後の町を征服し、最後の兵士を倒して、初めて相手の国を屈服させる。
その特徴はゲーム性、エンタメ性を重視したゲームに限る。
リアリティを重視したものであればあるほど、
国同士の戦いは総力戦ではなく、局地戦、長期戦ではなく、短期戦になる。
そして力が拮抗しているのであれば
不平等を強いられる筋合いはないな――
管理者がいうように、本当にこの国が最高難易度なのであれば、、相応の課題がおそらくあるのであろう。
だが、数々のゲームを最高難易度でクリアしてきたものとして逆境の方が断然燃えてしまうのだ。
「将軍様」
リョウカの声で、自分が長い時間考え込んでいたことに気づいた。
「分かってる。明日は外交の場だ。交渉の場ではない。あらゆるケースを想定しただけだよ」
アキトはそう答えながら、本心は異なる。
何も言わなければ、何も変わらない。
定石通りでは最高難易度は攻略できない。
常識破りの発想、アクロバティックな動き。それこそが攻略の糸口になるのだ。
普段ならば迷う場面ではない。画面の中でいくら諌められようと、自分の感覚を信じてきた。
だがこの限りなくリアルに近いシミュレーションゲームでは、諌める言葉は直接誰かの顔から。
その口から投げかけられる。そうすれば、判断が鈍る。慎重になってしまうのかもしれない
(これじゃ勝てないよね)
形式に終わらせるより、一歩踏み込んでしまおう。
そしてこの覚悟は誰にもいうべきではない。アキトはそう結論づけた。
「準備を進めてくれ」
「承知しました」
いつものようにリョウカが応じる。
執務室に静けさが戻る。
就任の挨拶。次の仕事。
一見何も変わらない日常の中、アキトは密かに、強い覚悟を宿した。




