第12話
執務机の上に積まれた報告書に、アキトは目を通していた。
以前なら、決められた箇所に署名をして終わるだけの書類だ。定期報告。ルーティンワーク。だが、最近は違う。
(どうせ目を通すなら、ちゃんと考えたい)
そう思うようになったのは、自然な流れだった。自分の判断で、国が動く。それが、悪いことだとは思えなかった。農作物の生産報告。地域ごとの収穫量が、整然と並んでいる。
アキトの指が止まった。
「リョウカ」
「はい、将軍様」
「この生産量だけど……どの地域も、ほとんど同じなんだな」
「はい」
リョウカは即座に答えた。
「区域の大きさと気候条件がほぼ同一です。耕作面積も統制されていますので、収穫量も大きくは変わりません」
理屈としては納得できる。条件が同じなら、結果も似通う。それでも、アキトは首を傾げた。
「でもさ。生産方法とか、工夫次第で、もっと収穫量は伸ばせるんじゃないかな」
アキトの言葉に、リョウカは一拍置いた。
「……私は農業の専門家ではありませんので、分かりかねます」
即座に否定はしない。ただ、距離を取る言い方だった。アキトはそれを受けて、頷く。
「うん。僕も専門じゃない。でも、専門じゃなくてもできることはあるはずだと思うんだ」
資料から視線を上げ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「例えば、うまくいっている地域のやり方を集めて、全体に共有する。それだけでも、現場の工夫は広がると思う」
リョウカは黙って聞いている。
「改善が見られた地域には奨励金を出す。成果が出れば、生活が少し良くなる。そういう実感があれば、やる気も変わるんじゃないかな」
そこまで言って、リョウカが口を開いた。
「……将軍のご負担が増えます」
はっきりとしたブレーキだった。
「将軍様の責務は多岐に渡ります。地方視察を常態化させることは現実的ではありません。」
正論だ。アキトも、それは理解していた。少しだけ間を置いてから答える。
「そうだね。確かに、全部を自分で見るのは無理だと思う」
それでも、言葉を続ける。
「でも、今は任せられる人がいる」
リョウカの目を見て、静かに言った。
「リョウカも、サラも、他のみんなも優秀だ。だからこそ、今のうちに、声が届きにくい地方に直接行って、話を拾いに行きたいんだ」
机に置いた資料を軽く指で叩く。
「判断が必要になる場面は、きっとこれから来る。こんなことをする余裕がなくなる。だからこそ後回しになりそうなことに今のうちに取り組みたいんだ」
現場を知る。何が足りていないのかを、自分の目で見る。
「えっと… どうかな?」
リョウカはしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。
「……分かりました」
完全な賛同ではない。だが、理解は示している。
「そのように手配いたします。将軍様」
そして、ほんの少しだけ柔らいだ声音で付け加えた。
「さすがです」
その言葉に、アキトは照れたように視線を逸らす。
「いや……やってみたいだけだよ」
だが内心では、確かな手応えを感じていた。
施策は、すぐに各地へと伝えられた。
好事例の共有。
奨励金の支給。
この数ヶ月後には収穫量が増える地域が現れ、報告書の数字が動き始めることになる。改善は、誰の目にも明らかだった。
――将軍が見ている。
そんな噂とともに、アキトの名は首都の外へと広がっていくことになるが、それはもう少し先の話。
明るい未来を信じながら、アキトは机に背を預けた。
署名するだけだった仕事に、自分の考えを持ち込む。それが、国を動かすことにつながるのだ。




