最終話 【境界】
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——警察。
——救急。
——報道。
その後、ミサキは言葉にならない声で通報して保護されていた。
通報の内容は支離滅裂で、要領を得なかった。
ただ、人の死を連想させる言葉に警察の対応は早かった。
まずは救急車で病院へ、軽傷と判断され、警察に引き渡された。
そして警察や、どこから聞きつけたのか報道関係者からも何度も同じ質問を受けていた。
「あの場所で、何をしていた?」
「一緒にいた人数は?」
「その全員の名前は?」
「どこで、はぐれた?」
「地下の入り口は?」
ミサキは、答え続けた。
—— ヒナ。
—— タマキ。
—— リョウ。
—— レイコ。
—— タケル。
全員、確かに“いた”
自分は、嘘をついていない。
しかし、捜査として幾度も警察が廃病院内、その周辺を捜索したが ——
「地下は、存在しませんでした」
担当の刑事が、淡々と告げる。
「地下はありません。構造上、物理的に不可能です」
ミサキは、何も言えなかった。
「名前の上がった五名も確認できていません」
「遺体も、痕跡もありません」
「血痕すら、確認できない」
——「あの晩、一人でなぜ廃病院なんかに?」
配信は、編集されたものではないと認められた。
ニュースでも大々的に報じられ、ネットでも大きな騒動になった。
実際に見ていた数百人以上の同席視聴者の声もあった。
それなのに、そこに繋がる現実が、跡形も。
どこにもないのだ。
唯一残された、痕跡。
リョウのハイエースも、所持者不明の放置車両とされた。
それから —— 数ヶ月の時間が過ぎた。
ニュースは、すでに別の事件に移っていた。
ネットでも都市伝説として語られる程度になり
人々からも忘れられていった。
ミサキは、自分の正気を疑った。
だが、確かにみんないた、それは鮮明だ、忘れない。
そして、日常に戻った。
戻るしかなかった。
夜、時々、地下の夢を見る。
今は、あの夜の出来事が、本当に現実だったのか曖昧だ。
それでも忘れられない。
脳裏に刻まれてしまった。
—— 名前。
だが、それは呼ばない。
それだけは、絶対だ。
ある日、知らない番号から電話に着信が来た。
「……あ、はじめまして‼︎ タケルの友人の、タツヤっす」
軽い声。
「ちょっとミサキさんに今回の件で一度、話がしたくて、お時間作れます?」
胸が、ざわついた。
「タケルの……?」
「はい、彼の部屋があるんすが、そこで話しを聞ければと思いまして」
「ナンパじゃないっすよ‼︎」
とても信用できない、軽い言葉。
胡散臭い — そんな印象が強かった。
でも、その誘いを断わる事ができなかった。
「わかりました、行きます」
もはや存在すら消えかけた、あの日の仲間たち。
その痕跡がひとつでも見つかればと、即答していた。
タケルの事は分からないままだったからかもしれない。
リョウと揉み合いになったことは覚えている。
その後、暗転してからは行方不明だ。
出口への矢印、そしてノート。
タケルの痕跡はあった、確実に。
「もしかしたら……」
再会への淡い期待と、ノートに書かれた事への追究に思考が混乱する。
———— 都内の、古いマンション。
タケルの友人を名乗る、タツヤという男から
電話口で伝えられた住所に到着した。
エントランスは、きれいに整っている。
だが、エレベーターを降りた瞬間。
匂いが変わった。
コンクリート。
湿気。
懐かしい重さ。
到着すると、見計らったように部屋のドアが、開く。
「どうぞ、待ってましたっす」
タツヤと名乗る男は、普通だった。
普通すぎる、大学生の風貌。
部屋の中も、一見、普通のワンルーム。
だが。
—— 何かがおかしい。
床が、わずかに沈む。
壁の角度が、合わない。
天井が、高すぎる。
ミサキの喉が、鳴る。
「……ここって」
「そうっす」
タツヤは、軽く微笑んだ。
「タケルの部屋っすよ」
棚に、写真があった。
グループ写真、に見えた。
配信の、あの日。
廃病院の前。
写真を撮った記憶はない。
だが——違和感に気づく。
場所は確かに廃病院の前だが、写っているのは、二人だけだ。
リョウのハイエースと、廃病院を背景に撮られた一枚。
映っているのは、ミサキと、タケル。
被写体が二人だけなのに、妙に引き気味のアングル。
もっと多い人数で撮るときの画角だ、まるで後から消されたような。
「…この写真…他の人は?」
タツヤは、首を傾げる。
「他?」
心臓が、強く打つ。
「ヒナは?」
「……誰っすか?」
「タマキは?」
「わからないっすね」
——リョウ。
——レイコ。
全部、首を振られる。
「え… 配信の時、最初から二人っすよね?」
———— 世界が、静かに傾く。
———— 空間が、視界が、歪む。
「…あの…タツヤさんは?」
震える声。
「誰っすか?」
タツヤは、少し考えてから言った。
「……必要でした?」
途端に、タツヤの輪郭が薄くなる。
次の瞬間。
タツヤは朧げに消えた。
そして——
部屋が、地下に、あの日の、あの場所になった。
廃病院の地下。
あの場所、あの空間。
—— 円。
—— 文字。
—— 裂け目。
タケルが、そこに立っている。
あの日の配信中と、同じ笑顔。
「おかえり、ミサキ」
声は、優しい。
「……君は、ちゃんと“呼ばなかった”ね」
ミサキは、後ずさる。
「だから、成立したんだ」
「……何が」
タケルは、少し困ったように笑う。
「—— 境界」
「俺は、ミサキが考えてる存在……外なるものだよ」
「でも、それは本質じゃない」
彼の、タケルの輪郭が、揺れる。
人でも、神でもない。
「他の人たちは?」
「……役割」
淡々とした答え。
「君が耐えられるように、必要だったんだよ」
「存在するのは、最初から君と僕だけ」
ミサキは、気づく。
自分は、まだ呼んでいない。
名前も、
意味も、
役割も。
タケルは、それを待っている。
—— 今も。
—— ずっと。
部屋は、閉じている。
だが、出口はある。
目の前に広がるのは間違いなく、あの日の、地下の空間。
ただ自分の背後にあるのは現実の、マンションの玄関のドア。
外なるものは、呼ばなければいい、はず。
ミサキは、息を整える。
まだ、締めではない。
これは——
続いている話だ。
背後のドアを開けた瞬間、ミサキは走った。
廊下。
非常階段。
段数を数えない。
振り返らない。
鍵も、ノブも、音を立てない。
やっと外に出た。
——はずだった。
そこに、マンションは、世界は、なかった。
いや、違う。
その表現は正確じゃない。
なにもない。
そう。
道路も、
街灯も、
空も。
あるのは、
黒だけ。
上下も、
距離も、
分からない。
足元に、
感触がない。
「……っ」
息が、白くならない。
音が、返ってこない。
完全な、世界の外——
「ここまで来たのに」
背後から、声。
振り向かなくても、分かる。
「逃げるの、上手だね」
タケル。
そう呼んだ瞬間、世界が、わずかに“固定”された。
黒が、
床になり、
壁になり、
空間になる。
ミサキは、はっとする。
「……あ。」
気づいてしまった。
今まで、何も疑問に思わなかったこと。
「タケル、って」
声が、震える。
「……どうやって、知り合ったんだっけ」
当然のように、輪の中にタケルが居たことで気にもならなかった。
返事は、すぐに来なかった。
「覚えてないの? 酷いなー」
黒い空間の奥で、何かが止まる気配。
ミサキは、一歩だけ前に出る。
——逃げない。
——見ない。
でも、問いは向ける。
「……あなたは誰なの?」
———— 沈黙。
—————— 長い。
———————— 重い。
そして。
「……それを聞くんだ」
タケルの声は、初めて揺れていた。
「だから、外なるものだよ」
「……違う、あなたは何者なの」
ミサキは、正直に言う。
「難しい質問だね、でもミサキはもう分かってる」
介護士として、人の最期に立ち会う時。
最後に残るのは、名前だ。
「呼ばなければ、終わらない」
タケルが言う。
「呼んだら?」
「……終わる」
ミサキは、目を閉じる。
逃げ続けることもできた。
境界に立ち続けることもできた。
でも。
それは、永遠に終わらない。
「……教えて」
その言葉を待っていたようにタケルは優しく頷く。
視界が黒く染まる。
目を瞑ったわけじゃない。
黒が、音を持つ。
言語に近い何かが、空間を満たす。
日本語ではない。
でも ——
日本語より近い。
喉が、焼ける。
脳が、拒否する。
それでも、意味が落ちてくる。
ミサキは、それをハッキリと受け取ってしまった。
ミサキは、口を開く。
—— 一音目で、世界が悲鳴を上げる。
—— 二音目で、距離が崩れる。
—— 三音目で、タケルという輪郭が消える。
それでも、最後まで呼んだ。
——外なるもの ——その真名を。
その瞬間。
黒が、終わった。
音も、
光も、
概念もない。
ただ、確定だけが残る。
呼ばれたものは、外ではいられない。
呼んだ者は、戻れない。
どちらが勝ったのか、意味はない。
勝ち負けではないのだ。
物語は、ここで閉じる。
ミサキが、最後に呼んだことで。
外なるものの真名を。
読んだことで。
この世界に、喚んだことで ——
——————— ア ラ ハ バ キ —————と。
————————— 認識災害 へ続く———————
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————————— アラハバキとは?———————
202X年/4月/2X日 ウィ◯ペディアより抜粋
主に、東北地方から関東地方にかけて信仰されてきたとされる。
古事記や日本書紀などの神話には一切登場しない謎多き古代の神です。
縄文時代から信仰されてきたとされているが、詳細や起源は不明。
もともとその土地に祀られていた地主神が、後に来た神に地位を奪われ
末社や境内の隅や、外に追いやられた「主客転倒」の典型例とされています。
神話に登場しないにも関わらず、出雲大社や、伊勢神宮などの重要な神社の末社に今でも ——「隠れ神」として祀られています。
その神名の由来は、古代言語の「ハハキ」から転じたとされ、蛇との関係が深い蛇神であることから、アラハバキは蛇神であるという説もあります。




