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境界を呼ぶもの 前編 -現実反転-  作者: ミッチー


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第四話 【狂気】



三人で進む通路は、さっきよりも確実に奥へ向かっていた。


病院の地下というより、地下に飲み込まれた何かの内部を歩いている感覚。


「タマキ‼︎ レイコ‼︎」


ミサキが大声で呼ぶ。


だが、返事はない。


代わりに、かすれた音が聞こえた。


——擦れる音。


——引きずる音。


「……聞こえた?」


リョウが小さく言う。


タケルは頷いた。


「すぐ近くからだ」


その言葉に、ミサキの心臓が跳ねる。


曲がり角を一つ越えた先。


ライトが、何かを照らした。


最初に見えたのは、ビデオカメラだった。


立てかけられた三脚の、すぐ側の床にカメラは落ちている。


レンズは、天井を向いている。


「……タマキの……」


理解してしまいそうで、胸に痛みさえ感じさせる。


次に見えたのは、脚。


ありえない方向に、折れ曲がっていた。


「……やめて」


ミサキの声は、ほとんど音になっていなかった。


全身が見えた瞬間、理解が追いつかなくなる。


理解できないのではない。


理解したくない光景が視界に映っている。


タマキは ———


立ったまま ——


崩れていた ——


壁にもたれ、背中を反らし、口を大きく開けている。


叫んだ跡、のような。


なのに、声は残っていない。


首は、ヒナと同じように折れていた。


だが、違う。


ヒナは“拝まされていた”


タマキは——


何かを見上げていた。


目は、見開いたまま。


白目が、異様に多く見える。


指は、壁を引っ掻いた跡がある。


逃げようとした。


でも、逃げられなかった。


「……人間技じゃないのは確定だな」


タケルが、眉間にシワを寄せて静かに言う。


「これは……」


リョウも言葉を探しても見つからない様子だ。


ミサキは、落ちているビデオカメラを見た。


赤いランプが、まだ点滅している。


「……配信?」


タケルが首を振る。


「違う。これは録画してる」


確認しなければ、その責任感に似た感情でビデオカメラを操作する。


録画を停止して、ごくりと喉を鳴らしながら再生ボタンを押す。


画面には、タマキの顔が映っていた。


恐怖で歪み、笑っているようにも見える。


「助けて、って言ってる」


ミサキの声が震える。


でも、音は入っていない。


叫びは、途中で奪われていた。


ミサキは、耐えきれず視線を逸らした。


胃が、ひっくり返りそうだった。


途端にこの場にいないレイコへの心配の感情が積もる。


すぐにでも、探しに進まなければならない。


それは、みんな同じ考えだったのだろう。


「……置いていけない」


リョウが悔しそうな表情で言う。


「でも、連れてもいけない」


現実的な言葉だった。


タケルは、少しだけ目を伏せた。


「……鎮める場所は、生きている人間を“正気のまま”通さない」


ミサキは、その言葉を覚えた。


正気のまま。


それが、どれだけ残酷な条件か。


三人は、タマキをその場に残して進んだ。


背後で、立てかけられていたビデオの三脚が倒れる音がした、気がした。


誰も振り返らなかった。


————


それから、どれくらい歩いたのか分からない。


時間の感覚が、薄れていく。


「……声」


ミサキが立ち止まる。


すすり泣くような音。


近づくと、床に座り込んだ人影が見えた。


「レイコ……?」


彼女は、壁に背を預け、膝を抱えていた。


髪は乱れ、ネイルは剥がれ、目は焦点が合っていない。


「……ねえ」


レイコが、笑った。


「これ、ドッキリだよね?」


誰も答えられない。


「みんな、グルでしょ?」


声が、急に低くなる。


「……あたしだけ、仲間外れ?」


ミサキの喉が、詰まった。


レイコは、完全に正気を失っていた。


かろうじて会話ができる程度、本来のレイコとはまるで別人の状態だ。


「歩ける?」


リョウが優しく聞く。


レイコは、首を横に振る。


そのまま、動かない。


「……俺が担ぐ」


リョウは即座に言った。


迷いがない。


「無理しないでよ」


「無理する」


短い会話。


どこか安心した顔をしたリョウは、レイコを背負い、再び歩き出した。


三人と一人。


足音は、重くなった。


しばらく進むと天井は洞窟のような岩肌なのに、床や壁は人工物。


廃病院の時のような風景になってきた。


そして通路の先に、広い空間があった。


地下にあるはずなのに、天井が見えない。


ライトを向けても、闇が吸い込むだけだった。


「……ここ」


タケルが、足を止める。


「多分、この辺の中心っぽいね」


その広い空間の床には、円が描かれていた。


——塩。

——血。

——煤。


どれもが混ざり、意味を失った色になっている。


円の内側には、日本語とも、そうでないとも言えない文字。


だが、なぜか読める。


「……よばわるな」


ミサキが、声に出す。


その瞬間、空気が一段、重くなった。


「読むな……」


タケルが、珍しく強い口調で言った。


「おそらく、ここに祀られてるのは、神社にいる“神”じゃない」


リョウが、おもむろに壁を照らす。


そこには、壁画のような絵があった。


人を描いたものではない。


だが、人の形をしている。


首が多い。


手が多い。


それなのに、どれも正しい位置にある気がしない。


「…多頭の…龍? …ヤマタノオロチ?」


リョウの問いに、タケルは首を横に振る。


「似せてるだけじゃないかな」


「何に?」


「“理解できるもの”に」


その言葉が、背中に冷たく落ちた。


「日本神話とかには、名を与えられなかった存在が沢山いる」


タケルは、淡々と続ける。


「祓われたわけでも、倒されたわけでもない」


「ただ、物語に入れられなかった」


床の円の中央に、何かがあった。


——石。オブジェ?のような


いや、違う。


——骨。何かが白骨化したもの?


人のものではない。


だが、人の“構造”を知っている形。


「古い時代、この手の存在は“荒御魂”として処理されてたらしい」


「小さい社を建てて、信仰するでもなく、ただ鎮める為だけの…」


「でも、荒御魂ですらないものは?」


ミサキが、息を呑む。


「……外」


リョウが静かに言った。


タケルは、その言葉を否定もしなかった。


「外から来たものに、日本語の神名は与えられない」


沈黙 ——


ミサキの頭に、ヒナの死が浮かぶ。


拝まされていた姿。


タマキの死。


見上げさせられていた姿。


「……順番」


ミサキが、ぽつりと言う。


「拝む、 見る、 壊れる」


誰も否定しなかった。


その沈黙の中、リョウの背中で、レイコが小さく震えた。


「……やめて」


声が、かすれている。


「……言わないって、決めたのに」


ミサキは、そっと近づく。


「無理に話さなくていいよ?」


レイコは、笑った。


目を見開いて泣きそうな笑顔。


「……目、だった」


全員が、息を止める。


「目が、いっぱいあるの」


「でもね……」


レイコは、天井を見た。


「どの目も、こっちを見てないの」


喉が、ごくりと鳴る。


「見てないのに、見られてるって分かる?」


タケルの指が、わずかに震えた。


「名前を、呼ばれた」


ミサキは、思わず叫びそうになる。


「……誰に?」


「知らない」


 即答。


「知らないのに、知ってる声だった」


レイコは、目を閉じる。


「ヒナの真似してたよ」


空気が、凍る。


「タマキの声も、出してた」


ミサキの膝が、崩れそうになる。


「……あれは、神様なんかじゃない」


レイコは、震えながら言った。


「呼ばれたら、終わり」


中心の円から離れようとした、その時だった。


「……呼んで」


レイコの声。


誰の声でもない。


でも、誰の声でもある。


「呼んで、って言ってる」


レイコは、笑っていた。


「名前、知ってるでしょ?」


ミサキの頭の奥で、言葉にならない音が蠢いた。


日本語ではない。


けれど、日本語よりも“近い”


そのまま口に音として出せば、自分の輪郭が崩れると分かる。


「ダメだ」


リョウが、即座に遮る。


「ここは、呼ばせるための場所だ」


彼は壁の絵を指さす。


「見ろ。全部、“聞く姿勢”だ」


耳を持たないはずのものが、耳の形をしている。


「神話に残らなかった理由は、単純なんだ」


話し出したタケルの声が低くなる。


「名を与えた瞬間、こちら側に入ってしまう」


「だから、あれは“外”で居させるしかなかった」


ミサキは、理解してしまった。


ヒナは——— 拝む役にされた。


タマキは—— 見る役にされた。


そして今。


「……次は」


自分の喉が、ひくりと動く。


「呼ぶ、役?」


タケルは答えない。


答えられない。


「みんなゴメン……本当は、ここに来る前から知ってた」


タケルが、静かに言った。


全員が彼を見る。


「古い民俗資料に、この病院の前身が載ってた」


「病院になる前、ここは“隔離所”だった」


ミサキは、嫌な既視感を覚える。


「病気?」


「違う」


 タケルは首を振る。


「呼ばれた人間の隔離」


 ——沈黙。


「正気を保ってる間に、閉じ込めるしかなかった」


「それでも、完全には防げなかった」


タケルは、リョウに背負われたレイコを見る。


「……レイコは、“途中”まで行ってる」


その言葉を聞き終わると同時にレイコが、急に笑い出した。


「ねえ、リョウ」


甘えるような声。


レイコを背負っているリョウの体が、強張る。


「……なに?」


「覚えてる?」


レイコは、ゆっくり顔を上げる。


「高校の時さ、いじめられて誰も味方いなかった時」


「…………」


「一回だけ、あたしの前に立って庇ってくれたよね」


リョウは、何も言わない。


「今度はさ————」


レイコが、リョウの背中から降りて立とうとする。


足が、もつれる。


「今度は、一緒に立とうよ」


次の瞬間。


レイコの手が、リョウの首に伸びた。


力は弱い。


でも、迷いがない。


剥がれかけた不揃いのネイルがリョウの首に食い込む。


「やめろ!」


リョウが、咄嗟に身を大きくよじり突き飛ばす。


ほんの、反射だった。


——鈍い音。


レイコの後頭部が、壁から出ている突起の縁に当たった。


一瞬、時間が止まる。


レイコは、驚いた顔のまま崩れ落ちた。


「……ぁ」


声にならない声。


ミサキが駆け寄る。


だが、もう遅い。


もうレイコの目は、何も映していなかった。


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