第三話 【核心】
しばらくして ——
五感が戻る ——
確かに今まで立っていた、でも今は横になっている。
ただ、どれだけの時間が経ったのか分からない。
冷たい。
背中に、石みたいな感触がある。
「……っ」
ミサキは身を起こした。
暗い。
でも、さっきの闇とは違う。
天井が低い。
壁が近い。
地下室、のような。
どこからか、微かに湿った匂いがする。
土と、古い木と…お線香?
「ひとり……?」
声が、やけに大きく響いた。
胸が苦しくなる。
泣きそうになる。
でも、介護士として覚えた癖が、体を動かした。
———まず、呼吸。
———次に、動けるか確認。
立てる。
歩ける。
相変わらず圏外のスマホを取り出して、ライトをつける。
「……大丈夫、大丈夫」
誰に言っているのか分からない言葉を口にして、ミサキは歩き出した。
廊下のような通路を抜けた先で、人影があった。
「……ミサキ?」
低い声。
「リョウ……!」
リョウは無事だった。
少し顔色は悪いけど、怪我はないようだ。
思わず駆け寄る。
リョウも、スマホのライトだけを頼りにしていた。
顔色は悪いが、冷静さは失っていない。
「無事でよかった……」
「同感……」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
「みんなは?」
ミサキが聞く。
リョウは首を横に振った。
「分からない。気づいたら、ここだった」
その後は、二人で行動することにした。
一人より、ずっとマシだった。
歩くうちに、壁に何かが見えてくる。
——紙。
——札。
「……お札?」
ミサキが呟く。
古い長方形の紙に、墨で書かれた文字。
読めないけど、見覚えのある形。
「神社のやつだ」
リョウが言う。
「映画とかアニメの結界、みたいな」
「じゃあ、ここは……」
「あの廃病院じゃないってこと?」
ミサキは目の前の非現実にパニック寸前だった。
「わからない、ただ、みんなを探そう」
リョウの責任感を感じる言葉でなんとか自我を保てた。
地下はまるで迷路のようだった。
だが、ところどころに統一感のないものがある。
病院の配管。
その横に、木製の柱。
医療用の棚。
その奥に、注連縄の跡。
「……これ」
ミサキが指さす。
「病院に、こんなの必要?」
「必要ない」
リョウは即答した。
「これは、後から“足された”」
壁には、紙が貼られていた。
お札。
だが、神社で見るものより荒い。
「読める?」
「全部じゃない」
リョウはしゃがみ込み、目を凝らす。
「でも、意味はなんとなく分かる」
リョウは実家が小さいお寺で、日常的に宗教物を見慣れている。
——鎮める。
——閉じる。
——名を呼ぶな。
「……名?」
ミサキの喉が鳴る。
「ここ、何を鎮めてるの?」
リョウは少し黙ってから言った。
「“祓えないもの”だと思う」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
介護士として、治せない人、救えない人を何度も見てきた。
それと、似ている。
「その解釈で当たってるんじゃないかな」
背後から、落ち着いた声。
二人同時に振り向く。
「タケル……⁉︎」
「よかった、合流できた」
安堵したようにタケルも笑う。
その笑顔を見て、ミサキの肩から少し力が抜けた。
「ここは病院じゃない」
タケルは続ける。
「正確には、“病院の下にあった場所”」
「神社? お寺?」
「近い」
彼は壁のお札を見て、頷く。
「神話的には、荒ぶるものを封じる場所だね」
「じゃあ、外に出るには?」
「手順を踏めば、出られる…」
即答。
迷いがない。
「まずは、他のみんなを探そう」
頼れる声だった。
そのとき。
遠くで、金属が床に落ちる音がした。
配信で聞いた、あの音。
ミサキは、嫌な予感を抑えきれなかった。
「……タマキ? レイコ?」
返事はない。
タケルが、静かに言う。
「行こう」
「わかった」
リョウも深く頷く
三人で音のした方へゆっくりと。
でも、焦るように走り出した
ミサキはこの場所に来てさえいなければと。
どうしようもない後悔を胸に押し殺して進む。




