戦えるという確信
第八話
戦えるという確信
ブルード達は、正面から行った。
誰か一体ではなかった。
揃って前に出て、揃って殴りに行った。
それが、ブルード達のやり方だった。
止める声は出なかった。
出せなかった。
考えるより、踏み込む。
逃げるより、殴る。
それが誇りであり、生き方だった。
結果は、分かりやすかった。
前に出た者から倒れた。
人間達の陣形は崩れず、
矢と刃が、一直線に叩き込まれる。
胸を撃ち抜かれ、
脚を折られ、
大きな身体が、地面に転がる。
岩より硬いはずの肉体が、
あっさりと、動かなくなる。
その光景を、僕は見ていた。
逃げることもできず、
助けることもできず、
ただ、見ていた。
——前に出た者から死ぬ。
人間は、そこを必ず叩く。
それを知った。
それだけで、ブルード達の死は、無駄じゃなかった。
次の襲撃が来ることを、
誰も疑っていなかった。
人間は、戻ってくる。
必ず、前より多く、前より揃って。
集落の空気は重かった。
同じことをすれば、
同じように死ぬ。
僕は、膝の上で本を開いた。
擦り切れた紙。
何度も読んだ頁。
覚えているはずなのに、
指が勝手に、頁をなぞる。
——前に出た者は狙われる。
——列は崩せ。
——視界を奪え。
——囲まれる前に、囲め。
「……個々では、死ぬ」
声は、小さかった。
誰かが、こちらを見る。
視線が集まる。
逃げ場はなかった。
「人に勝てないなら……」
一度、息を吸う。
「人の、真似をする」
沈黙が落ちた。
否定は、なかった。
準備は、拙かった。
練られた陣形でも、
洗練された作戦でもない。
それでも、本に書いてある通りにした。
グラウンドル達には、投石を頼んだ。
「当てなくていい」
「落とせ」
岩が転がる。
砕ける。
当たらなくてもいい。
そこにあるだけで、意味がある。
スカーミルには、前を見るなと言った。
「岩の影から出るな」
「背中だけを取れ」
正面から行くな。
それだけは、何度も言った。
モル=ティアには、高台を選ばせた。
「遠くから」
「岩を狙え」
人間じゃない。
岩だ。
戦闘が始まった。
最初は、恐怖の方が勝っていた。
投石は当たらない。
人間の陣形は、崩れない。
矢が飛び、
魔法が撃ち込まれ、
前に出た魔族が倒れる。
——やっぱり、無理なのか。
僕は、本を開き直した。
同じ頁を、なぞる。
違和感が生まれたのは、
岩が増え始めてからだった。
視界が悪くなる。
足場が崩れる。
号令が、通らなくなる。
スカーミルが動いた。
正面からは行かない。
影から出て、
喉を裂いて、
消える。
人間が倒れる。
モル=ティアの魔法は、
人間を狙わなかった。
狙ったのは、転がった岩だった。
魔法が触れた瞬間、
岩が内側から砕け散る。
破片が、雨のように飛ぶ。
盾に当たり、
兜に当たり、
露出した首や脚に突き刺さる。
鎧は、防げない。
刃ではないからだ。
人間が倒れる。
何が起きたのか、
理解する前に、
次の岩が砕けた。
——岩は、武器になる。
本に、そう書いてあった。
硬さじゃない。
数だ。
砕ければ、
刃になる。
人間の列が乱れる。
後ろを取られ、
足を取られ、
退路を探し始める。
撤退の合図が上がった。
追わなかった。
追う必要は、なかった。
人間達は去り、
集落は、残った。
誰も、すぐには声を上げなかった。
勝った、という実感が、
ゆっくりと染み込んでくる。
奇跡じゃない。
偶然でもない。
やり方を変えただけだ。
僕は、本を閉じなかった。
懐に入れる。
まだ、しまうだけだ。
書いてあることは、
全部は分かっていない。
でも——
ブルード達が教えてくれた。
死に方も、
勝ち方も。
次は、もう少し、うまくやれる。
つづく




