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同じ死に方を、しないために

第七話

同じ死に方を、しないために


夜は、

深かった。


火は焚かれている。

肉も、水も、回ってきた。


それでも、

誰も眠れなかった。


地面に、

ブルードが横たわっている。


大きな身体。

裂けた皮膚。

内側から弾けた痕。


誰よりも前に出て、

誰よりも強く殴り、

誰よりも早く倒れた。


守ったわけじゃない。

逃がしたわけでもない。


ただ、

正面から行って、死んだ。


誰も、

名前を呼ばない。


魔族は、

名を呼ばない。


それでも、

その沈黙は長かった。


僕は、

少し離れた場所に立っていた。


肩にかかった重みを、

指で確かめる。


革紐。

本。


ブルードが、

それを見ていたのを思い出す。


内容は、

分からなかったはずだ。


それでも、

否定しなかった。


――前に出ないやつは、長く残る。


あの声が、

耳に残っている。


「……まただ」


誰かが言った。


低く、

短く。


「前に出て、死んだ」


誰も否定しない。


グラウンドルは地面を見ている。

モル=ティアは火を見ている。

スカーミルは爪を鳴らしている。


皆、

次を言えない。


次が、

思いつかない。


――このままじゃ、同じだ。


喉が鳴った。


言うつもりなんて、

なかった。


前に出ない。

弱い。

疎まれてきた。


それでも――

ブルードの死体が、

そこにある。


「……個々では死ぬ」


声が出た。


小さく、

震えた声。


でも、

止まらなかった。


「前に出て、

 殴れば、

 それで勝てるなら」


言葉が、

途切れながら繋がる。


「ブルードは、

 死なない」


誰かが、

こちらを見る。


「人は、

 違う」


胸が、

締め付けられる。


「人は、

 並ぶ」


「守る役と、

 殴る役を、

 分ける」


一歩、

前に出た。


足が、

震えた。


「……人に勝てないなら」


息を吸う。


吐く。


「人のまねをすればいい」


音が、

消えた。


火の音だけが、

残る。


グラウンドルが、

ゆっくり顔を上げた。


「……どうやる」


責める声じゃない。

続きを求める声。


僕は、

肩の革紐を引いた。


包みをほどき、

本を取り出す。


紙の端が、

指に馴染む。


「……それか」


スカーミルが言った。


からかう調子ではない。


ページをめくる。


一枚。

二枚。


迷わない。


何度も読んだ場所。

角が折れ、

指の跡が残っている。


覚えている。

全部、頭に入っている。


それでも――

開く。


地面に本を置き、

指で線をなぞる。


「前は、

 硬いやつ」


グラウンドルを見る。


「外は、

 速いやつ」


スカーミルが肩をすくめる。


「後ろは、

 遠くから」


モル=ティアが黙って図を見る。


「……僕は、

 前には出ない」


言い切った。


本を閉じ、

革紐で縛る。


「覚えてる」


自分に言い聞かせるように。


「でも、

 確かめたかった」


一瞬の沈黙。


それを破ったのは――


「いいね」


スカーミルだった。


軽い声。


「殴る前に、

 ちゃんと見てる」


爪を鳴らして笑う。


「嫌いじゃない」


それだけ言って、

その場を離れた。


人間は、

すぐには来なかった。


予想通りだ。


死体も、

装備も、

まだ残っている。


人間は、

無駄に前へは出ない。


その間、

こちらは生きている。


それだけで、

時間は価値になる。


僕は、

何度も本を開いた。


同じページ。

同じ図。


忘れないために。

忘れないためだけに。


夜が明ける頃、

地面が揺れた。


足音。


人間だ。


胸が、

速く鳴る。


――失敗したら、終わりだ。


グラウンドルが前に出る。

横に並ぶ。


数はある。

それだけだ。


人間の陣形が見える。


盾。

槍。

魔法。


整っている。


「……来るぞ」


その瞬間、

身体が強ばった。


グラウンドルたちが転がる。


止まらない。


ぶつかり、

弾き、

押し込む。


一人、

人間が倒れた。


「……?」


人間の視線が前に集まる。


「今だ!」


スカーミルが走る。


速い。

ただ、それだけ。


中央が、

空く。


モル=ティアの魔法が噴き上がる。


一人が吹き飛び、

もう一人が倒れる。


「……当たってる」


誰かが言った。


人間が下がろうとする。


下がれない。


グラウンドルが、

もう一度転がる。


退路が塞がる。


押され、

潰される。


人間の悲鳴。


怖い。


でも――


「……行ける?」


誰かが言った。


人間の動きが乱れている。


声が揃っていない。


「……行ける」


僕が言った。


スカーミルが笑う。


「行けるな!」


何かが、

切り替わった。


押す。

叩く。

追い立てる。


「うおおお!」


声が、

重なる。


人間が、

引いた。


完全に。


追わない。


必要がない。


血と、

壊れた装備だけが残る。


集落は、

そこにあった。


確かに。


胸が、

熱い。


「……勝った」


誰かが言う。


違う。


勝てると、思えた。


それが、

初めてだった。

つづく

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